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2016年2月12日金曜日

学校教育で強制されるタワーやピラミッドなどの「組み体操」は、ただちに全面禁止にすべきだ!-大阪市教育委員会の英断を絶賛したい

(『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936) wikipediaより)

朗報が飛び込んできた。大阪市の教育委員会が「人間ピラミッド」と「タワー」を禁止したのだ。2016年2月9日付けのニュースである。「ハフィントンポスト」の記事から引用させていただこう。

人間ピラミッド禁止、大阪市教委が全国初【組体操】
大阪市教委は2月9日、組体操で四つんばいの姿勢で積み重なる「「人間ピラミッド」を2017年度から禁止することを決めた。肩の上に立って円塔をつくる「タワー」も同様に危険なため禁止される。文部科学省によると、自治体が禁止するのは全国初だという。共同通信などが報じた。 ・・(中略)・・ 大阪市教委の大森不二雄委員長は「一体感を味わう子どもや感動する保護者もいるだろうが、そうでない人は声を上げられない。どちらが多数か分からないが、事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」と語ったという。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

すばらしい決断である。英断であるといっても過言ではない。「事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」という理由付けは価値観を優先させたものだが、多数決原理の問題点を語って余すところがない。大阪市教育委員会の決断は、絶賛しても絶賛しすぎることはない。

わたしは、「人間ピラミッド」も「タワー」も断固反対だ。 なぜなら、中学生のときだと記憶しているが、4段組の「タワー」のてっぺんに立つ役割をやらされて(・・そう、強制的に「やらされた」のだ!)、組み上げる都度、とてつもない恐怖を味合わされた悪夢の記憶しかないからだ。

4階建ての「タワー」は建築物でいえば2階から3階ほどの高さになる。最下層から組み上げて一段づつしゃがんだ状態から立ち上がり、最終的に最上階になったひとりが両手を広げて直立するのである。成功すれば、それは簡単に味わうことのできない光景を見ることになるのだが(・・運動会の本番では見事に成功した)、練習中は何度も組み上げる途中で崩れていたのである。てっぺんから転落したら死ぬかもしれないのだ!

わたし自身は最上階のてっぺんしか経験していないが、二段目や三段目の人間の苦痛についてはこれとは違うものがある。全員の息が合わないと簡単に崩れてしまうのだが、下敷きになって圧殺死してしまう危険も否定できないのである。

わたしのときは、幸いにも事故は発生しなかったが、いつ事故が起こっても不思議ではないと思っていた。

たしかに、息を合わせた共同作業という点に、「ピラミッド」や「タワー」をやる教育的意味付けがなされているのであろう。だが、それは危険という要素を省みない「きれいごと」である。「やらせる立場」と「やらされる立場」の違いは、天と地ほどの違いがある。

経営の現場でよくクチにされる表現に「やらされ感」というものがある。人から言われて他律的に動くのが「やらされ感」だが、そうではなく、みずからの意思で自律的に動くことが重要だという意味合いで使用される。経営の場でなら、それは意味ある発言だ。職場にいるのは18歳以上のオトナである。

だが、「ピラミッド」や「タワー」は生徒みきずからの自発性にもとづいて行われるのではない。あくまでも体育教育の一環として、他者との協調性を考え、一体感を醸成するということが目的とされて強制されるものだ。それは、生徒側の発想ではなく、教師側の発想なのであり、生徒側からすれば「やらされ感」がつきまとうのは否定できない。しかも、「恐怖感」がつねにつきまとう

教育現場においては、「やらせる側」の教師と、「やらされる側」の生徒のあいだには越えがたい溝がある。教師と生徒は、圧倒的に非対称的な関係にある。これは、ある意味では、医者と患者と似ている。

医者と患者の関係は、専門知識と経験の量の違いであるが、教師と生徒の関係の場合は、大きな違いがある。教師と生徒のあいだでは、両者のパワーの質も量も違うのである。患者はいやなら医師を拒否できるが、生徒が教師から離脱するきわめて難しい。登校拒否になるか、引きこもりになるしかない。よっぽどのことがなければ、転校というオプションはなうい。「閉鎖空間」からの離脱手段は限られているのだ。

強制的にやらされる「ピラミッド」や「タワー」なんかで一体感が培われるわけがない。教育する側の自己満足に過ぎない。教育の名を借りた「いじめ」以外の何者でもない。そういっても過言ではない。中国雑技団やカタルーニャの「人間ピラミッド」のように、仕事や好きでやっているものとは違うのだ。

こういうことは、自分の子どもが負傷した被害者の親以外はなかなか理解できないのではないか? なぜなら、学校教育においては生徒の感想や意見は、ほぼ黙殺されているからだ。いじめが原因の自殺も、親も教師も知らなかったという事例も多いではないか! 子どもは親に迷惑をかけたくないから本当のことをしゃべらないのだ。あるいは、しゃべってもきちんと取り合ってくれないと語らなくなる。

だからこそ、大阪市の決断を絶賛したい。まさに英断である。すでに多数の負傷者がでているが、死者がでてからでは遅すぎるのだ。

強制された一体感など、一体感でもなんでもない! 強いられた自発性、いつわりの自発性。「みんな仲良く」というウソはもうやめよう。

だからこそ、声を大にして主張したいのだ。

一日でも早く、日本全国で「ピラミッド」と「タワー」が禁止されますように!!!






<関連サイト>

近代デジタルライブラリー - 新要目に基く運動会催し物選集
・・『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936)がデジタル版として国会図書館のサイトに掲載されている。



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(2016年4月6日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)







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