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2016年11月26日土曜日

キューバの「カストロ議長」死去(2016年11月25日)-「反米主義」のカリスマであったフィデル・カストロ

(「キューバ革命」におけるチェ・ゲバラ28歳(左)とカストロ33歳(右) wikipediaより)

キューバの「カストロ議長」が亡くなった。2016年11月25日のことだ。享年90歳。

ここで「カストロ議長」と書いた。ほんとうは「元議長」と書くべきなのだが、どうしても「カストロ議長」といいたい。現在は実弟のラウル氏が議長を務めているが、「カストロ議長」といえばフィデル・カストロ(1926~2016)のイメージがあまりにも強い

ついにというか、まだ健在だったのかというい感想を抱きつつ約四半世紀。冷戦崩壊によってソ連という後ろ盾を失いながらも、たくみに操縦しながらキューバをサバイバルさせてきたのは、ひとえにカリスマといってもよい「カストロ議長」の存在そのものがなせるわざであったといってよいだろう。

超大国アメリカの裏庭にありながら、向こうを張ってきた小さな島国の小国キューバ。1959年、フィデル・カストロはチェ・ゲバラとともに「キューバ革命」を成功させたことは、20世紀の事件として特筆に値するものと言えよう。なぜなら、北米が南米を経済的に支配する体制のなかで、「反米主義」の旗印の下に中南米が存在感を示すことができたのはキューバという存在があったからだ。

もちろん、「キューバ革命」によって難民となって米国に脱出したキューバ人は数十万人単位にのぼっている。とくに地理的に近い対岸のフロリダ州にはそういった亡命キューバ人コミュニティが存在し、半世紀の後の現在ではキューバ系移民は経済的にも政治的にもアメリカ国内で存在感を示すようになっている。歌手のグロリア・エステファンもまた亡命キューバ人の家に生まれた人である。

そういった亡命キューバ人からみれば、カストロ議長は不倶戴天の敵であろうが、カリブ海から遠い日本列島の住民にとっては、アルゼンチン出身の盟友チェ・ゲバラとともに革命を戦い抜いたヒーローとしての印象が強いのは当然といえば当然といえよう。キューバ革命を最終目的としないゲバラとは、結局たもとをわかつことになったのであるが。

日本はアメリカの同盟国であるから、冷戦期においてはキューバとは反対側の陣営にいた。ソ連圏のキューバは、ある意味ではソ連の別働隊として米ソ代理戦争の一翼を担ったことも歴史の汚点として記憶されるべきことだ。

ケネディ大統領時代の「人類危機の13日間」といわれた「キューバ・ミサイル危機」が平和裏に回避されたのちも、キューバはソ連の忠実な同盟国として、東ドイツとともに大きな意味合いを持ち続けたのであった。

とはいえ、ソ連は崩壊し「島国キューバ」は、劇的に転換する。反共の牙城であったバチカンと和解し、昨年2015年には宿敵のアメリカと国交回復する至った。この変わり身の早さは島国ならではのものである。

和解が成立する前から、「野球王国のキューバ」からはアメリカの大リーグにも、日本のプロ野球にも選手を供給、スポーツをつうじてキューバは親しみのある存在になっていた。若き日のカストロ議長自身がバッターボックスに立っている写真は有名である。

もちろんサルサなど音楽もそのなかに含めていいだろう。医療費が無料で、国家が医師を無料で教育していることも、大きく評価されてきた(・・ちなみに、ドラマ「ドクターX」の主人公・大門美知子はキューバの医科大学に学んだという設定になっている)。

「反米主義」のカリスマであったカストロ議長。毀誉褒貶あいなかばする存在であるが、20世紀を代表する人物の一人だったことは間違いない。まさに巨星落つ、というべきなのである。

さて、国民の支えとなっていたカリスマ喪失後のキューバはどうサバイバルしていくのか。キューバの良い点がそのまま残ることを祈りたいが、はたしてそれは可能かどうか・・・。

ご冥福を祈ります。合掌。


PS 個人崇拝を拒否したフィデル・カストロ

カストロ前議長の銅像建立禁止 遺言尊重、ラウル氏表明(朝日新聞、2016年12月4日)によれば、フィデル・カストロ氏の遺体は保存されずに埋葬され、銅像も建たない、という。なぜなら個人崇拝をさせないためだ。これは故人の遺言に基づくものだという。

社会主義国では、「革命」のリーダーで建国の父は、巨大な霊廟に遺体として保存され安置されるのが一般的である。レーニンしかり、毛沢東しかり、ホー・チミンしかり。キューバでも、カストロとともに戦ったチェ・ゲバラは讃えられているが、カストロはそれは望まないのだ、という。

そんなところに、フィデル・カストロという人の個性と人柄を感じるのである。

(2016年12月4日 記す)






<関連サイト>

米国に抗い続けた革命家の「イチ」(Facta、2017年1月号)

(2016年12月30日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

「島国」の人間は「大陸」が嫌いだ!-「島国根性」には正負の両面があり、英国に学ぶべきものは多々ある

「JFK-その生涯と遺産」展(国立公文書館)に行ってきた(2015年3月25日)-すでに「歴史」となった「熱い時代」を機密解除された公文書などでたどる
・・「展示の中心となるのは「人類危機の13日間」となったキューバ危機である。革命キューバの後見人であったソ連との核戦争の危機がかろうじて回避されたのが、1962年10月14日から28日までの行き詰まるような13日間であった。ケビン・コスナー主演で『13デイズ』として映画化されている。」

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・冷戦時代、バチカンは、無神論で唯物論の立場に立つソ連を不倶戴天の敵と見なし、反カトリック的傾向の強い米国とあえて協力関係を結んでいた。




(2012年7月3日発売の拙著です)







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