2010年7月7日発売予定の『モチベーション3.0-持続する「やる気!」をいかに引き出すか-』(ダニエル・ピンク、大前研一訳、講談社、2010) の前半を読む機会に恵まれたので紹介しておきたい。
なお、R+(レビュープラス)様のご厚意として、出版直前の最終校了済みのゲラの段階で読ませていただいたことを記しておく。
ビジネスパーソンであれば「モチベーション」に関心のない者はいないだろう。もちろんビジネスパーソン以外でも、教育関係者や、スポーツ関係者でもモチベーションほど重要なものはない。
日本の読者にとっては、何よりも大前研一が訳者として名前を出し、著者のダニエル・ピンクと同じ大きさの活字で並んでいる。しかも、解説を書いているので、安心して手にとってよいだろう。
本書は、日本語では「動機付け」と訳している「モチベーション」への新しいアプローチである。
■「モチベーション3.0」とは?
「モチベーション3.0」とは? 一言でいって何が新しいのか?
「モチベーションが高い」、「モチベーションが低い」、といった表現を日本語ですることも多いが、モチベーション(motivation)とは、「人をやる気にさせる」という意味の動詞 motivate の名詞形である。
著者のダニエル・ピンクが本のタイトルにもしている「モチベーション3.0」というコンセプトとは、人間の生存本能に基づく「1.0」はいうまでもなく、アメとムチの「2.0」のさらに先にあるものだ、ということである。
「2.0」でいうアメとムチとは、信賞必罰に基づく「与えられた動機づけ」のこと、ルーチンワーク中心の時代には有効だった。
日本でも大規模に導入された、いわゆる「成果主義」のことを指しているが、米国ではテイラーシステムに象徴される合理主義マネジメントに立脚した考えで、100年以上の歴史をもつ。
成果に対して報酬を与える成果主義は、仕事と金銭による報酬の関係が、きわめて明確に一対一に対応するはずであるという前提をもとに設計されており、メリットは大きい反面、問題解決に際しての視野が狭くなり、発想の自由度もなくなってしまうという弊害がある。
米国で主流の成果主義は、職務(=ジョブ)ベースの報酬体系を意味していることに留意する必要はある。日本のように広く職能(・・職業能力の略)ベースで処遇を行ってきた風土には、そもそも違和感はあった。
「3.0」では、人間の「やる気=ドライブ」、つまり「内発的動機づけ」に基づいた働き方に、意識をシフトしていかねばならないことを説いている。
英語の drive には、推進力とか駆動力といった意味があり、精神のチカラや方向性を示す表現である。「ドライブがかかる」という表現は日本語でも熟してきている。外的な要因によるよりも、内的な動機に基づく方が推進力(=ドライブ)が強いことは、誰でも自分について考えてみれば理解できるはずだ。
このように考えると、「3.0」が21世紀の先進国型モチベーションのあり方であることは、当然といえば当然だろう。付加価値の高い仕事にシフトしていかないと生きて行く道のない先進国においては「2.0」の考えでは対応しきれない。
米国だけでなく、日本でもそうなることは当然といえば当然だ。
■日本企業の人事管理の観点から-組織における個人のモチベーション
私自身、もともと企業の人事管理の仕事からキャリアを始めた人間なので、モチベーションについては、人一倍研究してきたつもりではある。本書で解説されている「内発的動機付け」についても、当然のことながら熟知している。
個人的には「内発的動機付け」に勝るものはないと考えてきたし、自分自身についてみれば「内発的動機付け」を何よりも重視して生きてきた。
問題は、組織内の個人のモチベーションをどう高めるか、ということであろう。
日本企業の人事管理の実務においては、ここ10年「成果主義」もやむなし、という考えに傾いていたのは否定しない。なぜなら、企業組織内の「フリーライダー」(=ただ乗り従業員)問題がある限り、ちゃんと働いている従業員が抱いている不公平感をなくすためには成果主義導入はやむを得ない選択であり、ある程度の効果があったのではないだろうか。もちろん弊害は大きいのではあるが。
米国の先進企業のように、中国やインドに付加価値の低い仕事をすべてオフショアしてしまう、といった大胆な施策がいまだとれていない日本企業においては、アメとムチに基づいた「2.0」による人事管理と、視野の広い問題解決型の考える従業員を処遇する「3.0」型の人事管理が混在しているのは仕方がないのではないだろう。
もともと「2.0」以前の日本企業では、やる気という内発的動機付けを重視した、評価基準はハッキリしないが、それなりに有効に働いていたモチベーションが主流だったが、「成果主義」の導入によって、メリットだけでなく、デメリットも目立つようになっている。
日本企業の人事管理の現状は、しかし「成果主義」を導入してはじめて、そのメリットとデメリットに気がついたわけであり、今後は「3.0」の考えに基づいた人事管理に移行していくことが望ましいことはいうまでもない。
とはいえ、日本企業の実情は「2.0」から「3.0」への移行期間にあり、いきなり「3.0」に飛ぶのは難しい。
「3.0」が人事制度変革の起爆剤として働くのは、まだまだクリエイティブな個人に限定されるのではないと思われるが、日本企業の今後の人事制度改革のヒントにはなるのではないかと思う。
個人としての内発的動機付けと、評価としての人事制度をどう折り合わせか、という課題は、日本企業の人事管理にとってはきわめて大きい。
■「モチベーション3.0」は、起業家やクリエイティブ系の仕事だけでなく、今後日本でも大幅に増えることが予想されるフリーエージェントには間違いなく当てはまるはず
以上のような感想をもちながらも、「内的動機付け」に基づくモチベーションを説いた本が米国でベストセラーになっているということ自体が面白いと思うのである。
米国社会は、あらたな時代に入って、著者の考えを広く受け入れるようになってきている(・・末尾で紹介しておいた、著者の独演会の YouTune 映像をぜひご覧いただきたい)。
本書の考え方に基づいて働く個人が米国で増えていけば、その結果、米国社会を後追いする日本でも「モチベーション3.0」に基づく個人が増えていくことになろう。日本でもそういう個人が増えていけば、企業内でも個人と組織の関係が変化していくことも期待されるし、ひいては日本企業の人事制度も変わっていくことにもなるだろう。
「モチベーション3.0」という、新しいだけでなく、正しいモチベーション理論に基づいた個人と組織の関係が望まれる。
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私は原著はみていないが、日本語の訳文もたいへんこなれて読みやすく、基本用語には適切な解説もつけられているので、使い勝手のいい本になっている。何よりも豊富な事例と読ませる文章が飽きさせない。ただし、私が目を通したのはゲラでいただいた前半のみである。
本格的にモチベーションについて考えてみたい個人だけでなく、組織内の個人にかかわる立場にある人事事管理担当者といったビジネス関係者だけでなく、ぜひ教育関係者にも読んでもらいたいと思う。
私自身も、単行本で本書の後半を読むのを楽しみにしている。
<参考サイト>
Daniel Pink on the surprising science of motivation(YouTube にアップされた動画 本書の著者ダニエル・ピンクの独演会 字幕なし)
http://www.youtube.com/watch?v=rrkrvAUbU9Y
やる気は「お金」では買えない-「上手くなりたい」が「やる気」を生む(大野和基によるインタビュー記事) (2010年7月27日追加)
P.S.
この書評が、編集者自ら選定した優良レビューに選定されました。
R+(レビュープラス)の特設ページ 『モチベーション3.0』先行レビュー の上部にも掲載されています。http://ca.reviewplus.jp/motivation3/
ぜひご覧下さいませ。(2010年7月13日)
PS2 2015年11月に講談社+α文庫より文庫化された。(2015年12月17日 記す)。
(2012年7月3日発売の拙著です)
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