今度の「白熱教室」はオックスフォード大学。しかも数学だ。数学の重要性があらためて認識しなおされ始めている日本では、まさに時宜にかなかった企画である。
オックスフォード大学についてはあらためて説明する必要はないと思うが、英語圏で最古の大学である。オックスフォード大学は12世紀にはすでに講義が行われていたという。その歴史は対岸のヨーロッパ大陸の関係で理解する必要がある。世界最古の大学は、イタリアのボローニャ大学で11世紀のことだ。
オックスフォード大学は、真理探究という学問追求の姿勢から基礎科学にチカラを入れてきた大学である。この点は、近代化推進のために明治時代に設置され、工学など実学に重点を置いてきた日本の大学とは大いに異なる。理系と文系にわける悪弊は日本だけのものだ。
数学もまた基礎科学、しかも文理に共通する基礎であることは言うまでもない。数学は古代ギリシア以来、西欧的思考の根底にあるのだ。
「番組紹介」から「オックスフォード大学白熱教室」と授業を担当するマーカス・デュ・ソートイ教授(Prof. Marcus du Sautoy)についての紹介文を引用しておこう。
この大学で現在、最も有名な人物の一人が、マーカス・デュ・ソートイ教授。
トップクラスの現役数学者でありながら、「数学の本当の姿を知ってもらいたい」と、一般市民に向けて数学の魅力を広める活動に力を入れている。
数学は掛け算を解いたり、割合を計算するためのものではない。
デュ・ソートイ教授の講義は、自然や音楽など身近な切り口から、数学の本質を解き明かしていく。
今回は番組のために用意した全4回の特別講義で、数学の美しく神秘的な世界を紹介する。
世紀の難問「リーマン予想」や、現代数学において極めて重要な「群論」など毎回、難解なテーマも登場するが、デュ・ソートイ教授が軽快な語り口で理解へと導く。
私たちの日常生活と最先端の数学が無縁ではないことを実感できるはず。
授業はオックスフォード大学の講義室を使用するが、学生や教師だけでなく地元の一般市民を招いての公開授業である。アメリカの授業との違いを楽しみたい。
さて、2013年10月4日(金)の第1回の放送は「素数の音楽を聴け」であった。
デュ・ソートイ教授の本は日本語にも翻訳されているが、一般向けの著書のタイトルに『素数の音楽』(The Music of the Primes, 2003) というものがある。今回の「白熱教室」の放送にあわせたのであろうが、文庫化もされたのでぜひ読んでみたい本だ。
まずは素数から授業が始まるのは、素数(prime number)は数学世界の原子ともいうべき最も基本的な単位だから。素数とは、1 とそれ自身以外の数以外に正の約数をもたない数字のこと。具体的に並べていくと、1, 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 33, 37, 41..... となり無限に存在する。
素数が無限に存在することは古代ギリシアの大数学者ユークリッド(=エウクレイデス)がすでに証明していたが、そこにパターンや基本法則を見出すのがきわめてむずかしいのが素数である。
素数の並び方の規則性発見に挑戦したのが18世紀から19世紀にかけてのドイツの大数学者ガウス。そしてそれをさらに大きく前進させたのがガウスの弟子の数学者リーマン(Rieman)による数学史上最大の難問「リーマン予想」。
多趣味のマーカス・デュ・ソートイ教授が、みずからトランペット演奏もしながら、素数の世界を音楽に例えて楽しく愉快に解説する授業はじつに楽しみながら学べるすぐれたものであった。
数学と音楽が密接な関係にあるのは古代ギリシアの数学者ピュタゴラス以来の常識。リベラルアーツの基礎に素学と音楽があることを思い出させてくれるものでもある。
授業には出てこなかったが、日本人としては日本の俳句は 5-7-5 の 17文字で素数、短歌は 5-7-5-7-7 の 31文字で素数だ、ということを付け加えておきたい。なぜ日本の定型詩が素数で構成されているのかは謎なのだが・・・
デュ・ソートイ教授は専門論文だけでなく一般啓蒙書も数多く執筆しており、BBC出演や公開講座も積極的に行っている。いわゆる科学アウトリーチ活動である。
2006年には「王立協会クリスマス・レクチャー講師」(Royal Institution Christmas Lectures)も務めており、マイケル・ファラデー以来の一般社会への科学啓蒙においても大いに貢献している。2006年の講演タイトルは「数の神秘」。数学が「クリスマス講義」のテーマになったのは150年の歴史のなかで3回目なのだという。
これは英国の基本姿勢であるが、英国や米国でポピュラー・サイエンスが普及しているのは、英国に発するこの伝統がアングロサクソン世界にはあるから。ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる を参照されたい。
日本で出版されている科学読み物やノンフィクションの大半が、アメリカ人や英国人による翻訳ものであるのはそのためである。科学者と科学の使命がどこにあるのかを示している。この点においては、日本は残念ながらまだまだ「後進国」である。その意味でも学ぶべきもが多い授業である。
「オックスフォード白熱教室」 の今後の放送予定は以下のとおり。いずれも楽しみだ。
第1回 「素数の音楽を聴け」(2013年10月4日)
第2回 「シンメトリーのモンスターを追え」(2013年10月11日)
第3回 「隠れた数学者たち」(2013年10月18日)・・アートと数学!
第4回 「数学が教える "知の限界"(2013年10月25日)
マーカス・デュ・ソートイ教授(Prof. Marcus du Sautoy)
1965年生まれ。オックスフォード大学数学研究所教授。王立協会リサーチャー。
ロンドン数学学会から2年に1人、40歳以下の最も優れた数学研究者に与えられる「バーウィック賞」を2001年に受賞。
オックスフォード大学では、「科学啓蒙のためのシモニー教授職」も勤める。 BBCでの数学番組の監修をはじめとするテレビやラジオへの出演、各地での講演活動、新聞・雑誌への記事執筆、など幅広い数学啓蒙活動を行う。科学への貢献などが認められ、2010年にはOBE(大英帝国勲章)を授かっている。
専門書を多数執筆のほか、一般書としては、ベストセラーとなった『素数の音楽』(2005年)をはじめ、『シンメトリーの地図帳』(2010年)、『数学の国のミステリー』(2012年)(いずれも新潮クレスト・ブックス)を刊行。
トランペット演奏、芝居など多彩な趣味の顔を持ち、サッカー・プレミアムリーグ、地元アーセナルFCの大ファンとしても知られる。 (出典: http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/oxford/about.html)
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月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ
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最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる
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NHK・Eテレ 「スタンフォード白熱教室」(ティナ・シーリグ教授) 第8回放送(最終回)-最終課題のプレゼンテーションと全体のまとめ
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ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる
・・最先端の科学を一般に向けに啓蒙するという伝統がポピュラー・サイエンスの伝統が英国にある。この伝統はおなじアングロサクソン圏の米国にも引き継がれている
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