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2021年11月9日火曜日

いまさらながら渡部昇一にはまってしまった ― ベーコンが導きの糸となった2021年の夏の記録



渡部昇一といえば、ベストセラーでロングセラーの『知的生活の方法で有名な評論家だ。

 晩年には頑迷固陋な保守のイメージがすっかり定着しており、渡部昇一のことは敬して遠ざけてきた。ところが、その渡部昇一氏の著作にはまってしまったのだ。今年2021年6月から8月にかけてのことだ。

渡部昇一が亡くなってから、すでに4年もたっているのにもかかわらず、である。 

きっかけはベーコンである。先月出版された『超訳ベーコン 未来をひらく言葉』のためフランシス・ベーコンについて検索して調べているうちに、渡部昇一氏による文章が目にとまった。ベーコンの『エッセイズ』を紹介した文章だ。 




渡部氏にとって、英文法開眼のキッカケがベーコンにあったという。渡部昇一氏は、もともと英文法の研究者だったのだ。 

そのむかし、渡部昇一氏訳の『英語のなかの歴史』(バターフィールド、中公文庫、1980)を高校時代に読んでいたので、英語が専門であることは知っていた

そんなこともキッカケになって、ネットでいろいろ調べているうちに『英文法を知っていますか』(渡部昇一、文春新書、2003)という本の存在を知った。渡部昇一氏の専門は、「英文法の歴史」だったのだ。英語英文学の研究者は多いが、英文法、しかも「英文法」の「歴史」を専門に研究する人などあまりいるものではない

さっそく取り寄せて移動の電車内で読んでみると、これがじつに面白い。知的好奇心を大いに満足させてくれる内容だ。とはいっても「英文法の歴史」など、ふつうは読みたいという人などいないだろう。

案の定この本も「長期品切れ重版未定」状態になっているが、英文法の確立は17世紀に入ってからのことで、しかも最初はフランス語をモデルにしたのだという。そんな、よく知らなかったことが書いてある専門を踏まえた啓蒙書として、知的好奇心が大いに刺激された。渡部昇一氏の専門は英文法の歴史だったのか、とあらためて納得した。

そんなわけで、『英文法を撫でる』(渡部昇一、PHP新書、1996)や、『秘術としての文法』(渡部昇一、講談社学術文庫、1988 初版単行本 1977)も取り寄せて読んでみた。

ついでに、『講談・英語の歴史』(渡部昇一、PHP新書、2001)『英語の語源』(渡部昇一、講談社現代新書、1977)『英語の学び方』(渡部昇一/松本道弘、ワニのNEW新書、1998 初版1980)『ことば・文化・教育-アングロ・サクソン文明の周辺』(渡部昇一、大修館書店、1982)も取り寄せて読んでみた。 

ベーコンの『エッセイズ』は、渡部昇一氏のエッセイを読むと、その後の英文の模範になったことや、英語のつづりにかんしてはベーコンは慣用を重んずべきと主張したなども書かれている。なるほど、英語にかんしてもベーコンは「イギリス経験主義の祖」であったわけだ。まさに読むべき時に、自分の前に出現した一群の書籍群だったのだ。

またまたさらに、『日本語のこころ』(講談社現代新書、1974)を読んで、英語研究者だからこそ、日本語研究の専門家が気がつかない盲点を突くことができたことを知り、たいへん興味深く読んで、大いに納得した。

渡部昇一氏のじつに幅広い評論活動が、読書と体験に支えられた問題意識と旺盛な知識欲にあったことを知り、すっかりはまってしまったのである。このような知的考察と蓄積があってこそ、評論活動が可能になったのだ、と。



■ドイツに限定された「なんでも見てやろう」

さらに、英文法の歴史を研究するためにドイツに留学した記録である『ドイツ留学記 上下』(講談社現代新書、1980)にも手を出した。

たいへん意外で不思議なことに、英文法の研究は英国ではなく、もともとドイツがその中心だったのである! 

『ドイツ参謀本部』(中公文庫、1986)は、文庫化されてすぐに読んでいたが、なぜ渡部昇一氏がドイツについて書くのか、その背景がいまようやくわかった。英文法研究のためにドイツに留学してドイツ語を習得し、ドイツ語で博士論文を執筆したのである。 




 『ドイツ留学記 上 雲と森の青春遍歴』は、1950年代に西ドイツのミュンンスター大学に留学して、大東亜戦争中の勤労動員によって奪われた青春を取り戻すかのように、ドイツのじつに幅広い層の人に会い、ありとあらゆるものを自分の眼で見て、直接体験した記録である。小田実の1970年代のベストセラー『なんでも見てやろう』のドイツ版といっていいかもしれない。  

『ドイツ留学期 下 このキリスト教なる国』は、キリスト教を軸にするとドイツがよく見えてくるという内容だ。「留学記」と銘打たれているが、内容的には「考察編」というべきだろう。知的好奇心を刺激する内容で、こちらもじつに面白い。

北部が中心のプロテスタントと、南部が中心のカトリックとの違いが、生活や思考にも反映していることが、観察と実体験にもとづいて詳細に記述されている。もっと早くこの本を読んでおけばよかった、と思う。

ちなみに、上智大学にあこがれて進学した渡部昇一氏は、在学中に洗礼を受けてカトリックになっている。留学先であったミュンンスターは、カトリック地域にある。 

渡部昇一氏が留学した時代の1950年代の西ドイツは、「敗戦後」の新生ドイツとはいえ、いまだ「戦前のドイツ」が社会のあちこちに濃厚に残っていた時代であった。現在のドイツは大幅に変化して「古き良き時代」は完全に一掃されてしまったのは、「1968年革命」が断絶を生み出したためだ。その意味では、じつに貴重な記録になっているのである。

さらに、『語源でひもとく西洋思想史』(海竜社、2020 初版2009)『アングロサクソンと日本人』(新潮選書、1987)を読み、渡部昇一氏の訳になる自己啓発書の『自分の時間 1日24時間をどう生きるか』(アーノルド・ベネット、三笠書房、1994)も読んだ。



■ついに 『知的生活の方法』まで手を出すことに

そしてついに、『知的生活の方法』(講談社現代新書、1976)にまで手を出してしまったが、この本は、まったく読んだことがなかったのだ。

タイトルはもちろんよく知っていたが、ベストセラーになっていた『知的生活の方法』を読まなかったのは、いろいろ理由がある。

「芥川龍之介を読んで痴漢になった少年」(笑)や、ベーコンの「知は力なり」を実践して家を巨富を手にしたサラリーマン」(笑)などという表現が書かれていると、いまは亡き親友から耳にしていたわたしは、この本をバカにしていたのだ。この固定観念がが約40年以上にもわたって続いてきたというわけなのだ。




ところが、じっさいにこの本を読むと、自分もまた「知的生活」を実現していることを確認する結果となった。たしかに、日本の夏の猛暑は、知的生活には最悪の状況である。『超訳ベーコン』の作業は、この猛暑に苦しめられたのだ。 なんと、消耗しきった体力が完全に回復するには、暑さが遠のくまで2ヶ月もかかってしまった。こんなことはかつてなかったことだ。

先にふれた親友から『知的生活の方法』の話を聞いたのは、1980年代前半のことだった。すでにベストセラーでロングセラー化していたが、出版から数年しかたっていなかったことになる。

1980年代は「一橋なら英語ができる」がゆらぎはじめた頃だ。社会に出てからも、「一橋なら英語できるよね」と言われることもしばしばあったが、「英語といえば上智」というブランドが形成されつつあった。 

英語好きなこともあって、高校時代には上智大学のピーター・ミルワード氏のものは多く読んでいたが、おなじ上智の渡部昇一氏のものは読んでことがなかったのは、なぜかよくわからない。社会人になってからは、「欠陥翻訳」を叩いて有名になった上智大学の別宮貞徳氏の本は何冊も読んでいたが、なぜか渡部昇一の本は読まずじまいだったのだ。 

さて、渡部昇一にはまってしまったわたしだが、読んで大いに感心したのは、いずれも渡部氏の30歳台から50歳台にかけての著作だ。 硬軟とりまぜた話題に、意外と柔軟な姿勢に驚いている。天性の啓蒙家というべきだろうか。いわゆる「教養主義」ではない

本職の「英文法史」と関連のものをもっと読んでおけばよかったと思うとともに、あらたな発見を喜ぶ気持ちもある。 

言語学プロパーの論文やエッセイを読むと、政治観では対極にありそうな社会言語学者・田中克彦氏との共通点も見えてくる。渡部氏には「母語」という発想は皆無で、おそらく「母国語」という発想が保守思想の核になっていると思われるが、「民族語」の重視そのものは、ドイツの保守的な言語学者ヴァイスゲルバーの影響を受けている点が共通しているのである。

しかも、自分の歴史観は、渡部昇一氏の歴史観とかなり近いことがわかった「英国保守主義」の伝統の上に立つ渡部昇一氏は、もともと穏健な発想の持ち主であることがわかる。

渡部氏の「英国保守主義」は、よくあるようなエドマンド・バークによるものというよりも、18世紀前半の世界初の首相となったウォルポール時代にあるような印象を受ける。その時代があったからこそ、哲学者で歴史家のヒュームなどがでてくる素地ができあがったのだということもわかってくる。晩年の頑迷固陋ぶり(?)は、老年ゆえの衰えがもたらしたものだというべきかもしれない。

何ごとであっても「食わず嫌い」はいかんな、と思う今日この頃である。 




■(付録)「英文法」と「英文法の歴史」についての渡部昇一氏の発言の趣旨(備忘録としての読書メモ)

渡部昇一氏の「英文法史」にかんする著作を読んで、いま愕然とした思いに囚われている(2021年6月に記したメモ)

国家意志で言語規範を上から強制したフランス語。民間事業である辞書の出版事業をつうじてデファクトな規範を確立した英語。渡部氏は、「購入をつうじた国民投票」と表現しているが、ビジネスパーソンならデファクトというところだろう。

アングロサクソン的な性格は、17世紀以降に形成され確立していったことがわかる。渡部氏は、17世紀イングランドの「国学」という表現をつかっている。「ゲルマン狂徒」(germanphile)という訳語は面白い。イングランド人の(ラテンに対抗しての)ゲルマン重視は、とくにドイツ出身のハノーファー朝時代には主流になったという。転換を余儀なくされたのは第一次世界大戦に突入してからであり、ハノーヴァー朝からウィンザー朝に改名。

スコットランド人にとって、イングランドの英語を身につけることの社会的意味。なぜスコットランド人の英語は規範的なのか、アダム・スミスもヒュームも、英語を意識的に身につけたことの重要性。現在に至るまで、スコットランドが辞書製作の主導となってきた背景にも共通するものがあったこと。

英国は「慣習」、フランスは「理性」と一般に捉えられているが、こと「国語の確立」という点にかんしては違った。フランスは宮廷内言語の「慣習」を規範化したのに対し、それに該当する宮廷語をもたなかった英国は「理性」によって行ったのである。だが、最終的に民間事業としての辞書出版が主導したことで「慣習」が勝利して、「イギリス経験主義」が確立していくことになる。18世紀前半に世界ではじめての首相となったウォルポールの時代に「経験主義」が確立。

17世紀半ばのイングランドは、ピューリタン革命によって誕生した共和制の時代には宮廷そのものが廃止されていたこと、17世紀末の「名誉革命」後の約1世紀は、ドイツ出身の英語が不得意な国王が君臨していた。このため「宮廷語」が模範とはなりえなかったのである。

戦前の日本の学校英語教育では、英会話の機会は稀だったと思うが、規範文法は行きすぎる ほど規範的であり、教室では英文の名文暗誦が行なわれ、英作文は入試でも重視されていた。

その伝統は昭和60年頃までは不動であったが、構造言語学やフリーズ教育法の導入と共に、教師の側に規範的英文法を教える自信が失われ、生徒の多くも文法を我慢して学ぶ気をなくして恥じることがなくなった。かのコベットも文法をマスターするには最低数カ月の我慢と忍耐 が必要だと教えている*。

コベットの『若い人たちへの人生アドバイス』(三笠書房、1995)参照。原本は Advice to Young Men, And (Incidentally) to Young Women by William Cobbett 1830)。英文法を身につけて的確な英文が書けるようになったことで、農民階層からはいあがってジャーナリト、そして国会議員へと社会的上昇を実現することができた。コベットがさしているのは「規範文法」としての英文法である。


個人的な事情について記しておくが、幸いなことに、昭和56年(1981年)に高校を卒業した私は、高校時代にみっちり英文法の勉強をしていたので、英文読解や英作文の基礎は十分に形成されている。

米国の大学院時代、ライティングセンターで英文添削を頼んでみたら「これは自分で書いたのか?」と聞かれた。一瞬その意味がわからなかったが、誰かに書いてもらったのではない英文だと褒められたわけだと気がついた

論文添削の仕事をした際に、引用英文がまったく日本語になっていないことに愕然とした思いを抱いた。的確な日本語になっていないということは、英文が読めていないということである。そんな状態で博士号を目指すとは言語道断ではないか!
 
だからこそ、渡部昇一氏が主張する文法重視、語彙重視の英語学習には全面的に賛成である。この件については『英語教育大論争 』(平泉 渉/渡部昇一、文春文庫、1995)における渡部昇一氏の主張に軍配が上がるというべきだ。この本は一部読んでいる。



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・・「東部の名門でしっかりと猛勉強をしてきたアメリカ人の友人たちも、大学の勉強ぜんたいをとおして自分が得た最大のものは、言葉を使う能力を高度に身につけ、大学を出てからもずっと勉強をつづけていくための強固な土台をそれによって自分のものにしたことだ、とこたえてくれる。出世したり成功をおさめたり、トップにたつエリートになったりしたければ、アメリカで生きる場合まず最初にやらなくてはいけないのは、言葉の勉強なのだ。」



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2021年3月24日水曜日

書評『エマニュエル・トッドの思考地図』(大野舞訳、筑摩書房、2020)-「常識を逆なで」する「未来予測」を生み出すトッド氏の思考の秘密について本人が開示

 

フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏の本をまとめ読みした。いずれも日本側の企画編集による日本語オリジナル版で、つまりフランス語版は存在しない。 

この手の企画本はすでに何冊も刊行されているのだが、そのうち2冊をあげておこう。フランス在住の大野舞氏のインタビューにもとづいたもので、ともに2020年に出版されている。


ともに面白い内容だった。前者は、日本人読者が知りたいであろう、的確な「未来予測」を生み出すトッド氏の思考の秘密について本人が開示したもの、後者は現在の先進国が抱える問題を「反グローバリゼーション」の立場から述べた論争的な時事論集。
    
人口統計をもとに、自然科学者なアプローチで現状分析と未来予測を行うトッド氏の「常識を逆なでする主張」に対しては賛否両論があるだろうが、言いにくいことをずばり言ってのける勇気は賞賛すべきであろう。

どうやらトッド氏自身も、フランス語で出すより日本の読者向けに日本語で出す方が気が楽なようだ。 

本人がこれらの本のなかで吐露しているように、フランス人のエリート階層が聞きたくない話をするからだろう。「シャルリ・エブド事件」に際して書いた『シャルリとは誰か?』(文春新書、2016)は、フランス語の原本が出版された際にフランス国内でバッシングの嵐にさらされたらしい。  

1991年のソ連崩壊や、2016年の英国のEU離脱や米国大統領選でのトランプ氏の当選など、ことごとく「予見」し、的中させてきたため、日本では「予言者」扱いされているトッド氏だが、本国では好かれていない。



■トッド氏が日本で広く注目されるようになったのはここ5年の現象

日本では「予言者トッド」の話を聞きたがる人が少なくないようで、もっぱらその著作を出版してきた藤原書店だけでなく、文藝春秋や筑摩書房、朝日新聞社やPHPなどメジャーどころが「知の巨人」と持ち上げて食いつくようになってきた。

それが、ここ5年ほどの状況である。 




私はといえば、トッド氏の著作でいちばん最初に触れたのは、30年くらい前のことになる。『新ヨーロッパ大全』(石崎晴巳訳、藤原書店、1992)という単行本2冊本の専門書だ(上掲の画像)。東京駅八重洲口にある八重洲ブックセンターで、2冊同時に購入した記憶がある。

大学時代にはヨーロッパ中世史を専攻したが、いかんせん「近世」以降の西洋史につうじていなかったので、著者名ではなくタイトル名に吸引力を感じたためだ。

この本には大いに世話になってきた。世界史についての拙著2冊では、ともに「参考文献」としてあげている。

とくに最新刊の拙著『世界史から読み解く「コロナ後」の現代』(ディスカヴァー携書、2020)は、16世紀から18世紀までの「近世」(=初期近代)を扱っており、トッド氏の著書は大いに参考となった。関心のある人は参照していただきたい。 

トッド氏の著作によく親しむようになったのは、文春新書から出た『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(2015年)以降のことである。この本は、前著『ビジネスパーソンのために近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)の執筆の際に大いにインスパイアされた。 


■トッド氏の「思考方法」は「ファクト重視の経験主義」

トッド氏の日本語版の帯には、「現代最高の知性」や「欧州最大の知性」などの美辞麗句の宣伝コピーが並んでいる。

現在の日本ではそう呼ばれている人が何人もいるだけでなく、フランス本国では好かれていないことを考えれば、割り引いて考えたほうがいいと思うが、その一人であることは間違いないだろう。 

『エマニュエル・トッドの思考地図』を読むと、「予見」を導くトッド氏の方法論がわかるだけでなく、なんら奇をてらったものではないことがわかる。とはいえ、そっくりそのまま真似するのは容易ではないだろうが、その一部でも取り入れることは可能だ。なぜなら「予言」ではなく、「予見」のための方法論だからだ。




面白いのは、トッド氏が現代フランスの知識人であるのにかかわらず、英国のケンブリッジ大学で博士号を取得していること、読む本の95%は英語のもの(!)であること、デカルトに代表される「理念」を強調するフランスの哲学教育を嫌っていたこと、などなどの点だ。 

ファクト重視の経験主義という、アングロサクソン系の思考方法になじんでいるからこそ、統計データの分析をベースに、アナール派仕込みの歴史学の知見を踏まえた的確な未来予測を可能としているということがわかる。この点は、日本人は大いに学ぶべきことであろう。経済指標にくらべて、人口統計はウソをつきにくいからだ。 

トッド氏の未来予測がすべて正しいかどうかはさておき(…時間がたてば検証可能だ)、その方法論に注目してみる価値はある。その意味では『思考地図』のほうだけでなく、『大分断』にも「絶対値による会話分析法」というヒントが紹介されているので参照しているといいだろう。

内容がポジティブであろうがネガティブであろうが関係なく、そのフレーズが言及されることの数量(の多さ)で判断ができるという思考法のことだ。「人びとが口にすることとまったく反対の内容が、しばしば真実である」と言う考え方にもとづいたものだ。

現在すでに70歳となり、本人も「老人」と自称するトッド氏であるが、「不確実性」が支配する社会を分析し、未来を「予見」する、その鋭い知見には期待したいものである。


『エマニュエル・トッドの思考地図』(大野舞訳、筑摩書房、2020)

目 次
日本の皆さんへ
序章 思考の出発点
1 入力-脳をデータバンク化せよ
2 対象-社会とは人間である
3 創造-着想は事実から生まれる
4 視点-ルーティンの外に出る
5 分析-現実をどう切り取るか
6 出力-書くことと話すこと
7 倫理-批判にどう対峙するか
8 未来-予測とは芸術的な行為である
ブックガイド

目 次 
はじめに
第1章 教育が格差をもたらした
第2章 「能力主義」という矛盾
第3章 教育の階層化と民主主義の崩壊
第4章 日本の課題と教育格差
第5章 グローバリゼーションの未来
第6章 ポスト民主主義に突入したヨーロッパ
第7章 アメリカ社会の変質と冷戦後の世界
訳者あとがき・解説
 
 

著者プロフィール
エマニュエル・トッド(Emmanuelle Todd)
1951年フランス生まれ。歴史人口学者。パリ政治学院修了、ケンブリッジ大学歴史学博士。家族制度や識字率、出生率などにもとづき、現代政治や国際社会を独自の視点から分析、ソ連崩壊やリーマン・ショック、イギリスのEU離脱などを予見したことで広く知られる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

日本語訳者プロフィール
大野舞(おおの・まい)
フランスのバカロレア(高校卒業国家資格)を取得後、慶應義塾大学総合政策学部入学。パリ政治学院への留学を経て同学部を卒業。一橋大学大学院社会学研究科を修了。日本の大手IT企業に勤めたのち、渡仏。パリの出版社でライセンスコーディネーターや通訳の仕事に携わる。その後、日仏のスタートアップ関連の仕事を経て、独立。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

エマニュエル・トッド (著)「エマニュエル・トッドの思考地図 (筑摩書房) 」- 著者にインタビュー / シード・プランニング【Seed Planning, Inc.】(YouTube 音声フランス語 日本語字幕つき 48分強)



・・「トッド: 私にとって科学的な手順とは、多くの事実を前に仮説を立てて、その仮説がすべての事実についても正しいかどうかを一つひとつ確認することです。ここで最も重要な作業は、ファクトの収集で仕事のほとんどを占めています。それが終わったら、理解しやすいシンプルなモデルに組み込むための整理をします。これが私の研究の方法です。
また、私はフランス人ですが、家系は一部英国系の伝統を受け継いでいますし、英ケンブリッジ大で研究もしました。こうして、英国の経験主義とフランスの合理主義の対立を、身をもって体験しました。
(・・中略・・)
ブレークは直感めいたアイデアのことです。15秒あればできるのですが、そこに到達するまでには、何年もの知識の蓄積が必要です。本を読み続け、執拗なまでにデータや情報を収集して自分の頭の中に図書館やデータバンクをつくる。でも、膨大な情報をインプットするだけではだめで、情報を完全に咀嚼して、意識から無意識まで時間をかけて落とし込んでいく。するとある日、別々の情報同士が手を携えて、新たなアイデアとして飛び出してきます。
ブレークのためには、もしかしたらちょっと道から外れてみるべきなのかもしれません。日常のルーティンから出る。映画を観に行ったり、子供と田舎に行ったり、あるいは恋をしたり・・・。要するに自分のテーマばかりに注力していてはいけないということです。
(・・中略・・)
一度、誤解から解放されれば、データを見るだけで物事が明快になり、作業が簡単に進められるようになります。研究というのは90%が掃除で、残りの10%が構築だと思います。私は自分に騙された自分を発見するのが大好きです。
(・・中略・・)
アイデアを得てそれをアウトプットするためには、自分に自信を持つこと、ポジティブなイメージを持って自分に何ができるか把握することが大事です。そして同時に、どこかにかならず自分を評価してくれる人がいると信じることです。」

エマニュエル・トッド氏、エリートが分断を解消せよ(日経ビジネスオンライン 2021年1月22日)
・・「中国はソ連と似たようなところがあり、全体主義的な傾向を持ち、西洋や先進諸国の経済の後追いをしています。後追いが終わって1番になったときに、刷新とか改革をするような文化がない。そうすると結局そこで崩壊してしまうと言える。例えば米国は内部がどんどん衰退しても常に刷新し革新をしていく。イノベーティブな精神があることでインターネットも生まれましたよね」(トッド)

(2021年3月31日 情報追加)


PS ところが、「知の巨人」トッド氏には大いに失望させられることになった、というオチ

・・「それにしても、トッド氏の「反米主義」の復活ぶりには、鼻しらむ思いで興ざめだな。すでに70歳を過ぎた「知の巨人」は、ふたたび強烈な「反米主義」に戻ってしまったようだ。 フランス知識人の悪弊が丸出しだな。 アングロサクソン好きを公言していたトッド氏だが、今回の動きで英国にも失望したと吐露している。知識人は、どうしてそうもナイーブなのかねえ。だから、学者や知識人は一般大衆からバカにされるのだよ(笑) 本書をつうじて強烈な「反米主義」が展開されているので、おそらく旧サヨク系の思考傾向をもつ日本人読者からは大歓迎されるだろう。米国の左翼知識人ノーアム・チョムスキーと同様に(笑)」

(2023年11月1日 追記)


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■トッド以外の「歴史人口学」





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2018年4月18日水曜日

書評『戦争を始めるのは誰か ー 歴史修正主義の真実』(渡辺惣樹、文春新書、2017)- サブタイトルから受ける印象で敬遠せずにぜひ読むべき真っ当な内容の現代史


買ったまま積ん読にしていた『戦争を始めるのは誰か-歴史修正主義の真実-』(渡辺惣樹、文春新書、2017)を読んだ。読みながら思ったが、この本は読む価値が大いにある。 

「歴史修正主義」とか「真実」なんてコトバが表題にあるだけで胡散臭い感じがプンプンして敬遠したくなるのが正直なところだが、虚心坦懐にこの本を読んでみると、意外と(?)きわめて真っ当な内容であることに気づく。 

著者のいう「歴史修正主義」とは、世間一般で使用されている否定的ニュアンスのものとは違う「米英両国の外交に過ちはなかったのか、あったとすれば何が問題だったのか、それを真摯に探ろうとする歴史観」のことだ。

具体的には、第二次世界大戦の米英を中心とした「連合国」の立場を正当化するために、事実関係を都合良く取捨選択してつくられたストーリーに異議申し立てをする立場のことだ。端的にいえば、日本を戦争に追いやった日本嫌いで中国好きのフランクリン・D・ルーズベルト(FDR)の真相を明らかにし、日米戦争が本来は不必要な戦いであったことを明らかにすることにある。

著者は、けっして 「枢軸国」のドイツや日本が正しかったのだと主張しているわけではないヒトラーやスターリンが正しかったのだなどと主張しているわけではない。あくまでも虚心坦懐に事実関係を検証していく立場である。この点は強調しておく必要がある。 

帯のオモテには、「チャーチルとルーズベルトがいなければ第二次世界大戦は起こらなかった!」とある。 この本を読むと、とくにフランクリン・D・ルーズベルト(略してFDR)が諸悪の根源であったことが納得される。ニューディール政策の失敗を糊塗するため戦争による景気刺激を欲しており、欧州の戦争への介入機会を探っていたことは、日本人の常識とすべきだろう。

欧州問題にはかかわらないというワシントン以来の国是である「孤立主義」から逸脱し、「介入主義」を推進した張本人がFDRであり、そしてその先行者がおなじく民主党の第一次世界大戦への米国の介入を推進したウッドロウ・ウィルソンであることがよくわかる。 日本では理想主義者として礼賛されがちな二人だが、ともにプロテスタント牧師の子ども、善悪で白黒をつけたがる独善的思想の持ち主で、ともに人種差別主義者であった。

チャーチルについては、つい最近も2017年に英国で製作された『ウィンストン・チャーチル』という映画が日本公開されており、関心が再び高まっているものと思う。大恐慌(1929年)で大きな借金を抱えることになったことは映画にも出てくるが、ナチスが台頭したことが、反ナチス・反ドイツを主張していたチャーチルを政治の表舞台に「復活」させたことも事実である。チャーチルもまたFDRと同様、「好戦的」であったことは否定できない事実だ。 



日本で使用されている「世界史の教科書」で教えられてきた「米国政府の基本見解に基づく公式見解」とは違うかもしれないが、あくまでもドイツのポーランド侵攻(1938年)の時点で、第二次世界大戦の根本原因が何であったかを探った内容の本である。じっさい読んでみての感想は、かなりの程度、納得のいくものであった。 

世の中の出来事というものは、後付けの理屈で整理されるほど簡単な図式で割り切れるものではない。複雑な要素がからみあっているのであり、その時、その時の指導者たちの思惑が、意志決定の正しさや間違いも含めて複雑にからみあって、「流れ」が出来上がっていくものだ。 

この本が出版されたのは2017年1月で、その当時のわたくしは拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』の執筆に専念しており、この本を読むヒマはなかった。 だが、本書で展開されている基本的な見解にかんしては著者の渡辺氏とは共有しているものが多々あることがわかって、大いに心強い思いをしている。(上掲の写真の、帯のウラに記された箇条書きの文言を参照)。 

単行本のようにボリュームも内容もある本だが、関心のある人にはぜひ読むことを勧めたい。






目 次     
はじめに 
第1章 第一次世界大戦の真実 
第2章 第一次世界大戦後の歴史解釈に勝利した歴史修正主義 
第3章 ドイツ再建とアメリカ国際法務事務所の台頭 
第4章 ルーズベルト政権の誕生と対ソ宥和外交の始まり 
第5章 イギリスの思惑とヒトラー 
第6章 ヒトラーの攻勢とルーズベルト、チェンバレン、そしてチャーチル 
第7章 ヒトラーのギャンブル
おわりに
人名索引


著者プロフィール    
渡辺惣樹(わたなべ・そうき)
日米近現代史研究家。1954年生まれ。静岡県下田市出身。東京大学経済学部卒業。カナダ・バンクーバー在住。英米史料をもとに開国以降の日米関係を新たな視点から研究。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





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2017年12月28日木曜日

福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ




「文明論」と題した本は多数ある。そのなかでも、日本でよく言及されるのは、米国の政治学者ハンチントン教授による『文明の衝突』(集英社、1998)であろう。ことし2017年には単行本出版から19年もたって、ようやく文庫化もされている。つまり集英社にとっては、単行本としてよく売れてきたということだ。

中国文明とイスラーム文明が手を結ぶことになる(!)など荒唐無稽の説が書かれているのは、著者のハンチントン教授が「文明論」を専門にするわけではなく、あくまでも政治学者であることがその理由だろう。時の米国政権の委嘱によって執筆したという説もあることはアタマに入れておいていい。

とはいえ、「日本文明」を「中国文明」とは異なる別個の文明として扱った点は、日本でも好意的に評価されてきた。「日本文明」というテーマを打ち出したのは、「文明の生態史観」(1957年)で「文明論」の論客としても知られる梅棹忠夫氏の一連の業績であるが、梅棹忠夫氏自身もハンチントンの著書にかんしては、その点は評価していた。

だが、待って欲しい。何も20世紀の米国政治学者が書いた大冊をあがめ奉ることはない。本は長きがゆえに尊からず。日本には、すでに明治時代に「文明論」が登場している。それは、福澤諭吉の『文明論之概略』だ。「之」は「の」と読む。最近は中国人でも日本語のかな文字「の」を使いたがるくらいだから、このタイトルは古色蒼然(こしょくそうぜん)とした印象を受けるのも無理はない。

この本こそ、「日本文明」という概念を最初に打ち出し、啓蒙主義の立場から日本が進むべき道を指し示した古典的名著である。

ただいかんせん、『学問のすゝめ』と同様に全編が文語体で書かれており、岩波文庫版で本文が300ページもある。歯切れのいいリズミカルな文体でわたしは好きなのだが、現在の日本人の読解力からいったら、敬遠してしまうのも仕方ないだろう。


近代社会の枠組みはアングロサクソンが作った

ネット販売の amazon のサイトには「よく一緒に購入されている商品」 という項目がある。 拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)の 場合は、『文明論之概略』がでてくる。これは、最新の「現代語訳」だ。近代思想史の研究者・先崎彰容(せんざき・あきなか)氏によるものだ。




この書籍の画像をクリックすると、こんな情報が出てくる。拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』と『ユダヤ人の教養-グローバリズム教育の三千年-』(大澤武男、ちくま新書、2013)とあわせて3冊が「よく一緒に購入されている」ようだ。



拙著の「第5章 第2次グローバリゼーション時代とパックスブリタニカ-19世紀は植民地帝国イギリスが主導した」の「1 大英帝国が世界を一体化した」では、「文明」について考えるための手引きとして『文明論之概略』を使用したことを読み取った読者がいるのだろうか? そういう読み方をしてくれているのは、たいへんありがたいことだ。著者冥利に尽きる。
  
福澤諭吉は、「日本文明」を独自の存在として認めたうえで、当時は先進であった大英帝国を中心とした西欧にキャッチアップするためには、「西欧文明」を積極的に導入して「近代化」すべきことを説いた人だ。これは、「第2章 西洋の文明を目的とする事」の冒頭で論じられている。

「目次」を紹介しておこう。あくまでも日本人として日本の「自国の独立」を中心におき、「日本文明」の発達を実現するために「西洋文明」を学ぶのはそのためであるとする姿勢が感じられるであろう。じつに骨太の議論を展開しているのだ。


目 次  

緒言
巻之一
 第1章 議論の本位を定る事
 第2章 西洋の文明を目的とする事 
 第3章 文明の本旨を論ず
巻之二
 第4章 一国人民の智徳を論ず
 第5章 前論の続
巻之三
 第6章 智徳の弁
巻之四
 第7章 智徳の行わるべき時代と場所とを論ず
 第8章 西洋文明の由来
巻之五
 第9章 日本文明の由来
巻之六
 第10章 自国の独立を論ず


引用したい箇所は多いが、「条文解釈」は丸山真男の『「文明論之概略」を読む 上中下』(岩波新書、1986)があるので、そちらを参照するとよいだろう。ここでは、文章のリズムを感じてもらうために、岩波文庫版からいくつか引用しておきたい。現代語訳もいいが、できれば原文の雰囲気の一端でも感じてほしいからだ。

智恵は則ち然らず。一度び物理を発明してこれを人に告れば、忽ち一国の人心を動かし、あるいはその発明の大なるに至ては、一人の力、よく全世界の面(おもて)を一変することあり。ゼイムス・ワット蒸気機関を工夫して、世界中の工業これがためにその趣を一変し、アダム・スミス経済の定則を発明して、世界中の商売これがために面目を改めり。(第6章 智徳の弁)

宗教は文明進歩の度に従てその趣を変ずるものなり。(・・中略・・) 人智発生の力は大河の流れるが如く、これを塞がんとしてかえってこれに激し、宗旨の権力、一時にその声価を落すに至れり。則ち紀元千五百年代に始まりたる宗門の改革、これなり。(第6章 智徳の弁)

ここに我日本の殷鑑(いんかん)として印度の一例を示さん。英人が東印度の地方を支配するに、その処置の無情残酷なる、実にいうにしのびざるものあり。(第10章 自国の独立を論ず)


「よく一緒に購入されている3冊」について先に触れたが、拙著ではまた、英米アングロサクソンが作った枠組みの中で、日本人より半世紀先行して西欧世界に入ったユダヤ人についてページ数をかなり割いて取り上げている。なぜなら、現代社会、とくにビジネス界は、アングロサクソンの枠組みのなかでユダヤ人が併走するという枠組みのなかで動いてきたからだ。

ユダヤ人については、俗説にまどわされずに正確な事実を知るべきである。その意味では、拙著では直接使用しなかったが、『ユダヤ人の教養-グローバリズム教育の三千年』(大澤武夫、ちくま新書、2013)もあわせて読むことを推奨しておきたい。


「よく一緒に購入されている商品」として列挙されているこの3冊は、ぜひみなさんの読書計画の参考にしていただきたいと思う次第。




<ブログ内関連記事>

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ! (2012年の執筆時点で140年前)

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である
・・「中華文明と日本文明の2つの文明の差異について展開してきた議論が、ついに「アジア主義との永遠の訣別」の表明に至るのを読むとき、同じく東アジアの二国に深く関与したが故に「脱亜論」を説かねばならなかった福澤諭吉を想起するのは、私だけではないだろう」

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・「近代(化)」を主導した福澤諭吉についての言及がある。「明治維新に前後して、新しい日本国Bをつくろうとする機運が生じる。福澤諭吉や伊藤博文などは、その最大のイデオローグであった。日本国Bは、古い国家伝統である「脱亜」を「入欧」と読み変えてみせた。そのうえで、文明開化と富国強兵という、西欧化と近代化とを織り合わせた政策を展開するのである」

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ 
・・「(西郷隆盛は)福澤諭吉の『文明論之概略』を愛読し大いに評価していたこと。福澤諭吉が西南戦争に際して西郷隆盛を政府の横暴に対する抵抗であると弁護したことは、たとえ会ったことはなくても、両者が互いにリスペクトしあっていたことを物語るものだ。

書評 『もうひとつの「王様と私」』(石井米雄、飯島明子=解説、めこん、2015)-日本とほぼ同時期に「開国」したシャム(=タイ)はどう「西欧の衝撃」に対応したのか
・・「開国」後に、日本は「明治維新」という「革命」を断行し「近代化」=「西欧化」を全面的に遂行して「国民」形成の道を突き進んだのに対し、シャムは上層エリートは「近代化」=「西欧化」を受け入れたものの、「立憲革命」という「革命」は日本に遅れること64年、「国民」形成はそれ以降の課題となった。出発点が同じであったのにかかわらず、日本とタイで大きな差が生まれたのはこのためだ」

書評 『テヘランからきた男-西田厚聰と東芝壊滅-』(児玉博、小学館、2017)-研究者の道を断念してビジネス界に入った辣腕ビジネスマンの成功と失敗の軌跡
・・この本のP.125で、『「文明論之概略」を読む 下』(丸山真男、岩波新書、1986)の「結び」で言及されているイラン人女子留学生のエピソードの謎解きができた。このイラン人女子学生こそ、西田氏の妻となったファルディン・モタメディ氏である。

(2018年1月17日 情報追加)


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