(カバーデザインはビルマ人の心のふるさとインレー湖の風景)
本書のテーマは、英国の作家オーウェルとビルマ(=ミャンマー)の2つである。なぜ作家とビルマの二つが結びつくのか?
オーウェルについて知っている人には当たり前だろうが、オーウェルはパブリックスクール卒業後、大学には進学せずに当時大英帝国の植民地であったビルマに渡り警察官になったのである。
5年間の勤務後、彼は英国に戻り、『ビルマの日々』(Burmese Days)という小説でもって作家デビューをする。この事実を知ってから本書を読めば、興味は倍増するだろう。
読者は、著者と一緒にオーウェルを探す旅を最後まで追体験することになる。
オーウェルがビルマに滞在していた1920年代と、米国の女性ジャーナリストが旅する現在のミャンマーが、同じ場所を巡って、時代をこえて交錯する。現地の人たちとの交流と対話をつうじて、ビルマ近現代史が浮かび上がってくる。
オーウェルは1940年代に発表した代表作である『動物農場』(Animal Farm)、『1984』といった作品の中で、執筆当時のスターリン統治下のソ連を念頭において全体主義社会の恐怖を描いているが、本書を最後まで通して読めば、作中に初紹介されたビルマ人のジョークの意味がよくわかってくるはずだ。
「オーウェルはビルマについて一冊の小説を書いたが、実は三部作だ。すなわち『ビルマの日々』『動物農場』『1984』だ」、と。
ソ連は崩壊したが、決して全体主義社会が地上から消え去ったわけではないのだ。
軍事政権下のミャンマー(=ビルマ)がいかなる状況にあるか、読者は事実について著者とともに一つ一つ知っていくことになるだろう。
オーウェルについて知っていればなおさらのこと、知らなくても、特にミャンマーとビルマがストレートに結びつかない若い人たちに読んで欲しい作品である。一日も早く軍事政権の支配が終わることを願いつつ。
(初出情報 2007年11月8日 amazon および bk1*に投稿掲載)
* 現在は honto に統合されている。
■書評への後記(2014年5月)
いまから7年前、「民主化」が始まる以前に書いた書評だ。そんな時代があったのだということを記憶しておくためにも、この記録として再録しておく必要を感じている。
『ジョージ・オーウェルをビルマに探して』(Finding George Orwell in Burma)という本は、日本語訳では『ミャンマーという国への旅』(エマ・ラーキン、大石健太郎訳、晶文社、2005)というタイトルになっている。だがこの日本語タイトルは適切ではない。
じつはこの書評は日本語版ではなく、英語版を読んだうえで執筆したものだ。引用文は、わたしが英語の原文から訳したもの。日本語版の該当箇所を見たが、誤訳しているのではないかという印象を受けた。読むなら英語原文のほうがいい。
Emma Larkin は、アメリカ人女性ジャーナリストの偽名ということだが、本名は明かされたのだろうか? 明かされることはあるのだろうか?
「民主化」に踏み切ったとはいえ、完全な「民主化」というわけではない現在、関わった人たちのことを考えれば、まだすべてを明らかにできる状況ではないと判断しているのだろうか。
プロフィールによればラーキンは、アジアで生まれ育ち、ビルマ語には堪能、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS:University of London, School of Oriental and African Studies)を卒業したということになっている。
2008年5月のサイクロン・ナルギスによる甚大な被害が、軍事独裁政権の不作為と妨害によって人為的に拡大した人災としての側面も大きいことを描いた Everything is Broken: A Tale of Catastrophe in Burma が出版されたのは2010年のことであったが、それからしばらくして突然、ミャンマーは「民主化」に大きく踏み切った。
結局、この新著は日本語訳されることなく現在に至っている。『すべては破壊された-ビルマのカタルトロフの物語-』とでもなるはずだったろうに・・・
その後、軍事独裁下で民衆が苦しんでいたことなど、海外の人びとの記憶から消えてしまったようだが、それははたして良いことなのだろうかと疑問に思ってしまうのは、わたしだけではないと思うのだが・・・
オーウェル好きの人だけでなく、ミャンマーがビルマであることし知らない若い世代にこそ読んでほしい本だ。いまだ「民主化」は途上にある終わりなきプロセスなのである。カッコ書きで「民主化」と書くのはそのためだ。
未来志向が大事だとはいえ、過去に目をつむってはいけない。
<関連サイト>
アップル社CM『1984』 リドリースコット監督 (YouTube)
・・マッキントッシュ社は、巨人IBMが支配する世の中を全体主義と見立てて、PC(パーソナルコンピュータ)による戦いを挑んだ
Everything is Broken by Emma Larkin (Book Addiction ブログ書評記事)
<ブログ内関連記事>
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(2014年5月18日、6月8日 情報追加)
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