ここのところ大乗仏教、そのなかでもとりわけ日本仏教を代表する宗派である浄土真宗に即していろいろ考えていたが、やはり思うのは仏教のデフォルトである「初期仏教」が重要だということだ。あらためてそう思う。
かつては「原始仏教」とよばれることもあったが、近年はすっかり「初期仏教」という呼び方が定着している。端的にいったらブッダその人の教えである。
「初期仏教」に土地勘のある人ならわかると思うが、ブッダの言行録である『ダンマパダ』や『スッタニパータ』は、ドラマ性は希薄で淡泊としかいいようのない、シンプルな詩句のつらなりである。大乗仏教の経典の過剰さ、絢爛さからあまりにもかけ離れている。
そんな「初期仏教」の教えこそ、逆説的だが現代人が抱える悩みにダイレクトに応えてくれるのだ。
購入したままほったらかしにしていた『ネットカルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出』(佐々木閑、角川新書、2018)をなんとなく読んでいたら、これは現代人の必読書ではないかと思った。
ブッダは「人生は苦」であるという認識をベースに思考し、「苦から脱出」をテーマに実践活動をつづけた人だ。
「苦」はかつては「生老病死」という四字熟語で表現されてきたが、科学にも造詣の深い仏教学者の佐々木氏は、「生老病死」に「インターネット」を加えるべきだという。すなわち「生老病死インターネット」である。
「カルマ」は日本語では「業」(ごう)と表現されてきた。自分の過去の言動がすべてダイレクトに、あるいは時間差をおいて間接的に影響を及ぼしてくることをさしている。これは善悪には関係ない。
因果関係の「因果」とは仏教要語である。「原因と結果」の略である。結果にはすべて原因があるということだ。自分の言行が「原因」となって、知らず知らずのうちに 「結果」として現れてくるのだ。
ブッダの時代は、基本的に自分の言動が現在に及ぼす影響について語っていたが、ネット社会では自分の言動だけでなく、その賞賛や批判もふくめた他者の言動も、そしてあらゆる無意識の言動も「記録」されてしまう恐ろしさがある。それが著者のいう「ネットカルマ」の本質だ。
人間どうしがつながったSNS の世界では、批判の対象となる人だけでなく、批判した人もまた批判にさらされ、自殺や殺人に追い込まれる悲劇が後を絶たない。
インターネットを介してつながっているのは、SNSでつながっている人間どうしだけでない。機械どうしも IoT によってつながっている。生成AI の時代はなおさら加速することであろう。誤った言動、悪意に満ちた言動も「学習」され、悪しき結果を生み出す原因となる。
われわれはすでに「管理社会」を生きているのである。管理の網の目のなかに織り込まれているのである。それは、絶対的な善悪の判定者が不在の、著者がいう「邪悪なバーチャル世界」である。じつに息の詰まる状況ではないか。
こんな状況だからこそ、「初期仏教」の教えが意味をもつのである。ヒントになるのである。もちろん、ブッダが生きた時代はいまから2500年も前であるが、基本はおなじだ。これを21世紀用にバージョンアップするのである。
基本は「自己」による意思と行動である。「自力」である。自分の心持ちがすべてを決める。 その方法論が、本書『ネットカルマ』には、わかりやすい口調で説かれている。まったくそのとおりだな、と思うブッダの言葉も精選されて収録されている。
ベストセラーでロングセラーの『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』(草薙龍瞬、KADOKAWA、2015)とあわせて読み、座右の書とすることを薦めたい。
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目 次
はじめに ネットカルマとはなにか
第1章 現代社会が生んだ新しい苦仏教はストレスと闘うために生まれた仏教前夜――古代インドでは何が「苦」だったかブッダの考えた業と因果ブッダは「生きることは苦しみだ」と気づいた「ニュートラル」に生きるとは善の仏教的二重構造善のインスタント化日本的業の世界現代社会に現れた新しい「業」と「苦」技術には良いも悪いもないインターネットと業あらゆる場面が刻々と記録されていく業の世界に神はいないより悪質な業いびつな因果システムすべての人間が「歴史上の人物」になる?忘れてもらえない恐ろしさ世代を超えてしまう業くり返し降りかかる業の報いネットに縛られた苦しみの世界を抜け出すために第2章 ネットカルマに対抗するために善と悪の基準は何かネットの中にある善悪の二重構造ネットの価値観から離れるためにすべて建前で生きるネット上のサンガ自分自身の価値観を築く第3章 ネットカルマが襲いかかってきたら子どもたちに負の側面を教える「ばれないだろう」はすでに古い考えネット業の報いを受けている人たちをどう受け止めるか生老病死インターネットネットで苦しむ人たちへの言葉世界観の転換共感者がいるという確信同じ境遇の人との連携新たな世界を作っていこうという意志第4章 ブッダの言葉に学ぶ時代を超えて普遍的な価値を持つ言葉ブッダの言葉ダンマパダ 160、103、50、252、158、165、379スッタニパータ 第3-657、451、第1-148、第4-973サンユッタニカーヤ 第3篇第1章-8ダンマパダ 240、117-118、5、273スッタニパータ 第1-142ダンマパダ 316-317真の賢人の言葉あとがき
著者プロフィール佐々木閑(ささき・しずか)1956年、福井県生まれ。花園大学文学部仏教学科教授。京都大学工学部工業化学科および、文学部哲学科仏教学専攻卒業。同大大学院文学研究科博士課程満期退学。カリフォルニア大学大学院留学を経て、現職。文学博士。専門は仏教哲学、古代インド仏教学、仏教史。日本印度学仏教学会賞、鈴木学術財団特別賞受賞。著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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