「ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ-書物がひらくルネサンス-」(印刷博物館)に行ってきた(2015年7月1日)。バチカン図書館蔵書のハイライトともいうべき貴重な稀覯書を実物展示した企画展である。
企画展のタイトルが、「バチカンⅡ」(=バチカン第二公会議)を想起させるようなものとなっているのは、2002年に行われた企画展「ヴァチカン教皇庁図書館展-書物の誕生、写本から印刷へ」の続編のためだ。残念ながら13年前の企画展には行ってない。
ヴァチカン図書館(Biblioteca Apostolica Vaticana)は、1448年にローマ教皇ニコラウス5世の写本コレクションをもとに誕生した、世界最古の図書館の一つ。現在では110万冊(!)以上のコレクションを誇る。印刷博物館とは2002年の第一回企画展以来の関係であり、このほか図書館蔵書の電子化がNTTデータによって行われていることは、意外と知られていないかもしれない。
(バチカン図書館システィーナホール wikipediaより)
印刷博物館は、印刷業者のクラスターとなっている東京都文京区小石川にあるトッパン印刷の企業ミュージアムである。印刷に特化したミュージアムとして2000年に開館したものだ。文京区に住んでいた頃、一度訪問したことがあるので、今回の訪問はひさびさであった。
印刷博物館の現在の館長は、西洋史家の樺山紘一氏。東大退官後は、国立西洋美術館館長を経て印刷博物館館長に。このキャリアパスは、歴史学者としてはたいへんよいのではないかと思う。博識の教養人であり、かつ実務能力を買われたものであろう。
全体で4部構成の展示となっている。バチカン図書館は、当然のことながら聖書やその注解をはじめとしたキリスト教関連の図書が中心だが、ルネサンスの時代背景のなか、人文主義的な観点から古代の図書も多く収集されている。
(聖書関連 チラシの裏より 以下同様)
バチカン図書館が設立されたのは15世紀後半、その後の人文主義の活発化のなか、16世紀には「宗教改革」の動きが始まる。このなかで発達したのがグーテンベルクによる活版印刷と書籍の普及である。
ほぼ同時にはじまったカトリック側の「対抗宗教改革」の動きが活発化する。「トリエント公会議」(1545~1563)においてカトリック側が公式にさだめたラテン語訳のヴルガータ聖書のほか、プロテスタント側のルター訳聖書も蔵書のなかにあるのは、さすがバチカン図書館は徹底しているな、と感心させられる。このほか「禁書」とされたエラスムスの著書も展示されている。
ちなみにトリエント公会議の決議内容は、20世紀後半の第二バチカン公会議まで300年にわたって効力をもちつづけた。
日本人にとっては、なんといってもキリシタン関係の図書が実物展示されているのはうれしいことだ。イエズス会の宣教師が日本に持ち込んだ印刷機で刊行した、いわゆる「きりしたん版」の図書が展示されている。いわゆるカテキズムである『どちりいな・きりしたん』や、天正少年使節がヴェネツィア共和国政府に送った感謝状など興味深い。
(左は少年使節の感謝状 右は『どちりいな・きりしたん』)
だが、ほんとうに見たかったのは「裏バチカン図書館展」だ。「異端審問」の歴史も長いバチカンによる「禁書目録」。バチカン図書館が所蔵する「禁書」の展示は無理だとしても、「禁書目録」のリストに掲載されている稀覯書を、各地の図書館から集めて一同に展示したら面白いのではないかと思う。
まあそんな個人的な感想はさておき、西洋文明が生み出した活版印刷の歴史を実物をつうじて見ることのできる貴重な企画展であるといえよう。日本のNTTデータによるバチカン図書館蔵書の電子化プロジェクトが進行中とはいえ、電子化されるのは110万冊の蔵書のうち約1%にすぎない。
紙に印刷された本の価値が、そう簡単に消えてしまうものではないのである。中身もさることながら、西洋文明が生み出した、モノとして本についても理解を深めるよい機会となるだろう。
<関連サイト>
ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ 特別ページ(FLASHコンテンツ)
ヴァチカン教皇庁図書館展書物の誕生:写本から印刷へ
・・2002年4月23日(火)~2002年7月21日(日)に開催されたもの。残念ながらこの企画展には行っていない
「バチカン図書館の扉」:テレビ東京 バックナンバー
・・2015年4月より放送中。バックナンバーの動画あり
バチカン図書館 コレクション・リスト (公式サイト 日本語版)
・・「バチカン図書館が所有する手稿のリストです。 これらは既に電子化が完了しており、このサイトのビューアを通してページを閲覧することが出来ます。」 バチカン図書館蔵書の電子化プロジェクトは、NTTデータによるもの。英語とイタリア語のほか、日本語のサイトがあるのはそのためだ。
バチカンとNTTデータ、想像を絶する交渉の舞台裏 (日経コンピュータ、 2014年6月11日)
・・2014年3月、図書館と日本のNTTデータとの間で、古い蔵書や文献の電子データ化作業の契約が結ばれ、2018年までに1万5000点の文献が電子化される予定である。
(印刷博物館エントランス 筆者撮影)
<ブログ内関連記事>
■バチカン関連
書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)
書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯
・・進化論を主張した著者は「禁書目録」に加えられた
書評 『正統と異端-ヨーロッパ精神の底流-』(堀米庸三、中公文庫、2013 初版 1964)-西洋中世史に関心がない人もぜひ読むことをすすめたい現代の古典
■「紙の本」と「図書館」(ライブラリー)
書評 『そのとき、本が生まれた』(アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ、清水由貴子訳、柏書房、2013)-出版ビジネスを軸にしたヴェネツィア共和国の歴史
「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない!
・・バチカン図書館には及ばないが、それでも個人蔵書をベースに発展した専門図書館としては世界有数
「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ
・・『どちりな・きりしたん』について
書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ
書評 『脳を創る読書-なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか-』(酒井邦嘉、実業之日本社、2011)-「紙の本」と「電子書籍」については、うまい使い分けを考えたい
書評 『「紙の本」はかく語りき』(古田博司、ちくま文庫、2013)-すでに「近代」が終わった時代に生きるわれわれは「近代」の遺産をどう活用するべきか
■企業ミュージアム
「もの知りしょうゆ館」(キッコーマン野田工場)の「工場見学」にいってみた。「企業ミュージアム化」が求められるのではないかな?
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
end