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2025年11月25日火曜日

『パリ憂国忌 ― 三島由紀夫 vs ヨーロッパ』(竹本忠雄、日本教文社、1981)を読んで、なぜフランス人は三島由紀夫「自決」の精神性をいちはやく理解したのか納得することができた(2025年11月25日)

 

 本日(11月25日)は「憂国忌」三島由紀夫が「自決」してから55年になる。 そして、ことし2025年は「昭和100年」。そして「三島由紀夫生誕100年」でもある。 

昨日のことだが、『パリ憂国忌 三島由紀夫 vs ヨーロッパ』(竹本忠雄、日本教文社、1981)という本を読んだ。著者はフランス滞在11年のあいだに日本の伝統文化紹介に専念されてきた人である。わたしが入手して読んだのは、2002年の「第三版」である。

だいぶ以前のことになるが、竹本忠雄氏が監修されている『日本待望論  ―  愛するゆえに憂えるフランス人からの手紙』(オリヴィエ・ジェルマントマ、吉田好克訳、産経新聞社、1998)を読んでいる。『パリ憂国忌』は、その後の竹本氏の思索の原点が凝縮された本であ。

「三島事件」を当時パリで知った竹本氏は、三島由紀夫「自決」の意味をフランス人に理解させるため、フランスのテレビに出演し、ラジオでしゃべり、文章を書き、知識階層をはじめとするさまざまなフランス人たちと対話を重ねていく。 そして、「自決」の翌年には、フランスで「パリ憂国忌」を行うまでこぎつけたのである。 

この著作を読むと、なぜフランス人がいちはやく三島由紀夫「自決」の意味を理解し、しかも同時代の日本人よりもそのメッセージを重く受け止めるようになったのか、手に取るように理解できた。 

『自死の日本史』(モーリス・パンゲ、竹内信夫訳、筑摩書房、1984)は、40年前に入手して熟読して以来の愛読書だが、日本通のフランス人思想家モーリス・パンゲが書いたこの本は、もちろん三島由紀夫「自決」もきちんと位置づけている。  




そしていま、なぜフランスから『自死の日本史』のような本が生まれてきたのか、いまようやく納得いくようになった。 

『パリ憂国忌 三島由紀夫 vs ヨーロッパ』という本の存在は、つい最近知ったばかりだが、こういう本が埋もれたままになっているのは残念なことだ。 

フランス人は、マンガやアニメといったサブカルチャーだけではなく、禅や武道その他の日本の精神性に魅せられ、日本文化を文武両面にわたって受け入れてきた。合気道もまたそうである。

ある意味では、フランス人は現在の日本人よりも、深いレベルで日本文化を理解している人が少なくないような気がする。 

日本人は、物質レベルだけでなく、精神レベルでも本来の日本を取り戻さなくてはならないこれが「昭和100年」の、「三島由紀夫生誕100年」で受け取るべきメッセージではないか? 


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目 次
第一部  超新星の誕生 
 第1章 フランスの戦慄 
  1 予兆 
  2 セーヌ河にどんぶり
  3 フランス・テレビで論戦する
  4 ヨーロッパ文明の死角
  5 「祖国解放のヒーロー」
  6 「ハラキリ」より「セップク」へ
  7 奇妙な評価のへだたり
  8 ポーランド地下抵抗者たちの感動 
 第2章 第一回パリ憂国忌 
  1 凱旋門のかたわらに 
  2 慟哭したフランドル詩人
  3 「愛国」より深い「憂国」
  4 古代ローマ人も切腹した・・・
  5 武士道は勇気と武技のみならず
  6 パエテ、ノン・ドレ・・・
  7 ここにシントーを感ずる・・・
  8 賛歌―愛と死の儀式(エマニュエル・ローテン)
第二部 龍よ、目覚めよ! 
  第1章―苛烈なる啓示 
   1 預言者、故郷に入れられず 
   2 知られざるフランスの靖国神社
   3 武士道と騎士道の対話 
  第2章 パリ=ローマの論争 
   1 皇太子殿下の問い 
   2 手繰られた「市ヶ谷」の因縁
   3 死刑囚であり死刑執行人であること
   4 ミシマはノイローゼ患者・・・
   5 「イル・テンポ」紙の正論
   6 賛歌―ユキオ・ミシマの墓(ピエール・パスカル)
第三部 幻影の対話 
 第1章 別の文明に向かって 
 第2章 ド・ゴール、憂国の先駆者
第四部 アンドレ・マルローの讃歎
 第1章 ジャンヌ・ダルクの星のもとに
 第2章 天皇、歴史の主題となる
 第3章 英雄の復権
 第4章 インド入り日本へ
エピローグ 瀧の下の出会い
参考エッセイ 被告席のマルロー
第三版後記
三島素戔嗚尊自刃の真義―没後30年「憂国忌」祭文
本書初版への各界回想と書評 

著者プロフィール
竹本忠雄(たけもと・ただお)
1932年~。日仏両国語での美術・文芸評論家。筑波大学名誉教授、コレージュ・ド・フランス元招聘教授。アンドレ・マルローの側近・研究家として国際的に著名。深層の日本紹介と高度の東西対話に一貫従事し、特に合理偏重の歴史的錯誤からいかに人類は再起すべきかとの観点で霊性文明の復興を提唱し、ヴィジョネール(幻視者)としての自らの一代記をまとめた『未知よりの薔薇』全8巻を89歳で刊行した。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2025年5月6日火曜日

「昭和100年」は「三島由紀夫生誕100年」でもある。『三島由紀夫対談集 尚武のこころ 復刻版』(イーストプレス、2025)が復刊されたことはありがたい

 

ことし2025年は「昭和100年」になるという。そして同時に「三島由紀夫生誕100年」でもある。 

前回の「大阪万博」こと「EXPO' 70」は、1970年(昭和45年)に開催された。万博終了後の11月に自決した作家の三島由紀夫は、「昭和時代前半」そのものといっていいだろう。 

小学2年生のときに親に連れられて「EXPO' 70」を訪れている。新聞一面に載っていた三島由紀夫の自決後の生首のモノクロ写真も見ている。当然のことながら三島由紀夫のなんたるかも知らなかったが、かろうじて同時代に三島体験をしたことになるといっていいかもしれない。

 「三島事件」の衝撃の大きさは、およそ文学などとは縁のないわが家にも、最晩年の『春の雪』や『暁の寺』といった、黒塗りの箱入りのハードカバーの単行本があったことからもわかる。おそらく事件後に便乗商法的に増刷され、飛ぶように売れたのだろう。はたして読まれたものかどうか、いまとなってはまったくわからない。 

さて、そんな「三島由紀夫生誕100年」でもあることし2025年には、三島由紀夫関連の書籍の出版や再刊があいついでいる。 

なかでも、『三島由紀夫対談集 尚武のこころ』が、1970年9月に日本教文社から出版されたオリジナル版に手を入れることなく『三島由紀夫対談集 尚武のこころ 復刻版』(イーストプレス、2025)として出版されたのはありがたい。  

この対談集に収録されている村上一郎との対談「尚武の心と憤怒の叙情 文化・ネーション・革命」を読みたかったからだ。


■「石原慎太郎との対談が非常に重要」という三島由紀夫


対談者は、収録順に石原慎太郎、寺山修司、小汀利得(おばま・としえ)、中山正敏、鶴田浩二、高橋和巳、林房雄、堤清二、野坂昭如、村上一郎である。

作家、演劇人、ジャーナリスト、評論家、空手家、俳優、経済人と多士済々である。 三島由紀夫は、全体を俯瞰してこう書いている。 


対談の相手方の思想傾向は千差万別であるが、右顧左眄(うこさべん)して物を言ふやうな人が、対談者の中に一人もゐなかつたといふことは、私の倖せでもあり、名誉でもあつたと思ふ。敬意を抱くことのできない人と対談したところで仕方がない。(・・・中略・・・) 今回読み返してみて、非常に重要な対談だと思はれたのは、石原慎太郎氏との対談であつた。旧知の仲といふことにもよるが、相手の懐に飛び込みながら、匕首(あひくち)をひらめかせて、とことんまでお互ひの本質を露呈したこのやうな対談は、私の体験上もきはめて稀である。


その石原慎太郎との対談は、「守るべきものの価値 われわれは何を選択するか」と題されている。 

この対談は、『三島由紀夫 石原慎太郎 全対話』(中公文庫、2020)や、ことし復刊された『三島由紀夫の日蝕 完全版』(石原慎太郎、実業之日本社)などにも再録されているが、「天皇」なる存在をめぐって石原慎太郎は三島由紀夫の痛いところを衝いている。

まさに三島由紀夫の述懐どおりである。 

同世代の俳優の鶴田浩二との対談では、「「この過ちは繰り返しません」の原爆碑、あれは爆破すべきだよ」など、過激な発言を繰り出した三島に対して、学徒出陣の体験者である鶴田浩二が共感を示している。発言の趣旨には、わたしも心情的には共感する。

その真意については、本文を参照していただきたい。 


■一橋大学出身者との対談で始まり東京商大出身者との対談で終わる

 石原慎太郎との対談に始まり、村上一郎との対談で締めくくったこの対談集。知的な意味で三島の好敵手であった作家で政治家の石原慎太郎と、心情的な意味での三島の共感者であった歌人で評論家の村上一郎は、奇しくもともに一橋大学の同窓生である。 

石原慎太郎は芥川賞受賞の翌年の1956年(昭和31年)卒、村上一郎は東京商科大学時代の1943年(昭和18年)卒で海軍体験がある。村上一郎は、三島由紀夫の自決から7年後に日本刀で頸動脈を斬って自死している。

大東亜戦争をはさんだ戦後派と戦中派の世代差は大きく、文学の志向性もまったく異なるが、卒業生のほとんどがビジネス界に進む社会科学系の大学から生まれた、この右派的で特異な経歴をもつ文学者たちには、ある種の共通性があるように感じるのだ。 

それがなんであるか、すぐには言語化できないのはわたしの不勉強のためだが、両者のはるか後輩にあたるわたしには、そう感じてならないものがある。 


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