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2009年11月23日月曜日

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民



(効験あらたかなエラワンプーム 筆者撮影)

 バンコクではヒンドゥー教の神々が非常に人気がある。

 ビルの敷地内に鎮座する万物の主である、四面をもった黄金のブラフマー像は、市内の至る所で目にすることになる。ブラフマー神像の前をとおるとき、たいていのタイ人は手を合わせていく。ブラフマー(=梵天)とは、ヒンドゥー教世界では最高神の一人で、世界の創造とその次の破壊の後の再創造を司る。

 ところで、バンコクはタイ語ではクルンテープ(Krunthep)という。

 実は正式名称はもっと長い。世界でもっとも正式名称が長い都市ということを聞いたことのある人も多いと思う。

 現王朝チャクリ(またはラタナコーシン)朝の初代国王であるラーマ1世が1782年にバンコク(クルンテープ)に遷都する際に名付けたものである。古都アユタヤがビルマ軍によって壊滅した後、紆余曲折をへて首都はチャオプラヤー川下流のバンコクに移されることとなった。

 その正式名称を、タイ語をカタカナ表記すると以下のようになる、とのことだ。Wikipedia の記載に少し手を加えて引用しておく。
(タイ語) クルンテープマハーナコーン ボーウォーンラッタナコーシン マヒンタラーユッタヤーマハーディロック ポップノッパラット ラーチャターニーブリーロム ウドムラーチャニウェート マハーサターン アモーンピマーン アワターンサティット サッカタッティヤウィッサヌカムプラシット

(日本語訳) インドラ神(≒帝釈天)がヴィシュヌカルマ神に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、インドラ神の戦争のない平和な、インドラ神の卓越した宝石のような、偉大な天使の都

 日本語訳の最後にでてきた、"偉大なる天使の都"が、タイ語の"クルンテープ・マハナコーン"にあたる。通常はクルンテープ、またはクルンテープ・マハナコーンといっている。

 英語でいうと、City of Angels となる。カリフォルニア州の州都ロサンゼルス(Los Angels:LA エルエー)と同じ意味になる。LA は、もともとスペイン語の Los Angelos のことであり、BKK(=Bangkok の英語略称)と LA はもともと同じ意味になるわけだ。

 この引用でもうひとつ注目してもらいたいのが、バンコクはインドラ神が命じて作らせた、という記述である。インドラ神のヒンドゥー教では雷をあやつる神とされており、きわめて重要なポジションを占めている。バンコクでもっとも重要なヒンドゥー教の神がインドラ神である理由がここにある。

 タイは世界でも有数の仏教国じゃなかったの、と思われるだろうが、現在でも王室関係の重要な行事はすべてヒンドゥー教の司祭であるバラモンが主催するのである。

 政治の支配原理はクメール由来のヒンドゥー教の"王権神授説"であり、これはダンマラジャ(Dhammaraja)、すなわち王の法とよばれるものだ。王室と政府のシンボルである聖なる神鳥ガルーダは、ヒンドゥー神話に由来する。

 タイの国王は立憲君主であるが、憲法において絶対不可侵の存在と規定されている。これは何度クーデターが起こって憲法が新しく発布されても、いっさい変更のない事項であり、国王自身もいっさい否定していない。ここにいわゆる"不敬罪"が成立する法的根拠がある。

 国家支配原理としてのヒンドゥー教が一方にあるのだ。


 そしてまた一方には、一般民衆が現世利益(げんぜりやく)を求めて信仰する対象として、ヒンドゥー教の神々がある、という実態がある。

(参詣者の絶えないエラワン・プーム 筆者撮影)

 なんといってもバンコク市内ではエラワン(Erawan)がもっとも有名で、黄金のブラフマー神像を祀った祠の周りには、ひっきりなしに参拝客が訪れ、満願成就の感謝として踊り子による踊りが奉納されている。

 エラワンのブラフマー神像建立縁起には、1956年のエラワン・ホテル建設にまつわる悪霊退散伝説があり、都市伝説の類のようではあるが、効験あらたかな点にかんしては右に並ぶものがないとされている。タイ人がピー(霊)の存在を信じているためで、建設労働者ももちろん例外ではないのである。


 私もバンコクでの事業が成功したら、エラワン・プームで踊りを奉納するつもりだたのだが、残念ながらこの夢は幻と消えた。

(踊子の舞が奉納される 筆者撮影)

 ちなみに料金表によれば、踊り子2人の場合260バーツ、4人で360バーツ、6人で610バーツ、8人で710バーツである(2008年現在)。バーツ換算は1バーツ≒3円で計算すると相場がわかるだろう。

 華人や、関西人ならずとも験(げん)を担いでみてはいかがかな。

(ISETAN前の広場に鎮座する巨大なガネーシャ 筆者撮影)


 バンコク中心部にある ISETAN(伊勢丹)前の広場には、黄金の巨大なガネーシャの祠があり、ここにも参拝客が引きも切らず訪れ、思い思いに祈っている。象の姿をしたガネーシャはヒンドゥー教では商売繁盛の神様である。


(ヴィシュヌ神 筆者撮影)

また、バンコクの中心を東西に走るスクムヴィット通りには、極彩色に塗られた若きヴィシュヌ神の祠があり、ひときわ人目をひく。正直いってギョっとする印象を受けるのは私だけではあるまい。この像にも多くの人が前をとおるときに手を合わせている。

(ラチャダー交差点のヒンドゥー寺院 手前に「黄金の牛」 筆者撮影)

 ここで知られざるヒンドゥー神像の礼拝堂が、バンコク北部のラチャダにあるのを写真で紹介しておこう。 おそらくこの礼拝堂をみた日本人はあまりいないと思う。そもそもあまり関心ないだろうし、ラチャダに来る目的は男性の場合、非常に限定されているからだ。

 キンキラキンに輝くヒンドゥーの神々が、ブラフマーからヴィシュヌ、ガネーシャ、黄金の牛・・・と天こ盛りになったこの礼拝堂は、タイ人のものであってインド人のものではない。バンコクとインド人との関係はどうなっているのだろうか?

 バンコクには、インド人コミュニティがある。ただし、バンコクに居住するインド人は、ヒンドゥー教徒ではなく、ターバンを巻いたシク教徒が大半を占める。タイのインド人』(佐藤 宏、アジア経済研究所、1995)という本によれば、タイのインド人は大半がバンコクに住み、パンジャーブ地方出身者が中心であるという。ビジネスとしては繊維とアパレル産業が中心で、バンコクのテーラーにはシク教徒のインド系住民か、パキスタン人などが多い。私も過去何回かシク教徒の店でスーツやワイシャツを作ったことがある。

 シク教徒は、現在のインドの首相マンモハン・シンにあるとおり、すべて名字がシン(Singh)となる。シンとはシンガポールのシンガであり、ライオンの意味である。

(バンコクの巨大なシク教寺院)

 シク教は、ヒンドゥー教とイスラームの教義をあわせて15世紀にできた比較的新しい宗教である。

 バンコク旧市街にあるタラート・パフラート(Talat Phahurat)は、パフラーート市場とも呼ばれており、バンコクにおけるインド人の一大コミュニティとなっている。中華街であるヤワラートにも近接している。

 そこには、巨大で壮麗なシーク教寺院シュリ・グル・シン・サバー(Sri Guru Singh Sabha)があり、非常に驚かされる。神戸にあるシク教寺院は比較的こじんまりとしたものなので、それとは比べものにならないほど大きい、これほどの寺院を建設維持できるだけの財力が、インド人コミュニティにはあるということでもある。

(シク教寺院の正面入り口)


 結論としては、バンコクにあるヒンドゥー教がらみの祠や礼拝堂は、タイ人によるタイ人のためのものがほとんどであって、インド人のものはきわめて少ないと考えていいようだ。

 面白いことに、仏教も、ヒンドゥー教も含め、これだけインド文明の影響をうけ、インド系の神々も拝むタイ人であるが、実際のインド人は好きではないということだ。

 バンコクのナーナー地区にはアラブ系の人間が集まっているが、インド系も集まっているが、アラブ系に類する存在としてタイ人から認識されているような印象を受ける。タイから見ると西方にある南アジアと西アジアは同じカテゴリーなのかもしれない。

 儒教・道教・大乗仏教の"中華文明三点セット"を受容しながら、遊牧民の文化である去勢をともなった宦官という制度を導入しなかった日本とも共通するマインドセットがあるのかもしれない。
 インド文明という高度文明の上澄みだけを取り入れても、自分たちの肝心な基層部分は何も変化させず、しかもカースト制を導入しなかったタイ。


 基本的にタイには、ピーとよばれる精霊信仰があり、ピーを祀った祠がいたるところにある。また樹木信仰もあり、色とりどりのカラフルなリボンをまいた古木におかれた祠には、人々が寄進したミニチュア人形が無数に置かれている。ミニチュア人形を寄進して祈願するのである。

(タイ人民間信仰である精霊信仰と樹木信仰)

 近代化の進んだ大都市バンコクでは、より新しい、ヒンドゥ教の神々が流行しているとみることもできよう。一般大衆は、つねにより効験あらたかな神々を求めるものである。
 
 人が何を信じているかを知ることはきわめて重要である。何を信じるかによって思考のフレーム(枠組み)が決定され、ある程度まで外部から思考行動パターンを読むことが可能となるためだ。たとえば、キリスト教と、イスラームと仏教では自ずから思考の枠組みが異なる。

 その意味で、人が何を信じているかを知ることは、その人のアタマの中身を知る上できわめて有用な"実学"である、と私は考えている。

 このため、タイでタイ人と仕事をするにあたって、タイ人が何を信じて日々生きているかに多大な興味をもって自分なりに研究してきた。

 もちろん、『タイ人と働く-ヒエラルキー的社会と気配りの世界-』(ヘンリー・ホームズ/スチャーダー・タントンタウィー、末廣 昭訳・解説、めこん、2000)のようなすぐれた名著もあるが、タイ人の行動パターンの背景にある思考パターンを知るためには、彼らが信じる宗教についてある一定以上知っておく必要がある。

 ノウハウ本も重要だが、その背景にあるものを知りたいためである。これはタイ人には限らない。異文化経営のために必要な作業である。


 私自身はその分野の専門研究者ではないので知識と理解度には限界はあるが、タイ人の信仰のカタチを見るのは実に興味深い。

 機会があれば、もう少し突っ込んで研究してみたいテーマではある。



 

             



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(2012年7月3日発売の拙著です)








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