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2010年3月6日土曜日

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと


スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフは、ハンガリー難民であった。

 1956年の「ハンガリー動乱」(・・ハンガリーでは、「ハンガリー革命」という)に際して、乳飲み子を抱いて夫とともに「難民」としてハンガリーを脱出、ウィーン経由でチューリヒの難民センターにたどりついた21歳のアゴタ・クリストフは、本人の表現を使用すれば、スイスのフランス語圏ヌシャテルに「分配」され、定住することとなった。

 ハンガリー人のフランス語スイス人作家アゴタ・クリストフの自伝『文盲』(堀 茂樹訳、早川書房、2006)は、スイスについて語っており、生粋のスイス出身でない、外部の眼がみたスイスを描いており、たいへん興味深い。しかもフランス語は自ら選び取った選択肢ではない。

 彼女は、スイスでなんとか生きのびるために、時計工場での組み立て作業で生計を立てるなど、たいへんな苦労をしている。その後、母語のハンガリー語ではなく、20歳を過ぎてから必要に迫られて後天的に習得したフランス語で小説『悪童物語』シリーズ三部作(『悪童物語』『ふたりの証拠』『第三の嘘』)を書いて世界的ベストセラーになった。日本語訳はいずれも堀 茂樹訳で、ハヤカワepi文庫で入手可能。 

 小説は、激動するハンガリー現代史を描いた文学作品で、圧倒的なチカラをもって読者を釘付けにする。

 私は「ハンガリー動乱」から50年後の2006年に、この三部作をウィーンからブダペストへの往復の移動中に、日本から持参した日本語訳で読んでみたが、こんな小説は日本人には書けないだろうなあと思ったものである。戦前のドイツとの同盟時代、ソ連支配下の共産主義時代、そしてソ連崩壊によるハンガリー解放・・・。


 自伝『文盲』は、コトバに敏感な作家として、「母語」のハンガリー語ではなく、「敵語」としてのフランス語で生きなければならない作家の苦悩と葛藤を語っている。

 そもそも『文盲』というタイトル自体がシンボリックな響きをもつ。

 そんなわけで、二十一歳にしてスイスに、そしてただただ偶然に導かれてフランス語圏の町に辿り着いたわたしは、まったく未知の言語に直面させられた。そして、まさにそのとき、わたしの闘いが始まった。その言語を征服するための闘い、長期にわたる、この懸命の闘いは、この先も一生、続くことだろう。
 わたしはフランス語を三十年以上前から話している。二十年前から書いている。けれども、未だにこの言語に習熟してはいない。話せば語法を間違えるし、書くためにはどうしても辞書をたびたび参照しなければならない。
 そんな理由から、わたしはフランス語をもまた敵語と呼ぶ別の理由もある。こちらの理由のほうが深刻だ。すなわち、この言語が、わたしのなかの母語をじわじわと殺しつつあるという事実である。(P.42-43)

 難民を受け入れてきたスイスについて、こういった作家の眼から見た記述もまたひとつの参考となるだろう。スイスと難民救済も、また一つのテーマである。

 ハンガリー難民作家アゴタ・クリストフについて書く機会があるかどうかわからないので、この機会にふれておいた次第。もし彼女がハンガリー語で書いていたら、世界的なベストセラーになっていたかどうか。たとえ「敵語」であっても、フランス語で書いたことが結果としては吉とでたことは否定できない。もちろん、母語であったなら表現可能であったであろう、細かいニュアンスは大幅に断念することになったにせよ。

 同じく1956年のハンガリー動乱の際、ハンガリーから脱出して米国に渡ることができた難民の一人に、のちにインテル社創業者の一人となったアンドリュー・グローヴがいる。グローヴの場合は、父親の方針で英語を勉強していたことが幸いになったようだ。
 
 「難民」の運命は、本人だけでなく、受け入れた国にとっても受け入れた時点においては、未知数なものである。

 第二次大戦中、「杉原ビザ」で日本経由で脱出することのできたユダヤ人たちも同様であった。
       




P.S. アゴタ・クリストフ女史の訃報が入った。2011年7月27日、75歳にて逝去。ハヤカワ書房のツイートにて知りました。ご冥福をお祈りいたします。(2011年7月28日 記す)

Agota Kristof est morte (フランス l'EXPRESS 誌記事)



<ブログ内関連記事>

映画 『悪童日記』(2013年、ハンガリー)を見てきた(2014年11月11日)-過酷で不条理な状況に置かれた双子の少年たちが、特異な方法で心身を鍛え抜きサバイバルしていく成長物語
・・アゴタ・クリストフによる原作もすばらしいが、この映画版も勝るとも劣らないすばらしさである!


日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む
・・自分の母語の英語ではない日本語で書くアメリカ人作家

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む

ハイテク界の巨人逝く(2016年3月21日)-インテル元会長のアンドリュー・グローヴ氏はハンガリー難民であった
・・グローヴ氏はユダヤ系ハンガリー人であった

(2014年11月6日、2016年3月31日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)






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