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2010年10月27日水曜日

書評 『観光(Sightseeing)』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ、古屋美登里訳、2007、早川書房 2010 に文庫化)-若手タイ人作家による「英語文学」




若手タイ人作家による「英語文学」への登場

 この短編集は、タイ人の若手作家が英語読者向けに最初から英語で書いたものだ。たしかに、比較対象にされる、同じく英国在住の英語作家のカズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)に迫るものがあるといえよう。

 しかも、舞台はタイに設定しているが、テーマはかなり普遍的なものに触れるものがある。人生とはこういうものという事実に対する著者のやさしさが身に沁みる。若いのによくここまで書けるものだ、と。

 読者によって受け止め方はさまざまだろうが、私は読みながら、なぜか中島みゆきの歌の世界を想起させるものを感じていた。

 しかし、英語のほうがはるかに堪能なイシグロとは違って、ラッタウットの母語はタイ語であり、なぜあえて最初から英語で書いたのか、ここらへんについて考えてみることが、この小説集味わう上で意味がありそうだ。

 日本人作家が、日本語読者向けに、最初から日本語で書いた小説であれば、日本人にとって当たり前すぎることはテーマにはなりにくい。同様に、タイ人作家が、タイ語読者向けに、最初からタイ語で書いた小説であれば、タイ人にとって当たり前すぎることは、あえてテーマとして取り上げられることもないだろう。

 この短編集が、最初から英語読者向けに英語で書かれたからこそ、タイ人にしか知ることのできないが、タイ人がふつうテーマとしない内容とディテールが英語で語られるのである。

 この小説集が英語圏で賞賛されたのは、「観光」をつうじて熟知していると思っていたタイの、知られざるタイを知る思いをしたからだろう。

 『観光』(Sightseeing)というタイトルは、その意味でかなり逆説的だ。日本語訳も奇をてらわずに、そのままタイトルを日本語に移し替えているのが評価できる。


 収録されている短編を簡単に紹介しておこう。


「ガイジン」(Farangs)
「どうしても白人の女に惹かれてしまうタイの少年と、それを諌める母親との葛藤」(紹介文より)。タイでは白人のことを「ファラン」という。尊敬と蔑視の入り混ざったこの表現は、日本語でいう「ガイジン」とはニュアンスがやや異なるが、日本語訳のタイトルとしては適切だ。だが、タイを熟知している英語読者にとっては、なかなか意味深な内容だろう。

「カフェ・ラブリー」で(At the Cafe Lovely)
「11歳の少年が、いかがわしい酒場で大人への苦い一歩を経験する」(紹介文より)

「徴兵の日」(Draft Day)
徴兵制をしくタイ王国では、カネと地位で徴兵回避できるという話。将校に華人系はいても兵士には皆無。徴兵で貧乏くじを引いた兵士たちはみな、色の浅黒い若者たちだけだ。

「観光」(Sightseeing)
「美しい海辺のリゾートへ旅行にでかけた失明間近の母とその息子の心の交流」(紹介文より引用)

「プリシラ」(Priscilla the Cambodian)
バンコクのスラム街に生きるカンボジアからの不法移民の娘との交流。カンボジアやミャンマーなど周辺諸国からの不法移民なしに、バンコクの3K労働は成り立たない。

「こんなところで死にたくない」(Don't Let Me Die in This Place)
息子の住むタイで晩年を過ごすことになった老アメリカ人(紹介文より引用)。このような「ファラン」の老人は、タイ全土に数多く存在する。

「闘鶏師」(Cockfighter)
タイ人はほんとうに賭博好きだ。ムエタイやサッカーだけでなく、昔から人気があるのが闘鶏。そんな闘鶏にはまり込んで、財産を食いつぶして家庭を崩壊に追い込む父。そしてそれを見守る娘。


 文学作品としての完成度はさておき、知られざるタイを知ることのできる短編集として、タイ好きな人には推奨したい一冊だ。
 この味わい深い小説集を読むと、より深くタイとタイ人を理解できるようになるだろう。

 2010年には、同じく早川書房から文庫化された。


<初出情報>

 このブログへの書き下ろし。





著者プロフィール

ラッタウット・ラープチャルーンサップ(Rattawut Lapcharoensap)

1979年シカゴに生まれ、タイのバンコクで育った。タイの有名教育大学およびコーネル大学で学位を取得後、ミシガン大学大学院のクリエイティブ・ライティング・コースで創作を学び、英語での執筆活動を始める。『観光』でデビューするや、“ワシントン・ポスト”“ロサンゼルス・タイムズ”“ガーディアン”など英米の有力紙が大絶賛し、書評専門誌“パブリッシャーズ・ウィークリー”も「この一年で全米で最も書評される本になるはずだ」と激賞した。20062006年には全米図書協会による「35歳以下の注目作家」に選出された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

書評 『座右の日本』(プラープダー・ユン、吉岡憲彦訳、タイフーン・ブックス・ジャパン、2008)
・・高校大学時代の6年間をニューヨークで過ごした、英語に堪能なタイ人による「日本論」。アメリカと日本とタイの「三点測量」

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)


日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む
・・ラッタウット氏とは反対に、自分の母語の英語ではない日本語で書くことを選択したアメリカ人作家の「日本語文学」

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
・・自分の母語ではない「敵語」フランス語で書くことを余儀なくされた亡命ハンガリー人作家

(2014年1月24日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)






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