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2014年2月4日火曜日

タイのホテルの朝食はオールシーズン「フルーツ三点セット」― タイのあれこれ(番外編)

(一年中いついってもフルーツ三点セット 筆者撮影)


一年中いついっても同じフルーツがでてくるのがタイをはじめ東南アジアのホテル。ここではタイを中心に書いておきましょう。

「フルーツ三点セット」とは、スイカ・パパイヤ・パイナップルのこと。それぞれタイ語では、タンモー、パパヤー、サパロートとなります。どんなホテルでも、朝食では山もりしたお皿からカットフルーツを好きなだけ取り分けて食べるようになっています。

なぜタイではいつでもどこでも一年中この「三点セット」なんでしょうか?

それは、いずれも一年中収穫できる価格の安いフルーツだからです。パパイヤとパイナップルはいまでは日本でもフィリピン産を輸入品として一年中入手できますが、さすがにスイカというと日本では夏のみですね。

わたしが子どもの頃はナマのパイナップルは高級品で、輪切りに切ってシロップに漬けた缶詰でしか食べたことはありませんでしたが、いまでは日本でもとくに珍しいものではなくなりました。


■なんといってもスイカがうれしい

だからなんといってもうれしいのが、タイにいけばスイカを一年中食べられること!

しかもタイでは一個100円もしないで買えるくらい安いので、日本ではスイカは買ってまで食べたいという気持ちはまったくなくなってしまいました。日本のスイカはうまいですが値段が高すぎますね。

(ラグビーボール型が標準形 筆者撮影)

日本のスイカもタイのスイカも果肉が赤いのは共通していますが、大きな違いはカタチです。

日本のスイカは夏休みのスイカ割りのシーンでおなじみのように大きくてバスケットボールのような球形ですが、タイのスイカは小型でラグビーボールのようなカタチをしています。シマシマ模様の入った緑色であることは共通していますが。

(黄色いスイカにもタネはある 筆者撮影)

タイでは果肉が黄色のスイカも食べることができます。ホテルの朝食バフェットで提供されるのはもっぱら赤肉ですが、スーパーマーケットでは日本の小玉スイカのような黄色のものも入手可能です。半分に切ったものであれば中身の状態がわかるので重宝します。


■パパイヤは甘くてうまい百薬の長

パパイヤについては、このブログではすでに 万病に効く!-パパイヤ健康法のススメ で紹介してありますのでぜひそちらをご参照ください。タイのパパイヤは日本でよく見るフィリピン産のような電球型ではありません。

(右がパパイヤ タイのモンキーバナナも甘くてうまい 筆者撮影)

面白いのはパパイヤのカット方法です。なぜかタイではどこにいっても同じ切り方なのが不思議です。なぜか溝が入るようなカット方法になっていますがスイーツとしての見せ方でしょうか。それもまたタイ文化というものでしょう。

(タイ風にカットされたパパイヤ 冒頭の写真を拡大)

カロチンが多く見た目もニンジンのような色をした熟したパパイヤですが、繊維質であっても果肉が軟らかいこともこのようなカット方法が行われる理由だと思います。繊維質が多くても太いマンゴーとカット方法との違いでしょうか。

スイカとパイナップルは、どんな人でもよく食べるフルーツなので抵抗感はないでしょうが、さすがにパパイヤは食べ慣れてないと抵抗感があるかもしれません。

そこで助けになるのがマーナオ。日本ではライムといってます。

ユズやスダチやカボスのような小型の柑橘類ですが、果汁をしぼってパパイヤにかけて食べるとじつにうまくなります。マーナオの酸味がパパイヤの生臭さを中和して、落ち着いた甘酸っぱい味を引き出してくれます。

(マーナオの果汁をしぼってかける 冒頭の写真を拡大)

マーナオなくしてタイ料理は考えられません。肉でも魚でも何にでもOK。マーナオはタイではいわば万能調味料の一つといっていいでしょう。


■パイナップルはナマもよし料理につかってもよし

パイナップルはタイ語でサパロート。タイの地方の幹線道路をクルマで走っているとかならず目にはいってくるのが、パイナップルを山のように積んで売っている風景です。あまりにも当たり前のフルーツなわけです。

(パイナップル売り 筆者撮影)

パイナップルの切り方にかんしては、ナマの場合は日本との違いはないようです。というより、日本でも東南アジアスタイルの切り方になったのかもしれません。

スイカはナマで食べる以外の方法はとくにありませんが、パイナップルは炒めてドライライスとして食べることもあります。パイナップルは肉料理にもよく合いますが、この炒め飯もじつにうまい。

(パイナップルのドライライス 筆者撮影)

二つに切って中身をくりぬいたパイナップルを盛り皿にして提供されるのが見た目にもよいですね。

日本ではパパイヤもパイナップルも、バナナと同じくアメリカ系の大資本による大規模農場で栽培されたフィリピン産が総合商社をつうじて輸入されています。

フィリピンだけでなくタイでもどこにでもあるフルーツなのですが、日本ではタイ産の認知度が低くて日本向け輸出が伸びてないのが残念だと、タイ人の経済関連の役人がこぼしていたのを思い出しました。


■屋台でもフルーツ三点セット

この「フルーツ三点セット」はホテルの朝食バフェットには一年中ふんだんに提供されてますが、街中でも屋台で売っているのを見ることも多いものです。いわゆるストリート・ベンダーです。

(屋台のカットフルーツ販売 筆者撮影)

カットフルーツはガラスケースのなかに入っているとはいえ、炎天下でも冷却設備もまったくなし、さすがに日本人としては食べるのにためらいを感じます。暑いのでフルーツ食べたらうまいだろうなと思いながらも、腹をくださないだろうかと心配してしまうからです。

子どもの頃から慣れてないと難しいかもしれませんね。日本人はホテルの朝食で「フルーツ三点セット」を食べるのが無難というべきでしょう。 





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「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)

万病に効く!-パパイヤ健康法のススメ


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2014年2月2日日曜日

「微笑み」は素焼き人形(テラコッタ)にあり-タイのあれこれ(番外編)

(バンコク市内で見かけた托鉢姿の素焼き人形 筆者撮影)

合掌ポーズの「ワイ」はクセになる-タイのあれこれ(番外編)で、「微笑みの国」タイの日常あいさつである「ワイ」について取り上げました。

微笑みとセットになった合掌ポーズこそ、「微笑みの国」タイというイメージをつくりあげているといっても言い過ぎではないでしょう。

タイは北部チェンマイを中心に素焼きの人形が普及しています。その多くが子どもをかたどったもので、ほぼすべての人形が「ワイ」をしているものです。

(タイ北部チェンマイにて筆者撮影)

どうやらチェンマイの近郊には素焼きの里があるようです。訪れたことがないのが残念ですが。

素焼きは英語でテラコッタ(terracotta)といいます。もともとはイタリア語で乾いた土(terra)という意味です。

冒頭に掲載した托鉢姿のお坊さんの素焼き人形(テラコッタ)。これぞまことの「寺コッタ」。なんちゃって(笑)

(バンコク市内でみかけた素焼き人形 さすが水の民タイ人)

「微笑み」を失いつつある「微笑みの国」タイですが、この素焼きの人形たちのように「微笑み」を取り戻してほしいものです。

「微笑み」が素焼き人形にしかないというのでは、あまりにも残念なことではありませんか!





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合掌ポーズの「ワイ」はクセになる-タイのあれこれ(番外編)

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2014年2月1日土曜日

合掌ポーズの「ワイ」はクセになる ― タイのあれこれ(番外編)

(タイ王国のインラック首相のfacebookページから)


「微笑みの国」タイから「微笑み」がう失われて、いったいどれくらいになるのでしょうか?

「微笑みの国」(Land of Smile)というキャッチフレーズはタイの観光省がつくったものですが、これほど世界全体に知れ渡って成功したものはほかにはないでしょう。

現在では、「アメージング・タイランド」(Amazing Thailand)というキャッチフレーズを前面に打ち出していますが、日本では英語をそのままカタカナで日本語に写しただけなので、どれほど日本人に浸透しているのかは疑問です。

「微笑みの国」といえば即座にタイという連想がアタマに思い浮かぶほど浸透したフレーズですが、「微笑みの国」といって思い浮かべるのは、微笑みとセットになった合掌ポーズでしょう。

この合掌ポーズは仏教国タイの日常的なあいさつで「ワイ」といいます。日本なら「おじぎ」に該当するものです。

2012年に亡くなったカンボジアのシハヌーク前国王が、いつもニコニコと笑みを絶やさずに合掌ポーズであいさつしていたことを思い出すかもしれません。隣国のカンボジアもタイと同じく上座仏教国です。カンボジア国王は仏教の「転輪聖王」(てんりんじょうおう)の生まれ変わりとされています。


■困難な状態でも微笑みを絶やさないはず

冒頭に掲載した写真は、下院解散後の現在は暫定首相であるタイ王国の政治家インラック氏の 公式 facebook ページ Yingluck Shinawatraからとってきたものです。2014年2月1日現在で「いいね!」が200万を超えています。

インラック氏はタイ史上初の女性の総理大臣。ファミリーネームのチナワットからわかるように、2006年のクーデターでタイから追放されたタクシン元首相の一番下の妹です。

現在に至るまで黄シャツ派と赤シャツ派の政治的対立がつづいていますが、インラック氏は赤シャツ派ということになります。一族のファミリービジネスの経営を経て政治家に転身しています。兄のタクシンと同様にアメリカで修士号を取得。

現在はドバイを拠点に活動する兄タクシンの帰国を主目的にした「恩赦法」改正動議をきっかけに昨年2013年11月から政治的対立が再燃、「バンコク封鎖」(Bangkok Shutdown)を主張する黄色派によるデモ対策のため、バンコクとその周辺に「非常事態宣言」(State of emergency)がだされてますが、デモが収束する気配もありません。最悪の事態も懸念されてます。

明日(2014年2月2日)に解散後の総選挙(snap election)が予定通り実施されることになりましたが、すでにデモ側に死者もでている状態、無事に実行できるのかどうか予断を許さない情勢です。

タイ語には「ジャイ・ジェン・ジェン」というフレーズがあります。冷たいアタマという意味です。暑い国なのでどうしても血が沸騰しがちな傾向がありますが、「そうかっかせずにアタマを冷やしたら?」という意味のこのフレーズを聞くと冷静さを取り戻すのがタイ人というもの。

冒頭に掲載した写真のように、「微笑みと合掌ポーズのセットによって自分は冷静だ」ということを示すことに、政治的な意味があるのは言うまでもありません。もっとも微笑んでいるときのタイ人のアタマの中身は、比較的単細胞な日本人とは異なって同時並行的に複雑な処理が可能でありますすが。

日本の天皇とは異なり、また同じ上座仏教国のカンボジアとも異なり、タイの国王は公衆の面前では笑うのはおろか微笑んでもいけない(The King Never Smiles)とされていますが、国王以外の一般国民は「微笑む」よう、子どもの頃からしつけられてきたのがタイ人なのです。


■「郷に入りては郷に従え」

日本だと合掌すると、「あの人もしかして "宗教の人"?」という目線を感じてしまうものですね。

合掌は祈りのポーズですが、日本では一般人はたとえ仏教徒であっても、お葬式のときぐらいしか合掌はしないからです。「しわとしわをあわせて幸せ」というのは御仏壇のはせがわのCMですが、仏壇やお葬式のイメージを離れて合掌が成り立たないのが日本の状況です。

ところがタイにしばらく住んでいると、外国人であっても「ワイ」(=合掌ポーズ)を受けることが多いものです。

英語をしゃべるビジネス関係者であれば、タイ人であっても「ワイ」ではなく握手をしてきますが、ただしい作法にしたがって(・・といっても、これがなかなかむずかしいのですが)、こちからから「ワイ」をすると、一瞬虚をつかれたような表情を浮かべたつぎの瞬間、微笑みを浮かべて喜んで「ワイ」に応じてくれるものです。

「郷に入りては郷に従え」というわけです。米系のファストフード大手マクドナルドも、マスコットの道化師ドナルド君には「ワイ」」をさせています。歓迎の気持ちを「ワイ」であらわしているわけですね。現地社会の消費者に受け入れられるためのローカリゼーション(=現地化)を目的としたものというべきでしょう。


(ウェルカム! いらっしゃいませ 筆者撮影)


日本ではドナルド君はほとんど見なくなりましたが、わたしが小学校低学年の頃にマクドナルドがはじめて日本に進出した頃の広告宣伝は、日本でもドナルド君が主役だったのでした。

日本ではマクドナルドよりも、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダース人形の四季折々のコスプレがローカリゼーションの表現としてははるかに進んでいるといっていいでしょう。。すでにケンタ(健太?)ですからね。関東のマックや関西のマクドよりも、はるかに日本化が進んでいます。

「ワイ」という合掌ポーズには問題点もあります。日本式のおじぎはアタマを下げるだけですが(・・といってもキチンとやるのはむずかしい)、タイの「ワイ」は手を合わせなければならないので、作業中でも手を離さなければならないのです。

工場視察の際にはタイ人のワーカーのみなさんがこちらを見ながら手を合わせて「ワイ」であいさつしてくれます。たいへんありがたいことではありますが、軽くアタマを下げて会釈するというわけにはいかないので、その間はワーカーの作業が中断してしまいます。こちらとしてはなんともいえない気持ちになってしまうわけです。


■合掌ポーズはクセになる

タイにしばらくいると、そうこうするうちに日本人であってもワイをするクセがついてしまいます。抵抗感がまったくなくなります。そしてそのクセが抜けなくなります。

タイに住んでいると、自然とカタチから仏教に入ることができるわけです。わたしも現在では自然と「ワイ」をしてしまうので、合掌に対する抵抗感がまったくなくなってしまいました。

タイ人は、子どもの頃から「ワイ」の習慣をしつけられます。タイは儒教国ではなく仏教国ですが、親に対する絶対的忠誠がたたきこまれ、そのパタンが身分が上の者にも適用されるわけです。会ったその瞬間に相手との上下関係を見抜かなければならないわけですから、子どもの頃からしつけられていないとむずかしいわけなのです。

しかし、こちらが外国人であることが相手がわかっている限り、下手な「ワイ」でも、御愛嬌だとしていちいち咎め立てはしないもの。これは外国人に対する日本人の寛容な態度と同じですね。

「ワイ」という合掌ポーズのあいさつですが、あまりにも当たり前すぎて「タイのあれこれ」シリーズのブログ記事にするのを忘れてました。あらためてこの機会に書いてみた次第です。


(バンコクのタイ料理店で素焼きの人形 筆者撮影)



PS 結局、局面打開はクーデターによらざるを得なかった・・ この件については、
タイで8年ぶりにクーデター(2014年5月22日)-今後の推移を考えるには、まずは前回2006年の「9.19クーデター」のおさらいから始めるのが第一歩だ という記事にまとめておいた。 (2014年5月23日 記す)



<ブログ内関連記事>



来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

Cool Head but Warm Heart 「アタマはクールだが、ココロは暖かい」
・・タイ人も「ジャイ・ジェン」(=アタマがクール)なことをもっとも重んじる

・・ローカリゼーションとは?

プラクティカルな観点から日本語に敏感になる-藤田田(ふじた・でん)の「マクド」・「ナルド」を見よ!
・・日本マクドナルドのローカリゼーション


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2010年10月27日水曜日

書評『観光(Sightseeing)』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ、古屋美登里訳、2007、早川書房 2010 に文庫化)ー 若手タイ人作家による「英語文学」




■若手タイ人作家による「英語文学」への登場■

 この短編集『観光』は、タイ人の若手作家が英語読者向けに最初から英語で書いたものだ。たしかに、比較対象にされる、同じく英国在住の英語作家のカズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)に迫るものがあるといえよう。

 しかも、舞台はタイに設定しているが、テーマはかなり普遍的なものに触れるものがある。人生とはこういうものという事実に対する著者のやさしさが身に沁みる。若いのによくここまで書けるものだ、と。

 読者によって受け止め方はさまざまだろうが、私は読みながら、なぜか中島みゆきの歌の世界を想起させるものを感じていた。

 しかし、英語のほうがはるかに堪能なイシグロとは違って、ラッタウットの母語はタイ語であり、なぜあえて最初から英語で書いたのか、ここらへんについて考えてみることが、この小説集味わう上で意味がありそうだ。

 日本人作家が、日本語読者向けに、最初から日本語で書いた小説であれば、日本人にとって当たり前すぎることはテーマにはなりにくい。同様に、タイ人作家が、タイ語読者向けに、最初からタイ語で書いた小説であれば、タイ人にとって当たり前すぎることは、あえてテーマとして取り上げられることもないだろう。

 この短編集が、最初から英語読者向けに英語で書かれたからこそ、タイ人にしか知ることのできないが、タイ人がふつうテーマとしない内容とディテールが英語で語られるのである。

 この小説集が英語圏で賞賛されたのは、「観光」をつうじて熟知していると思っていたタイの、知られざるタイを知る思いをしたからだろう。

 『観光』(Sightseeing)というタイトルは、その意味でかなり逆説的だ。日本語訳も奇をてらわずに、そのままタイトルを日本語に移し替えているのが評価できる。


 収録されている短編を簡単に紹介しておこう。


●「ガイジン」(Farangs)
「どうしても白人の女に惹かれてしまうタイの少年と、それを諌める母親との葛藤」(紹介文より)。タイでは白人のことを「ファラン」という。尊敬と蔑視の入り混ざったこの表現は、日本語でいう「ガイジン」とはニュアンスがやや異なるが、日本語訳のタイトルとしては適切だ。だが、タイを熟知している英語読者にとっては、なかなか意味深な内容だろう。

●「カフェ・ラブリー」で(At the Cafe Lovely)
「11歳の少年が、いかがわしい酒場で大人への苦い一歩を経験する」(紹介文より)

●「徴兵の日」(Draft Day)
徴兵制をしくタイ王国では、カネと地位で徴兵回避できるという話。将校に華人系はいても兵士には皆無。徴兵で貧乏くじを引いた兵士たちはみな、色の浅黒い若者たちだけだ。

●「観光」(Sightseeing)
「美しい海辺のリゾートへ旅行にでかけた失明間近の母とその息子の心の交流」(紹介文より引用)

●「プリシラ」(Priscilla the Cambodian)
バンコクのスラム街に生きるカンボジアからの不法移民の娘との交流。カンボジアやミャンマーなど周辺諸国からの不法移民なしに、バンコクの3K労働は成り立たない。

●「こんなところで死にたくない」(Don't Let Me Die in This Place)
息子の住むタイで晩年を過ごすことになった老アメリカ人(紹介文より引用)。このような「ファラン」の老人は、タイ全土に数多く存在する。

●「闘鶏師」(Cockfighter)
タイ人はほんとうに賭博好きだ。ムエタイやサッカーだけでなく、昔から人気があるのが闘鶏。そんな闘鶏にはまり込んで、財産を食いつぶして家庭を崩壊に追い込む父。そしてそれを見守る娘。


 文学作品としての完成度はさておき、知られざるタイを知ることのできる短編集として、タイ好きな人には推奨したい一冊だ。
 この味わい深い小説集を読むと、より深くタイとタイ人を理解できるようになるだろう。

 2010年には、同じく早川書房から文庫化された。


<初出情報>

 このブログへの書き下ろし。





著者プロフィール

ラッタウット・ラープチャルーンサップ(Rattawut Lapcharoensap)

1979年シカゴに生まれ、タイのバンコクで育った。タイの有名教育大学およびコーネル大学で学位を取得後、ミシガン大学大学院のクリエイティブ・ライティング・コースで創作を学び、英語での執筆活動を始める。『観光』でデビューするや、“ワシントン・ポスト”“ロサンゼルス・タイムズ”“ガーディアン”など英米の有力紙が大絶賛し、書評専門誌“パブリッシャーズ・ウィークリー”も「この一年で全米で最も書評される本になるはずだ」と激賞した。20062006年には全米図書協会による「35歳以下の注目作家」に選出された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

書評 『座右の日本』(プラープダー・ユン、吉岡憲彦訳、タイフーン・ブックス・ジャパン、2008)
・・高校大学時代の6年間をニューヨークで過ごした、英語に堪能なタイ人による「日本論」。アメリカと日本とタイの「三点測量」

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)


日本語で書くということは・・・リービ英雄の 『星条旗の聞こえない部屋』(講談社、1992)を読む
・・ラッタウット氏とは反対に、自分の母語の英語ではない日本語で書くことを選択したアメリカ人作家の「日本語文学」

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
・・自分の母語ではない「敵語」フランス語で書くことを余儀なくされた亡命ハンガリー人作家

(2014年1月24日 情報追加)


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