『座右の日本』(プラープダー・ユン、吉岡憲彦訳、タイフーン・ブックス・ジャパン、2008)は、1973年生バンコクまれのタイ人現代作家が書いた日本についてのエッセイ集。
バンコクに住む日本人青年を主人公にした、浅野忠信主演でタイ人監督による映画『地球で最後のふたり』(2003)の原案を起草し、脚本を担当している人だといえば、だいたいどういう人物なのか想像できるのではないだろうか。
「タイが保護者であれば、日本は恋人だ」と広言する著者の視点は、タイ人のものであって西洋人のものではない。しかし、高校時代から大学時代にかけてという、もっとも多感な6年間をニューヨークで過ごした著者は、英語は堪能だが、日本語の読み書きはできないのが残念でならないようだ。
「英語をつうじて西洋人の目に映る日本」と、「タイ語をつうじてタイ人の目に映る日本」のいずれにも熟知しているこの作家がみる日本は、サブカルチャーからハイカルチャーまで実に幅広い。日本を恋人として、全体として捉えたいという思いがそのまま反映しているのであろう。日本に魅せられた人なのである。
「西洋人の目」とは、いわゆる「オリエンタリズム」のプリズムをいったん通過した日本であり、龍安寺の石庭や高野山といった、伝統的で、精神的な日本である。後者の 「タイ人の目」とは、著者と同世代以下のタイ人がものごころついてからドップリと浸かってきた日本のマンガでありアニメをつうじたものであり、また日本映画をつうじて同世代以下の一般のタイ人には親しい世界である。
この両者が作家のなかで同居し、両立することで、あくまでも同時代人とて、等身大の日本をみる視点ができあがっているようなのだ。著者は冗談めかしてアニメ「一休さん」の世界というが(・・このアニメもタイで人気がある)、深い精神性を示した日本と「かわいい」が支配するこども的な日本。明るい側面と暗い側面。これらすべてがあわさってこそ日本であり、それがまた著者には限りなく魅力的に映るのだ。
この本に収められたエッセイは、日本人が読んでもあまり違和感の感じないだけでなく、むしろ日本人があまり意識していない側面をみているのが面白く感じられる。
しかも、単純に自文化であるタイと異文化である日本を比較しているのではない、さらに米国という比較軸が加わることによる、三点測量的な視点に面白さがあるのだ。もしかするとこの視点は、英語はできるがタイ語があまりできない日本人(・・これは私自身のことでもある)が、タイ文化をみる視点に共通するものがあるのかもしれない。
西洋人が書いた日本論は読んでも、アジア人が書いた日本論を読む機会があまりない人にはぜひすすめたい、「エキゾチックではない日本」のポートレート集である。
<初出情報>
■bk1書評「タイ人がみた日本。さらに米国という比較軸が加わった三点測量的な視点の面白さ」投稿掲載(2010年10月2日)
■amazon書評「タイ人がみた日本。さらに米国という比較軸が加わった三点測量的な視点の面白さ」投稿掲載(2010年10月2日)
*再録にあたって一部加筆した。
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目 次
日本をあばく
閑座の芸術と十五の石の謎
日本への旅
日本の文化
日本とタイ
東京日記
時間を描くアーティスト
透き通って大きくてつまらない世界
哀しみの美しさ
騒がしい心
著者プロフィール
プラープダー・ユン(Prabda Yoon)
タイの作家。他に編集者、脚本家、評論家、グラフィック・デザイナー、イラストレーター、フォトグラファーとしても活躍している。1973年バンコク生まれ。中学卒業後に渡米し、ニューヨークの Cooper Union for the Advancement of Science and Arts で美術を学ぶ。卒業後、1998年にタイへ帰国。2000年に出版した2冊の短編小説集がともにベストセラーを記録する。2002年、『存在のあり得た可能性』で、タイの最も権威ある「東南アジア文学賞」を受賞した。同年、初の長編小説『Chit talk!』を発表。そのサウンドトラックというコンセプトのもと、音楽活動も展開した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
<関連サイト>
Last Life In The Universe (U.S. DVD trailer)
・・タイを舞台にした映画 「地球で最後のふたり」(2003)のトレーラー。
監督:ペンエーグ・ラッタナルアーン
脚本:ペンエーグ・ラッタナルアーン、プラープダー・ユン
撮影:クリストファー・ドイル
なお、ペンエーグ監督については、タイのあれこれ (25) DVDで視聴可能なタイの映画 ④人生もの=恋愛もの で映画「わすれな歌」を紹介してある。私が大好きな映画。
また、バイオレンス&サスペンスものの映画 「6ixtynin9 シックスティナイン」(1999)では、監督・製作・脚本をすべて担当している才人。この映画については、タイのあれこれ (23) DVDで視聴可能なタイの映画-① ムエタイもの、② バイオレンス・アクションもの で紹介してある。
ペンエーグ監督は、タイのニューウェーブを代表する映画監督の一人である。
国家ブランド指数No.1の日本 海外に評価される、知られざる本当の強み(督あかり、 Forbes JAPAN編集部、2024年8月31日)
・・本書『座右の日本』は、「2024年の外国人の日本観」を先取りしているといっていいだろう。日本のソフトパワーの強みがなにか、考える材料になることは間違いない
(2024年9月1日 情報追加)
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