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2013年3月17日日曜日

書評 『チャイナ・ギャップ-噛み合わない日中の歯車-』(遠藤誉、朝日新聞社出版、2013)-中国近現代史のなかに日中関係、米中関係を位置づけると見えてくるものとは?


昨日(2013年3月17日)、中国共産党の第12期「全人代」(=全国人民代表大会)が終了して習近平=李克強体制が正式に確立した。

じっさいは「チャイナ7」という集団指導体制による新体制は、「噛み合わない日中ギャップ」ははたして解消できるのだろうか。この件については、残念ながらあまり期待しないほうがいいだろう。

本書は、中国共産党の「内在的ロジック」を解明してきた著者の最新作であり、とりあえずの現時点での総括といってもいい内容の本である。

中国研究者でもない元物理学者の著者が、なぜこのような内容の本をかけるのか? まずは、「おわりに-カイロ宣言に翻弄された人生」から読むことを薦めたい。一連の中国関係の書籍を執筆してた動機がどこにあるかがわかるからだ。

すべての出発点が著者が少女時代に体験した「卡子(チャーズ)」にある。

「卡子(チャーズ)」とは、敗戦による日本の撤退後、中国大陸の覇権をめぐって戦われた激しい内戦のなか、中国共産党軍は国民党軍が占拠する長春(=新京)を都市全体を封鎖、兵糧攻めによって戦闘員以外の30万人の一般民衆を餓死に追い込んだ作戦のことだ。

この極限状況における過酷な体験を文章にしたのが『チャーズ』だが、現在にいたるまで中文版の出版は中国国内では不可能であるという。中国共産党にとっては不都合な内容が記されているからだ。そして、日本のチャイナスクールの「売国奴」外交官(!)によって刺された結果、暗殺される危険を感じたためであるという。国民を守るのではなく保身のために国民を売る外交官という国家公務員の存在。

名もない一人の日本人であれば、ひそかに暗殺されてもニュースにもならないかもしれない。だから、著者は暗殺される危険を回避するため、上り詰めるところまで上り詰めたという。

一般的な日本人の耳には荒唐無稽とひびくかもしれないが、中国共産党軍の流れ弾によって身障者となりながらも「チャーズ」という悲惨な状況を生き抜き中国共産党の反日的な空気の中国で少女時代を過ごしたという過酷な人生経験をもっている人の発言である。

中国人たちもまた中国共産党統治下のもとで過酷な人生を歩んできたことを考えれば、生き残るということにかけてのエネルギーのすさまじさには敬意を表するし、理解しなくてはならないことなのだ。

そういう著者が書いた中国共産党関連本の現時点での総括といった内容が本書である。


中国近現代史のなかに日中関係、米中関係を位置づける

前置きが長すぎた。本書の内容について簡単に触れておこう。

本書の中心は「カイロ密談」である。「カイロ密談」とは、日本の戦後処理について話し合いが行われた1943年の「カイロ会議」の際に、ルーズヴェルト米大統領と中国国民党の蒋介石とのあいだで行われた「密談」である。

その「カイロ密談」において、ルーズヴェルトからの再三の誘いを断り、蒋介石は尖閣諸島の領有は断ったのだという。蒋介石は中国共産党との戦いを最優先としていたので日本を敵に回したくなかったのだ。蒋介石はあとになって後悔し、ひたすらその事実を隠し続けたらしいが。

著者は、なんと中国共産党系の情報サイトに「カイロ密談」について記載された記事があることを知り、しかも米国サイドにもその英文版があることを突き止めて裏付けをとることに成功する。つまり中国共産党じだいが、その事実を知っているということなのだ。

しかも重要なことは、日本と戦ったのは中国国民党であって中国共産党ではない!ということだ。そもそも、中国共産党政権が中国を制圧したのは1949年である。ややこしいのは、中国国民党は大陸の支配を失っても、いまだ消滅することなく台湾を支配しているということ。まさにねじれ現象である。

著者による指摘をを読めば、日本サイドとしては冷静に、理詰めに、相手の矛盾点をしらみつぶしに調べ上げ、全世界に公表していくことが最善の策であることが理解できる。

日中関係もまた歴史的に見ることが重要だ。日中関係においては1991年が分水嶺となったことに気がつかなくてはならないのである。P.106 の年表をよく見てみるといい。

「日中国交正常化」(1972年)、「日中平和友好条約」(1978年)、「改革開放」(1978年)と推移してきた日中関係だが、1991年のソ連崩壊によって状況は劇的に変わる。ソ連崩壊は冷戦構造の崩壊であったが、地政学的にみれば長い国境線を共有する中国にとっては北の脅威が去ったということであった。アメリカが対ソ戦略のために重視してきた日本の重要性が下がったという認識を中国を持つにいたったのである。そして、1992年には領海法が制定されることになる。

本書は、中国近現代史の読み方でもあるといっていい。カイロ密談、さらには「対華21カ条」とそれに対する反対運動である「五四運動」(1919年)とそのなかででてきた「日貨排斥」、さらには「辛亥革命」(1911年)、「日清戦争」(1895年)、「アヘン戦争」(1840~1842年)までさかのぼらないと見えてこないものがあるのだ。中国近現代史は暴力革命の歴史なのである。日本人の想像を絶する、反日暴動のすさまじいまでの破壊の背景にあるものは何かを知らねばならない。

とくに日本人がアタマのなかにたたきこんでおかねばならないのは、「第6章 米中構想を見逃すな」である。この章だけで一冊にしていいくらい重要かつ重大な指摘がなされている。米中関係を最重視してきたのはキッシンジャーだけではない、ルーズヴェルトだけではない。もちろん資本家たちだけではない。

日本も参加した「義和団事件」(1900年)の賠償金支払いにかんして、アメリカは賠償を免除するかわりに、そのカネで清華大学をはじめとする学校を中国につくらせ、親米派の人脈をつくりつづけたのである。そして、アメリカ人のキリスト教宣教師たちが中国で布教をおこなっていたことにも注意を払うべきだろう。日中関係、日米関係よりも太い米中関係があるのはそのためだ。

日中関係や日米関係だけを見ていては見えてこないものがある。米中関係を加えてこそ、複眼的な視点が可能となるのだ。

著者じしんも認めているように、やや雑な記述が目につかないわけではないが、本書に盛り込まれた治験は著者ならではのものである。この基本認識をもとに、ビジネスその他の活動にあたっての情報を分析するようにしたいものだ。





目 次

はじめに-日中領土問題解決のために

第1章 中国の対日外交-揺れ動く軸足
 1. 日中国交正常化、1972年-中ソ対立のため全面譲歩
 2. 日中平和友好条約、1978年-韜光養晦(とうこうようかい:力をつけるまでは影を潜めよ)
 3. 改革開放、1978年-日本に学べ
 4. ソ連崩壊、1991年-もう怖いものはない!

第2章 「カイロ密談」-中国、尖閣領有権主張の決定的矛盾
 1. 混乱を招いた「中華民国」と「中華人民共和国」-日本は「中華人民共和国」(現在の中国)と戦争をしたことがない
 2. 蒋介石・ルーズベルトの「カイロ密談」-蒋介石、琉球占領を何度も拒否
 3. アメリカ公文書館で見つけた恐るべき「カイロ議事録」
 4. 最初の領有権主張は在米台湾留学生から始まった
 5. Great Sea Wall(万里の防海長城)
 6. 日中国交正常化までの中国の主張-尖閣諸島は日本の領土!
 7. 2012年9月25日-中国「釣魚島」白書

第3章 愛国主義教育はなぜ始まったのか-甦った反日感情
 1. 反日から生まれた国家-暴力革命の肯定
 2. 毛沢東発言-「侵略戦争」に感謝
 3. 「領海法」制定、1992年-釣魚島(尖閣)を、中国領土に
 4. 愛国主義教育、始まる、1992年
 5. 反日、もう一つの分岐点、1995年

第4章 逆行して膨張する反日感情
 1. 反日感情はさらに加速する-5億を超えるネットパワー
 2. APEC、15分間の立ち話-外交マナーと反日暴動
 3. 愛国無罪は諸刃の剣-毛沢東の亡霊と反政府ベクトル
 4. 現代の阿Q―日本車の持ち主を殴打した新世代農民工
 5. 新世代農民工の怒り-二極化された貧と富
 6. 民間保釣連盟は反政府ベクトルから始まった

第5章 チャイナ・セブン-中国新政権と対日外交
 1. チャイナ・セブンの顔ぶれは何を語るのか
 2. 軍を掌握した胡錦濤の潔い退任-江沢民派、消滅へ
 3. なぜチャイナ・ナインからチャイナ・セブンにしたのか
 4. 習近平新政権の対日戦略

第六章 米中構想を見逃すな
 1. 中国、親米のルーツ-義和団の乱、1900年
 2. 対共産圏防衛線はもう要らない-アメリカはアジアのおいしいケーキを食べたいだけ
 3. 中国は自民党政権をどう見ているのか?
 4. 中国の軍事力は?
 5. 日中関係のゆくえ

おわりに-カイロ宣言に翻弄された人生

著者プロフィール  

遠藤誉(えんどう・ほまれ)
1941年中国吉林省長春市生まれ。1953年日本帰国。筑波大学名誉教授。東京福祉大学国際交流センター長。理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。






<関連サイト>

中国共産党も知っていた、蒋介石が「尖閣領有を断った」事実 (遠藤 誉、日経ビジネスオンライン、2013年2月14日)
「人民日報」が断言していた「尖閣諸島は日本のもの」 (遠藤 誉、日経ビジネスオンライン、2013年2月22日)
・・てっとり早く事実を知りたい人は、この2つの記事を読むといい


中国問題研究家 遠藤誉が斬る (連載 2013年10月2日から現在) 


<ブログ内関連記事>

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論
・・中国経済がかかえる問題を、短期・中期・長期で整理し、課題解決の可能性とその困難さについて中国での企業経営に精通したエコノミストが書いた本。中国にとって致命的なのは、人口減少がまもなく始まるという事実である

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
・・米中関係の太さについての重要な指摘が行われている本である。あまり読まれていないのが残念だ。「2章 日米の宿命の関係 1. 同盟国から仮想敵国へ 2. 幻想のアジア 3. 米中同盟=日本の破滅 4. アメリカの日本観 5. 再び日米戦争論」は必読

書評 『チャイナ・ジャッジ-毛沢東になれなかった男-』(遠藤 誉、朝日新聞出版社、2012)-集団指導体制の中国共産党指導部の判断基準は何であるか?









(2012年7月3日発売の拙著です)





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