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2013年10月20日日曜日

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された





唱歌は讃美歌の替え歌である! これはあまり知られていないが恐るべき事実である。「唱歌の誕生は奇跡であった」と『唱歌と十字架-明治音楽事始め-』の著者・安田寛氏はいう。

安田寛氏の一連の著作を読むと、日本の近代化に果たした宣教師ミッションと讃美歌がいかに大きな役割をはたしていたか、いやというほど実感されることになる。

キリスト教徒ではなく、しかもプロテスタント諸派のインサイダーではないわたしのような一般的日本人にとっては、讃美歌と唱歌がじつは同じものだということは、言われてみなければまったく気がつかない話である。

なんと、「ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいた・・・」や、「たんたんタヌキの・・・」といった俗謡もまた讃美歌の旋律だというから驚きではないか! ウソだと思うならネット検索してみたらいい。

また、『蛍の光』は英米圏では Auld Lang Syne として大みそかに歌われており、日本ではスコットランド民謡として紹介されることも多いが、これもまたじつは讃美歌の旋律を利用したものだったのだ。

『故郷』、『春の小川』、『朧月夜』など日本人の郷愁を誘うのが文部省唱歌に対抗として大正時代に生まれたにが童謡だが、現代日本人にとっては、明治時代に生まれた唱歌との違いは耳で聞いただけではわからない。

『唱歌と十字架-明治音楽事始め-』(安田寛、音楽之友社、1993)が、安田氏がいちばん最初に世に問うと研究成果である。

その後の関連著作はすべてここから派生したものだ。唱歌だけでなく、それ以後の日本人が作曲してきた各種の音楽もまた、明治時代の唱歌から派生してきたものだ。しかも唱歌は讃美歌の替え歌だったのである!

出版順に並べると以下のようになる。

●『唱歌と十字架-明治音楽事始め-』(安田寛、音楽之友社、1993)
●『日韓唱歌の源流-すると彼らは新しい歌を歌った-』(安田寛、音楽之友社、1999)
●『「唱歌」という奇跡 十二の物語-讃美歌と近代化の間で-』(安田寛、文春新書、2003)
●『日本の唱歌と太平洋の讃美歌-唱歌誕生はなぜ奇跡だったのか-(奈良教育大学ブックレット)』(安田寛、東山書房、2008)

これらの書籍で明らかにされた事実をもとに、「西洋音階による近代化」の内実を簡単に見ていくこととしよう。


明治時代前半はアメリカから伝来したプロテスタンティズムの時代

NHK大河ドラマ『八重の桜』の後半は、八重自身の後半生と重ね合わせて展開しているが、その後半生とは新島襄の妻としてのものである。新島襄は学校設立によって、日本の近代化とプロテスタントのキリスト教を日本に布教させるという使命の両立を実現すべく奮闘する。

ドラマを見ている人はお気づきだと思うが、明治時代の教会で重要な意味をもっているのがオルガンと聖歌だ。シーンとしてはわずかなものであっても、初期の同志社に併設されていた礼拝堂でオルガンを弾くシーンがある。

安田寛氏によれば、じつは新島襄は讃美歌を歌うのは下手だったらしい。それもそのはず、彼が生まれ育った時代には、日本には西洋音階はまったく普及していなかったのだ! 日本の伝統的音階は、いわゆるヨナ抜き音階であった。プロテスタントでは牧師になるために音楽は必須だったが、新島襄も音楽だけは苦手だったようだ。

『絶対音感』(最相葉月、新潮社、1998)というノンフィクション作品が話題になったことがあったが、第二次大戦時における帝国海軍では絶対音感をきわめて重視していたというエピソードがでてくる。飛行機などの機械音に敏感になることが、敵発見のためのきわめて重視されたのだ。レーダーはすでに開発されていたが日本では完全に普及しておらず、人間の能力に依存せざるを得なかったわけである。

このエピソードには、英米と全面戦争を戦った大東亜戦争時代には、すでに西洋音階が日本人にとって不可欠かつ不可逆なものとなっていたことを示している。それが明治維新以後約70年後の近代日本だったのである。

大東亜戦争の敗戦からもすでに70年、唱歌が讃美歌から生まれたものだという安田氏の著作をを読んだ以上、日本人が戻ることができるのは、もはやそこにしかないのかという、なんともいえない気分にならざるを得ない。

それほど西洋音楽による日本人改造は不可逆なものとして完成しているわけなのだ。


■16世紀の「宗教改革」が「近代」をつくりだした

讃美歌は、さかのぼれば16世紀の宗教改革とプロテスタント教会の発生にまで行き着く。

プロテスタントの特徴は、カトリックのような聖歌隊が歌う聖歌に身を浸すのではなく、信者(=平信徒)自身が歌うことにある。いわば全員参加型である。自らが讃美歌を歌うことにより、その主体的な行為が信仰を内面化し、旋律と歌詞によって信仰を深めていくというメカニズムである。

そう考えると、唱歌を歌い童謡を歌うという行為は、無意識のうちに讃美歌のリズムで歌っていることになるわけで、われわれの身体には、知らず知らずのうちにキリスト教が浸透していることを痛感せざるをえない。

音楽は生理レベルでの体験であるから、それが幼少時からの反復体験である以上、もはや身体から切り離すことはできないのである。

そしてこれは日本だけの状況ではないのだ。

日本の植民地となった韓国もまたそうであった。キリスト教普及度の高い韓国であるが、キリスト教普及以前に日本から唱歌という形でその旋律は入っていた。日本の唱歌によって、韓国独自の唱歌の発展が困難になったと安田氏はいう。

だがより広い視野で見るなら、16世紀の宗教改革に起源をもつ讃美歌によって、日本・韓国をはじめ、台湾・中国を巻き込んだ、いわゆる漢字文化圏の歌謡が19世紀後半から20世紀初めにかけて大きく変わることを余儀なくされた歴史が見えてくるわけだ。

これはキリスト教、とくにプロテスタンティズムの影響のきわめて小さい中近東世界やインド世界の音楽を思い浮かべてみればすぐにわかることだ。アラブ音楽やインド音楽は、西洋音楽とはまったく異なる性格をもつものであり、これらの音楽はいまなお再生産されつづけている。

アメリカが伝道対象として重視していたのは中国である。日本よりも人口規模が大きいためである。これは義和団事件以後さらに強化されることになるが、アメリカと中国の見えざるつながりはキリスト教伝道にあるわけだ。

そしてまた、太平洋地域の島々もまた讃美歌の旋律が伝統音楽を駆逐してしまったのだ。讃美歌の旋律が、文字通りモダン(=近代的)に響いたからであろう。

すでに近代が終わった現在では、当たり前すぎて感激もなにもない状態ではあるのだが。


唱歌の本質は「旋律は讃美歌で歌詞は儒教の徳目」

もちろん当然のことながら、西洋音楽がすんなりと明治時代の日本人に受容されたわけではない

近代日本の教育を私学という形で切り開いた宣教師たちのミッションスクールでは讃美歌が歌われていたわけだが、教会関係者以外の一般人にとっては違和感だけではなく、かなり長いあいだ排斥の対象でもあった。

髷を切り洋装するというスタイルが一般庶民にまで普及するのは時間がかかったが、西洋音楽もまた感性に直接かかわるものだけに、受容されるには時間がかかったのである。明治時代にもっとも流行っていたのは娘浄瑠璃であり、森鴎外も熱心なファンであった。

唱歌を日本に導入することにあたって多大な貢献を果たしたのは薩摩藩出身の森有礼(もり・ありのり)であったが、彼は伊勢神宮での「不敬事件」という言いがかりをつけられて右翼の壮士に暗殺されている。森有礼は一橋大学の出発点である商法講習所という私塾を開設した人であるが、彼自身は留学中にキリスト教徒になっていた。

わたしが子どもの頃、「アーメン、そうめん、冷そうめん」というフレーズが、よく子どもどうしでクチにされていたが(・・最近はどうなのだろうか?)、明治時代の状況もだいたい想像がつくというものだろう。

日本の場合、近代化は西欧化として開始されたが、これは遅れて近代化がはじまったドイツやロシアなどと同様、上からの啓蒙という形で実行されたが、最大の難問は、西洋文明の根幹に位置しているキリスト教をどう扱うかという問題であった。

弱肉強食の国際社会で生き残るためには近代化は不可避、しかしキリスト教を中核に据えるわけにはいかないと判断した結果、政権内部での熾烈な争いを経て、近代国家日本の中核に据えたのは、儒教による国民教化と国家神道であった。

仏教やキリスト教という宗教とは次元の異なるのが神道を非宗教化した「国家神道」であり、仏教でも神道でもなく、ましてやキリスト教は論外、国民道徳は儒教によって行うというのが明治国家の結論であった。儒教による国民教化は明治20年代以降、「教育勅語」と「軍人勅諭」によって行われることとなる。

このように国民教化という点にかんしては、明治国家の内部で、キリスト教対儒教という対立がきわめて激しい対立状態にあったのだ。近代化と国民創生をどう両立させるか?

結論はきわめて折衷的なものであった。曲は讃美歌、歌詞は儒教の徳目という奇妙な折衷である。これが唱歌の本質だったのである。唱歌は讃美歌の替え歌でなのである!

日本の近代化に隠されていたこの事実。この事実は学校で教えられることはないが、きわめて重い。


日本人の脳は西洋音階に「洗脳」された

弱肉強食の国際社会で生き残るには中央集権化によりつよい軍隊をつくる必要もあった。そのためには、国民一人一人を近代的身体に改造することが必要であった。

幕末に軍制改革を行った諸藩がオランダ式の近代軍隊化を行った際、最新鋭の鉄砲や大砲だけでなく、鼓笛隊も導入したことは重要だ。これは発砲のリズムを音楽によって行ったためである。現在でも京都の時代祭りで見ることができる。

明治維新以後、身分制度が解体されて武士階級がなくなると、つぎは徴兵制が視野に入ってくる。国民皆兵というフランス革命以後の近代国家を成り立たしめる原理の一つである。

音楽にあわせてカラダを動かす。軍隊においては、これはまず行進において行われる。いわゆる行進曲(マーチ)である。

近代軍隊における体格改造は、このように音楽と体育の密接な関係のもとに実行された。

音声による洗脳と刷り込みは、もっぱら聴覚によって行われる。視覚よりも聴覚のほうが、人間にとってはより根源的な知覚であるからだ。

音楽というもっとも見えにくい、しかし人間にはもっとも深い部分に無意識に影響をあたえるものをつうじて日本人は身体改造されてきたわけだが、それは「洗脳」と「刷りこみ」という形で行われたことに気がつかねばならない。

幼少時からお遊戯や行進という形で、音感改造が行われたのである。もはや後戻りはできない不可逆の動きなのである。

日本人改造計画は、日本人の脳の改造から始まっていたのだ!

さまざまな社会制度が西洋から導入された明治時代初期に近代化は音楽をつうじて実行されたわけだが、讃美歌が唱歌として受容されたことにより、アメリカから入ってきたプロテスタンティズムは知らず知らずのうちに日本人のなかに定着してしまっている。

人間精神の根幹において、日本人は西欧化されてしまっているのである。いやすでに明治時代において「アメリカ化」が開始されていたというべきかもしれない。けっして敗戦後にアメリカナイズが始まったわけではないのだ。

もちろん、西洋音階による「洗脳」で、脳内がすべてが消去され書き換えられてしまったわけではない。近代以前の痕跡は日本人のDNAのなかに保存されていることは、日本人の音楽家の演奏に日本的なものがかいま見られると西洋人が指摘することでそれはわかる。

だが、安田氏の一連の著作が発表される以前に書かれた国語学者・金田一春彦による「唱歌」関連の著作などは全面的に書き直される必要がある。

唱歌の歌詞だけみていても、本当のことはなにもわからないのだ。

残念ながら、安田氏の著作は現在ほとんど品切れになっているが、心ある出版社はぜひ文庫化という形で復刊していただきたい。

日本人がいつから現在のような日本人になったかを知るためには、「唱歌誕生の秘密」を知らなくてはならないのだ。



<文献一覧>

『唱歌と十字架-明治音楽事始め-』(安田寛、音楽之友社、1993)


<目 次>

プロローグ
第1章 庭の千草も虫の音も
第2章 たんたんたぬきの
第3章 蛍の光 窓の雪
第4章 うつくしきわがかみのこは
第5章 夢は今もめぐりて
エピローグ
あとがき
引用文献および参考文献









『日韓唱歌の源流-すると彼らは新しい歌を歌った-』(安田寛、音楽之友社、1999)


<目 次>

プロローグ 金日成の模範的革命歌謡
第1章 演歌朝鮮半島起源説の真偽
第2章 東アジアに越境した唱歌
第3章 リズムのDNA鑑定
第4章 日本唱歌の起源
第5章 宣教団体「アメリカン・ボード」讃美歌伝道
第6章 軍歌讃美歌発生説
第7章 大衆が熱狂的に支持した軍歌
第8章 韓国唱歌の不動の型になった軍歌
第9章 讃美歌の繁殖力の秘密
第10章 二重の洗礼
第11章 韓国唱歌の遺伝子鑑定
エピローグ 讃美歌の洗礼を受けたミクロネシアの島々
主要参考文献
あとがき
図版・楽譜・写真の出典および所蔵一覧




『「唱歌」という奇跡 十二の物語-讃美歌と近代化の間で-』(安田寛、文春新書、2003)


<目 次>

はじめに
1. 「むすんでひらいて」
2. 「蛍の光」
3. 「蝶々」
4. 「数え歌」
5. 「海ゆかば」
6. 「君が代」
7. 「さくらさくら」
8. 「法の御山」
9. 「一月一日」
10. 「故郷」
11. 「真白き富士の根」
12. 「シャボン玉」
図版・楽譜・写真の出典および所蔵一覧
あとがき





『日本の唱歌と太平洋の讃美歌-唱歌誕生はなぜ奇跡だったのか-(奈良教育大学ブックレット)』(安田寛、東山書房、2008)


目 次

はじめに
1. FM古都
2. 唱歌と童謡
3. 研究の面白さ
4. 唱歌という奇跡
5. 唱歌誕生は奇跡だった
6. インターディシプリン
7. 「蝶々」の場合
8. アジア太平洋の讃美歌と唱歌
9. キリスト教海外伝道とは
10. 伝道にとっての音楽
11. 讃美歌集の仕事
12. 宣教師は歌が上手だったのか
13. どんな人が宣教師になったのか
14. アンドリュウ
15. 讃美歌は簡単に受け入れられたのか
16. 土地の古くからの歌との関係は
17. 唱歌はなぜ他所では生まれなかったのか
18. 唱歌の劇的な誕生
19. アジア太平洋で唱歌が果たした役割
20. 今後の研究について
あとがき





著者プロフィール

安田 寛(やすだ・ひろし)
1948年、山口県生まれ。国立音楽大学声楽科卒、同大学院修士課程で音楽美学を専攻。山口芸術短期大学助教授、弘前大学教育学部教授を経て、2001年より奈良教育大学教育学部教授。19世紀、20世紀の環太平洋地域の音楽文化の変遷について研究中。著書に、『唱歌と十字架』(音楽之友社、1993)、『日韓唱歌の源流』(音楽之友社、1999)、『原典による近代唱歌集成』(編集代表、CD30巻+楽譜+資料、ビクターエンタテイメント、2000)、『唱歌という奇跡 十二の物語』(文藝春秋、2003)、『日本の唱歌と太平洋の讃美歌-唱歌誕生はなぜ奇跡だったのか』(奈良教育大学ブックレット第2号、2008)などがある。2001年に第27回放送文化基金賞番組部門個別分野「音響効果賞」、2005年に第35回日本童謡賞特別賞を受賞。奈良市在住。最新刊は『バイエルの謎-日本文化になったピアノ教則本』(音楽之友社、2012)。






<参考>

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000) というブログ記事でわたしは以下のように書いている。

・・「日本におけるキリスト教の不振」についての文化人類学者・泉靖一の発言が興味深い。

「中国と朝鮮では、朱子学が村落レベルまで浸透しました。朱子学の発想には二元論的発想がととのえられています。だから、中国と朝鮮のキリスト教化のために、朱子学が論理的地ならしをしたと、皮肉ることもできます。ところが、日本の場合は、これと趣きを異にします・・(後略)・・」。

以下は、わたしが書いた文章の再録である。

「ただし、岡本太郎の、「岡本 そうですね。それを考えると、日本人ってのはまったく不思議な民族だと思いますね。これだけ融通無碍でありながら、みじんも影響されていない。」、という認識は必ずしも正しくない。
 日本人は、キリスト教徒と名乗る人が全人口の1%程度であるというだけの話であって、日本人のものの考え方に、知らず識らずのうちにキリスト教が浸透していると私は考えている。
 明治維新以降、日本の思想家はキリスト教との格闘をつうじて、ある者は全面的に取り入れ、ある者は全面的に排斥したが、多くの者は外国文学などをつうじてキリスト教に触れている。そして多くの一般人は、無意識のうちにキリスト教の影響を受けているのが実態である。・・(中略)・・まあ、こんな風に考えていくと、今後も日本ではキリスト教徒は増えることはないだろう。自分にとって都合のいいもの、受容しやすい部分だけ、無意識に取捨選択して、すでに十分に取り入れてしまっているからだ」。

この時点の発想にはまだ限界があったのだ。唱歌=讃美歌をつうじて、日本人は感性レベルにおいても、不可逆の影響をキリスト教、とくにプロテスタンティズムから受けてきたのである。ただし、教義も信仰も受け入れなかったのではあるが。しかし、それが「日本近代」というものの本質でもあろう。



<ブログ内関連記事>

書評 『国家と音楽-伊澤修二がめざした日本近代-』(奥中康人、春秋社、2008)-近代国家の「国民」をつくるため西洋音楽が全面的に導入されたという事実

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・キリスト教伝道のため来日し日本に帰化したヴォーリズ

書評 『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)-じつはこの両者には深く共通するものがある

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・まず日本に入ってきたのは漢訳聖書であった

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・新島襄の盟友であった山本覚馬は旧会津藩士。かれも洗礼をうけてキリスト教徒となる

グンゼ株式会社の創業者・波多野鶴吉について-キリスト教の理念によって創業したソーシャル・ビジネスがその原点にあった!
・・同志社の伝道によってキリスト教徒となった京都府綾部の人

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)-いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー
・・翻訳者の中村正直は儒者として身を立てたが英国留学を機会にキリスト教徒となった

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した! ・・ラジオの説教は耳からの洗脳

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「日本におけるキリスト教の不振」についての文化人類学者・泉靖一の発言が興味深い。「中国と朝鮮では、朱子学が村落レベルまで浸透しました。朱子学の発想には二元論的発想がととのえられています。だから、中国と朝鮮のキリスト教化のために、朱子学が論理的地ならしをしたと、皮肉ることもできます。ところが、日本の場合は、これと趣きを異にします・・(後略)・・」。

書評 『傭兵の二千年史』(菊池良生、講談社現代新書、2002)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ③
・・世界でもっともはやく近代的な軍政改革を行ったのはオランダ

「秋季雅楽演奏会」(宮内庁式部職楽部)にいってきた(2012年10月19日)
・・宮内庁式部職楽部は西洋音楽のクラシックも演奏する。明治時代初期にかれらが最初に決断したことである

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験
・・浄土真宗とプロテスタント教会の教会音楽が結びつく

 (2014年12月20日 情報追加)






(2012年7月3日発売の拙著です)





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