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2014年2月11日火曜日

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「偽ベートーベン詐欺事件」に思う


広島生まれの被爆二世で全聾の天才作曲家という触れこみで「現代のベートーベン」ともてはやされてきた佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏。いまではすっかり「偽ベートーベン」として全国レベルで有名になってしまいました。

この「事件」にからめて思ったことを記しておきたいと思います。

「佐村河内守」という文字を漢字でみると、「佐村・河内守」と区切って読んでしまう人はわたしだけではないでしょう。どうしても河内守(かわちのかみ)と読んでしまう。本名だとしたら、おそらく両親にも遊び心があって、我が子にそんな名付けをしたのではないかな、と(笑)

薩摩守(さつまのかみ)といえば無賃乗車肥後守(ひごのかみ)といえば折りたたみ式の切り出しナイフのことですが、河内守といえば詐欺師の代名詞になってしまうかもしれませんね。ちなみに前者は薩摩守平忠度(たいらのただのり)から只乗りの連想、後者は登録商標です。

18年間も詐欺をつづけていたわけですが、善悪の判断を脇に置いてしまえば、じつに見事としかいいいようがない。

NHKスペシャルの「魂の旋律-音を失った作曲家-」(2013年3月31日放送)という番組でこの人の特集をみて、「すごい人だなあ」と思ったことは否定はいたしません。交響楽のCDは購入していないので実損はありませんが、わたしも騙された「被害者」の一人です(笑)


「共犯者」は作曲家だけではない

ゴーストを18年間つとめていた作曲家の新垣隆氏は、いみじくも「自分も共犯者」だという趣旨の話をしていました。もちろん「」書きですから、比喩的な意味で「意図せざる共犯者」ということでしょう。

さらにいえば、18年間も「現代のベートーベン」ともてはやしたマスコミ、そしてそれを受け入れた消費者、みな「共犯者」だといっても言い過ぎではないような気もします。

そもそも、「感動をありがとう!」などと叫んでいるやつはいったい誰だ!?(笑) 

受入れる側にそういう土壌があるからこそ詐欺が成立するわけですからね。そういう意味で、もちろんすべてとはいいませんが、消費者もまた「共犯者」だと思ったほうがいいのかもしれません。

これからは、「感動はごちそうさま」と静かに言うべきでしょう。その心は、もうお腹いっぱいですよ、と(笑)

フェイスブックもふくめたSNSでよく目にするのが、「セルフブランディング」というコトバ。「セルフプロデュース」というい方もありますが、一貫した言動によって望ましい自己イメージをつくりあげること。そしてそれを「ストーリー」でかたるということ。いまのネット時代、自分で商売する人にとっては、きわめて重要なことです。

とはいえ、今回の「偽ベートーベン」事件がかいまみせてくれたのは、この方法論は詐欺師やペテン師にもそっくりそのまま当てはまるということ。一貫した自己イメージをつくりだして、それをストーリーでかたる(笑) そのまんまですな(笑) 

善男善女(ぜんなんぜんにょ)の凡人はウソをつき続けるほどアタマはよくないので(・・もちろんわたしもふくめてですよ!)、かならずボロがでるし、ネットには足跡や痕跡を残してしまう。

だからこそ、18年間もウソでかためてつくりあげたストーリーを破綻させずに貫き通したというのは、ある意味では驚嘆に値します。あまりにも見事な「セルフプロデュース」ぶりです。

ウソが露呈したのは、ゴーストというか黒衣(くろこ)としての「共犯者」の告白であったわけですから、いずれボロがでたかもしれませんが、もしその告白がなければ、もしかするとそのウソは墓場までもっていったかもしれません。


日本語の「かたる」という動詞の意味

タイトルも含めて、「ストーリー」を「かたる」と書いてきた理由があります。日本語の「かたる」という動詞は、ふつうは「語る」という漢字をあてていますが、「騙る」という漢字をあてることも可能です。「騙る」とはだますという意味ですね。「語る」は「騙る」。ストーリーを「語り」、ストーリーで「騙る」(笑)。

そう考えると、「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」でつくりあげ、そしてそれを「ストーリー」でかたる、ということじたい、なんだか「うさんくさい話」だという気がしてくるものです。

「人は小さなウソは見破るが、大きなウソには騙される」といったヒトラーのコトバを想起します。宣伝大臣のゲッベルスの発言だったかな?

なんてことを考えていたときに、書棚から見つけたのが写真の2冊。『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』(河出文庫、1986)『山師カリオストロの大冒険』(中公文庫、1985)

ともにドイツ文学者の種村季弘(たねむら・すえひろ)の作品。フランス文学の澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)とならんで、日本における「幻想文学」の確立者。愛読者の多い作家でもありました。

『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』(初版単行本は青土社1983年刊)は、ドイツの近世・近代の実話をもとに描いた詐欺師列伝。

副題の「あるいは制服の研究」というフレーズに意味があります。「偽ベートーベン」もまたロングヘアーに黒サングラス、苦悩の人のようなポーズと言動、いかにもアーチスト然とした黒を基調としたファッション。これもまたアーチストを装うための「制服」といっていいでしょう。

『山師カリオストロの大冒険』(初版単行本は中央公論社から1978年刊)は、18世紀ヨーロッパをまたにかけて、マリー・アントワネットをはじめ並みいる王侯貴族たちを手玉にとった稀代の詐欺師の物語。

(稀代の詐欺師カリオストロ伯爵(自称) wikipediaより)

カリオストロというと、現在では宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』を想起するかもしれませんが、面白さの点では種村季弘のこの作品にはまったくかないません。

自分で買って読んだ本には読んだ日付を入れているわたしですが、この二冊の文庫本には、1985年と1986年とあります。いまからすでに30年近い前のこと。1980年代にはこういう本が流行ってました。


「記号消費」から「ストーリー消費」へ

1980年代は「バブル期」として片づけられがちですが、重要な言説もあったことを指摘しておかねばなりません。それは、文化記号論や消費記号論なんかも流行っていたということです。

モノの消費からコトの消費へなどと語られてました。消費者は、実体そのものよりも、実体に結び付けられた記号を消費しているのに過ぎないのだ、と。その当時よく引き合いに出されていたあのは、フランスの言語学者ソシュールの記号論。フランス語の「シニフィエ」(=意味されるもの)と「シニフィアン」(=意味するもの)という表現は、それぞれ「実体」と「記号」に該当します。

消費者は、「感動が散りばめられたストーリー」を消費しているわけで、それは「記号消費」をさらに高度化させたものといえましょう。でも、種村季弘の著書で描かれてきたように、「ストーリーを語り、ストーリーで騙る」という手法は、むかしから詐欺師たちによってつかわれてきたということなのです。

すでに10年前にお亡くなりになった種村氏ですが、いま生きておられて河内守(かわちのかみ)の事件をご覧になったら、いったいどんな「ストーリー」をつくって「かたって」てくれるのだろうかと思うと、まことにもって残念であります。

「まあ、世の中なんてこんなもんだよね」なんて思うのは、あまりにシニカルにすぎるかもしれませんが、子どもじゃないんだから「感動をありがとう!」なんていうフレーズが、ときにはきわめてうさんくさいという意識をもつことは重要でしょう。

必要なのは「免疫力」でありますね。知的な免疫力! 「免疫不全」」とならないよう、自分のアタマで考えることが重要ですよ!






<記事で取り上げた本の紹介>

『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』は、岩波現代文庫から2003年に復刊されてます。以下はその解説文

制服は人を惹きつける。体制が保証した地位や職階の証しにおびき寄せられる。ドイツ軍大尉、プロイセン王子、ザクセン選帝侯太子、外交官などと思わせると、俗物どもは喜んで金品を差し出し、ぺてん師たちは容赦なく巻き上げる。大笑いののちにはたとわが身を振り返らざるをえない、西欧の実話にもとづく人間悲劇・喜劇。




『山師カリオストロの大冒険』もまた、岩波現代文庫から2003年に復刊されてます。以下はその解説文

美貌の妻と連れ添ってヨーロッパ各地で医術・錬金術・予言などの奇蹟を演じ、美顔水や回春剤で大もうけを企んで社交界で暗躍したカリオストロ伯爵。その天才ぶりにゲーテが強く心惹かれ、からくも呪縛を断ち切った。大革命前夜の啓蒙主義と神秘主義が混交するヨーロッパ社会の心性を背景に、謎の人物の正体に迫る痛快評伝。

岩波現代文庫『山師カリオストロの大冒険』moreinfo - 岩波書店 にはさらにくわしい紹介があるのでぜひご覧いただきたく。




種村季弘(たねむら すえひろ) wikipediaより(2014年2月11日現在の情報)

1933年(昭和8年)3月21日 - 2004年(平成16年)8月29日)は、日本の独文学者、評論家である。
古今東西の異端的・暗黒的な文化や芸術に関する広汎な知識で知られ、クライストやホフマン、マゾッホなど独文学の翻訳の他、内外の幻想小説や美術、映画、演劇、舞踏に関する多彩な評論を展開し、錬金術や魔術、神秘学研究でも知られる。
また、歴史上のいかがわしくも魅力的な、吸血鬼や怪物、人形、自動機械、詐欺師や奇人などを著作で多数紹介した。 幸田露伴、岡本綺堂、泉鏡花、谷崎潤一郎をはじめとする日本文学にも深く精通し、晩年は江戸文化や食文化、温泉文化などの薀蓄をユニークなエッセーに著わした。 
稀代の「博覧強記」として知られ、『種村季弘傑作撰Ⅰ・Ⅱ』の編者で作家の諏訪哲史は同著の解説において種村を “二十世紀の日本の人文科学が世界に誇るべき「知の無限迷宮」の怪人” と評している。 仏文学者で評論家の澁澤龍彦との交流でも知られ、澁澤とともに幻想文学というジャンルの確立に貢献した。





種村季弘さんは、なんだか『ゲゲゲの鬼太郎』にでてくる「目玉おやじ」のような印象をもっていたのは、わたしだけだろうか・・・。「ケケケ」とか笑いだしそうな(笑) 澁澤龍彦氏がいかにもという容貌だったのに対して、種村氏はひょうきんな容貌。考えてみれば、なんだか「河内守」は澁澤龍彦に似ているな(笑)





<関連サイト>

NHKスペシャル「魂の旋律-音を失った作曲家-」(2013年3月31日放送)
・・「NHKスペシャルでは、去年3月31日、「魂の旋律~音を失った作曲家~」と題し、両耳の聴力を失った作曲家として、佐村河内守氏を紹介いたしました。しかし佐村河内氏が、NHKに対して、自らは作曲しておらず、代わりに作曲していた人物がいることを明らかにしました。佐村河内氏は、「曲の全体構成や曲調などをその人物に伝えたが、自分では曲を作っていない」と話しています。NHKは、放送当時、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした。視聴者の皆様や、番組の取材で協力していた方々などに、深くお詫び申し上げます」(2014年2月11日現在)。 

NHKが番組を制作して放送したという「事実」は消えることがないので、このサイトそのものを削除せずに残していることは評価していい。だが、わきの甘すぎるNHKの評判はガタ落ちだ。

(佐村河内守氏 「NHKスペシャル」のウェブサイトより)



・・NHKスペシャル「魂の旋律-音を失った作曲家-」(2013年3月31日放送)を早送りのビデオ映像としてアップされたもの。CDも出荷停止となって市場から消えた現在、貴重な映像資料として削除されないことを願う。虚飾に満ちたストーリーとは関係ない、音楽そのものについての音楽学者による解説には納得させられるものがある(・・ただし、ストーリーを知った上での解説ではあるが)。




佐村河内守氏の著書『交響曲第一番』(幻冬舎文庫、2013 単行本初版2007講談社)。古書価がいったいどこまで上がるか? 本は絶版になっても古書として残る「人は小さなウソは見破るが、大きなウソには騙される」という格言を想起しますねえ。もしかしてこの本もゴーストライターの手になるのかも・・・。ここに「内容紹介」を転載しておこう。

内容紹介
「NHKスペシャル」、TBS「金スマ」で大反響!
日本中に衝撃を巻き起こす全聾の天才作曲家の感動の自伝。
被爆二世の作曲家である著者は、
すべてをなげうって音楽のためだけに生きてきた。
35歳のとき、両耳の聴力をすべて失うという悲劇が彼を襲う。
絶望と虚無の淵に沈む彼を立ち直らせたのは、
目の不自由なある少女との運命の出会いだった。
そして彼は、深い闇の中にいる者だけに見える"小さな光"に導かれ、
奇跡の大シンフォニーをつくりあげた――。

内容(「BOOK」データベースより)
すべてを擲って音楽のためだけに生きてきた被爆二世の作曲家は、三十五歳で両耳の聴力を失う。絶望と虚無の淵から立ち上がらせたのは盲目の少女との運命の出会いだった。深い闇の中にいる者だけに見える“小さな光”に導かれて―。全聾の天才作曲家、奇跡の大シンフォニー誕生までの壮絶なる半生。感動のドラマ。





NHKの担当ディレクターの著書 『魂の旋律-佐村河内守-』(NHK出版、2013)。この人も「共犯者」といっていいのかもしれません。レビューを読むと面白い。 本は絶版になっても古書として残る「人は小さなウソは見破るが、大きなウソには騙される」という格言を想起しますねえ。ここに「内容紹介」を転載しておこう。


内容紹介
音を失った作曲家が紡いだ「いのちの調べ」
18万枚を超える大ヒット「交響曲第1番“HIROSHIMA"」と、大震災の被災地への鎮魂の思いを注いだ「レクイエム」の誕生。全聾(ぜんろう)の作曲家・佐村河内守の被災者への共感の背景にあるものとは――。佐村河内に5年間寄り添い、番組を制作してきたディレクターの著者が、いのちの作曲の軌跡を綴る「NHKスペシャル」の出版化。

内容(「BOOK」データベースより)
あまたの人々の心を震わせた「交響曲第1番“HIROSHIMA”」と、大震災の被災地の人々への鎮魂の思いを注いだ「レクイエム」の誕生。全聾の作曲家・佐村河内守に5年間寄り添った著者が、いのちの作曲の軌跡を綴る。大反響を呼んだ「NHKスペシャル」の出版化!!




<関連サイト2>

偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏 (伊東 乾、JBPress 2014年2月8日)
音楽家の善意を悪用、一線を越えた偽ベートーベンあまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏(2)  (伊東 乾、JBPress 2014年2月12日)
偽ベートーベン事件、罪深い大メディアと業界の悪習慣あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏 (3)  (伊東 乾、JBPress 2014年2月18日)


佐村河内氏、ベートーヴェンと会話? 掲載見送った記事 〈AERA〉(朝日新聞出版|dot.(ドット) 2014年2月10日)  
・・「AERA」は「NHK」よりジャーナリズムとしては、はるかにまともだったということになる。複数の情報源の情報をつきあわせて真相をさぐるのは基礎の基礎ではないか

でっちあげ冒険譚でヒーローになった アメリカの「偽ベートーベン」 -大ベストセラーの“黒子”ライターは自殺 (石 紀美子、JBPress、2014年2月19日)
・・『スリー・カップス・オブ・ティー』(グレッグ・モーテンソン、デイヴィッド・オリバー・レーリン、サンクチュアリー出版、2010)というベストセラーに書かれた美談は「共著者」として名を連ねている "黒子"レーリンが想像をふくらまして書いたのだが・・・。だが、このケースでは罪は「偽ベートーベン」と比べるとはるかに軽い   






<関連サイト3>

2014年3月7日に佐村河内守氏は記者会見を開いて謝罪を行った。その際、髪の毛を切り、ひげも剃り、サングラスもかけずに現れたが、まさにこの平々凡々な中年男の素(す)の風貌は、それ以前のいでたちがアーチストを偽装するための「制服」であったことを逆説的に示しているといえよう。

また、もともとは有名になってカネ儲けをすることが目的であったとしても、あまりに自分がセルフプロデュースした「虚像」が肥大化したため、自分でもコントロール不能になったのではないかという印象を受けた。

たとえ出発点が虚偽ではなくても、自らの言動によって「実像」をはるかに超えて「虚像」が肥大化し、それが独り歩きすることによってバッシングを招くこともある。この一連のプロセスをみずから顧みた「有名人」の著書があるので参考のためにあげておこう。

『「有名人になる」ということ』(勝間和代、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012)、である。数年間の出来事ではあったが、出版マスコミによって「虚像」がつくられていくプロセスが興味深い。著者はこの本を書くことで、「有名人」レースからはすでに降りたようだが。

(2014年3月7日 記す)





<ブログ内関連記事>

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②
・・種村季弘とは同時代人の山口昌男も「道化」などのテーマで意表をついてくれた。山口昌男の文化記号論や象徴人類学も1980年代の流行であった。『文化の両義性』も重要なテーマを扱った必読書

エープリル・フール(四月馬鹿)-フールとは道化のこと
・・「道化」も「詐欺師」も知性のかたまり

書評 『自己プロデュース力』(島田紳助、ヨシモトブックス、2009)
・・この人の場合は、つくりあげた自己イメージを、自分の言動で崩壊させてしまった事例。生身の人間である以上、仕方ないという側面もなくはない

書評 『Me2.0-ネットであなたも仕事も変わる「自分ブランド術」-』(ダン・ショーベル、土井英司=監修、伊東奈美子訳、日経BP社、2010)
・・2009年から2010年にかけて、SNSが浮上してきた頃に「セルフプロデュース」や「xセルフブランディング」といったコトバが buzzword になった。考え方と方法論じたいには問題はない。要は悪用せず善用すべきだということだ

広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える
・・「広島」、「原爆」、「NHK」というキーワードで検索

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・ビリーバー(believer)という、信じたいという人間がいるから、はじめて教祖が存在可能となる。その意味では詐欺師と騙される人間の関係もまた構造的には同じである

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた(2013年12月2日)-ことしはチャイコフスキーの 『荘厳序曲(1812年)作品 49』
・・「ベートーヴェン」(ベートーベン)、「交響楽」、「荘厳」というキーワードで検索




(2012年7月3日発売の拙著です)








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