徳田虎雄は昭和時代が生んだ「清濁併せのむ怪物」である。一言で要約すればこうなるだろう。
「病院王」で「政治家」。精力的に活動していた全盛期の徳田虎雄氏をテレビ映像つうじて頻繁に目にしていた記憶をもっている人なら、きわめて強い印象をもっているに違いにない。
だからこそ、カラダは動かせないがギョロ目を動かす「寡黙な巨人」としての徳田虎雄氏を見て驚いた。一連の事件で病院チェーンの徳洲会がマスコミにクローズアップされたことによって、ひさびさに徳田氏が健在であることを知ったときのことである。
まさか筋萎縮側索硬化症(ALS)になって闘病生活を送っているとは考えもしなかった。それほど、かつての徳田氏をマスコミをつうじてであれ知っていた人にとっては、現在の徳田氏との落差があまりにも激しいのだ。
筋萎縮側索硬化症(ALS)は、遺伝性はないが10万人に1人発症するという現代の難病である。本人もまさか自分がALSになるとは思いもしなかったはずだ。自分がつくった病院チェーンがあるからこそ、文字通り24時間介護が可能となっているのだが・・・。
クチはきけず、カラダは動かなくなってもアタマのなかはフル回転しているらしい。目で文字板を追いながら意志疎通をする意志の強さ。逆境を乗り越えるなんて生易しいものではない。すごすぎる。
(単行本カバー 2011年刊)
強烈な個性、天真爛漫、非常識、破天荒、激情、情念、バイタリティ、沸騰する血、思い、夢、執念、あきらめない、努力、思いこんだら、猪突猛進、ひたすら前進、うしろを振り返らない、有言実行、モーレツ、一心不乱、反骨、反権力、過剰、けた外れのパワー・・・。
徳田虎雄氏を形容する表現が本書のなかに散りばめられている。それほど精力的な人物だったのである。
そもそも「宿敵」であった日本医師会の武見太郎氏じたい「怪物」だったのだ。この人たちの下で働くのはしんどいだろうが、はたから見ている限りではじつに強烈な個性の持ち主であったといえよう。昭和はまた「怪物」たちの時代でもあった。
こういった理念やモットーは美辞麗句ではないというのがまたすごいところだ。まさに有言実行、じっさいに僻地や離島でも充実した医療を提供することをで実践してきたのだと著者は書いている。
だが、壮大な理想は、理想実現の手段は選ばず、猪突猛進することで実現された。だからいったん大きな壁にぶつかり、その壁を回り道をせずさらに猪突猛進しようとするとどうなるか? 徳田氏が見つけた「武器」は政治であった。
闘牛とサトウキビの徳之島。闘牛も選挙もギャンブルか。南国らしい愉快であけすけな風土。被支配の歴史と貧困がはぐくんだ反骨精神は、なんだかシチリアやカリブ世界にも似ているような気がする。
悪人性と善人性が矛盾なく同居している人。右も左も関係なく清濁併せ呑む姿勢、しかも根がリベラルで反権力。功罪相半ばする存在であった。
政治家時代に関係のあった栗本慎一郎氏による「社会からの評価に関心がない人」という回想には大いにうなづかされる。主観的な意識と他者の判断のズレ、つまりパーセプションギャップが存在したにもかかわらず、まったく意に介していなかったということか。
病院チェーンの経営において、創価学会と同様、選挙がもっていた意味を熟知していたという著者の指摘が興味深い。日頃、患者からアタマを下げられる存在の医師や看護師が逆にアタマを下げるという貴重な経験。外部の人間にはよくわからないが、著者が書くように、徳洲会はまさに徳田虎雄氏という教祖を頂点にもつ宗教団体のような組織なのかもしれない。
寅年生まれだから虎雄と名づけられたと徳田氏。1938年生まれだから、おなじく寅年生まれのわたしより干支はふたまわり上になる。
その徳田氏はファミリーのチカラを結集して成功し、しかし血族しか頼れないがゆえに、事業には精通していないファミリーの存在が結局は命取りになる。
「(「週刊ポスト」での)連載の最中、徳田から抗議や不満めいた反応は全く寄せられなかった」と著者は述懐している。ささいなことですぐマスコミを訴えては恫喝する、どこぞの国の首相を筆頭にした、じつは小心者で打たれ弱い政治家諸氏には、徳田虎雄氏の爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいものである。
昭和は遠くなりにけり、か。読んで損のない充実したノンフィクション作品である。
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