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2015年2月8日日曜日

書評 『インド 宗教の坩堝(るつぼ)』(武藤友治、勉誠出版、2005)-戦後インドについての「生き字引的」存在が宗教を軸に描く「分断と統一のインド」


きわめて多数の種族と言語が存在するために、インドでは英語が実質的な公用語となっているとはよく言われることだ。だが、多様なのは言語だけではない。宗教もまた多様で複雑なのである。

本書は、1950年代から外交官としてインド在勤18年間(=在勤4回)にわたって、インドに深く関わってきた著者が、みずからの体験や直接伝聞した一次情報を織り交ぜながら、多様性に富むインドの宗教事情を一般向けにまとめたものである。

さすがにインドは仏教国という現実離れした連想にとどまっている人は少なくなってきているだろうが、ヒンドゥー教がインドの国教だと思っている人も少なからずいるのではないだろうか。じつは、インドは「政教分離」を旨とする世俗国家である。インド=ヒンドゥー教と思い込んでいると認識を誤るのである。

たしかに人口の8割をヒンドゥー教が占めるインドであるが、残り1割はイスラームであり、キリスト教、シク教とつづく。さらには、インド生まれのジャイナ教だけでなく、外来のゾロアスター教、ユダヤ教もまた少数派だとはいえインドに存在するのである。

つまりインドは、ヒンドゥー教がマジョリティでありながら、それぞれお互いにとって異教徒である集団が併存し「分断」されているのである。さらにヒンドゥーの根幹をなすカースト制によっても「分断」されている。

しかしながら、そのように「分断」されていながら、一方では「統一」が保たれているのがインド世界である。その謎に満ちたインド世界を理解するためのカギの一つが宗教なのだ。

本書に取り上げられているのは、順番に拝火教徒(=パルシー:ゾロアスター教徒)、ユダヤ教徒、シク教徒、ジャイナ教徒、キリスト教徒、イスラーム教徒、ヒンドゥー教徒である。新仏教については一部がヒンドゥー教徒の項目であつかわれているだけで、独立した項目として取り上げられていないのが残念だが、『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)などを別個に読むべきであろう。

最初は各宗教についてのカタログ的な記述が最後まで続くのかなと思っていたが、多神教インド世界における500年にわたるイスラーム化について触れ、さらにインド世界そのものであるヒンドゥーについて記述が及ぶと、インドにおける宗教の意味が重層的に考察が深まっていき、最終的には読者も、インド世界の「分断と統一」の意味についておぼろげながら輪郭が理解できることになる。意図したのかどうかは知らないが、なかなか巧みな構成である。

宗教によって縦割りにされ、カーストによって横割りにされているインドでは、カーストによって分断状態にあるヒンドゥー教徒の世界はもとより、神の前では信じる者はみな平等であるはずのその他の宗教集団までもが、ヒンドゥー世界のあり方に影響され、あるいはそれに迎合するかのようにして上下の階層に分断されているという事実は、複雑なインドを理解する上で見逃せない重要なポイントであると考える。(P.191)

ともに外来宗教であるキリスト教においてもイスラームにおいても、もともとの土着のヒンドゥー社会のカースト制が反映して差別意識が存在するという指摘がじつに興味深い。日本においても、仏教やキリスト教などの外来宗教が受容されるには、「土着化」というプロセスを経ていることを考えれば、不思議なことではない。16世紀にインドで誕生したシク教は、在来のヒンドゥー教と外来のイスラームを融合した「新宗教」である。

仏教とジャイナ教はほぼ同時期にインドで成立したが、ヒンドゥーをヒンドゥーたらしめているカーストを徹底的に否定した仏教がインドでは衰退したのに対し、徹底的な不殺生を実践しながらもカースト制との折り合いをつけてきたジャイナ教は、現在に至るまで2500年にわたってインドで生き残っているのである。いまのインドの仏教は、独立後のインドでダリット(=アウトカースト)に普及した「新仏教」である。

インド人が近代スポーツに弱い理由に、カーストによる分断社会の存在があることを指摘した著者の「仮説」も興味深い。異なるカーストの人間は、肌が触れる接触型スポーツは想像もできないのである。だから、テニスやクリケット、ポロなどの非接触型スポーツ以外は普及しないのである、と。

このように、カースト制度による分断を当然のものとみなし、変化を好まないヒンドゥー教徒が社会の安定化をもたらしているという逆説的な状況がインド世界なのである。インド世界の「分断と統一」をこう捉えると、おぼろげながら理解もできるようになる。

わたしが読んだのは初版第1刷であるが、誤植や記述に間違いが散見されるのが残念だ。読者みずからがネットなどで調べて正誤について確認すべきであろう。情報のクロスチェックが不可欠であるが、そのための「たたき台」と捉えれば本書の価値は大いにあるといえよう。

戦後インドについての「生き字引」というべき著者である。インド独立からすでに70年近いが、その間のインドを見つめてきた著者の考察は、学問的厳密さには欠けるものがあっても傾聴に値するというべきだろう。





目 次


まえがき
第1章 拝火教徒はなぜ混合を嫌うのか
第2章 ユダヤ教徒の天国、それはインド
第3章 シーク教徒は世界一若い宗教集団
第4章 ジャイナ教徒-蚊の一匹さえも殺さぬ信仰
第5章 キリスト教徒-2000年の歴史に支えられて
第6章 イスラム教徒-ヒンドゥー過激勢力の脅威のなかで
第7章 ヒンドゥー教徒-分断と統一が交錯する世界
第8章 インドとインド人について-徒然なるままに思うこと
あとがき

著者プロフィール

武藤友治(むとう・ともじ)
1930年生まれ。大阪外国語大学(インド語学科)を卒業後、外務省に入省、40年余の外交官生活を送り、在ボンベイ総領事を最後に退官。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員を経てインド・ビジネス・センター・シニア・アドヴァイザー、日印協会理事。インド在勤中からインド政治のフォローアップに努め、退官後も精力的に現代インドの研究に取り組む(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察
・・インド世界を理解するために、同じ著者によるこの本もあわせて読んでほしい


インドの宗教と社会

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る
・・「聖者」信仰からインド世界を読む

書評 『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)-フィールドワークによる現代インドの「草の根ナショナリズム」調査の記録
・・インドの宗教問題を複雑化させているヒンドゥー至上主義者とその政党であるBJPについて

ボリウッド映画 『ミルカ』(2013年、インド)を見てきた-独立後のインド現代史を体現する実在のトップアスリートを主人公にした喜怒哀楽てんこ盛りの感動大作
・・ヒンドゥー教とイスラームとの接触から16世紀に生まれたシク教。インドのスポーツ選手にはシク教徒が多いのは職業選択の制限がないこともその理由の一つ

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民
・・バンコクにおけるヒンドゥー教の神々の信仰と、バンコクで多数派を占めるパンジャーブ出身のシク教とについて

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド
・・コルコタ(=カルカッタ)で布教に邁進するカトリック修道会については、本書で言及されていないが重要な存在

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた
・・インドを代表するタタ財閥は、パルシー(=ゾロアスター教徒)が創業一族である

書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)
・・インド社会の底流にあるどす黒い現実に目を向けるという意味でも必読書


インドの文明と文化

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・インド世界と中東という「中洋」の発見。インド西部からイスラームが入ってきた

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった

書評 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)-ディテールにこだわった濃厚な2ヶ月間のドキュメントで展開される日印比較による「近代化論」と「ナショナリズム論」
・・インド社会を知識人の視点で外から眺めた記録


外来宗教のローカリゼーション(=現地化・土着化)

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに
・・日本においても、外来宗教が受容されるには「土着化」というプロセスを経ていることがよく理解できる

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)-新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか
 ・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」




(2012年7月3日発売の拙著です)









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