外交も時事問題である以上、時々刻々と変化する国際情勢によってつねにマイナーチェンジが行われる。日本もすでに体験しているように、民主主義国家においては選挙をつうじた政権交代がありうるので、外交にかんしてもマイナーチェンジ以上の変化がもたらされることもありうる。
だが、中華人民共和国は、1949年の建国以来、中国共産党にによる事実上の一党独裁を守ってきたことをアタマのなかに入れておかねばならない。最高意志決定機関である「チャイナ・セブン」(・・本書の著者である遠藤誉氏による表現)という集団指導体制のメンバーが交代すると、外交方針にも変化は見られるが、原理原則となる方針が首尾一貫したものであることに変化はない。
中華人民共和国イコール中国共産党であり、すべては中国共産党のためにある。軍事戦略も外交戦略もすべてそうである。だからこそ、中国がいかなる原理原則と長期戦略にもとづいて行動してきたかを知ることは、日本人にとっては絶対にアタマに入れておかねばならないことだ。
「百年河清(かせい)を待つ」という故事成語があるように、中国人の時間感覚は日本人とは違ってひじょうにスパンが長い。チカラを蓄えるべき時には長期にわたって隠忍自重(いんにんじちょう)し、実力が備わって自分以外が相対的に弱体化したとみれば攻撃に打って出る。そのための隠忍自重の期間は、ニコニコと笑顔を振りまきながら耐えに耐えるのである。
これは中国という国家についても同じである。個人レベルの「隠忍自重」のことを、国家戦略レベルでは「養光韜晦」(ようこうとうかい)という。日本人はこのコトバも実体も知らなかったがゆえに、尖閣問題などの痛い目にあっているのだ。
本書の特徴は、とかく日中関係という二国関係だけでものをみがちな日本人に、米中関係という人きわめて強い人的関係をベースにした二国関係の視点を提供してくれている点にある。中国問題は、すくなくとも日米中の三カ国関係でみなければ見えてこない。
「大型大国間関係」という、G2=米中二国間関係にちらつくキッシンジャーと習近平の親密な関係、アメリカの世論にきわめて大きな影響力をもつ在米華人華僑の存在、アメリカの中国重視政策と日米同盟のズレなど、米国の中国政策を前提にしないと日中関係も見えてこない。
日本側が軽視した米議会調査局(CRS : Congress Research Service)による「日米関係-議会のための問題点」(Japan-U.S. Relations: Issues for Congress)というリポートを、中国は最大限に活用しているのである。安倍首相批判も、慰安婦問題批判も、このリポートによるものだ。
本書の最大のポイントは、文書化されていない「カイロ密談」を、その当事者であった中国国民党の蒋介石の「蒋介石日記」を筆写して読み込んだ「第6章 カイロ密談」と、「アメリカ公文書機密資料」を読み込んで解明した「第7章 沖縄返還密談」である。
「カイロ密談」の分析から明らかになるのは、尖閣諸島は不要だとルーズヴェルトの提案を断った蒋介石の決断とその意味である。もし中国国民党の蒋介石が中国共産党毛澤東との対決に力を奪われなかったなら、尖閣諸島はどうなっていたか、沖縄はどうなっていたか? 考えるだけでも恐ろしいことだが、もしそうであったなら、中華民国の継承者である中華人民共和国は沖縄を領有化し、日本の一部である沖縄を「属国化」していた可能性すら否定できないのだ。
中国共産党が政権をとった初期の統治について肌感覚で中国を知っている著者は、別の言い方をすれば中国を内在的に理解できる人である。「改革開放」によって「社会主義市場経済」という歪んだ拝金主義を生み出して変質する前の中国共産党支配の実態を熟知している人である。
忍者外交を行ったキッシンジャーの評価や、中国要人のテレビ向け演出における表情と化粧についての指摘など、著者ならではの独特の見方はおおいに参考になる。「養光韜晦」(ようこうとうかい)を、じっと水中に潜んでじっくりとうかがうワニにたとえているのは秀逸だ。
内容的には、書評 『チャイナ・ギャップ-噛み合わない日中の歯車-』(遠藤誉、朝日新聞社出版、2013)-中国近現代史のなかに日中関係、米中関係を位置づけると見えてくるものとは? に重なる部分も多々あるが、日米中という三国関係のもとにある日本について考えるうえで、ぜひ読んで起きたい本である。
目 次
はじめに
第1章 世界を揺り動かす中国の野望
Ⅰ G2構想-習近平・オバマ会談の真相
Ⅱ 日米のミャンマー接近に危機感を募らせる中国
Ⅲ 「龍と象の争い」-危険な中印関係の実態
第2章 中国の外交戦略は誰が決めているのか
Ⅰ 中国、意志決定のメカニズムを解き明かす
Ⅱ 中国外交政策決定の内部構造-「領導小組」とは
Ⅲ 世界が驚いた習近平体制の布陣
Ⅳ 中国数千年の戦略「韜光養晦」(とうこうようかい)第3章 中国、尖閣領有権主張の「本気度」と狙い
Ⅰ 「人民日報」から読む「琉球領有権再考論」
Ⅱ 民族の屈辱とリンクさせている領土問題第4章 なぜいま、アメリカが日本の歴史認識を非難するのか?-その背景にある在米華人華僑世界を追う
Ⅰ アメリカ「CRSリポート」の影響力
Ⅱ 世界に広がる華人華僑の実態
Ⅲ 在米外国人留学生は何を語るのか
第5章 対北朝鮮政策 "三国志" 的戦略の飴(アメ)と鞭(ムチ)
Ⅰ 計算された中国の対北朝鮮戦略
Ⅱ 六ヵ国協議再開を目指す中国の本音
第6章 カイロ密談-新資料から読み解く中国最大の弱点 Ⅰ 蒋介石とルーズベルトの完全なる密室会談
Ⅱ 米公文書館で「カイロ密談」議事録を発見
Ⅲ 蒋介石の日記を求めてスタンフォード大学と台湾に
第7章 沖縄返還密談-「蒋介石日記」と「アメリカ公文書機密資料」 Ⅰ 尖閣諸島領土主権に関する蒋介石の日記
Ⅱ 沖縄返還密談-アメリカ公文書館とニクソン図書館から
おわりに 尖閣の領有権-中国はCRSリポートを最大限に利用している
著者プロフィール
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
1941 年中国吉林省長春市生まれ。1953 年帰国。東京福祉大学国際交流センター長。筑波大学名誉教授。理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・セブン 〈紅い皇帝〉習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(以上、朝日新聞出版)、『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』(WAC)、『ネット大国中国-言論をめぐる攻防-』(岩波新書)、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』(日経BP 社)など多数。
<関連サイト>
中国共産党も知っていた、蒋介石が「尖閣領有を断った」事実 (遠藤 誉、日経ビジネスオンライン、2013年2月14日)
「人民日報」が断言していた「尖閣諸島は日本のもの」 (遠藤 誉、日経ビジネスオンライン、2013年2月22日)
・・てっとり早く事実を知りたい人は、この2つの記事を読むといい
中国問題研究家 遠藤誉が斬る (連載 2013年10月2日から現在)
<ブログ内関連記事>
■遠藤誉氏の著作
書評 『チャイナ・ギャップ-噛み合わない日中の歯車-』(遠藤誉、朝日新聞社出版、2013)-中国近現代史のなかに日中関係、米中関係を位置づけると見えてくるものとは?
・・本書と重なる面はあるが、ぜひ読んで起きたい本
書評 『チャイナ・ジャッジ-毛沢東になれなかった男-』(遠藤 誉、朝日新聞出版社、2012)-集団指導体制の中国共産党指導部の判断基準は何であるか?
■米中日関係
書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
・・米中関係の太さについての重要な指摘が行われている本である。あまり読まれていないのが残念だ。「2章 日米の宿命の関係 1. 同盟国から仮想敵国へ 2. 幻想のアジア 3. 米中同盟=日本の破滅 4. アメリカの日本観 5. 再び日米戦争論」は必読
書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!
・・経済と安全保障のズレが存在するアジア太平洋地域
(2012年7月3日発売の拙著です)
ツイート
ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。
ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。
禁無断転載!
end