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2018年5月5日土曜日

司馬遼太郎の『花神』が面白い-「超」のつく合理主義者で無口で堅物という、およそ感情移入しにくい大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした幕末の『プロジェクトX』


司馬遼太郎の『花神』を読み終えた。新潮文庫の上中下の三冊本だが、面白いので一気に読んでしまった。これがまたじつに面白い。 

大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした歴史小説。大村益次郎は言うまでもなく「日本陸軍の父」靖国神社の境内に銅像がある(・・官軍側で死んだ将兵を祀った靖国神社の性格を考えれば当然というべきか。とういうよりも、靖国神社の原型となった招魂社をつくったのは彼である。安心して死ねるための装置が必要であったからだ)。 

その昔、NHK大河ドラマで放送されたので見ていたはずなのだが、健忘症なのか細かい中身はすっかり忘れている。記憶は稀薄である。あまりにも昔すぎるからかもしれないし、ドラマで視聴するのと、原作の小説を読むのとでは、ぜんぜん違う印象を受けるからかもしれない。 記憶に残っていたのは村田蔵六の「蔵六」とは亀の意味だというくらいだった(・・手足と頭としっぽで6つ。この6つを甲羅のなかに蔵しているから蔵六)。 

名のみ高くて、具体的にどういう人物だったかわからないのが大村益次郎こと村田蔵六。大村益次郎の名前で活躍した期間は、人生の最後のわずかに数年間

「超」のつく合理主義者で無口で堅物という、およそ感情移入しにくい主人公であるにもかかわらず、この小説は不思議なことになぜか面白い。幕末の動乱期にその才能を見いだされ、求められるがままに、やるべきことをやり尽くした、そう長くはない人生。小説的には面白くもない人物を、よくぞ小説の主人公に仕立て上げたものだ、と感嘆する。

長州の百姓身分の村医者の息子が、大坂に出て緒方洪庵の適塾で蘭医学を学び、超優秀なオランダ語の読解能力が買われて、医学から軍事学への道へと導かれていく。 医者から軍事技術者へ、そして倒幕軍の司令官へと、時代の激流のなかで、自ら意図したわけではないのにキャリアチェンジしながら、とんとん拍子で出世してていく主人公。現代風にいえば、ある種の「引き寄せ力」の持ち主だったようだ。 

小説だから、もちろん脚色は多々あろうが。 幕末から明治維新にかけての歴史を長州藩の立場から描いたこの作品は、薩摩藩の立場から描いた作品とも、会津藩の立場から描いた作品とも違うのは当然だ。それぞれの立場によって見えてくるものは異なるからだ。もちろん、長州藩のもつメリットとデメリット双方が浮き彫りにされているのは、この作家が単なる小説家ではないからだ。 

作者は長州藩の特徴として、つねに政治が軍事に優先した体質について語っている。具体的にいえば、軍事の天才・村田蔵六(=大村益次郎)を見いだして長州藩に引っ張り、最後までメンターとして守る立場にいたのが政治家の桂小五郎(=木戸孝允)だが、村田蔵六はあくまでも軍事技術の専門家として遇され徹底的に活用された。ある意味では、そういう概念がなかったにもかかわらず、シビリアンコントロールが徹底していたといえるのかもしれない。 

たしかに日露戦争においても、戦争指導にあたったのは長州藩の奇兵隊出身の山県有朋だが、戦争終結と講和のタイミングは絶妙であった。政治が軍事をコントロールしていたからこそ、日露戦争はからくも勝利できたのである。軍が暴走するようになったのは、明治維新の元老たちが退場し、陸軍人事における薩長の独占体制が崩れて以降のことである。長州藩の体質については、ポジティブな面をもっと評価すべきかもかもしれない。 ただし、平等主義の負の側面である下克上体質という悪しき体質を陸軍(および出先の関東軍)に持ち込んだのも長州であることは指摘しておかねばならないが・・)。

最期は暗殺された村田蔵六(=大村益次郎)だが、明治維新という「革命」に対して、かならず西から「反革命」が起こると先読みして、そのための準備に抜かりがなかったというのが、じつに興味深い。この点は、西南戦争を前史も含めて描いた『翔ぶが如く』でも何度も繰り返し言及されている。

みずからの戦争指導もあずかって、戊辰戦争があまりにもあっさりと決着がついたために、不完全燃焼に終わってしまい、攘夷と倒幕のエネルギーがくずぶったまま残るだろうという理解からだ。実際、これは明治10年に勃発した西南戦争として現実のものとなる。

先見の明の背景には、蘭学者(洋学者)として、究理学(=物理学)につうじていたことが背景にあったようだ。エネルギー保存の法則と作用反作用の法則である。自然科学と技術の知識が、血肉のものとなっていたことがうかがわれる。その意味でも、徹底的な合理主義者の大村益次郎は、人徳あり情に厚く存在そのものが思想であるような西郷隆盛とは、まったく対極にある人物であったようだ。 

「徴兵制」の実行によって身分制度が打破されたことは、奇兵隊を生み出した長州藩ならではの功績だし、そもそも百姓身分出身の大村益次郎自身の思想でもあった。その意味では、まさに「日本陸軍の父」というべき存在だ。 (・・これに対して警察は、不平士族対策もあって当初は士族中心であったが、この点も『翔ぶが如く』に書かれている)

大村益次郎がもし暗殺されずに生き延びていたら、日本陸軍はどうなっただろうかと、ずいぶん以前から考えてみることがある。 

だが、この小説を読んだあとに思うのは、陸軍の西洋式軍服を着た大村益次郎はまったく想像しにくいということだ。西洋の軍事技術で明治維新革命に貢献したが、あくまでも攘夷派でありナショナリストであり、最後の最後まで、戦場においても和服を貫き通したという頑固な姿勢。おそらく、やるべきことを終えたと思った時点で、地位にしがみつくことなく、あっさりと去って行ったのではないだろうか。 

大村益次郎について正面切って取り上げた本があまりないだけに、司馬遼太郎のこの小説は読む価値があると感じた。NHKでかつて放送されていた『プロジェクトX』のような、知られざるヒーローを描いた作品というべきかもしれない。





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(2018年5月20日 情報追加)



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