『正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯』(立石泰則、岩波書店、2023)を読了。小さな活字で400ページを超える単行本、しかもビジネスものでありながら版元が岩波書店というのは珍しい。
ケーズデンキといえば、「ちびまる子ちゃん」をつかった TV・CM が耳に残っているが、じつは一度も店舗を訪れたことはない。仕事でかかわったことがないし、これまで住んできた地域には店舗がなかったからだ。
しかも、家電量販店業界の覇者であるヤマダ電機でもなく、かつては破竹の勢いのあったコジマ電機でもない。ケーズデンキにかんする本はおろか、経済記事もあまり読んだ記憶がない。知名度が高い割には、店舗展開をしている地域以外では「知られざる優良企業」なのかもしれない。
そんなケーズデンキと、その創業者である加藤馨氏の生涯を描いた評伝である。しかも、著者はビジネスものノンフィクションで有名な立石泰則氏によるものだ。
代表作である『勝者の誤算 ー 日米コンピュータ戦争の40年』や、『復讐する神話 ー 松下幸之助の昭和史』などを読んだ記憶が残っている。いずれも読ませる力作であった。
■創業者・加藤馨の「人生哲学」と「経営哲学」
この本を読んで、ケーズデンキについても、創業者である加藤馨氏についても、はじめて知ったことが大半だ。じつに興味深く、納得のいく内容であった。
「正しく生きる」というのは、加藤馨氏の「人生哲学」であり、「がんばらない経営」というのは「経営哲学」である。
顧客中心の経営は、まず従業員を大事にすることが前提となる。従業員を大切にしない会社が、顧客を重視できるはずがない。
目に見える形で従業員に報いるのでなくては、定着率が高まることはない。 そのために取られた施策が「従業員持ち株制度」であった。最後まで勤め上げれば、ひと財産が残るという制度。この制度の導入で定着率が向上し、株式上場によって実現することになった。 資本主義とうまく折り合いをつけているのである。
「がんばらない経営」とは、「ムリをしない経営」と言い換えたらいいだろう。
業界ナンバーワンなど目指さない。従業員に過剰な負荷をかけないために、積極的にシステム投資を行ってローコスト・オペレーションを実行。そして、強靱な経営体力をつくりだすことに成功する。
北関東の「YKK戦争」と呼ばれた戦いで敗れ去ることなく自主路線を貫き、その後は「チェーンストア理論」にもとづき、FC展開やM&Aによるグループ化によって、国内市場だけに限定しながら、確固たる地位を築くに至っている。
創業者の経営理念には忠実に、しかしながら外部環境の変化には柔軟に対応してきた二代目経営者による成果であり、創業家がバックに退いたのちも、サステイナブルな企業として現在に至る。
まさに有言実行の記録である。「正しく生きる」ことを人生哲学とした経営者による「がんばらない経営」は、その人生をかけて実践され、その理念が生き続けている。
■創業者・加藤馨の生涯
そんな会社をつくりあげた加藤馨氏は、山梨県の農村に生まれ、父親が早く亡くなったため苦労を重ね、職業軍人としての道を選ぶことになる。
過酷な戦地を体験しながらも、紙一重の差で戦死することなく生き延びることができたが、通信将校としての特技を活かして、戦後はラジオ修理から人生を再スタートさせる。
「戦後史」と併走した、零細企業から一部上場企業へというサクセス・ストーリーではあるが、その原体験が「戦争に翻弄された人生」であったことは記憶しておかなくてはならないだろう。
職業軍人でありながら、人命をあまりにも軽く扱う軍隊に対して抱いていた怒りが、その後の経営者としての従業員重視につながっているのである。けっして「先見の明」だけではないのである。
全体が三部構成で「Ⅰ 戦争に翻弄された人生」「Ⅱ 正しい生き方」「Ⅲ 新しい道」となっている。
起業前史と起業から上場に至るまで、そして引退後の人生である。 晩節を汚すことなく、65歳で現役を引退してから100歳で亡くなまでの記述は、ちょっと長いのではないかという感想がなくもない。
だが、けっして目立つことなく、みずからの信念にもとづいて「正しい生き方」を貫いた経営者の生涯には、すがすがしいものを感じるのである。
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著者プロフィール立石泰則(たていし・やすのり)1950年北九州市生まれ。ノンフィクション作家、ジャーナリスト。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者、週刊誌記者等を経て、1988年に独立。『覇者の誤算 日米コンピュータ戦争の40年』(日本経済新聞社)により第15回講談社ノンフィクション賞を受賞。『魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ』(文藝春秋)により第10回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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