『正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯』(立石泰則、岩波書店、2023)を読んだあと、続けておなじく立石氏による『戦争体験と経営者』(立石泰則、岩波新書、2018)を読む。
ダイエー創業者の中内さんなど、過酷な戦場体験を経て、戦後の日本で消費者向けビジネスを起業した経営者がいたことは、もう日本人の記憶から消えつつあるのかもしれない。そんな人たちがみな、すでに鬼籍に入って久しいからだ。
『戦争体験と経営者』は、フィリピン戦線で生き残った中内氏や、職業軍人だったケーズデンキ創業者の加藤馨氏、それにインパール作戦の生き残りだったワコールの創業者・塚本幸一氏が取り上げられている。いずれも著者の立石氏の取材経験のなかで印象の深い人びとである。
なかでも分量的に半分近くを占めている、塚本氏の戦争体験と復員後の起業、そして学校時代の同級生2人とのトロイカ体制による経営が、読んでいて感慨深いものがあった。ワコールの起業ストーリーについては、もっと知りたいと思う。
ケーズデンキ創業者の加藤馨氏のことは、いままでまったく知らなかったが、ダイエーの中内さんやワコールの塚本さんと戦争の話は、かれらがまだ現役の経営者だった1980年代から1990年代にかけては、さまざまな媒体をつうじて見聞きしていた。当時は多くの人がある種の「常識」として知っていたことだ。
だが、こういった過酷な戦争体験をもつ創業経営者たちの話も、誰かが語らないと、あっというまに風化してしまいかねない。著者のその危機感はよくわかる。
帯にある「その使命感と「個」の尊重が戦後日本を支えた」というフレーズの意味を、あらためてよくかみしめて考えなくてはならないのだ。
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目 次はじめに第1章 戦地に赴くということ(堤清二と中内功)第2章 日本軍は兵士の命を軽く扱う(加藤馨)第3章 戦友の死が与えた「生かされている」人生(塚本幸一と2人のパートナー)第4章 終わらない戦争おわりにかえて追記
著者プロフィール立石泰則(たていし・やすのり)1950年北九州市生まれ。ノンフィクション作家、ジャーナリスト。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者、週刊誌記者等を経て、1988年に独立。『覇者の誤算 日米コンピュータ戦争の40年』(日本経済新聞社)により第15回講談社ノンフィクション賞を受賞。『魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ』(文藝春秋)により第10回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
PS 『ふたつの轍(わだち)ー ワコール・塚本幸一を支えた男たち』(立石泰則、日本実業出版社、1991)
本文に書いたように、「塚本氏の戦争体験と復員後の起業、そして学校時代の同級生2人とのトロイカ体制による経営が、読んでいて感慨深いものがあった。ワコールの起業ストーリーについては、もっと知りたい」という思いは、『ふたつの轍(わだち)ー ワコール・塚本幸一を支えた男たち』(立石泰則、日本実業出版社、1991)を読んで解消した。
内容的には、「塚本氏の戦争体験と復員後の起業、そして学校時代の同級生2人とのトロイカ体制による経営」にかぶっている部分もあるが、起業後に「ナンバー2」となった財務担当の中村氏(東京商大卒)を口説き落とした経緯と、ベンチャー段階での資金繰りの苦労、実質「ナンバー3」であった営業担当の川口氏の東京市場開拓の奮闘など、「ワコールの起業ストーリー」を複眼的に顧みることができたのは収穫だった。
三頭立ての「トロイカ経営」と立石氏は言うが、学友2人との協業は、すんなりといったわけではけっしてない。その点はヨイショ本ではない。
だが、過酷な戦場を生き残り、「生かされている」と真顔で語るカリスマ的な経営者・塚本氏を立て、それぞれ副社長として経営を支えたストーリーは、なかなかないのではないかという点には同感だ。
「親しむべし、馴れるべからず」という塚本氏のモットーは、渋沢栄一の「君子の交わりは淡きこと水のごとし」を想起させるものがある。学友であっても経営においては話は別であるという姿勢、この禁欲的ともいえる姿勢がワコールの成功をもたらしたことは間違いないだろう。
1991年刊であり、いまから30年以上前のものであるが、あわせて読むべきビジネス書である。
(2024年4月29日 記す)
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