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2012年1月17日火曜日

書評『村から工場へ ― 東南アジア女性の近代化経験』(平井京之介、NTT出版、2011)― タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ

本書『村から工場へ ー 東南アジア女性の近代化経験』(平井京之介、NTT出版、2011)は、日本企業での勤務経験をもつ日本人の人類学者が、タイ北部にある工業団地に入居して数年の、とある日系の組み立てメーカーの工場で「参与観察法」による「フィールドワーク」を行った記録である。

参与観察法とは、みずからが研究対象の人間集団のなかに入って活動をともにする研究方法のことだ。調査が行われたのは1994年である。

人類学者のフィールドワークというと、ふつうは未開社会や発展途上国の村落での調査を連想するのだが、本書の着眼点が面白いのは、コメづくりを中心とする伝統的な農村世界に登場した、近代的な製造工場で働く現地人ワーカーを研究対象にしたことにある。

著者はつてを頼って、ある日系企業から調査許可を得て社員として入社し、半年間のあいだタイ語の通訳として働いた。その間、製造現場では著者自身の日本企業における品質管理活動の経験が活用されたという。

さらに工場の現地ワーカーの女性と親しくなり、農村にあるそのワーカーの家族と同居しながら工場に通うことが可能となったため、工場労働における人間関係と、伝統的な農村での人間関係の双方の視点から有意義な観察結果を得ることができた。

コメづくり世界の労働をめぐる人間関係が、モノづくりの世界での労働にどう反映しているのかの分析も、実体験を踏まえた観察であるので具体的で面白い。また現地ワーカーの大半が女性であることから、伝統的な農村における家庭での役割との関係が工場勤務によってどう変化していったのかにかんする考察も興味深い。

本書は基本的に経済人類学の専門書であるが、ビジネスパーソンにとってもじつに興味深い内容になっている。

とくに、東南アジアに工場進出した日系企業で労務管理にたずさわる人にとっては、現地のワーカーをどうマネジメントするかという実践的な観点から、第2章と第3章はきわめて有益であろう。

たとえば、タイ人は学歴が自分より下の人間の言うことは聞かない、たとえ日本人であっても自分よりスキルが低い人間の言うことは聞かないなど実際的な知見の数々が、具体的な事例をつうじて散りばめられている。

本書に登場するタイ人ワーカーたちの大半は、農村出身で工場で働く第一世代のブルーカラーである。一方、工場のマネジメントにたずさわる日本人たちは事務と技術もふくめて管理業務にたずさわるホワイトカラー。そして、タイ人ワーカーたちと日本人管理者たちをつなぐ立場にあるのが「媒介者」としてのタイ人の現場マネージャーたちである。

タイ人ワーカーと日本人管理者、そして媒介者という三者のなかで繰り広げられるパワープレイの具体例がじつに面白い。その意味では、ヒトに焦点をあてた経営読み物としての側面をもっている。

製造業の海外進出の現場を知っていれば、これは自分が勤務する工場で起こっていることだと考えながら読むといいだろう。

本書の知見が、東南アジア全体で一般化できるかどうかは別にしても、自分のアタマでよく考えたうえでなら、応用可能な知識も少なからずあるはずだ。終章でのブルデュー社会学の「ハビトゥス論」を援用した分析も読む価値がある。

製造現場でのフィールドワークという希有な試みを実行し、記録としてまとめられた本書は、人類学の記録としてはもちろん、製造現場の労務管理の観察記録としても面白い内容である。

この世界に縁のある人はもちろん、そうでない人にとっても読む価値のある、ひじょうに読みやすい研究書として一読を薦めたい。


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<初出情報>

■bk1書評「製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ」投稿掲載(2012年1月17日)
■amazon書評「製造現場でのフィールドワークから得られた知見の数々はビジネスパーソンにも有用だ」投稿掲載(2012年1月17日)



目 次

まえがき

序章 工場のエスノグラフィ
タイ農村女性と工場労働
タイ北部工業団地
調査地の選定理由
フィールドワーク
-工場からの調査許可/住み込んだ農村/日本人であることと調査/男性であることと調査/若い農村女性の生活に与えた変化
本書の構成

第一章 伝統的な仕事観
「仕事」とは何か
賃金労働と「仕事」/家の仕事/相互扶助と「仕事」
稲刈りの作法
三つの雇用形態
アオ・ワン/アオ・カオ/ハップ・ジャーン/ハップ・マオ
雇用主と雇用者の関係
-賃金雇用と社会関係/雇用にみられる相互扶助の論理
作業テンポと社会関係
-遠慮と思いやり/ゴシップによる統制/名誉の経済/テンポの駆け引きと人格的つながり

第二章 工場の組織とマネジメント
恩田プラスチック
従業員
採用
面接/採用基準
日本的経営
意思決定/日本人マネージャーがもつタイ人労働者のイメージ/タイ人労働者がもつ日本人マネージャーのイメージ/試される日本人
コミュニケーション
媒介者の情報操作/媒介者間の闘争
オフィスと組立課
事務員の優越性/事務員への敵意/ゴシップによる抵抗

第三章 組立課の実態
組立作業
流れ作業/疎外された労働/作業テンポの調節/相互扶助の欠如
トレーニング
新人研修/給与評価/昇進/処罰/離職/離職する理由
組立課の階層秩序
リーダーの権限/専門知識による権威/伝統的な権威
説得の技術
権威の盗用/ゲームの提供/甘言/感情のマネジメント
オペレーターの抵抗
ゴシップ/暴力行為/離職のほのめかし

第四章 グループの余暇活動   
余暇のグループ
ロマンチックな語り
霊媒カルト
カタログの消費
巧みな宣伝/ワクワクする理由
タン・サマイ
タン・サマイとジャラ―ン
グループと伝統

第五章 家庭生活への影響 
生活条件の変化
恋愛の自由
結婚相手を選ぶ主導権/ふしだらな工場労働者/妻に対する夫の疑念
時間の組織化
家への投資
家電製品の購入/家を化粧する/新築祝いの儀礼
計算の精神

終章 工場労働と文化変容工場労働への適応
近代化の過程
家庭生活の変化
工場労働と自由
あとがき

参照文献


著者プロフィール
     
平井京之介(ひらい・きょうのすけ)
国立民族学博物館民族文化研究部・准教授。
1988年、東北大学文学部社会学専攻卒業。同年、花王株式会社入社、1992年、ロンドン大学UCL人類学部M.Sc.取得。1995年、国立民族学博物館助手、1998年、ロンドン大学LSE人類学部Ph.D.取得、2001年、国立民族学博物館助教授。2008年、ハーバード大学人類学部客員研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(出典:U-Machine タイの工業団地マップ)


<書評への付記>

ビジネスパーソンにとってのインプリケーション(示唆)

本書のフィールドワーク対象で企業名も個人もみな仮名になっているが、チェンマイから近いタイ北部のランプーン工業団地に入居する日系の組立製造業である。

タイの工業団地は大半がバンコクの周辺からクルマで1~2時間の場所に立地しているのだが、この工業団地はめずらしくチェンマイ周辺にある。

わたしはこの工業団地そのものには残念ながら訪問したことはないが、タイで創業する日系メーカーの工場は多数訪問して実際に見ているので、本書の内容は感覚的に理解できるものがある。とくに第二章と第三章は、なるほどとうなづきながら読むことができた。

書評に書いたが、タイ人ワーカーと日本人管理者、そして媒介者という三者が、それぞれの立場からいかに自分にとっって有利にゲームを進めようとしているかについての記述がじつに面白い。

タイ人ワーカーはタイ語しかわからず、日本人は日本語と英語か若干のタイ語、そして媒介者のタイ人マネージャーたちはタイ語に若干の英語を使ってコミュニケーションを行っているわけだが、コミュニケーションがディスコミュニケーション(=コミュニケーション不全)になっている状況は、はたしてどこまで当事者たちに理解されているのか

観察者である著者だけは、日本語とタイ語と英語のいずれも理解できるので、三者がそれぞれの立場で発言している内容がすべてわかってしまうのである。

ある意味では、参与観察を行っている当事者でありながら、メタレベルで観察を行う立場にもいるわけで、こういう微妙な立ち位置が本書のエスノグラフィー(民族誌)としての記述を興味深いものにしているのである。

目線でいえば、管理者としての上から目線でも、下から目線でもない、横から目線とでもいえるだろうか。

とくにタイ人たちのホンネがどこにあるかを知る上では、必須の読み物だとえいえるだろう。労働者はけっして「敵」ではないが、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の兵法を思い出していただきたい。

わたしは常々言っているのだが、上に立つ人間が意識していなくても、下にいる人間は上にいる人間の一挙手一投足まで観察しているのである。このことを忘れてはならない。しかも、日本国内ではなく、現地ワーカーたちの母国にいるのである。日本人からみればアウェーの土地である。彼等からみれば日本人は「異人」である。

タイ人も、同じ上座仏教圏のカンボジア人も、ラオス人もミャンマー人も、日本人と比較すると似たようなものがある。さらにはイスラーム世界のインドネシア人も日本人と比較すれば東南アジア的性格が濃厚である。

その意味では、タイに限らず、東南アジアで労務管理にたずさわる日本人管理者は、読んでおくことをすすめたいのである。


ブルデュー社会学のハビトゥス論

書評の最後に記した社会学者ブルデューのハビトゥス論。聞き慣れない専門用語かもしれないが、これはきわめて有用な概念であるので、ぜひ内容を知ったうえで、さまざまな場面で応用してみるといい。

ここでは教育社会学者の竹内洋(たけうち・よう)氏の要約をつかわせていただくこととしよう。

あの人は上品だとか無骨(ぶこつ)だ、とかいうことがある。このとき、個々のあれこれの行為が言及されているわけではない。個々の行為を処するシステムが指示されている。こういう行為の基礎にある持続する性向(心的システム)をハビトゥスという。ハビトゥス(habitus)とは、当人にも意識されにくい「心の習慣」(大村英昭)のことである。「型」と訳す人もいる。「肌」や「気質」と訳してもいいだろう。ハビトゥスは、家庭や学校で長い時間をかけて無意識裡に形成され日常的な慣習行動(プラティク)をもたらす血肉化された持続する慣習である。社会的出自や教育などによって形成される特有の知覚とそれにもとづく実践感覚をあらわす。
(出典:『日本の近代12 学歴貴族の栄光と挫折』(竹内洋、中央公論新社、1999. 引用は P.189~190)

日本でも、どこの学校を出たのか、どんな職種についたかによって、顔つきまで変わってくることが観察できるだろう。かつては、早稲田のカラーと慶應のカラーは違うなどという表現もされていたものだ。

本書の内容に即していえば、農村におけるコメづくりで養われたハビトゥスが、組み立ての製造現場において変容を経験するということだ。これはカラダの動かし方だけでなく、前近代的な農村の時間感覚と、製造現場の近代的な時間感覚とは異なるということだ。

本書では、組み立てラインで働く女性労働者が主たる観察対象となっている。彼女たちが、労働力の貸し借りの互酬関係の世界から、時間節約の観点から賃労働を選択する方向に向かっているのは興味深い観察である。

本書には言及がないが、徴兵制が敷かれているタイでは、農村男子はその大半が兵役体験をもっていることと思われる。軍隊内部は、農村とは異なり、身体作法も時間感覚も大いに異なる世界であり、その意味では男性のほうがより近代的な感覚を身につけているはずだ。

そういった男女の性差についての研究もあれば、さらに面白くなったのではないかと思う。




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『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

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「個人と組織」の関係-「西欧型個人主義」 ではない 「アジア型個人主義」 をまずは理解することが重要!

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(2014年2月1日、5月22日、6月18日、9月23日 情報追加)


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