Vol. 6 まで発行されてきた 『もっと知りたい エクセレントフィンランド シス』(シルバーストーンJP)、しばらく発行されないので休刊になったのかと思っていたら、Vol.7 が 2012年9月に発行されていた。
ビジュアルが美しく、記事内容も充実した大判のムック形式の保存版の雑誌である。わたしも Vol.1 からすべてのバックナンバーを保管している。
SISU(シス)とはフィンランド語で、「目標に向かって粘り強く、不動さ、寛容さをもって「ガンバル」ことを意味するフィンランド魂」(編集部)を意味している。日本語でいえば「ど根性」に該当するのだろうか、まさに苦難の歴史を歩んできた小国フィンランド民族ならではの不屈の精神である。
Vol.1からVol.7までのタイトルを紹介しておこう。
Vol. 1 特集 フィンランドを解く鍵(2000年1月)
Vol. 2 特集 生活に定着した IT 社会(2001年2月)
Vol. 3 特集 人はすべて森の客人(2002年2月)
Vol. 4 特集 フィンランドの「美」と「健康」(2003年3月)
Vol. 5 特集 情操空間への飛翔(2004年7月)
Vol. 6 特集 世界一の義務教育(2005年6月)
最新号では、いま日本でも関心の高いエネルギー問題に多くのページを割いている。IT で世界をリードしていた時期、教育メソッドが大いに話題になっていた時期のあと、いま日本で関心の高い事項がエネルギー問題であるためだろう。
「特集 10万年後の幸福」は、「再生可能エネルギーと原発の調和」という副題を伴っている。「10万年後」とは、使用済み核燃料の処理貯蔵施設オンカロの耐用年数のことだ。
フィンランドはエネルギーの30%を原子力でまかなっている。最大の40%は火力で、水力が17%、再生可能エネルギーが14%になっている。
アイスランドを含めた北欧5カ国のエネルギー事情が説明されているが、置かれている条件によってそれぞれエネルギーミックスの比率が大きく異なることがわかる。北欧とひとくくりにはできないのが現実だ。
エネルギー庁長官のインタビュー発言によれば、政府は推進も広報活動もせず、規制や行政管理に徹しているのだという。フィンランドは「脱原発」の考えはない、という。現在4基ある原発にさらに1基を新造し、2014年から供給開始の予定だという。ただし日本のような運営形態ではない。あくまでも民間電力会社による意思決定で、国家として原発政策を推進しているわけではない、という。
フィンランド政府が原発を推進しているのは、北極に近いので化石燃料に依存していてはオゾン層破壊の恐怖が高く、核燃料廃棄物の処理施設があり、自国内ですべてを関係する姿勢をもっているからだ。これは地震多発国の日本では考えられないことだ。
フィンランド国民は、政府のエネルギー政策を信頼しているというのは日本国民としては驚きを感じる。民主主義が成熟しているフィンランドは、日本のような「安心」依存社会ではなく、対話をベースにした「信頼」社会ということなのだろう。
自分のアタマで考えて自分で意思決定するという姿勢が徹底しているフィンランド。日本とは異なる政策を採用しているとはいえ、学ぶべきものは多い。もちろん、自分自身のアタマで考えてその是非を考えたうえで取捨選択すべきことは言うまでもない。
■フィンランドの地政学的条件と苦難の歴史
「小国」フィンランドは「小国」日本のモデルとなりうるか考えるためには、フィンランドの地政学的状況からくる苦難の歴史について知っておかねばならない。
北欧諸国としてひとくくりにされることの多いフィンランドだが、バイキングの末裔であるデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、アイスランドとは違って出自はアジア系の民族である。金髪に色白の白人なのでほんとにアジア系(?)と思うのだが、フィンランド語はインド・ヨーロッパ系言語とはまったく異なる言語である。バルト海対岸のエストニアが近い民族である。
600年近いスウェーデンの統治下のあとロシア帝国に支配されていたが、第一次世界大戦とロシア革命の混乱のなか独立を宣言、1917年12月6日(・・奇しくもわたしの誕生日でもある!)に民族の独立を勝ち取り、国家建設を開始した「若い国」である。
シベリウスの名曲「フィンランディア」がフィンランド民族の独立意識を高めたことは有名だ。また、日露戦争における「明石工作」もフィンランド独立に貢献している。
しかし、隣国を選ぶことはできないのが地政学的宿命だ。隣国は超大国ソ連(=ロシア)である。第二次大戦ではソ連との死闘を戦い抜き、からくも独立は維持したものの領土を失い、政治的リアリズムの観点から、いわゆる「フィンランド化」(Finlandization)のもとソ連の影響圏のなかで主体的に生き残る政治的選択を行う。
1991年のソ連崩壊によってただちにEUに加盟しヨーロッパ世界に復帰、しかしソ連という主要な市場を失って壊滅的な未曾有の経済危機に陥るが、国家主導で政治経済政策を大転換、民間企業ではノキアが大胆な企業変革を断行し、「選択と集中」によって情報通信産業に事業を絞り込んで携帯電話で大成功を収め、フィンランドの名を再び世界的なものとした。OSのリナックスもまたフィンランド発である。
日本が不良債権問題に苦慮していた1990年代、モデルとして話題になったのがフィンランドをはじめとする北欧の金融改革であったことも思い出しておきたい。
『クオリティ国家という戦略』で、大前研一氏は、携帯電話大手の世界企業ノキアの成長が減速し弱体化したのちのフィンランドは、予想に反してさらに発展していると書いている。ノキアに在籍していた人たちがベンチャーとしてスピンオフして起業しているという。すでに IT関連のクラスター(産業集積)が形成されているからだ。世界的に拡がっているモバイルゲーム「アングリーバード」もそうした流れの一環にある。
まさに SISU(シス)を発揮した不屈の精神ではないか!
■「小国」が生き残るには人材育成に投資するしかない
フィンランド人にはほんとうに驚かされることが多い。
かつてMBA留学した際に、語学研修中のカリフォルニア大学バークレー校のサマー・エクステンションで出合ったフィンランド人女性との会話がわたしのアタマのなかにこびりついている。
アメリカ人並みに流暢な英語をあやつる彼女に、「なぜそんなに英語ができるのか?」とたずねたら、その答えは、「フィンランドは国が小さいので、外に出ていくしかないから」というものだった。フィンランド語はフィンランドを一歩出たら通じないのである。
北欧のデンマーク人は世界でもっとも英語がうまいと個人的に考えているが、フィンランド語は英語とはまったく構造が異なる言語であるのにかかわらず英語をしゃべるのはそういう理由があるのだ。日本人が英語ができないというのは甘えに過ぎないというべきだろう。ただし、人口規模500万人強という「フィンランド語市場」が小さいのはデメリットではある。
また、ソ連崩壊後のことだが、ロシアの古都サンクトペテルブルクのフィンランド駅から直通列車でフィンランドの首都ヘルシンキまで行ったことがある。そのときのフィンランドに入国してからの車掌の男性がスゴかったのだ。
わたしの隣席にいたのはロシア人だったのでロシア語で話しかけていたのはとくに驚きはなかったが、わたしにはなんと日本語で話しかけてきた! さすがにこれには隣席のロシア人と顔をあわせて驚きあったものだ。車掌に聞いてみたらなんと独学だという。ちなみにロシア人とはわたしは英語でしゃべっていた。
余談だが、フィンランドはロシア帝国の支配下にあったのでレール幅は広軌で統一されている。だから対人地雷が非人道的だということは知りながら、国防の観点から廃絶には断固反対しているのである。
国家が生き残るのは人材次第ということである。「クオリティ国家」としてのフィンランドとフィンランド民族。ここ数年、日本でも話題になっている教育だけでなく、フィンランドは今後も大いに注目し研究してい対象である。
『もっと知りたい エクセレントフィンランド シス』には、エネルギー問題のほかフィンランドのビジネスや文化についての好記事がたくさん掲載されている。「大国」ロシアを挟んだ「隣の隣の小国」フィンランドについて知るために、ぜひ一度手にとってみてみるとよいでしょう。
「エクセレント フィンランド シス Vol.7」 目次
ヤリ・グスタフソン駐日フィンランド大使-今、フィンランドが考えていること
ミラクルを運ぶ鳥たち-アングリーバード
10万年後の幸福-再生可能エネルギーと原発の調和
自然は生命の賛歌(企業紹介3社)
美の真価を追い続ける「少年」
湖水の楽園 KUOPIO
あらたなネットワーク社会の到来(ノキア シーメンス ネットワークス)
世界を飛翔するトップ企業のグローバル戦略(コネクレーンズ)
WORLD DESIGN CAPITAL HELSINKI 2012-デザインで社会を変革
進化するヘルシンキ
北極圏が描く魅惑の街ロヴァスエミ
サンタクロースの夏休み
フィンランドの巧みな外交政策(石野裕子)
「私と日本」-フィンランド人が見た日本(橋本ライヤ)
なお、『フィンランドを知るための44章』(百瀬宏・石野裕子=編、明石書店、2008)もあわせておすすめしたい。
<関連サイト>
「バークレー白熱教室 大統領を目指す君のためのサイエンス」(NHK Eテレ 2013年4月~5月)
・・フィンランドには直接は関係ないがエネルギー問題の基礎を知ることができるすぐれた内容の番組
ネット企業が続々誕生 フィンランドの秘密 「ノキアの国」が、今ではベンチャー企業の集積地に
(東洋経済オンライン 2013年12月2日)
<ブログ内関連記事>
「MOOMIN!ムーミン展-トーベ・ヤンソン生誕100周年記念-」(松屋銀座)にいってきた(2014年4月23日)
書評 『クオリティ国家という戦略』(大前研一、小学館、2013)-スイスやシンガポール、北欧諸国といった「質の高い小国」に次の国家モデルを設定せよ!
毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた(2012年12月9日)-ことしはシベリウスの交響詩 『フィンランディア』!
・・腹の底から元気の出る「フィンランディア」
書評 『リスクに背を向ける日本人』(山岸俊男 + メアリー・ブリントン、講談社現代新書、2010)
『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む
「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する
スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む
(2014年4月24日 情報追加)
(2021年11月19日発売の拙著です)
(2021年10月22日発売の拙著です)
(2020年12月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
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(2012年7月3日発売の拙著です)
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