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2013年4月5日金曜日

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート



読みやすい報告書といった感じの新書である。理科系の著者らしく、理路整然と論を進める書き方が心地よい。ただし、「真実」というコトバよりも、「真相」あるいは「事実」と題したほうがよかったと思う。タイトルは出版社がつけたのだろうが。

本書で明らかにされているのは、大量に資源を投入するタイプの技術分野では中国の優位性はきわめて高いという「事実」である。

「第3章 宇宙開発大国・中国」、「第4章 猛追する中国のライフサイエンス」を読めば、その実態には圧倒されるばかりだ。とくに軍事と結びついた宇宙開発に中国がチカラを入れてきたことは、中国現代史からいって十分に納得のいくことだ。だが、本書では軍事予算をバックにした研究開発についての言及が薄いのが残念だ。

国家が関与する分野での強さに対し、民間レベルでの技術開発力の弱さが、「第5章 中国の「ハイテク」企業事情」でくわしく述べられている。たしかに、ハイテク分野での著名な中国企業は想像以上に少ない。

これにはさまざまな要因が存在するが、「第6章 発展への阻害要因」で触れられているように、「産官学がすべて国有であった歴史の弊害」や、科学や技術が成立する「風土」の影響も大きいようだ。3年間にわたってフィールドワークを行った著者ならではの結論でもある。

中国人民の根強く存在する「ヒーロー礼讃」傾向が宇宙開発など見えやすい開発に傾斜しがちな傾向を生む一方、古来からの面子(メンツ)重視が失敗を恐れる風土を生んでいると。前者については、同じ大陸国である旧ソ連や米国にも共通するものだ。

学問研究や科学的探求に不可欠な自由闊達な意見表明を行いにくい中国共産党統治下の政治風土にまで踏み込んで言及しているのは、著者が外国人であることのメリットだろう。科学(サイエンス)と技術(テクノロジーおよび工学 エンジニアリング)の違いがそこにはある。

現在の中国では「創新」が強調されているが、世界を変えるようなほんとうの意味でのイノベーションは不可能である。なぜなら、体制の安定を揺るがすような価値観変容をもたらす「恐れ」があるから、どうしても委縮しがちだ。しかも、不正監視機能の弱さという問題も存在する。

しかし、重要なことは、科学技術分野における中国と米国との関係、中国と欧州との関係の緊密さである。オープンイノベーション時代、中国は欧米にとって不足している膨大な研究人材をもっているので、パートナーとして補完関係が成立しているということである。

中国の科学技術分野における豊富な人材、あふれる国家予算は、縮小する日本の研究予算という現状からみれば、まさに垂涎(すいぜん)のまとというべきものがある。そのために日本は中国と組んで「戦略的互恵関係」をつくれというのが著者の主張だ。

企業戦略の世界では「競争と協調」はきわめて重要である。競争関係にありながら協調行動も行うという関係。こうした大人の関係が日本と中国のあいだで活発になるべきだという著者の主張には基本的に賛成である。

昨年翻訳されて話題になった『リバース・イノベーション』の時代でもある。中国発開発が先進国に逆流してくることもでてくる時代だ。だからこそ、競争しながらも協調する必要があるのである。あとは個別企業の問題であろう。

中国の科学技術のすぐれた側面をとりあげただけでなく、弱点や問題点も容赦なく解明していく姿勢は大いに評価したい。終章では現状分析にもとづいた対策まで踏み込んでいるが、ここでの見解については著者とは同じではない人もいるだろう。だが、現状分析は読みごたえがあるのでぜひ読むべきだ。




目 次

第1章 あふれる中国人材
第2章 カネ余りの研究開発現場
第3章 宇宙開発大国・中国
第4章 猛追する中国のライフサイエンス
第5章 中国の「ハイテク」企業事情
第6章 発展への阻害要因
第7章 巨大市場を開拓せよ
第8章 中国と拓く新時代のイノベーション
終 章 科学技術の戦略的互恵関係

著者プロフィール  

伊佐進一(いさ・しんいち)
1974年、大阪府で生まれる。 1997年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業後、科学技術庁入庁。 科学技術政策や、原子力の危機管理等に携る。 2003年、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)において、中国研究及び国際経済の修士号を取得。 帰国後、宇宙開発政策や、知的財産分野(著作権)における自由貿易協定や条約交渉に携った。2007七年より在中国日本国大使館一等書記官(科学技術アタッシェ)。2010年に帰国後、文部科学省大臣官房総務課課長補佐。 著書に、“Japanese Copyright Law”,Max Planck Institute,2005(共著)がある。





<関連サイト>

中国を巻き込むか? オバマ政権の有人宇宙探査方針 ISSは運用延長、運用経費と日本の対応はどうなる (松浦晋也 日経ビジンスオンライン 2014年1月17日)
・・「第3章 宇宙開発大国・中国」の内容の延長線上にある動き

着実に実力を蓄える中国の宇宙開発(その1) 一部は米国を抜いた新世代ロケットの技術水準(松浦晋也、日経コンピュータ、2015年12月21日)

日本を抜いた中国の科学技術力~その知られざる実像 (科学技術振興機構中国総合研究交流センター上席フェロー 馬場錬成、読売新聞、2016年4月18日)

(2015年12月21日、2016年4月19日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

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・・ヨーロッパと日本の「科学思想」、中国・韓国と日本との違いを知る

(2014年5月10日、8月29日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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