先日(2024年12月3日)に韓国で起こった「大統領による上からのクーデター」。 クーデターじたいは、あっという間に短時間で収束し、失敗に終わっているが、大統領や代行していた首相の弾劾など、その後に動きを見ていると、まさに李朝時代の「党争」の現代版としか思えない。
その点にかんしては、『朝鮮半島の歴史 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)という本を読んで大いに納得したわけだが、いかんせんこの本は「政治史」が中心で、つまり支配者についての記述が中心なので、朝鮮半島の全体像を知るには欠けるものがある。
そのため、さらに『朝鮮民衆の社会史 ー 現代韓国の源流を知る』(趙景達、岩波新書、2024)を読むことにした。下からの視線である「民衆史」を中心とした、「社会史」でみた朝鮮半島600年の歴史である。
李朝以来の朝鮮半島600年は、基本的に「朱子学原理主義国家」のような体制であり、仏教は山に追いやられていったが、女性を中心とした被支配層においてはシャマニズムが濃厚に息づいてきたというのが、基本的にわたし自身の理解であった。
だが、本書を読むと、民衆世界ではシャマニズムにとどまらない豊穣な世界があったことを知ることになる。
著者の記述にしたがえば、朱子学は支配層が奉じる「ヘゲモニー教学」であり、「一君万民」や「儒教的民本主義」が理念としてて掲げられていた。支配者層が上からの「教化」によって民衆レベルまで朱子学を徹底しようとしたものの、かならずしも徹底していたわけではない。
もちろん、支配者層のあいだでは、朱子学の解釈をめぐって政治的な党派争いが「党争」となっていた。「科挙」に合格すると官僚としての出世につながるので、一族郎党がむらがってくる結果、金銭的な腐敗が進む。朱子学と科挙のもたらす弊害である。
朱子学の「正統性」を際立たせるために、朱子学以外の仏教や道教、シャマニズムの存在まで否定していなかったこと、朱子学そのものも本家本元の中国とは違って、朝鮮独自の運用が行われていた。
その最たる例が、極端なまでの「男尊女卑」である。女性の地位の低さには、あらためて驚くばかりであり、だからこそ女性たちは仏教やシャマニズムに救いを求めていたのである。
本書が面白いのは、同時代の江戸時代の日本との比較が随所に見られることだ。「兵農分離」が徹底していて「村」が完結的な独立単位として機能していた江戸時代の近世日本と違って、朝鮮社会においては、早い段階から流動性がきわめて高い社会だった。この違いはきわめて大きい。日本と違って、18世紀の早い段階ですでに流動化が活発化しているのである。
多面的に民衆世界を描いている本書が、著者の専門だけあって「第5章 民衆運動の政治文化」は読み応えがある。スタティックな記述から、一気にダイナミックな記述に変化していくからだ。
新書本だが、ひじょうに濃厚な内容なので、このテーマに関心のある人でなければ読み通すのは苦労するだろうが、韓流ドラマや韓国映画で描かれたフィクションとは異なる、リアルな民衆世界を知るために読むべき本であると言っていいだろう。
どんな歴史もそうだが、上からの視線である「政治史」だけでなく、下からの視線である「社会史」をあわせて見ないと全体像は見えてこないのである。
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目 次まえがき第1章 朝鮮社会の儒教化1 儒教国家の誕生とその理念2 儒教社会の現実と両班第2章 民衆の生活と文化1 村と食の文化2 村の賑わい3 民衆の精神世界第3章 周縁的民衆の世界1 賤民社会の諸相2 最下賤民白丁(ペクチョン)の悲哀3 褓負商(ポブサン)の社会第4章 女性のフォークロア1 宮女と妓生(キーセン)2 女性と婚姻3 女性の自由と宗教第5章 民衆運動の政治文化1 不穏の時代2 民乱の時代3 民衆反乱のフォークロア第6章 近代化と民衆1 甲午改革と民衆2 新しい政治文化の誕生と民衆運動3 民衆の迷走と覚醒第7章 周縁的民衆の覚醒1 義賊の時代2 褓負商(ポブサン)の近代3 白丁(ペクチョン)の近代4 近代化と女性第8章 民衆の行方と現代1 三・一運動と民衆2 儒教国家の過去と現在(儒教国家の現実 這い上がりと分かち合いの社会/現代韓国の政治文化)あとがき主要参考文献
著者プロフィール趙景達(ちょ・きょんだる)1954年生まれ。中央大学文学部卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。同大人文学部助手を経て、千葉大学文学部助教授・教授となり、2020年3月退職。著書に『異端の民衆反乱 ー 東学と甲午農民戦争』など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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