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2009年9月20日日曜日

Vietnam - Tahiti - Paris (ベトナム - タヒチ - パリ)


             

 今月三度目の上京である。

 意図したわけではないのだが、行きたいと思っていたイベントを3つはしごすると、途中で気がついたのだが、面白いことにいずれもフランスにゆかりのあるものとなったのだ。見えざる糸でつながっていたいうべきか。こういうのをユング心理学ではコンステレーションというのかな?

 都心に住んでいないので、いろいろと用事をまとめてこなす必要があるので、こういう次第となったにすぎない、のだが・・

 参加したイベントを時系列に並べると以下のようになる。

 ① ベトナム:「ベトナム・フェスティバル2009」(代々木公園)
 ② タヒチ:「ゴーギャン展」(東京国立近代美術館、竹橋)
 ③ パリ:試写会 『パリ・オペラ座のすべて』(日仏会館、飯田橋)

 この3つのイベント会場をすべてメトロ(!)のネットワークで移動するという、東京にいながらにしてパリを味わったことになる。

 "ネットワーク"も日本語でやわらかく言い直せば"つながり"ということになる。それにしても、現在東京メトロという名称(・・正式には東京地下鉄株式会社)に改称したのはまさに、帝都高速度交通営団(旧称)の英断であったといえよう。このアメリカナイズされた敗戦後の日本にあって、なんと"帝都"(!)と冠したまま約60年をやり過ごし、民営化にあたっての改称に際しても、サブウェイやチューブ(・・ロンドン地下鉄の愛称)などとはせず、フランス起源の由緒正しい"メトロ"にしたというのは、賞賛すべきことであるといってもけっして過言ではないのだ!

 Metropolitan の省略形であるメトロは、一国の首都である東京(・・かつては大日本帝国の首都、すなわち帝都であった)を走る地下鉄にはふさわしい。まさに営団、もとい英断である。その他都市の地下鉄はサブウェイでよろしい。あるいは東南アジア風に MRT(Mass Rapid Transit)でもよいのかも。

 ほんとうの気持ちとしては、帝都高速度交通営団のまま走り続けてほしかったのだが、それを望むのは贅沢というべきだろう。東京と八王子を結ぶ私鉄の京王帝都もなき現在(・・1998年に京王電鉄に改称)、当時を生きてきた人間は国鉄とか、帝都営団、とたまにはクチにしてもよいのだ。若者はけっして(心の中でも)嘲笑しないように。


 さて、東京メトロ千代田線でまずむかったのは明治神宮駅、ここで下車して代々木公園まで徒歩で移動。

 「ベトナム・フェスティバル2009」は、私はいってみたのは今回が初めてだが、すでに今回で何回目か白仁が、ちょっと盛り上がりに欠けるなーというのが正直な感想である。同じ東南アジア・インドシナのライバルである「タイ・フェスティバル」とくらべて、熱気があまり感じられないのだ。本日は好天に恵まれて絶好の外出日和だったのだが、なんせテナントの出店数が比較的少ないこと、ベトナム好きの人数はタイ好きに比べると絶対量がまだまだ少ないのかもしれない。

 また先々週の「ブラジル・フェスティバル」がサンバのリズムであまりにも熱気がありすぎたことも、比較的おとなしい(?)ベトナムを熱気がないなどと思わせているのかもしれない。おそらく、シルバーウィーク(?)などという新語で連休の消費をあおっているので、カネ持っている人間は海外旅行にでてしまって都内のイベントへの参加者は少なかったのかもそれない。

 今回わざわざいった最大の理由はベトナム料理の食材調達である。ベトナム料理はピンキリの差があまりにも大きく、ハノイやホーチミン(旧サイゴン)の高級レストランと、一般庶民の食べるぶっかけ飯ではあまりにも違いが大きすぎて、ベトナム料理はうまいという人間とまずいという人間の二派に分けてしまう。


 私も、東南アジア最高のタイ料理に比べるとベトナム料理はイマイチだなと思っているクチだが、朝食べる牛肉フォー(・・これはどちらかといって北部のハノイ風)だけは何杯もお代わりしてしまうくらい好きなのだ。フォーとはライス・ヌ-ドル、すなわち米粉で作った麺だが、現地では生麺なのに対して外地では乾麺しかないのは残念。しかも日本のスーパーマーケットではパクチー(=香菜)は扱っていても、フォーを扱っている店はほとんどないので、こういう機会に乾麺のフォーを買い置きしておくというわけだ。今回は8食分を250円で購入した。わざわざベトナム食材店までいくのは面倒だしね。

 出店しているテント店で鶏肉フォー(500円・・高いなー)、揚げ春巻き(2本300円)にベトナムビールの333(400円)を昼食に購入して食べる。ちなみに333と書いてベトナム語でバーバーバーというのだが、缶ビール版は今回はじめて見た、輸出用には缶ビールもあるのだろうか・・。ベトナムでもついついシンガポールのタイガービールを飲んでしまう私だが、せっかくだし、珍しさにひかれて今回はバーバーバーにした。


 余談だが、333のバーバーバーとか、ハノイ近郊の焼き物の里バッチャンとか(・・ちなみに私は南部のホーチミン市で親しくなった北部ハノイ出身のベトナム人からもらったバッチャン焼きの大皿をもっている)、日本語人の耳にはなじみのある音声の固有名詞が多いのは面白い。ベトナム語では意味は全然違うんだけどね。

 日本のベトナム料理店ではナマ春巻きが圧倒的だが、現地ではほとんど揚げ春巻きであることもここに書いておく。それもミニサイズのものが多い。

 あとはカラフルなアオザイ姿のベトナム女性を見れたのは目の保養(?)になったというべきだろうか。ホーチーミンなどの南部ではカラフルなものよりも、純白のアオザイが圧倒的で、アオザイでスクーターを飛ばしている女性は颯爽としていてかっこいい。

 ベトナムにはしばらくいく予定がないなあ・・・だからこういうフェスティバルに足を運ぶのである。

 ベトナム料理を食べてから(・・正直いって333ビール以外はあまりうまくはなかったのだが)、東京メトロ千代田線と東京メトロ東西線を乗り継いで竹橋の東京国立近代美術館(The National Museum of Modern Art, Tokyo)へ。天気がいいので美術館よりも皇居を散策したくなるが、時間がないので道を急ぐ。



 「ゴーギャン展」をやっているのだ。今回の目玉は「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(1897-98年)である。1991年にボストン美術館(Museum of Fine Arts, Boston)で見て以来だ。

 先にも書いたが、連休のためだろうか、思ってたよりも人が少なく、じっくりと時間をかけてこの絵を見ることができたのは幸いだった。正直って他の絵はどうでもいので、ほとんどすべてオミットし、自画像とこの絵だけを見ることにした。だからカタログも購入しない。

 日本ではゴーギャンというが、本当はゴーガンと発音すべきだろう。つづりは Gauguin である。

 大学受験直前に読み始めたら、受験勉強忘れてついつい読みふけってしまった、サマセット・モームの 『月と6ペンス』(The Moon and the Sixpence)は、ペンギンブックスのペーパーバックで読んだのだが、そのときのイメージがあまりにも強い。モームの小説の主人公の名前は覚えていないが、ゴーギャン(・・混乱するので通称に従う)をモデルにしていることは間違いない。

 今回の展覧会であらためてゴギャンの年譜を読むと、パリで株式仲買人(stock broker)として成功したビジネスマンだったゴーギャンは、1882年のパリ株式市場暴落でブローカーをやめて34歳で画家に転向したらしい。

 それ以前にも成功してカネがあったので、印象派の画家の作品を購入しており、自らも絵を描いていたのとはいえ、かなり思い切ったキャリアチェンジである。実際、同時代では受け入れられなかったので病気と困窮のなかで53歳で死ぬ事になるのだが、人生なんてこんなものかもしれない。株式市場暴落ぐらい大きな出来事でもない限り、なかなかキャリアチェンジなんてできないものなのだ。今回の大不況をきっかけにして、元ビジネスマンの画家や作家がでてくることだろう。

 ところで、20歳代はじめにフランス海軍に入隊して外用航海にでているゴーギャンだが、海軍士官だったフランス・アカデミー会員の作家ピエール・ロティとは違って世界中回ったわけではないようだ。フランス領のベトナムには終生いったことがなかったようだが、植民地タヒチの首都パペーテをはじめて訪れた際に、文明化されていることに失望したゴーギャンのことだから、高度文明国ベトナムに惹かれることはなかったであろう。



 「我々は何者か、我々はどこへいくのか」(写真上)という絵についてだが、いかにもメタフィジカル(=形而上的)な、意味ありげなタイトルではある。イメージからいえば、カン・サンジュン的な口調で、したり顔でインテリが語りたがるセリフだが、あまり考えすぎない方がいいと思う。

 もちろんこの絵は中世絵画のようにアレゴリカル(=寓意的)なテーマの寄せ集めなので(・・とくに中央で果実をもぎとる女性はあきらかにイヴ=エヴァを意味しているだろう)、過剰な読み込みを誘発しがちな絵であることは否定はできない。

 しかし一言でいってしまえば、我々は人間であり、我々は母親から生まれて土に還る、それだけのことではないか!?

 このあまりにも当たり前の事実を確認するためにゴーギャンはパリを離れ、タヒチで生涯を過ごすことになったのだ、と私は考える。だからこれがゴーギャンの遺作であり、遺言なのである。近代化の道をひたすらに走る欧州ではすでに失われて久しいアルカディアへの望郷の念いであり、野性であるはずのタヒチですらそれが失われゆく事への嘆きなのだ。なんだか、J.J.ルソーみたいな話になってしまうが。

 たしかヘブライ語のベン・アダム(ben adam)というのは人間のことだが、土くれからできた、という意味だったはず。中東欧ユダヤ伝説の巨人ゴーレム(Golem)も土からできたものだったよね。死ねばまた土に戻る、それだけのことではないか。

 過剰な意味づけを排して、自分自身の感性にのみ従って、虚心坦懐に絵画は鑑賞したいものである。日本人はお勉強がすきなので、知識で目が曇りがちなんじゃはないのかな?

 ミュージアムショップで買った「ゴーギャン展」向け特別制作の、神戸ゴンチャロフ謹製のきれいな缶入りコルベイユ(=ロールクッキー)800円は自宅に持ち帰って食べたら、たいへん美味でありました。食べ終わったあとに美術缶として使えるので、プレゼントにいいと思います。購入を勧めますが、「ゴーギャン展」は9月23日まで。ボストン美術館の日本でのフランチャイズである名古屋ボストン美術館での展示もすでに終わっているようだ。もう入手できないかもね。

 ほんもののタヒチはまだいっていない。ぜひ一度は遊びにいきたいものだ。


 そしてまた東京メトロ東西線を二駅乗り飯田橋へ。フランスの旧植民地ベトナムから始まり、現在でもフランス領のポリネシアの中心タヒチを経て、そしてついにフランスのパリに至る。

 試写会の招待券をもらったので、『パリ・オペラ座のすべて』を見に行く。会場の「日仏会館」は実は訪問は今回が初めてであった。大学時代の第二外国語はフランス語であったが、仕事でフランス語を使うことはまったくないので、語学学校にいくこともないまま現在に至るというわけだ。

 飯田橋のブリティッシュ・カウンシルにも近い日仏会館は、お堀を挟んで神楽坂とは反対方向の坂をあがった丘の中腹にある。いかにも西欧人好みの立地であるが、かなりオシャレな雰囲気を醸し出しており、さすがフランスの文化政策は違うなあと感心することしきり。


 Encore という無料のカルチャー・マガジンも出しており、これがまたなかなかオシャレなつくりになっている。日本語とフランス語で、音楽、文学、シネマの最新情報が紹介されている。

 フランス料理のテラス型レストランを備え、いかにもパリにありそうなフランス語専門書店 Rive Gauche(セーヌ左岸)がある。いい味出してるねー

 文化を国家戦略として前面に押し出すフランスの姿勢は大いに学ぶべきである。実際のフランスという国家は、太平洋の仏領ポリネシアのムルロワ環礁での核実験などに見られるとおり、中央集権の軍事警察国家で植民地帝国という本質をもっているのだが、フランス文化を前面に出すことで、これらはいっさいカモフラージュされる、というわけである。

 赤塚不二夫の『おそ松くん』に、「おフランスざんす」というのが口癖で、シェーというポーズを私を含めて日本全国の男の子たちに流行らせた、イヤミという強烈なキャラクターが登場するが、フランス帰りの日本人デザイナー(という設定)が揶揄する対象であったのも、すでに40年以上も前の話である(・・YouTubeにオリジナル白黒版のオープニング映像あり。なんと、"あたり前田のクラッカーの藤田まこと"が主題歌を歌っている!)。

 マンガしか読まないという評判の麻生太郎・前首相の政権になってから、日本もマンガやアニメの意味にやっと気がついたようだが、マンガ・アニメを国家としての日本の文化戦略として位置づけているのはきわめて正しい。自民党から政権交代した民主党も、この意味はキチンと勉強するように! 「アニメの殿堂」のハコもの建設中止はいいとしても、ソフトウェエアとしてのアニメそのものは否定しないこと! 坊主憎けりゃ何とやら、というのでは困るからねー。何度も書いてるが、フランスでの日本アニメ熱はすごいんだからねー。

 往事に比べると影響力は衰えたといえ、まだまだフランス文化の魅力は依然として大きい。とくに最近はパリで修行した日本人パティシエの存在が大きいのではないかな。結婚戦略における、フランスワインの伝道師(?)川島なおみの目の付け所はさすがである、といわざるをえないな。


 『パリ・オペラ座のすべて』という映画だが、内容は世界を代表するバレエの殿堂、フランス国立パリ・オペラ座のバレエ・カンパニーのウラオモテを追ったドキュメンタリー映画である。160分(=2時間40分)という長編なのだが、振り付け師とダンサーによる稽古の現場や、芸術監督やマネジメントの交渉現場など、舞台裏も臨場感ゆたかにたっぷり見せてくれるので、まったく飽きを感じさせない作品に仕上がっている。もちろん、完成品としての舞台もいくつもみせてくれるので芸術映画にもなっている。

 製作はフランスと米国、監督はフレデリック・ワイズマン、出演はほんもののパリ・オペラ座職員。国立オペラ座に所属するダンサーは定年が40歳で、なんと40歳から年金が支給される(!)というシーンがでてくるが、フランスの国家戦略として文化が位置づけられていることがこのシーンでも確認できるのだ。もちろんダンサーだけは特別で、その他の職員は定年は65歳らしい。  

 バレエは、モスクワ、サンクト・ペテルブルク、東京、ウィーンでは鑑賞しているが、まだ本家本元のパリ・オペラ座にはいったことがないのだ。生きている間に、などといわず、そう遠くない将来に見にいきたいと思っている。どうしても「オペラ座の怪人」のイメージがこびりついてしまっているのも考え物だが・・・

 この映画は、10月10日から渋谷の Bunkamura で一般公開される。


 というわけで、ベトナム⇒タヒチ⇒パリと巡った、フランス・カルチャーの旅もおーしまい。なんだか国内なのに、海外旅行でイベントを駆け足で回ったみたいな感じがするなあ。

 考えてみれば、パリには1992年以来、17年もいってないんだなあー(・・と、ため息)。

 バンコクではフランスのTV番組であるTV5 Monde を衛星放送で見ていたのだが、日本でも Windows で視聴できることを、日仏会館敷地内の書店 Rive Gauche (前出)においてあったチラシで本日はじめて知った。

 パリ再訪に備えて(・・いつ実現するか現時点では不明)、フランス語のリスニング・ケイパビリティを向上させるために、契約しようかな・・・VODだけなら月額900円、24時間ライブ視聴なら月額1,200円だそうだ。考えておこう。

 詩人・萩原朔太郎の時代ではないので、「フランスに行きたしと思へども、フランスはあまりにも遠し・・」と嘆く必要はない。航空券さえ入手できれば12時間後にはパリに着いてしまうのだから。スターアライアンスのマイレージもたまっているのでフランス往復のチケットならオフシーズンなら即ゲットはできる。

 ただ、今度は通りすがりの観光客ではなく、パリにある一定期間住んでみたいなーとは思っているのだ。でも生活費がユーロ建てではそう長くは暮らせないなー、と現実に戻る。はじめてパリにいったときはバックパッカーでカネがなかったので、内部がカイコ棚のようなユースホステルに宿泊したものだ。これはこれで、カルチエ・ラタン(=ラテン街)の近くという好立地ではあったが・・

 やはりフランスは遠し、かな・・・
     
 
PS 読みやすくするために改行を増やした。文章にはいっさい手は入れていない。なおあらたに「ブログ内関連記事」の項目を新設し、その後に書いたブログ記事のリンクを表示することとした。(2015年3月15日 記す)。


<ブログ内関連記事>

『恋する理由-私が好きなパリジェンヌの生き方-』(滝川クリステル、講談社、2011)で読むフランス型ライフスタイル

映画 『最後のマイ・ウェイ』(2011年、フランス)をみてきた-いまここによみがえるフランスの国民歌手クロード・フランソワ

映画 『ノーコメント by ゲンスブール』(2011年、フランス)をみてきた-ゲンズブールの一生と全体像をみずからが語った記録映画

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む

「特攻」について書いているうちに、話はフランスの otaku へと流れゆく・・・
・・日本とフランスの関係をサブカルチャーから考えてみる。フランスと日本は、知らず知らずのうちにお互い影響を与え合っている




(2012年7月3日発売の拙著です)









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