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2009年11月16日月曜日

バンコクより、戻りました




 昨日15日、早朝発のTG便で帰国しました。4泊5日です。
 TG(=タイ航空)だけは乗りたくない、というのはバンコク在住者のほぼ共通した意見ですが、今回の帰国便のTGはエコノミーだったものの、思っていたほど悪くなかったのは幸いでした。
 CAも典型的なタイ美人なんですが、これがまあ愛想はなく、にこりともしない(・・タイでは"微笑みはすでに希少財"ですね)、しかし対応はまともでした。ただ、食事の前に飲み物がでてこないのは困りますが・・・これはオペレーションの問題ですね。すぐに改善されることは期待しないほうがいいでしょう。どこの国でもナショナル・フラッグは問題だらけですね。
 今回は私の座席の周辺は、おかしな日本人が少なかったので助かりました。いわゆるタイ・フリークの常連日本人中年男性には、機内マナーという概念を欠如した人も少なからずいるので、これもTGを避ける理由の一つです。TGも昔はそんなに悪くなかったんですけどねー。
 なぜかインド人乗客の多い成田便でした。

 マイレージ利用で、行きはNH(=全日空)、帰りはTG、というのはともに両者ともにスター・アライアンスに属しているために可能な選択です。本当は帰国便もNHが希望だったのですが・・
 いや本当はSQ(=シンガポール航空)が最高だったのですが、SQの成田⇒バンコク便が廃止になったしまった実に大きな変化です。リーマンショック後の利用客減少で(・・もともと利用客がやや少なかったので、知る人ぞ知る存在だったのですが・・)、不採算路線で廃止対象となったのでしょう。残念。

 機内ではお酒もすすめられないので、昨日は休肝日としました。この点は他の航空会社よりはいいかもしれません。本来、仏教徒は酒は慎まなければなりません。
 おかげで機内では眠ることもなく、ひたすら読書に専念できました。SQと違って、機内エンターテインメントが充実していないのも、逆説的には読書のためには最適です。
 また眠っているあいだに寝違えることもないので頭痛や肩こりにもならず、意外と快適なフライトであったのは不思議なかんじでもありますね。通路側の座席さえ確保できればなんとかなります。

 今回のバンコク滞在ではとくにこれといった大きなイベントはありませんでしたが、土曜日に少し遅い昼飯を食べ始めたら、季節外れの激しい豪雨に見舞われ、2時間近くも飲食店のなかに閉じ込められるハメに。おかげでタイガー・ビアを大瓶で一人で2本も飲むことになってしまいました。
 それこそバケツをひっくり返したような豪雨なので、傘はまったく役にたちません。雨が止むまでひたすらやり過ごすしかないのです。自然には勝てません。
 この日は雷もものすごく、間違いなく落雷したな、というぐらいの雷鳴がとどろいてました。声を出して席から飛び上がってしまうくらいの轟音。
 雨期は10月に終わっているはずなのに半端じゃないなあ、異常気象なんでしょうか? 地球温暖化の悪影響なんでしょう。

 バンコクも、半年ぶりの訪問では特に変化はなく、せいぜいBTS(=スカイ・トレイン)が延伸されて、チャオプラヤ川左岸のトンブリへのアクセスが良くなったたくらいでしょうか。終点の Wongwian Yai まで乗ってみました。そこで見るものといえば、自らも潮州系華人でタイに潮州人を多数誘致したダクシン大王(King Taksin:元首相のタクシン Thaksin とは発音が違います)の騎馬像くらいですが。まあ普通の観光客には何の関心もないでしょう。現在のラタナコーシン王朝の前のトンブリ朝ただ一人の王様です。

 ところで、バンコク到着当日はすぐには土地勘が戻らず、よくわかっているはずなのに、なぜかすぐに思い出せない状態でした。アルツハイマー病か? いやそうではなく、仕事の場であったバンコクから離れて半年以上、すでにバンコクは私の"現場"ではないからなのでした。
 二日もいればさすがに慣れてきましたが、慣れてくると逆に何もワクワク感を感じない、だらだらと続くかに見える日常。すっかり関心を感じなくなってしまっている自分に気がつきました。これ以上ここにいても意味がないなあ、と。"外こもり"青年じゃないんだし。

 そう、バンコクはなにも変わってないのですね、半年くらいで変わるわけがないのです。
 バンコクではなく、私の気持ちが変わったのです。もはやバンコクには私の居場所はない。タイは自分の専門でもない。
 撤退を余儀なくされ、志半ばでバンコクを去ることになった私は、燃え尽きたというより、なんというか不完全燃焼のまま、ココロのなかではまだバンコクにこだわっていたのだな、と気がついたのでした。
 そう思ったとき、気持ちがふっきれました。

 自分がやるべきことがやっと見えてきた・・・そういう思いが強まってきたのが、今回の小旅行の最大の成果でしょう。
 ターニング・ポイントというか、あらたな旅の始まり、というか・・・何かが終わり、そしてまたあらたな何かが始まる。もちろん、生きている限り"人生模索"は続くわけですが、今後はあらたな自分のミッションを明確にしていく作業に取りかからなければなりません。

 ふるさとは遠くにありて思うもの
 バンコクも遠くにありて思うもの、かな?

 このブログで不定期に書き続けてきた「タイのあれこれ」は、あと数話を書き上げて、いちおうバンコク卒業としたいと思います。バンコクには飽きてしまいましたし。
 同じ B ではじまる場所なら、Bangkok じゃなく Bali に行きたいですね(笑)

 自分のフィールドは、とりあえずこれから数年は日本にある、わけですから。経済的には苦境にありますが、あらためて見回してみると、日本は実に面白い。まだまだ知らないことだらけです。