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2010年7月10日土曜日

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (1) こんなうまい食事は滅多にない




             
 こんなうまい梅干しは食べたことがない。この梅干しで食べる重湯のうまさはいったいなんなのだろう・・・

 今週7月7日から始めた三泊4日の断食修行が満願成就した朝6時半。
 5時からの掃除のおつとめと5時半からの朝護摩(あさごま)に参加したあとにいただいた仏飯でつくった重湯をいただきながらの実感である。まさに英語の break-fast(・・文字通りの意味は、fast:断食、break:断つ)、断食明けの朝食がこれであった。
 一分粥というべきか、重湯なのでほとんどお湯なのだが、まず小さめのお茶碗に一杯目をいただいたら、猛烈に食欲がモリモリ湧いてきた。すぐに二杯目、今度は焼き味噌と一緒にいただくとうまい。そして梅干しを食べた瞬間、冒頭の感想となったのである。昔ながらの塩だけでつくった梅干しだ。
 あまりにもうまいので梅干しでさらに重湯を2杯いただいてしまった。合計5杯食べて止めることのしたのは、食欲はあるのだが、断食あけにあまり食べ過ぎるのはカラダによくないだろうという抑制が働いたためである。

 箸袋の裏にはこう書かれていた。たまにはこういう気持ちで食事をいただくべきなのだな、と思う。

食事のことば
一つには 食物ができるまでの苦労を思い この食事がいただけることを感謝いたします
二つには みずからの徳を積む行いが 完全か欠けているか多いか少ないかを反省いたします
三つには 心つつしみ むさぼり いかり おろかさの三毒が生じないようにいたします
四つには 身体を堅固にし 病がおこらぬよう良薬としていただきます
五つには 人びとに奉仕するために この食事をいただきます


 三日間の断食を続けた甲斐があったというものだ。まるまる三日間、水以外はいっさい口にしてなかったので、まさに五臓六腑に染み渡るという表現がふさわしい。

 事前に電話で問い合わせたとき、「二泊三日では重湯はでない!」ということを聞いた。それは残念だなあ。「断食は初体験なので、いちおう二泊三日ということにしておきますが、途中で延長はできますか?」と尋ねると、それはできないという。そこで、当日受付の際に、二泊三日にするか、三泊四日にするかどう決めさせていただくということにしておいたのだ。
 申し込んでから数日、二泊三日ではヤワだなと思い、重湯のこともあるし三泊四日の決意を固めた。

 ああ、三泊四日にしておいてよかった、と心の底から、いや腹の底から思ったのは、断食明けの重湯をいただいた瞬間であった。



なぜ私は成田山新勝寺の「断食参籠修行」に参加したのか

 話が前後するが、2010年7月7日から3泊四日で、成田山新勝寺「断食参籠修行」に参加してきた。
 
 さて、なぜいまこの時期に断食を志したのか、書いておかねばなるまい。
 
 もともと断食には非常に関心があったが、なかなか実行できないまま今日に至ってしまっていたのだ。著名人が伊豆や蓼科なでのリゾートホテルで調整のために断食をしているという話はよく聞くところである。
 もちろん、宗教上の修行の一環として行われる断食修行にも大いに興味があった。
 また、最近体重がまた増えて、ちょっとやばいな、とも思っていたところだった。若い頃とくらべて体重が簡単に減らなくなっているからだ。
 
 つい最近のことだが、『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004)をふとした気持ちで読み始めたら、「明王堂参籠」の断食・断水・不眠・不臥という超人的な九日間の修行の記述に釘付けになってしまった。ほとんど超人的といってもいい過ぎではない荒行である。
 この本に触発されて、私は成田山新勝寺(真言宗)の断食参籠修行三泊四日に急遽申し込んで参加したのも事実である。何事も自分が体験して実感してみなければ、説得力をもって人に語ることはできないと思っているからだ。

 精神修養、減量ダイエット、心身の変容の観察、情報遮断、ハンスト疑似体験、飢餓状況の疑似体験・・まあこんなことを一気に体験できるのなら、一度はやってみる価値はあるだろう。
 実際どうなのかは、やってみないことにはまったくわからないが・・・

 「断食」でネット検索したら、いくつか候補がでてきたが成田山新勝寺の断食参籠修行というのが見つかった。参加料金もリゾートホテルで行われるものよりもはるかに安い。しかも断食中は水だけ、というのも非常にストイックな響きがある。
 また体験記のブログもいくつか検索できたので読んでみたところ、これはいいかもしれない、と思い始めた。

 どうせ断食するなら、ダイエットできることはもちろんのこと、料金が安く、近場で、しかも歴史的な背景のある本格的なものがいいと思ったからだ。
 まず成田山新勝寺は、千葉県に住んでいる私には非常に近いだけでなく、過去に何度も初詣でいったことのあるお寺である。料金は、二泊三日が5,000円で、以後一日ごとに1,000円追加、最長は六泊七日までとなっている。つまり三泊四日なら6,000円、これに健康診断料が3,170円で1万円以内に収まる。
 歴史については、どうやら成田山新勝寺の断食参籠修行は、七代市川團十郎や二宮尊徳などの著名人が行っているし、お不動様(=不動明王、不動尊)の修行、というのも心惹かれる。
 
 そんなわけで、成田山新勝寺で断食参籠修行を行う事を決意したのだ。ごくごく短い間の意志決定であったが、こういうことは何事も善は急げである。悩むより実行。
 しかも、今週7月7日から10日まではまったく用事が入っていなかったので、この週しかなかったのだ。その前後はすでに用事が入っていて身動きがとれない状態にあった。



断食じたい自分にとってはまったくの初体験であった

 こういうわけではじまった断食参籠修行。

 そうはいっても断食じたいがまったくの初体験。不安がなかったといえばウソになる。しかし申し込んでしまったし、あとはそのまま突入するしかない。
 また、口内炎が完治しないままの見切り発車、どっちにしろ何も食べないわけだから問題ないだろう。

 こんな風に、三泊四日の断食参籠修行が始まることになる。

 これから、今回も含めて、数回にわけて体験記を記すことにしたい。



(2)に続く。