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2014年3月13日木曜日

マンガ 『漫画家残酷物語(完全版 全3巻)』(永島慎二、ジャイブ、2010)-1960年代初頭の若者たちを描いた「マンガによる私小説」



全身マンガ家・永島慎二の代表作 『漫画家残酷物語』は、1960年代初頭の夢を追う若者たちを描いた「マンガによる私小説」である。

水木しげるの『ビビビの貧乏時代』を取り上げた以上、『漫画家残酷物語』を取り上げないわけにはいかないだろう。誰もが貧しかった時代に、さらにその底辺で夢と理想を求めて苦しい生活を送っていたマンガ家たちの苦渋に満ちた姿を描いた作品だからだ。

作風も絵柄もまったく異なるが、自分自身を主人公あるいは脇役として登場させること、そして「貸本漫画」時代を生き残ったマンガ家という点に共通点がある。

永島慎二のことを知ったのは1980年代後半のことで、すでに会社に入ってからだ。その当時はまさにバブル期であったのだが、『しんきらり』(やまだ紫)など文芸色の濃いマンガがちくま文庫から文庫化されていた。

そのなかの一冊が『フーテン(全)』(ちくま文庫、1988)であった。500ページ近い文庫本にぎっしりと描き込まれた絵と文章。それは小説以上に小説のようなマンガであた。すっかりその世界に魅了されてしまい、それから何度も繰り返し読んだのであった。


『フーテン(全)』は、1967年から1970年にかけて「COM」、「プレイコミック」、「ガロ」といったマニア向けの漫画誌に掲載されたもの。各編が「シリーズ黄色い涙 青春残酷物語」と題されている。

「フーテン」というのは、その当時のスラングで和風ヒッピーのことである。自称アーチストなど社会からドロップアウトした人たち。そんな人たちがふきだまりのように新宿に集まっていたのであった。

あの当時わたしは小学生低学年で西武新宿線沿線の練馬に住んでいた。親に連れられて毎週のように終点の新宿に行っていたので、なんとなくあの当時の新宿の雰囲気を知っている。そのこともあって、すんなりと作品世界のなかに入っていけたということもあるかもしれない。

『漫画家残酷物語』は、1961年から1963年にかけて「刑事(でか)」という漫画誌に掲載された短編集「シリーズ黄色い涙 漫画残酷物語」とある。貸本漫画として発表されたものだそうだ。貸本漫画を直接知っている世代ではないのでそういう体験はない。

1962年生まれのわたしにとっては物心つく以前のことであり、しかも東京オリンピック直前の東京が舞台でもある。ある意味、その時点においても、すでに過ぎゆく時代のヒトコマを切り取った内容だったのかもしれない。

完全版として2010年に復刻されたのではじめて読んだのだが、「解説」(野口文雄)の冒頭の文章を引用すれば以下のようになる。

青春、大志、挫折、悔恨、変節、孤独、倦怠、猜疑、妬情、恋慕、寂寥、悲惨、慟哭、激怒、自嘲、虚勢、烏合、赤貧、頓死、横死、狂気、殺人、自傷、自殺、その他諸々の、夢や理想を追う者ならではの感情や状況や行為を、剥き出しに吐き出して読者(年少の子供も読むのだ)にぶつけた。このような漫画、劇画は、昭和36年から39年にかけて「刑事」(東京トップ社)に連載されたこのシリーズ以前にはなかった。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

この漢字熟語のリストに苦悩や煩悶といったコトバを付け加えたらさらに完成したものとなるだろう。生きている意味、自分の存在意義を繰り返し自分に問い、理想と現実のギャップを見つめて苦悩し煩悶してしまう心優しき人間。

いつの時代にも内向的な人間はいる。そういう人間はどうしても自分にウソがつけず、自分ひとりで問題を抱えては悩み、鬱積した思いを抱え込んだまま、ふさぎこんでなにもできなくなってしまう。「生まれてすみません」とつぶやいた私小説作家の太宰治がいまでも日本人に人気があるのは、そういう理由が根底にあるからだろう。

『フーテン(全)』(ちくま文庫)には、「その後のこと」と題した作者自身の「あとがき」がある。最後の数行を書き抜きしておこう。

そんなぼくでも、一つだけたしかなことがあるんだ。それは将来きっと、見る人が、べつに泣いてよろこんでくれなくても、笑ってくれなくてもいい、ただね「人間っていいな」って思うような、漫画を描きたいと思っているということなんだ。そして、もし若い人がつまらないから死にたいといったら、ぼくは胸はずませて言いたいな。「この漫画を見てください」きぜんとね。(昭和47年3月10日)

マンガに人生を賭けた、まさに全身マンガ家というべき人であったのだ。いまのような時代だからこそ、かえってその作品世界のなかに入っていけるかもしれない。





『漫画家残酷物語 ①』 目 次

その1 傷害保険
その2 ガン祖
その3 少年の日のけだるい孤独
その4 被害者
その5 坂道
その6 うすのろ
その7 雪
その8 ラ・クンパルシータ
その9 嵐
その10 嘔吐
(特別収録) 赤貧、非小説 白菊



『漫画家残酷物語 ②』 目 次

その11 心
その12 ひろいもの
その13 漫画家とその弟子
その14 哀蚊(あわれが)
その15 雪にとけた青春
その16 狂人
その17 あにいもうと
その18 春
その19 甘い生活
その21 生きる
(特別収録) 星の降った夜



『漫画家残酷物語 ③』 目 次

その21 窓
その22 三度目のさよなら
その23 雨ン中
その24 煙突の燃えた日に
その25 蕩児の帰宅
その26 遭難
その27 びんぼうなマルタン
その28 陽だまり
(特別収録) 永島慎二ヒトコマ漫画劇場
解説 野口文雄




著者プロフィール

永島慎二(ながしま・しんじ)
1937年、東京生まれ。本名は真一。幼いころから漫画家を志し、中学を中退。以降、さまざまな職業を経験しながら漫画を描きつづけ、1951年、15歳の夏に『さんしょのぴりちゃん』(鶴書房)で漫画家デビュー。1961年から1963年まで、漫画家とその周辺をテーマにした『漫画家残酷物語』を貸本劇画誌「刑事」に発表した。漫画に賭ける若者たちの苦悩と挫折とを描いた本作は、日本ではじめての私小説漫画ともいわれる名作。代表作は、本書の他、『フーテン』『若者たち』など。2005年没。



<ブログ内関連記事>

マンガ 『ビビビの貧乏時代-いつもお腹をすかせていた!』(水木しげる、ホーム社漫画文庫、2010)-働けど働けど・・・

マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ①②③』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2007~)
・・40歳で仕事を辞めて自分探しする主人公。マンガ家になると宣言

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
・・マンガ家という好きな道で生きていこうとした若者たちがいる一方、世の中の大半は「高度成長」に邁進していた

京都国際マンガミュージアムに初めていってみた(2012年11月2日)

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・1960年代、美輪明宏は当時は丸山明宏と名乗っておりシャンソン歌手であった



(2012年7月3日発売の拙著です)





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