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2026年10月5日月曜日

書評『わたしは楳図かずお』(楳図かずお、聞き手=石田汗太、中央公論新社、2025) ― 聞き語りによるこの「自伝」は、その対象者だけでなく、聞き手にとっても読み手にとっても「自分史」となる

 


最近の若い世代についてはわからないが、楳図かずお先生を知らない日本人はいないはずだ(と思う)。 数々の傑作を残した日本を代表するマンガ家の一人である。

いや、マンガ家を越えた多才な個性の持ち主で、トレードマークの赤白のボーダー柄が目に焼き付いている、その存在そのものが突出した人であった。惜しくも2024年に88歳でお亡くなりになった。 

そんな楳図かずお(以下、敬称略)の聞き語りをまとめて「自伝」としたのが、本書である。1960年生まれの読売新聞の文化部の記者がインタビューによって引き出したものだ。「時代の証言者/楳図かずお 『怖い!』は生きる力」として連載され、再構成のうえ大幅に加筆されたものだということだ。  

カバーのカラー装画は、楳図かずお自身によるもの。マンガ家を休筆してのち芸術家に進化した2022年の作品だ。後期の傑作『わたしは慎吾』を絵画化した連作ものの『ZOKU-SHINGO』の「追想」という作品である。 

本書のタイトル『わたしは楳図かずお』は、言うまでもなく『わたしは慎吾』をもじったものだ。楳図かずおが亡くなったあとの出版なので、聞き手によるオマージュといっていいのかもしれない。 

聞き手とほぼ同世代のわたしは中学生時代、『おろち』など少女マンガのホラーもの作者として知ったのが、楳図かずおのマンガとの最初の接触であった。担任教師が学級文庫に持ち込んでいたから読んだのである。あんな怖いマンガは本当にないといっていいいのではないか。本当に怖いのは人間の心なのである。 

その後、国民的マンガとなった『まことちゃん』には、また違う意味で驚かされた。「グワシ」のポーズを覚えているだろうか? ホラーもの作者だと思い込んでいたのに、ギャグマンガとのあまりもの落差に驚かされたからだ。自分が中学から高校時代にかけての連載だった。 

楳図かずおといったら、代表作は『漂流教室』だとする人が多いのではないだろうか。わたしもそうだが、これは社会人になってから青年マンガ誌の連載をで毎週読んでいた。現在は当たり前になったパラレルワールドものの先駆的な作品である。傑作である。 

中学生時代から折に触れ読んできた楳図かずおのマンガ作品だが、本書を読むことで、和歌山県の山中に生まれた楳図かずおの発想の原点がどこにあったのか、手塚治虫の影響を脱して「独自の絵柄」が確立するまでの苦労がいかに大変なものであったか、そして時代の先を行く直観による鋭い考察力など、聞き手が引き出してくれたおかげで知ることができた。 

あらためて驚いているのは、楳図かずおの作品はまったくアニメ化されていない(!)という事実である。複雑な思いもなくはないのだろうが、楳図かずお自身はそれを誇りだと語っている。早い時期から『ゲゲゲの鬼太郎』がアニメ化されていた水木しげるとの大き違いである。

まずはアニメが先にあって、その原作であるマンガへと進むのが、年少読者としては一般的な取り組み方だろう。英語に anime and manga という表現(・・順番に注目!)が一般化していることが、その関係をよく示している。その意味では、マンガ作品だけで読まれ、高く評価されてきた楳図かずおは、特異な存在といっていいのではないか。

マンガを休筆したあとの絵画作品を見れば、マンガ家時代から芸術性の高いものであったことがよく理解できる。日本国内での評価だけでなく、フランスでも高く評価されていることが、それを物語っている。 

聞き語りによるこの「自伝」は、その対象者だけでなく、聞き手にとっても、読み手である読者にとっても「自分史」となりうる。 

リアルタイムで読んでいたマンガの読書体験は、「自分史」を形成する重要な材料なのである。日本人にとっては、ほぼ間違いなくそうだと言えるのではないだろうか。 しかも、自分にとっては、楳図かずおは亡父と同年生まれである。

そのなかでも、楳図かずおの絵柄とストーリーのもつチカラは、マンガ体験のなかでも特異なものとして、記憶のなかに強く刻印されている。アニメ化されない、特異なマンガ作品として。 


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目 次
第1章 恐怖マンガの時代 1936~1968 
第2章 心理サスペンスの時代 1969~1981 
第3章 人類滅亡SFの時代 1982~2024 
あとがき(楳図かずお) 
楳図かずおの森―聞き書きインタビューを終えて(石田汗太) 
主要参考文献

著者プロフィール
楳図かずお(うめず・かずお) 
1936年9月3日、和歌山県に生まれる。19555年「森の兄妹」でマンガ家デビュー。1960年代に少女誌で恐怖マンガブームを巻き起こし、1970年代以後はスケールの大きいSFや、ギャグ分野でも数々の傑作を生み出す。2022年に連作絵画「ZOKU‐SHINGO」を発表し、芸術へ創作活動を広げる。「漂流教室」などで小学館漫画賞(1975年)、「わたしは真悟」で仏アングレーム国際漫画祭遺産賞(2018年)を受賞。2024年10月28日、88歳で死去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

聞き手プロフィール
石田汗太(いしだ・かんた) 
読売新聞東京本社編集局文化部記者。1960年、東京に生まれる。1984年に読売新聞社入社、1994年から文化部で文芸、マンガ、サブカルチャーなどを担当。中央公論新社文庫統括本部長などを経て、2017年から2023年まで文化部編集委員。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2026年9月22日火曜日

書評『新しい教養としてのポップカルチャー マンガ、アニメ、ゲーム』(内藤理恵子、日本実業出版社、2022)― 宗教学者が読み解くポップカルチャー論が面白い

 

『新しい教養としてのポップカルチャー マンガ、アニメ、ゲーム』(内藤理恵子、日本実業出版社、2022)という本を読んだ。宗教学者が読み解く「ポップカルチャー15回連続講義」が面白い。 

1979年生まれでオタクの著者が、ドストエフスキーの作品や『ドン・キホーテ』などの文学作品や哲学者の著作を引き合いに出し、自分史の語りを織り交ぜて、「教養」としてのマンガ、アニメ、ゲームがもつ意味を解読する。アニメやゲームの世界観を理解したいから大学で哲学を専攻し、最終的に宗教学に進んだ著者ならではのものだと言っていいだろう。 

これらの分野は当然のことながら、個人レベルの好き嫌いがはっきりしている分野なので、独断と偏見は避けられないことは言うまでもない。自分が好きな作品なら、著者とは違う見解もあって当然だ。だから自分史をからませた記述が必要になる。

現在は、ポップカルチャーとハイカルチャーは相互浸透する状況にある。日本発のポップカルチャーが世界中に浸透している現状では、これは世界的な現象だといっていいだろう。すでにハイカルチャーと対(つい)になるのはサブカルではないのだ。 

著者のいう「教養」とは、大上段に振りかぶったものではない。古典的な意味での「教養」でもない。 ポップカルチャーに身を浸してきた人それぞれが、それによって生き方を学ぶ材料であり、さらには知的探求の出発点となるものだと言っていいだろう。

1962年生まれで、物心ついた頃からTVアニメにどっぷり浸かって自己形成した「第一世代」であるわたしには、十分に納得のいく見解である。 「新人類」とレッテル貼りされた世代である。


■「異世界転生もの」アニメがなぜ流行るのか? 

1979年生まれということは、大学卒業時点でバブル崩壊後の1991年、就活がうまくいかずに大学院進学しても依然として就職状況は厳しかった世代である。

つまり、著者は「就職氷河期世代」世代であることを意味している。著者自身もそうとうな苦労を経てきたようだ。 

そんな著者だからこそ、「第2部/アニメ」の「第9回講義 就職氷河期の救済は異世界転生モノにしかない?」は説得力のあるものになっている。

わたし自身は「異世界転生もの」には食指が動かないのだが、なぜ「就職氷河期世代」がはまってしまうのか、ようやく理解できた。 

そうか、「救済」なのだな、と。現実世界(=現世)ではまったく報われることのない状況から脱するため、モニターの先の異世界(=来世)に転生して、楽園で報われることに希望をつなぐ。そんな心情の反映なのか。 

宗教学者の著者が指摘するように、マンガやアニメの作者が意識しているか無意識なのかは別にして、中世に爆発的に流行した「浄土思想」がベースにあるようだ。現世を「厭離穢土」(おんりえど)とみなす世界観である。現実世界があまりに過酷なので、汚れた現世からら脱出して空想世界に逃避したいという願望。

21世紀前後の日本では、バーチャルとしての「浄土」がリアリティをもつようになったのか?  もちろん、それは「浄土」というより「楽園」というべきかもしれない。西洋化した日本では、仏教の「浄土」にキリスト教の「天国」が上書きされているから。

著者は言及していないが、「異世界転生もの」が発信地である日本に限らず、世界中に熱烈なファンがいるということは、いまの若い世代が置かれている状況とかれらの心情が反映しているのかもしれない。 

このほか、さまざまな角度から解読が試みられたこの本は面白い。「コロナ時代」の2022年に出版されたものだけに、VRゲームに没入することでやり過ごした著者の考察はさらに深まったようだ。 


■「教養」のあり方が時代とともに進化していくのは当たり前

マンガ、アニメ、ゲームにかんしては、さまざまな論者が、さまざまな角度から分析を行ってきた。専門家でもない限り、あまりにも多すぎてとてもフォローしきれるものではない。

本書のような宗教学者によるアプローチが面白いのは、マンガ、アニメ、ゲームがメインストリームになった時代における「教養」のあり方が、それ以前とは変化していることへの理解があるからだ。

そもそも、バーチャルでフィクションな「虚構世界」とリアルで日常そのものの「現実世界」を往還することでライフを活性化してきたのが人類であり、それは全世界的に共通するものである。

そのあり方が、活字が「教養」の中心であった時代、つまりマンガ、アニメ、ゲームそれぞれの誕生以前、そしてマンガ、アニメ、ゲームそれぞれの生成発展から爆発的成長以降で異なるのである。それにともない「教養」のあり方も変化し、進化していくのも当然というべきなのだ。 

さらにいえば、日本が発信源であるマンガやアニメは、スピリチュアルなものとの親和性が高い。 大正時代から始まった「教養主義」が、1970年代に死に絶えたことは当然といえば当然だろう。1980年代以降は「精神世界」に取って代わられ、1995年の「オウム事件」以降はさらに混迷を深めていく。若者のあいだで「教養」への渇望が生じてきたが、先行世代はあるべき「教養」の姿を示し切れていない。

時代の変化は、テクノロジーの変化をともなう。「教養」のあり方が変化するのも当然であり、今後もさらに「変化」、いや「進化」していくと考えるべきなのだ。これは日本に限らず、世界的な現象と考えるべきである。

バーチャルでフィクションな「虚構世界」そのものであるマンガ、アニメ、ゲームとの接触が出発点となって、「活字」の世界に踏み分けていく。そしてフィクションとリアルの往還を行いながら知的探求を行っていく。そんなループを描く知的活動こそ、著者のいう「新・教養主義」ということなのだろう。

とはいえ、あえて「新・教養主義」を提唱する必要もないとは思うのだが・・・ それほど「旧・教養主義」論者たちが、いまだにアカデミアの世界には跋扈(ばっこ)しているということなのかな?



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目 次
はじめに 
第1部/マンガ 第1講~第5講 
第2部/アニメ  第6講~第10講
第3部/ゲーム 第11講~第15講 
おわりに 
参考文献と作品

著者プロフィール
内藤理恵子(ないとう・りえこ) 
1979年、愛知県に生まれる。宗教学者、ゲーム開発者、イラストレーター。南山大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士 (宗教思想)。南山大学客員研究員(宗教文化研究所非常勤研究員)。善通寺勧学院専門研究員。日本ペンクラブ会員。著書多数。(Wikipedia情報を編集)



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・・「教養主義」は1970年代に消滅、1980年代以降は「精神世界」がそれにとって変わった

・・日本のマンガやアニメに体現されたスピリチュアルな心性に世界中が惹かれるようになってきた



・・なぜ自分が「異世界転生もの」になじめないか、その答えのひとつがそこにある。なぜ「異世界転生もの」が米国でも人気があるかも同様だ。とはいえ、依然として浄土真宗が日本最大の仏教宗派である理由はなぜか?

・・ポップカルチャーとハイカルチャーの垣根は低くなってきた



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2026年2月22日日曜日

『きのう何食べた?㉕』(よしながふみ、講談社、2026)が届いたのでさっそく読んだ(2026年2月22日)― マンガの主人公たちと一緒に歳を重ねていく一読者として思うこと

 

発売されたばかりの 『きのう何食べた?㉕』(よしながふみ、講談社、2026)が届いたのでさっそく読んだ。  

単行本の第1巻から読み始めて、なんと18年! TVドラマ化されてブームになる前から読み続けてきた。

この一話完結型のストーリーマンガは、連載も200回を迎えている。

 マンガの主人公たちも、すでに還暦過ぎて60歳台前半。「後期中年」である。主人公たちと一緒に歳をとってきた一読者として、なんだか感慨深いものがある。 

おお、なんと198話では「高校の同窓会」のシーンから始まっているではないか! つい先週のこと、卒業から45年たってはじめて参加した自分は、なんだかシンクロ感を感じて不思議な気分だな。 

すでに60歳を越えて高齢者へと向かっていくわけだが、つい先日読んだばかりの『老いを読む 老いを書く』(酒井順子、講談社現代新書、2024)のテーマともろに重なっているなあ、と。 

『老いを読む 老いを書く』は、さすがプロのエッセイストだけに文章がうまいし、内容もあいまって、ついつい先へ先へと読ませる本だった。「老い」をテーマにした、1957年から現在にいたるまで日本で出版されてきた本の紹介も兼ねていて面白かった。 

 取り上げられているのは、基本的に小説やエッセイなどが中心で、マンガとしては長谷川町子の『いじわるばあさん』など数点しかた取り上げられていなかったが、よしながふみの『きのう何食べた?』も、「料理本」と「ライフスタイル本」としてだけでなく、「老い本」としてカテゴライズすることも可能だろう。

「老い本」は成長分野である以上、マンガもまたその成長分野(!)を開拓していくことになるのだろうなあ。 


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2026年2月2日月曜日

書評『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』(鴻巣友希子、ハヤカワ新書、2025)― 「村上春樹一強時代」はすでに過去のものとなり、いまや日本の女性作家が英語圏のなかでもとくに英国で席巻しているその理由とは?

 


内容はタイトルどうりで、読者の疑問に理路整然と説明してくれる。読んでいて知的満足感を得るだけでなく、どんどん読みすすめたくなる本だった。 

この本を読むと、海外での「村上春樹の一強時代」はすでに過去のものとなり、いまや日本の女性作家が英米、とくに英国で席巻していることが手に取るようにわかる。 



■「ミドルカルチャー」としての日本の小説

海外での日本のアニメとマンガ人気については、あえて指摘するまでもないことだろう。

最近は中国勢や韓国勢が伸びてきて日本の地位が脅かされているという指摘もあるくらいだが、依然としてアニメといえば日本という認識は確立して久しい。 

アニメやマンガがサブカル、すなわち戦後日本が生み出した「サブカルチャー」だとすれば、伝統によって培われてきた座禅や茶道は「ハイカルチャー」である。 

ではその中間をあらわすことばはなにか? あえてここではあえて「ミドルカルチャー」としておこう。

そのカテゴリーに入るのは、アニメやマンガのように手軽ではないが、座禅や茶道ほど敷居が高くないもの、たとえば映画作品や小説など活字媒体の文学作品がそれに該当するのではないだろうか?

世界中で読まれている日本の作家といえばハルキ・ムラカミ、すなわち村上春樹、というのが、これまた日本での常識であろう。村上春樹以前にはノーベル文学賞を受賞した川端康成、候補となった三島由紀夫や谷崎潤一郎といった、いわゆる男性の「文豪」も外国語で翻訳が行われてきた。 

ところが、「村上春樹の一強時代」はすでに終わり、ここ数年は日本の女性作家たちの注目がめざましいものがあるというのだ。 

そんな記事を目にしたには数ヶ月まえのことであり、つい最近はYouTubeの番組でも取り上げられていた。 





番組のなかで知ったのが、ゲストとしてインタビューされていた翻訳家・鴻巣友希子氏の新著『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』(ハヤカワ新書、2025)であった。 

そこでさっそくネットで注文して取り寄せ読んでみたら、これがまあ面白い。なるほど、なるほどとうなづく連続であった。 

上記のYouTube番組で鴻巣氏がしゃべっているが、いま英米圏では「ポスト村上を探せ」ではなく、「ポスト村田を探せ」と変化しているらしい。 

ここでいう村田とは、芥川賞を受賞した『コンビニ人間』で一気にブレイクした村田沙耶香のことである。ふだん小説を読まないわたしも、この作品を皮切りに村田氏のディストピア作品をいくつも読んで、その想像力のあり方に大いに驚かされている。




最近の話題といえば、王谷晶の『ババガヤの夜』や柚木麻子の『BUTTER』などが英米圏、とくに英国で大ヒットしているという。村田沙耶香とは違って、かいずれも日本での受賞歴のない作家たちだ。 




本書では、英米文学の日本語訳を本業としている著者が、『BUTTER』の日本語原文の一部とその箇所の英訳を対照して示している。

読んで比較してみると、なるほど英語表現の巧みさと、日本語で読む以上に英語訳の方が感性的で官能的であると実感する。しかも、その英語はかなり忠実に日本語を英語に訳しているのだ。 




表意文字である漢字に頼ることのない英語だからこそ、ダイレクトに読む人に伝わってくるのではないかという感想をもったが、英語訳を実現した翻訳者たちは、もはや縁の下の力持ちではなく、作者と並んで表記されるべき存在になっているのだという。 

そんな優秀な翻訳者たちが輩出される状況についてだけでなく、日本文学の英訳を支えている独立系の中小出版社の状況、さらには需要サイドである若年層の動向についても、本書で詳しく語られている。

英国においては「ヒーリング・フィクション」というカテゴリーが大きくなっているとのことで、そのブームを支えているのが日本の小説なのだとか。そこいで取り上げられるテーマは、ネコに喫茶店、図書館と書店などだそうだ。

コンテンツの多様化が英米を中心とした英語圏で求められているのだ。 真田広之が主演でプロデュースした『SHOGUN』が世界中で大ヒットしたのと、おなじ流れにあると考えられる。



■英語圏のヒットを起爆点にして日本文学が「世界文学」化していく

 本書は基本的に英米の英語圏、とくに英国の事情について詳しく紹介されているが、実質的に英語が支配言語になっている現状においては、英語圏の動向がその他の言語圏の動向に影響をあたえていくであろうことが容易に想像される。 

女性作家を中心とした日本文学が「世界文学」となり、アニメやマンガと並んで、日本文化を代表する存在に成長していくことを大いに期待したいと思う。 


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目 次
はじめに 日本文学になにが起きているのか? 
第1章 海外に進出する日本の作家たち  ―  村上春樹以後の新たな潮流 
第2章 女性作家の躍進と世界の文学潮流  ―  筆をもって闘うということ 
第3章 日本文学は英米読者にどう読まれているか  ―  村上春樹、村田沙耶香、柚木麻子の書評を読む 
第4章 日本文学をプレゼンする出版社と翻訳家たち  ―  世界に向けて「推し」を叫ぶ 
第5章 翻訳をとりまく世界文学の状況  ―  なぜ若者に支持されるのか? 
おわりに 翻訳という世界文学ネットワーク 
謝辞/本書に出てくる主要な文学賞/参考文献

著者プロフィール
鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)
1963年東京都生まれ。翻訳家、文芸評論家。英米圏の同時代作家の紹介と並んで古典名作の新訳にも力を注ぐ。日本文藝家協会常務理事。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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・・「振り返ってみれば、村上春樹の初期3部作の掉尾を飾る『羊をめぐる冒険』(原著82年)のアルフレッド・バーンバウムによる英訳が出て国際的評価を得たのも、89年のことである。そして、当時の英訳者は、現代日本文学を英語圏文学市場にのせることを意識するあまり、英米文学の約束事に倣い、創造的改変を試みる傾向があった。
 バーンバウムが言うように「英語圏読者をして、いかにも翻訳を読んでいるという気にさせない」ことが最優先だったのである。まずは日本文学に「英語文学」としての市場価値を持たせねばならなかったのだ。(・・・中略・・・)
 しかし新世紀に入って、卓越した日本語能力を備えた英語圏翻訳者が幾何級数的に増大すると、事情は一変する。前掲『OUT』を翻訳したスティーブン・スナイダーのように、原作小説に忠実でありながら、その魅力を倍増させる技法が磨かれるようになったのである。
(・・・後略・・・)

ユミ:アングロサクソン系の人とマンガは、相性が悪いんでしょうか。
(・・・中略・・・)
マリ:アメリカでは、マンガはアタマをあまり使いたくない人が読むものである、活字を読みたくない怠け者用の出版物だ、というとらえ方が、まだまだ大勢を占めているような印象があります。英国も似たようなもので、大英博物館のマンガ展でも、「世界屈指の博物館でマンガ?」と、賛否が渦巻いて、ニコルはすごい批判にさらされたと聞いています。好意的に受け止めてくれる声が上がる一方で、オールドメディアなどには「マンガは読むものであって、展示するものではない」「マンガと芸術は違うものである」といった批評が載りました。英国をよく知るユミさんは、どう思いますか。
ユミ:英国では、食事文化をはじめとして、衣食住&娯楽全般を、あまり追求しないところがあって、享楽的な文化風土ではないですね。 (・・・後略・・・)


・・「サム・ベット(日本文学翻訳家):作家も翻訳家もたとえが好きなので、「翻訳は橋渡し」だとよく言われますが、もうやめてください。橋というよりも、フェリーと言うべきだと思うんですよ。つまり、橋は作っておいておけば人が渡れるけど、フェリーは人材や燃料がないと人を渡らせることはできないんです。お金で大事なものを守るのが文明じゃないですか。」

・・英米圏と同様に女流作家の作品に人気があるだけでなく、「近年は社会不安の高まりを背景に、川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』や川村元気『世界から猫が消えたなら』に代表される、いわゆる「フィールグッド」系作品がイタリアで顕著な人気を博している。また、タイトルに「東京」「猫」「本屋」などの語を含め読者の関心を喚起する戦略も見られ、ブックカバーが類似する傾向も指摘されている。」

・・「小川糸著の小説『ツバキ文具店』の大ファンである。だから、彼らの初めての日本旅ではその舞台である鎌倉を訪れた。」

(2026年2月21日 情報追加)


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