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2015年12月20日日曜日

書評 『使える哲学-ビジネスにも人生にも役立つ-』(古田博司、ディスカヴァー・トウェンティワン、2015)-使えなければ哲学じゃない!?


タイトルは『使える哲学』、副題は「ビジネスにも人生にも役立つ」。出版社はディスカヴァー・トウェンティワン。ユニークな内容のビジネス書でヒットを連発している出版社から出た本だ。哲学分野の「実用書」というべきか。

内容は、前著の『ヨーロッパ思想を読み解く』(ちくま新書、2014)を一般向けにさらにわかりやすく説いたもの。図版を豊富に使用したうえに、語り口が「ですます調」なので読みやすい。「ですます調で」通したのは、もしかして著者にとっては初の試みかもしれない。

目次は以下のとおり。

1. 日本人には見えなかった西洋哲学の秘密
2. 「向こう側」からイノベーションが起こる
3. 「使える学問」と「使えない学問」
4. 仕事の意味、生きる意味を見つける

本書のキーワードは「向こう側」である。さらにいえば、「有用性」あるいは「効用」もまたキーワードであるといえよう。

今回の新著によって、西洋哲学を読み解くカギとして著者が提示するキーワード「向こう側」の意味がより理解しやすくなったのではないかと思う。 とくに、「向こう側」の説明が図解によって明快になったといえる(・・ただし、わたしなら「向こう側」という表現よりも、「この世にありながら目に見えないもの」(invisible in this world)と表現したいところではある。無意識のうちに「世間」にからめとられている日本人には、なかなか著者のいう「向こう側」が見えてこない。

著者は、戦後日本の社会科学や人文科学の発想を規定してきたドイツ哲学にネガティブな評価を下し、それに対してイギリス哲学の有用性を高く評価している。

1962年生まれのわたしは、まさに社会科学研究がドイツ流から英米流へと転換する端境期(はざかいき)を体験しているので、著者が言わんとすることはよく理解できる。だが、一世代前の1953年生まれの著者がその渦中にあった、ドイツ的思考方法が支配していた時代は、著者にとってはまさに災難としかいいようがないのであろう。そんな著者にとっては、哲学というと、いまだにカントやヘーゲルが引き合いに出されることにヘキエキしているはずだ。

カントやヘーゲルが代表する19世紀のドイツ観念論は、18世紀の「先進国」英国が完成していた「近代哲学」のバリエーションに過ぎないことは、すでに日本を代表する哲学者の一人であった廣松渉(ひろまつ・わたる)氏が述べていると著者は注記している。参考のために、ここで廣松氏自身のコトバを引用しておこう。

思い切った言い方をすれば、近代哲学は基本的には18世紀のヒュームあたりで終わっているという言い方もできると思うんです。その後、後進国ドイツで、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルというドイツ観念論の大展開がありますけれども、これは先進国イギリスで一巡した近代哲学の後進国におけるヴァリエーションにすぎないという見方も可能だと思います。(・・後略・・)
(出典: 『哲学に何ができるか』(廣松渉/五木寛之、中公文庫、1996) P.28 なお、初版は1978年の出版。当時の廣松氏は45歳)

日本ではイマイチ知名度が低い英国の哲学者ヒュームであるが、廣松渉氏の発言には大いに耳を傾ける価値がある。哲学に限らず、近代日本ではドイツ流が幅を利かせてきたのは、日本もまた「後進国」だったからだといえるわけだ。

全体的にかなり思い切った大胆な発言が多いので、「そこまで言ってしまっていいのか?」という声も上がるだろう。だが、哲学なんてこむずかしくひねくり回すものではないのだという著者の主張に賛同する人も少なくないと思う。

読みやすいがゆえに、突っ込みどころは多々あろう。それは著者との読者との対話のキッカケにもなりうる。たとえば、個人的には「希望」についての著者の姿勢には賛成しかねるものがある(p.121)。 「希望より勇気」というのがわたしの信条であるからだ。これはアメリカの在野の哲学者エリック・ホッファーの主張でもある。


科学的発明に限らず、いままでにない新しいこと、イノベーションなるものは、この世に存在していながら「見えないもの」を、「見える化」すなわち可視化することによって実現されるものだ。

著者自身は「向こう側」と名づけているが、「向こう側」を見る方法として著者があげている「超越」「直観」「にじり寄り」「マーカー総ざらい」のそれぞれについては、読者が自分自身の経験に照らし合わせて実感してみるのがよいだろう。おそらく、無意識のうちに実践している方法も少なくないはずだ。要は自覚的に方法論として実行することだ。

たとえば、これらの方法論は「モデル化」や「仮説設定」などでじっさいに取り組んでいる人も少なくないはずだ。「しらみつぶし」や「ローラー作戦」などの時間と労力を要する、ある種のチカラワザであっても、ビッグデータ時代にかえって脚光を浴びている地味な手法もある。

「哲学が役に立つのかどうか」という設問よりも、「役に立つためにはどう哲学を使うのか」を考えるほうが賢明である。本書は、自分で考えるためのひとつの道筋をつけてくれる独自の入門書だといっていいかもしれない。





著者プロフィール

古田博司(ふるた・ひろし)
1953年生まれ。筑波大学人文社会系教授。専門は政治思想・朝鮮政治。著書に『東アジアの思想風景』(岩波書店、サントリー学芸賞受賞)『東アジア・イデオロギーを超えて』(新書館、読売・吉野作造賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。






<ブログ内関連記事>

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」
・・本書のもとになった著作

その他の古田博司教授関連

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である

書評 『「紙の本」はかく語りき』(古田博司、ちくま文庫、2013)-すでに「近代」が終わった時代に生きるわれわれは「近代」の遺産をどう活用するべきか

書評 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司、WAC、2014)-フツーの日本人が感じている「実感」を韓国研究40年の著者が明快に裏付ける


ドイツ的思考と英米的思考

書評 『ドイツリスク-「夢見る政治」が引き起こす混乱-』(三好範英、光文社新書、2015)-ドイツの国民性であるロマン派的傾向がもたらす問題を日本人の視点で深堀りする
・・目の前にある現実よりも、あるべき姿や理想、そして夢を追い求める傾向がドイツ人にはあるようだ。これは英米流の事実重視の志向とは異なる

書評 『白い航跡』(吉村昭、講談社文庫)-脚気撲滅に情熱をかけた知られざる海軍軍医・高木兼寛の生涯を描いた伝記小説
・・ドイツ医学 vs イギリス医学

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)-「複眼的思考法」は現代人にとっての知恵である!
・・ファクト・ベースでものを考えるという英米流思考法

書評 『ことばを鍛えるイギリスの学校-国語教育で何ができるか-』(山本麻子、岩波書店、2003)-アウトプット重視の英国の教育観とは?


イノベーション

書評 『「無分別」のすすめ-創出をみちびく知恵-』(久米是志、岩波アクティブ新書、2002)-「自他未分離」状態の意識から仏教の「悟り」も技術開発の「創出」も生み出される




(2012年7月3日発売の拙著です)










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