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2016年2月11日木曜日

書評 『私はガス室の「特殊任務」をしていた-知られざるアウシュヴィッツの悪夢-』(シュロモ・ヴェネツィア、鳥取絹子訳、河出書房新社、2008)-体験者のみが語ることのできる第一級の貴重な証言


先日(2016年1月28日)、日本で公開された映画『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見たことをキッカケに、買ったまま読んでいなかった『私はガス室の「特殊任務」をしていた-知られざるアウシュヴィッツの悪夢-』をはじめて通読してみることにした。原作とはされていないが、おそらく監督はこの本も参照しているに違いないと思ったからだ。

著者は、ギリシアのテッサロニキ居住のユダヤ系コミュニティに暮らしていたイタリア系ユダヤ人。第二次大戦中にギリシアがドイツによって占領されたのち、強制労働を強いられたのち集団でアウシュヴィッツに送られることになった。

この本は、絶滅収容所を生き残った著者が、解放から52年後にインタビューで語ったなまなましい証言の記録である。原著はフランスで2007年に出版された Sonderkommando : Dans l'enfer des chambres à gaz(=『ゾンダーコマンド:ガス室地獄のなかで』)である。

この本が他のアウシュヴィッツ体験本と違うのは、著者が「特殊任務」についていたことにある。「特殊任務」とは、ドイツ語のゾンダーコマンド(Sonderkommando)のことである。映画でもハンガリー系ユダヤ人以外にもギリシア系ユダヤ人の「特殊任務」が登場するが、当時まだ25歳の著者もまたその一人だったのだ。

読み始めてから、はじめてこの本のもつ重要性に気がついた。アウシュヴィッツ絶滅収容所の体験記は数々あるが、「特殊任務」体験者のものを読んだことはなかったからだ。

映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見てきた(2016年1月28日)-絶滅収容所でゾンダーコマンド(=特殊任務)を遂行していたハンガリー系ユダヤ人の「人間性」を維持するための戦いは・・・ に書いておいたことをここに繰り返しておこう。映画に登場する「特殊任務」を文字化したものだ。

特殊任務の内容とは、収容所のナチス親衛隊SS将校たちの指揮のもと、同胞のユダヤ人たちをガス室に送り込み、遺体を焼却炉で焼き、遺灰を川に捨てるという作業である。断末魔の苦しみの声を聞き、死臭を嗅ぎ、所持品を奪い取るという、きわめて非人間的な行為である。収容所のドイツ人は自ら手を汚さずに、汚れ仕事をユダヤ人に押し付けていたのだ。

だが、映画に描かれていたものは、じっさいの「特殊任務」のリアルをすべて再現したものではないことが本書を読むとわかるのである。あまりものおぞましさに、あえて映像化していないものがあるのだ。映像化をためらったというべきだろう。

著者の証言から引用していおこう。

これはいままで一度も話したことがありません。本当に重くて悲しい話なので、ガス室で見たことを話すのは辛くて仕方がない。人体組織の抵抗力で目が眼窩(がんか)から飛び出した人もいました。身体じゅう出血している人もいれば、自分や他人の排泄物で汚れている人もいました。恐怖とガスの効力で、犠牲者は身体の中のものを全部排出することが多いのです。なかには全体が赤くなった身体もあれば、真っ青なものもあって、みんな違っていました。でも、みんな苦しんで死んでいました。普通の人はガスが注入されて、はい終わりと考えるでしょう。でも、なんという死か!・・・・・・」(P.102)

映像のチカラを借りなくてもイマジネーションできるはずだろう。あまりにもリアルな証言が、これでもかこれでもかと続いている。

さらには、女性の死体から髪の毛を切り取り、死体のクチをこじあけて金歯・義歯を抜くこともまで「特殊任務」のユダヤ人たちがやらさていたことも証言されている。ガス殺以外の汚れ仕事はすべては「特殊任務」が行う仕事だったのである。

おなじく「特殊任務」についていたフランス系ユダヤ人の画家ダヴィッド・オレールが解放後に描いたデッサン画が多数挿入されているが、写真以上のリアリティを感じさせるものがある。

「特殊任務」についていたユダヤ人たちも抹殺される運命にあったのだが、収容所での反乱などがキッカケとなり焼却棟が解体されることになる。そのおかげで、著者もまた奇跡的に生き残ることできた。

そんな著者がようやく語ることができるようになったのは解放から47年たった1992年になってからのことだという。イタリアでも反ユダヤ主義が増えてきたことに危機感をもったからだ。

本書には、著者みずから体験したこと、自分の目で見たこと以外は語られていない。隠蔽も誇張もないリアルな証言である。その意味では第一級の証言である。想像を越えた悲惨な状況をあえて語ることにした著者の勇気と、証言を引き出したインタビュアーには敬意を表したい。



ドイツ占領下のギリシアから強制収容所に送られたユダヤ人

著者はギリシア在住のイタリア系ユダヤ人であった。1492年のスペイン追放で難民となり、イタリアを経てギリシアに定住することになったユダヤ人の末裔である。

移住当時のギリシアはオスマン・トルコ帝国領であったが、同時代の欧州とは違って、トルコは異教徒にも寛容な帝国であった。

独立後のギリシアが第二次大戦中にドイツに占領されたことは、ギリシア国民にとっては大きな災難であったが、とりわけユダヤ人にとっては過酷なものとなったのである。スペイン追放から約450年後には、はるかに上回るスケールの迫害の犠牲者となったからだ。

ギリシア系ユダヤ人はスペインから移住したこともあってスペイン語方言のラディーノ語を母語として使用していた。著者自身はギリシア語も話していたようだが、母親はギリシアにいながらギリシア語は解しなかったようだ。

映画『サウルの息子』の主人公はハンガリー系ユダヤ人だが、おなじユダヤ人といってもハンガリー系とギリシア系とのあいだでは、日常的に使用する言語が違うので意思疎通は容易ではなかったようだ。著者は収容所に入れられてからドイツ語を覚えたという。かつてオーストリア=ハンガリー二重帝国であったハンガリーではドイツ語も使用されていた。

そんなことも、著者の証言から知ることができることも付記しておこう。そういったディテールにかんする証言もまた、本書のリアリティを高めている。





目 次

序文 シモーヌ・ヴェイユ(ショアー記念財団会長)
本書によせて ベアトリス・プラスキエ(インタビュアー)

まえがき
第1章 収容前-ギリシャでの生活
第2章 アウシュヴィッツでの最初の一か月
第3章 特殊任務部隊-焼却棟
第4章 特殊任務部隊-ガス室
第5章 反乱と焼却棟の解体
第6章 強制収容所-マウトハウゼン、メルク、エーベンゼー

歴史のノート-ショアー、アウシュヴィッツ、そして特殊任務部隊(マルチェッロ・ペゼッティ)
ギリシャのイタリア系ユダヤ人-大失策の小史(ウンベルト・ジェンティローニ)
ダヴィッド・オレールについて
訳者あとがき



著者プロフィール

シェロモ・ヴェネツィア(Shlomo Venezia)
1923年、ギリシャのテッサロニキ生まれのイタリア系ユダヤ人。21歳のときにアウシュヴィッツ=ビルケナウに強制収容され、特殊任務部隊で同胞の遺体処理という地獄の体験をする。本来なら収容所解放前に抹殺される運命だったが、奇跡的に逃れて生き延びた数少ない生存者のひとり。1992年からこの惨劇を広く伝えるために講演活動を始め、現地へも研究者や政治家などとともに50回近く訪れている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

翻訳者プロフィール

鳥取絹子(とっとり・きぬこ)
1947年、富山県生まれ。フランス語翻訳家、ジャーナリスト。お茶の水女子大学卒業。翻訳書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見てきた(2016年1月28日)-絶滅収容所でゾンダーコマンド(=特殊任務)を遂行していたハンガリー系ユダヤ人の「人間性」を維持するための戦いは・・・

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝
・・イタリア系ユダヤ人でアウシュヴィッツ生き残りの作家は、最後は自殺してしまう

書評 『毒ガス開発の父ハーバー-愛国心を裏切られた科学者-』(宮田親平、朝日選書、2007)-平時には「窒素空中固定法」で、戦時には「毒ガス」開発で「祖国」ドイツに貢献したユダヤ系科学者の栄光と悲劇
・・「(ハーバーの)没後のことであるが、みずから開発した農薬の殺虫剤チクロンBが、ナチスの絶滅収容所において同胞のユダヤ人の命を抹殺することに使用されるとは、よもや想像だにしなかったであろう。」

鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る
・・「『墜落遺体-御巣鷹山の日航機123便-』(飯塚訓、講談社+α文庫、2001 単行本初版 1998)は、事件調査の立場から行われた警察による「遺体確認」の記録である。事故で亡くなったのは520人、しかし墜落事故による遺体はバラバラの断片になってしまったものも多い。 大規模事故における危機管理、真夏の猛暑日の連続のなかでおこなわれた遺体収容作業と遺体確認作業のすさまじい日々・・」  自然死や事故死とは違うのがアウシュヴィッツのガス室から引き出される遺体。死体そのものはまさにモノであるが・・・。

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡 
・・「フランス革命もその渦中においては、さまざまな猟奇的副産物(!)を生み出していることに留意しなくてはならない。蝋人形館で有名なマダム・タッソーは、マリー・アントワネットをはじめギロチンで斬首された人々の血のしたたる生首から、蝋(ワックス)で型どりして蝋人形をつくっていた女性なのである!」

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」
・・「バルカン半島の先端に位置し、ヨーロッパ大陸とアジア大陸の接点に位置するという地政学上の重要性が、この小国の運命をつねに翻弄してきたギリシア」。第二次大戦中のドイツによる占領についても扱われている。




(2012年7月3日発売の拙著です)







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