本書『占領史追跡 ー ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013)は、2009年に出版された『昭和天皇とワシントンを結んだ男-「パケナム日記」が語る日本占領』を改題して文庫化されたものである。
わたしは、オリジナルタイトルのほうがよかったのではないかと思う。それはパケナムという男が、「昭和天皇とワシントンを結んだ男」であるということが本書で明らかにされたことだからだ。文庫版における改題は、解説を執筆している元インテリジェンス・オフィサーの佐藤優を意識したためだろうか。
「パケナムという男」は、敗戦後の日本でニューズウィーク東京支局長として縦横に動き回った男である。その上司であったハリー・カーンをつうじてつながっていたアメリカ政府上層部、そして昭和天皇の信頼のあつい侍従の松平康昌とのつながり。「昭和天皇とワシントンを結ぶ」非公式ルートの結節点にいたのが「パケナムという男」であった。
しかも、パケナムは日本生まれで日本語に堪能な日本通の英国人、松平康昌とは同年生まれの「明治人」であったという共通点もあった。そしてこの二人の交友と腹蔵ない情報交換から生まれた水面下の「影のシナリオ」。本書の最大の読みどころがその「影のシナリオ」にある。そして本書によってはじめて明らかになったパケナムという「影の男」の数奇な人生も興味をそそる。
(単行本カバー: 左がパケナム、右がハリー・カーン)
それにしても、じつに手間のかかった労作である。
著者がアメリカ在住である点はもちろん有利に働いているが、日本はもちろん、英国やアイルランドまで足を延ばして調査を行っている。たまたま遭遇することになった「パケナム日記」から始まったジャーナリストの追求がこうして一冊の本として読めるようになったわけだ。
アメリカを中心とした連合軍による日本占領が長引いていくにつれ日本人の不満が高まりつつあった。着任時65歳だったマッカサーも5年後の1950年には70歳の老人になっており、昭和天皇は44歳から49歳という壮年期にあった。これらは重要な事実である。占領開始時1945年のツーショットで占領後期を考えてはいけないのである!
そして現在の日本では称賛されることの多い吉田茂と白洲次郎のコンビに対する異なる見解も本書で読むことができる。白洲次郎の英語力は問題はなかったろうが、吉田茂の英語力にかんする否定的な見解(!)はひじょうに面白く感じられた。インテリジェンス・レポートならではといえる。
サンフランシスコ講和条約(1951年)の署名が吉田茂の引退への花道となったわけだが、アメリカ上層部と昭和天皇は、占領終了後の日本にかんする共通する問題意識をもっていたことが、岸信介擁立という「影のシナリオ」にうかがい知ることができるのである。
1950年当時は、共産主義への恐怖とその対策が至上命題となっていたことを想起すれば、その意味は容易に想像できることだろう。マッカーシーの「赤狩り」の嵐がアメリカで吹き荒れていたのは1948年から1950年代前半のことであった。
まだまだ知られざる事実の多い「占領期日本」。ぜひ読むことをすすめたい一冊である。
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目 次
第1章 鳩山邸を訪ねる英国人記者
第2章 マッカーサーに嫌われた男
第3章 占領された日本への再入国
第4章 「昭和天皇の側近」松平康昌
第5章 フリーメーソンへの誘い
第6章 天皇の伝言とパケナム邸の夕食会
第7章 鳩山一郎とダレスの秘密会談
第8章 マッカーサー解任と日本の独立
第9章 岸政権誕生のシナリオ
第10章 パケナム追跡
終章 多磨霊園に眠る
あとがき
文庫版のためのあとがき
主要参考文献
解説 佐藤優
著者プロフィール
青木冨貴子(あおき・ふきこ)
1948(昭和23)年東京生れ。作家・ジャーナリスト。1984年渡米し、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。1987年作家のピート・ハミル氏と結婚。ニューヨーク在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
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(2015年2月9日 情報追加)
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