1980年代のレーガン大統領以降の「保守革命」が定着し、リベラリズムが退潮傾向になって久しいアメリカだが、アメリカにも「反近代」の立場に立脚する、ヨーロッパ型の「保守主義」が存在することがまず冒頭であきらかにされる。
本書は、その担い手であったラッセル・カークという在野の思想家に共鳴を示しつつ「保守主義」にフォーカスを合わせ、アメリカの政治思想を、保守からリベラルまで、人物とその思想のスケッチによって浮かび上がらせたものだ。だから正確なタイトルは、「アメリカの思想家」というよりも「アメリカの政治思想家」とすべきなのである。
月刊情報誌『フォーサイト』に連載されていたとき(2003年)にリアルタイムで読んでいたが、あらためて一冊になったものを、さらに出版から一定の時間をおいて読むことで、冷静にアメリカの政治思想を把握することが可能になった。冷却期間という時間は人をして冷静にさせる。
なによりもジョージ・ブッシュ政権時代前期のネオコン(=ネオ・コンサヴァティズム)の狂躁の日々が去ってから久しい現在、かれらがいったい何であったのかを冷静に捉えることができるのは意味があることだ。
すでに当時から、その本質は保守主義ではなく「リベラル左派」が「リベラル右派」に変身した、理想実現志向の社会変革思想であることは明らかになっていたが、本書ではその思想の根源がニューヨークのユダヤ人移民社会から生まれたものであることなど、思想が生まれる背景としての地域性も明らかにされている。経営用語でいえば「クラスター」というべきであろう。
このほか本書で取り上げられた「政治思想」には、キリスト教ファンダメンタリズム(=原理主義)や極限の自由を追求するリバタリアン、おなじく自由を希求しながらも大きな政府志向であるリベラリズムも、「思想地図」ともいうべき色分けが可能なほど、地域性が明確であることも明らかにされている。
それぞれ、キリスト教ファンダメンタリズム(=原理主義)は南部のいわゆる「バイブル・ベルト」、リバタリアニズムはカリフォルニア、リベラリズムは東部から西部にかけての北部地域に分布している。
特定の「思想」と「地域」を結びつけて考えることで、アメリカをより立体的に捉えることが可能となる。
(会田弘継氏作成の「地域別に見たアメリカの思想傾向」 P.222より)
著者自身、「アメリカに思想なんてあるのか?」という問いをなんどもされていると本書のなかで触れているが、たしかにアメリカにも「思想」は存在するのである。政治思想に限らず、経済思想や宗教思想などにも範囲を拡張すれば、明らかに思想は存在することがわかる。その担い手たちの知名度が世界レベルの高さがないとしても。
だが、本書では政治思想に関連する部分だけにしか言及されないのが残念なところだ。宗教思想でいえば原理主義もさることながら、「自己啓発」の思想である「ニューソート」(New Thought)への言及もまた必要だろう。
「思想」(thought)とは過去形で表現される「思考されたもの」であり、現在形で表現される「思考」(thinking)そのものとはイコールではないが、経営者の思想、エンジニアの思想、活動家の思想など、取り上げるべきものは多い。TED などでアイデアを披露している、「思想家と名乗っていない思想家」の思索や実践活動もまた、きわめてアメリカ的なものも少なくないことは指摘しておくべきだろう。
『フォーサイト』の連載にはなく単行本化にあたって加えられたのが、「エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の「こころ」」である。人と人との「つながり」のなかで思想は生まれ、後代に継承されていくという経緯を物語としてつづったものだ。
著者が敬愛してやまないヨーロッパ型保守思想の大物ラッセル・カークというアメリカ人、経済学者でリバタリアン思想のフリードリッヒ・フォン・ハイエクというオーストリア人、『こころ』の英訳者エドウィン・マクレランといいうスコットランド出身の英国人、そして文芸評論家であった江藤淳という日本人。
漱石の『こゝろ』の英訳本がつないだ意外な「つながり」と「きずな」。これは思想のドラマの背後にあるものを鮮やかにみせてくれるものであった。著者によって初めて掘り起こされたこの「物語」は、静かな感動をもたらしてくれる。
ことし2014年は、漱石の『こゝろ』が出版されてからちょうど100年。明治大帝の崩御から2年後の2014年は第一次世界大戦が勃発した年でもあった。
アメリカの政治思想を語るには、ヨーロッパや日本もまた欠かすことのできない重要な要素なのである。古代ギリシアに始まるヨーロッパの政治思想を研究した、ネオコン思想家の日系人フランシス・フクヤマと徳富蘇峰との関係についての「追記」を読むと、さらにその感を強くする。
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目 次
プロローグ メコスタ村へ
第1章 戦後保守思想の源流-ラッセル・カーク(1918~94)
第2章 ネオコンの始祖-ノーマン・ポドレッツ(1930~)
第3章 キリスト教原理主義-J・グレシャム・メイチェン(1881~1937)
第4章 南部農本主義-リチャード・ウィーバー(1910~63)
第5章 ネオコンが利用した思想-レオ・シュトラウス(1899~1973)
第6章 ジャーナリズムの思想と機能-H.L.メンケン(1880~1956)
第7章 リベラリズム-ジョン・ロールズ(1921~2002)
第8章 リバタリアン-ロバート・ノジック(1938~2002)
第9章 共同体主義-ロバート・ニスベット(1913~96)
第10章 保守論壇の創設者-ウィリアム・バックリー(1925~2008)
第11章 「近代」への飽くなき執念-フランシス・フクヤマ(1952~)
追記 フランシス・フクヤマと徳富蘇峰
エピローグ 戦後アメリカ思想史を貫いた漱石の「こころ」
あとがき
参考・引用文献一覧
関連図表
著者プロフィール
会田弘継(あいだ・ひろつぐ)1951年埼玉県生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業後、共同通信社に入社。ワシン著書に『戦争を始めるのは誰か』、訳書に『アメリカの終わり』(フランシス・フクヤマ著)などがある。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
PS 本書の増補改訂版が、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』として、中公文庫から出版された。増補されたのは、「第13章 「トランプ現象」とラディカル・ポリティクス」である。(2016年8月14日 記す)
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<関連サイト>
蘇った米国のネオコン 混沌とした世界がブッシュ時代の保守派に息吹(JBPress、 2014年6月24日)
・・Financial Timesの翻訳記事。「ネオコン(新保守主義者)たちは何度も息を吹き返す。電流は一定の間隔でやって来る。シリアによる化学兵器の使用、ロシアによるクリミア併合、中国が海上で強めている攻撃的な姿勢、そしてイラクにおけるスンニ派の過激派の再来といったものだ」 「新」保守派が「リベラル右派」であることを念頭に読むべき
<ブログ内関連記事>
■アメリカの思想家
自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・わたしにとっては、 『追跡・アメリカの思想家たち』(に取り上げられたどの政治思想家よりも、ホッファーのほうがアメリカの哲学者・政治思想家としてはるかに重要だ
映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・アーレントもまたニューヨークの亡命ユダヤ系知識人の一人で政治思想家
■アメリカのビジネス文明とキリスト教・ユダヤ教
書評 『アメリカ精神の源-「神のもとにあるこの国」-』(ハロラン芙美子、中公新書、1998)-アメリカ人の精神の内部を探求したフィールドワークの記録
・・アメリカの一般人の深層にあるものを押さえておかないと、表層の思想を追っても意味はない
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・・アメリカの一般人の深層にあるものを押さえておかないと、表層の思想を追っても意味はない
「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・ユダヤ教、キリスト教と資本主義ビジネスの関係について、ユダヤ教とキリスト教を区分して考えるべきことを私が解説。「ユダヤ・キリスト教」という表現は、誤解を生みやすい。
・・ユダヤ教、キリスト教と資本主義ビジネスの関係について、ユダヤ教とキリスト教を区分して考えるべきことを私が解説。「ユダヤ・キリスト教」という表現は、誤解を生みやすい。
■オカルトと宗教テロリズム
書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」
・・アメリカを中心とした英語圏に特有のオカルト思想について
スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!
・・いわゆる「ニューエイジ」宗教の影響の濃厚なジョブズとカリフォルニア
『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる
・・限りなく宗教的といってもいい英語圏に特有の環境運動の根底にある思想
書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい
The Greatest Salesman In the World (『地上最強の商人』) -英語の原書をさがしてよむとアタマを使った節約になる!
■「変革思想」としての右・左
書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・右も左も変革思想であることは本質的に共通
「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・右であれ左であれ、政治上の「社会変革思想」は確率的にその大多数が挫折する運命にある。ビジネスによる「社会変革」も成功したのはほんとうに一握りにすぎない
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