海洋国家で島国に生まれ育った日本人が、大陸国家の中国とそこで生まれ育った中国人を理解するのはきわめて難しい。感覚がまったく異なるからだ。
かつてよく使われたフレーズに、日中は「同文同種」で「一衣帯水」の関係にあるなどの美辞麗句がある。だが、いまやそんなレトリックをそのまま信じるほどおひとよしの日本人は少ないだろう。とはいいながら、「似て非なる」程度の認識以上には進めないのは、ある意味では仕方がないことかもしれない。
そんなことをあらためて感じさせてくれるのが、『騒乱、混乱、波乱! ありえない中国』(小林史憲、集英社新書、2014)という本である。2008年から2013年まで北京特派員をつとめ、中国全土を取材で回ったというテレビ東京の記者によるルポルタージュだ。
テレビ局の記者は、新聞記者や雑誌記者とは異なり、映像として記録しなければ番組に使用されないという大きな制約条件がある。だからこそ、当局による拘束の危険を冒してでも、現場に出向き映像を記録するのである。この本は、そんな取材にまつわる舞台裏まで活字で記したものだ。
帯には、「拘束21回!」と大きく書かれている。これだけでもインパクトが大きい。この記者は21回も拘束されながら身の安全は大丈夫だったのだろうか、と心配になる。なぜなら、日本ではニュースにはなっていないが、中国で逮捕され、投獄されたままのビジネスマンが少なくないことは、現地ではよく聞く話だからだ。
「21回拘束」の実際については、直接本文を読んで確かめていただきたいが、「拘束」と「逮捕」は異なるのである。「身の安全を確保する」という口実のもとに、外国人記者を取材現場から引き離すのが本書でいう「拘束」である。公安や武装警察による外国人記者の「拘束」は、撮影済みの画像や映像の消去を求められることもあるが、調書をとって終わりというケースも少なくないようだ。ある意味では典型的なお役所仕事でもあるのだろう。
対外的なイメージ悪化を恐れる中国は、2008年の北京オリンピック以降、外国メディアによる取材は原則的に認めている。だがホンネとしては、微妙な国内問題については記事にされることをいやがる。だから、「拘束」という形で外国人記者に警告のメッセージを送るわけだ。
本書で取り上げられている中国の国内問題は、中国西部の少数民族ウイグル族の弾圧にはじまり、四川大地震の被害者たちの封じられた声、中国初の民主選挙を実行したウカン村の勝利と共産党の延命を助けることになった意図せざる結果、反汚職取り締まりで重慶の人びとの支持を獲得した薄煕来、そして一人っ子政策が残した負の遺産。
いずれも、日本では断片的な報道はされているが、なかなか踏み込んだ報道が少ないの諸問題である。
これらの中国の国内問題について、当事者のナマの映像と音声として記録するために、記者は中国人の助手やカメラマンをともなって現地に飛ぶ。事実は現場にいって、自分の足で歩き、自分の目と耳で確かめるしかないからだ。だが、それは中国のような一党独裁の国家では簡単なことではない。
「拘束」する側も、「拘束」される側も、ある種のゲームのプレイヤーであるような印象さえ受ける。外国メディアと公安や武装警察とのいたちごっこの連続である。
相手の手の内を知り尽くした報道記者が、そんなゲームを演じながら、そのもてるワザを最大限に駆使して実行してきた取材である。テレビ番組として編集されるまえの舞台裏が本書にたっぷりと語られている。
それにしても、中国という大陸国家を理解するのは、島国の住人である日本人には難しい。断片的なピースを寄せ集めても、けっして全体像が見えてくるわけではない。逆にマクロの情報をだけを見てもミクロな細部は見えてこない。だが、そんな「事実」の断片を集めるしか中国と中国人を知る方法はほかにない。
本書のような、「親中」でも「反中」でもない、「事実」を伝えることを使命とする報道記者によるルポルタージュを読む意味はそこにある。もちろん記者の主観が入っているが、現地におもむき現場で困難な取材を行って記録された「事実」の重みは違う。
中国に関心がなくても、テレビの報道記者によるスリリングな取材記録とテレビの報道番組の舞台裏として読んでも十二分に面白い内容の本だ。中国に関心があれば、なおさら面白く読めるはずである。
目 次
第1章 ウイグル騒乱
第2章 西部大開発
第3章 四川大地震、その後
第4章 ゴーストタウン
第5章 ウカン村の闘い
第6章 泮河東村の挫折
第7章 薄煕来の重慶
第8章 重慶動乱
第9章 一人っ子政策の限界
著者プロフィール
小林史憲(こばやし・ふみのり)
1972年生まれ。テレビ東京『ガイアの夜明け』プロデューサー。1998年立教大学法学部卒業後、テレビ東京入社。2008年から2013年まで北京支局特派員。『ワールドビジネスサテライト』などの特集を担当する。これまで中国すべての省・自治区・直轄市・特別行政区を訪れ、取材を敢行している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
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