映画『オッペンハイマー』(2023年、米国)を amazon prime video で視聴。さすがクリストファー・ノーラン監督の作品。180分の長編をまったく飽きることなく最後まで見ることができた。
2023年に米国で公開され、同時に公開されて大ヒットした『バービー』とコラボした宣伝が日本国内で大顰蹙を買っただけでなく、原爆被害のシーンがないという理由で批判が殺到、日本公開が大幅に遅れた作品だ。
それから2年もたってこの映画のことも記憶から消えていたが、 amazon prime にレコメンドされて思い出した。そうだ、いまこの時期に見ておかないと。
「原爆の父」とよばれたロバート・オッペンハイマー博士の生涯を描いた作品だ。
前半は、原爆開発に成功するまで。物理学者としての栄光と、ときおり顔を出す人間としての弱さが描かれている。個人的には、オッペンハイマーが若き日に教鞭をとっていたバークレーをなつかしい思いをした。
後半は、実際に原爆が投下されてからの苦難にみちた人生。多大な犠牲者を出したことによる良心の呵責と、戦後米国社会で猛威を振るった「赤狩り」のなかで名誉を失い、そして名誉を回復するまでの軌跡。
背景として知っておくべきことは、原爆開発にかかわった物理学者たちはユダヤ系がかなり多いという事実だ。
オッペンハイマーもユダヤ系だが、アメリカ生まれのアメリカ市民だったのに対し、映画にも登場するシラードやテラーなど、いずれもナチスから逃れてドイツや中欧から移ってきた人ばかりなのである。原爆開発には関与していないアインシュタインもまた、いうまでもなくユダヤ系である。
この点にかんしては、『知識人の大移動 1(亡命の現代史 3) 』(みすず書房、1972)という本がある。科学者の大移動ということでいえば、第二次世界大戦時のドイツや中欧からの脱出がまずあげられるが、原爆開発競争において最終的に米国がドイツに勝ったのは、ユダヤ系の天才クラスの物理学者がドイツから失われたことも大きくあずかっている。
この映画は、そういった原爆開発と、それを物理学者として主導したオッペンハイマーを描いた作品だが、さまざまなテーマが複雑にからみあっている。
ここでは、陸軍が主導した原爆開発と国家機密の関係について重点的に見ておこう。これは現在の日本にとっても、きわめて重要なテーマである。
■主要なテーマは「セキュリティ・クリアランス」
原爆を開発し、第二次世界大戦で米国の勝利に多大な貢献をしたオッペンハイマーが、なぜ「赤狩り」の対象になったのか?
専門の理論物理学だけでなく、文学や語学をふくめた、ありとあらゆることに興味をもち(・・そのなかには『バガヴァッド・ギーター』を原文で読むためのサンスクリット語も含まれる)、共産党員ではないが共産主義にシンパシーをもっていたこと、その交友関係に共産主義者が多数いたことが、冷戦時代に突入してから問題とされたのだ。
そういう人物であることは承知のうえで、陸軍が主導権を握っていた原爆開発の国家プロジェクト、「マンハッタン計画」の開発責任者に選ばれたのである。アメリカ生まれのアメリカ市民であり、優秀な科学者、そしてプロジェクトリーダーとしての能力を高く評価されたからだ。
だが当然のことながら、採用される前から身辺調査がされていた。 この映画は、そんなオッペンハイマーをめぐる「セキュリティ・クリアランス」もテーマになっている。日本語字幕では「機密アクセス権」となっているが、最近日本でもその必要性がつよく叫ばれている「スパイ防止法」と密接にかかわる、国家機密漏洩防止制度のことだ。
オッペンハイマーは、原爆開発プロジェクトが開始されて以後のことになるが、「セキュリティ・クリアランス」を付与されることになる。だが、戦後になってから「軍拡競争につながりかねない」として水爆開発に否定的な言動を行っていたため、「セキュリティ・クリアランス」が停止される。
これが後半の、安全保障問題がらみの非公開の委員会での査問につながっていく。
■オッペンハイマーは原爆開発を成功に導いたが・・
この映画では、広島と長崎の原爆投下については、直接的なシーンがないことが日本では批判の原因となっていた。だが、見終わって思うのは、その必要はないという感想をもつにいたった。
なぜなら、原爆投下が引き起こすであろう地獄絵は、原爆投下するしないにかかわらず、オッペンハイマーにはわかっていたからだ。
ドイツの敗戦によって原爆開発プロジェクトが中止になるかと思われたが、オッペンハイマーはプロジェクトの継続をつよく主張。これは陸軍サイドとしても同様だった。開発費に国家予算から巨大な金額が投下されていたからだ。
物理学者として、プロジェクト・リーダーとして、オッペンハイマーは原爆開発を成功させた。ここまでは物理学者たちの仕事である。プロジェクトが完了したら、そこから先は発注主である陸軍に引き渡されれ、物理学者たちの手を離れることになる。
いまだ戦争をやめようとしない日本に対して「新兵器」を使用するかどうか、陸軍内部でも政府のあいだでも激しい論争が行われたのであるが、原爆投下を最終決断したのは、あくまでも国家の最高責任者であるトルーマン大統領であった。
法的な責任を負わなくてはならないのは、シビリアンコントロールの下では、軍人でもなく、ましてや科学者ではないのである。 これはきわめて重要なポイントだ。
とはいえ、ギリシア神話のプロメテウスが人類に火をもたらしたように、オッペンハイマーは人類に原爆をもたらしたのである。火は人類の生活をラクにしたが、同時に破壊につながりかねない両義的な存在である。
原爆が戦争を終わらせたことは事実だが、その原爆が人類破滅につながりかねない贈り物であったことは、オッペンハイマー自身も深いレベルで自覚していたのだ。道義的責任を感じて苦悩していたのだ。
この映画は、物理学者としての栄光と、みずからが発見し実現してしまったことによる苦悩を描いたヒューマンドラマとしてすばらしい。エンタメとしては最上等の作品だ。まだ見ていない人は、ぜひ見るべき作品である。
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・・1995年に公開されたという韓国映画 「ムクゲの花が咲きました」は、日本を核攻撃して全滅させるという内容
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