『ボコ・ハラム-イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織-』(白戸圭一、新潮社、2017)を読んだ。
「首都ラッカ」の陥落で「自称イスラーム国」がほぼ壊滅した現在、いまだ活動がやまない「ボコ・ハラム」について知っておきたいと思ったからだ。アフリカのサブサハラの大国ナイジェリアで活動する「史上最悪の国際テロ組織」である。
2014年に中高一貫の女子校の寄宿舎から女子生徒を200人以上も拉致誘拐したことで、世界中のメディアに取り上げられるようになった「ボコ・ハラム」というテロ組織。かれらは、1年間でなんと6000人以上のイスラーム教徒を殺害している「史上最悪のテロ組織」なのだ。
なぜ、かれらはそんなことをするのか?
なぜナイジェリア政府は誘拐された少女たちの奪回に成功していないのか?
こういった疑問はマスコミ報道だけでは理解できない。だからこそ本書のような、まとまった形のノンフィクション作品を読む必要がある。
「ボコ・ハラム」の「ボコ」とは、現地語で「西欧式で非イスラーム式の教育」を意味する。「ハラム」とはアラビア語で「罪」の意味。「ハラール・フード」の「ハラール」の反対語である。正式名称は、「宣教及びジハードのためのスンニ派イスラム教徒集団」、つまり極端な反西欧主義、反キリスト教の信奉者ということになる。
ナイジェリア北部のイスラーム地域でイスラーム反体制運動として誕生した組織が、指導者が警察にリンチ殺害されたことでカルト化していき、2001年の「9・11」後の状況で、「アル・カーイダ」のネットワークに参入して国際テロ組織に衣替えする。 ウサーマ・ビン・ラディンが暗殺されアルカーイダが劣勢になると、今度は「イスラーム国」(ISIS)のフランチャイズに鞍替え。まあ、ざっとこんな経緯で現在に至るわけだ。
この本を読むと、ナイジェリアという西アフリカの経済大国で人口大国の問題が浮かび上がる。 石油輸出国の2004年以降のナイジェリアは資源価格高騰で急激な高度成長を実現したが、「人口爆発」状況によって経済格差は拡大。なんと、中国・インドに次いで世界第3位の人口大国になると予想されているのだ。
さかのぼれば、大英帝国の植民地であったナイジェリアは1960年に独立したのだが、独立に際して北部のイスラーム地域と南部のキリスト教地域が分離されることなく誕生した「人工国家」であった。これが、問題を生み出す根源にあることが理解される。ナイジェリアはキリスト教人口とイスラーム人口がほぼ拮抗している。
こういう状況は、おなじく英国の植民地であったイラクやミャンマー(ビルマ)、マレーシアなどにも共通する問題点だ。「分割統治」の後遺症である。「ネーション・ステート」(=国民国家、民族国家)になりきっていない、いや多民族・他宗教であるがゆえになりえないという問題である。
ナイジェリア北部は、14世紀にイスラームが伝来して以来のイスラーム地域だが、英国は植民地統治を行うに当たって、少人数での支配を可能とするために「間接統治」を実施、現地の既存の勢力をうまく活用するだけでなく、シャリーア(=イスラーム法)の適用も認めていた。英国植民地当局は、ナイジェリア南部にはキリスト教の布教も認めていたが、北部でのキリスト教布教は禁じていたという。
昨年は、おなじくかつて英国の植民地であったバングラデシュで日本人を巻き込むテロ事件が発生している。旧インド植民地にかんしては、インド独立にあたってヒンドゥー教とイスラームが分離されたが、イスラーム過激派によるテロは、大英帝国の「負の遺産」といえるかもしれない。ロヒンギャ問題を抱えるミャンマーもイスラーム過激派によるテロが懸念される。
一時期と比較すると経済成長のスピードが鈍化したとはいえ、アフリカは人口増加地域で経済成長が期待できる地域である。しかし、同時にテロや紛争多発地域でもある。 遠いアフリカで活動するテロ組織といえども、「国際テロ組織」として活動する以上、日本とまったく関係ないわけではないのである。
また、なぜ「ボコ・ハラム」のようなテロ組織が急拡大したのか、その理由と急拡大のメカニズムを知ることは、アフリカ以外の地域、たとえばインドや東南アジアでも応用可能な生きた知識となる。
わたし自身は、ナイジェリアはおろかアフリカ大陸には行ったことはないし、アフリカには直接かかわることもないと思うのだが、強い関心をもって読み終えることができた。
目 次
プロローグ ワイドショーが取り上げた武装組織
第1章 女子生徒集団拉致事件の衝撃
第2章 舞台装置「ナイジェリア」の誕生
第3章 イスラーム反体制運動の進展
第4章 「テロ組織」への発展
第5章 ボコ・ハラムはどこへ向かうのか
第6章 サブサハラ・アフリカと過激主義の行方
エピローグ アフリカと日本のためのテロ対策
あとがき
ボコ・ハラム関連年表
主要参考文献
著者プロフィール
白戸圭一(しらと・けいいち)
1970年生れ。立命館大学国際関係学部卒。同大学大学院国際関係研究科修士課程でアフリカ政治研究を専攻。毎日新聞社入社後、鹿児島支局、福岡総局(現西部本社報道部)、外信部などを経て、2004~08年、南アフリカ・ヨハネスブルク特派員。ワシントン特派員を最後に退社し、現在は三井物産戦略研究所欧露・中東・アフリカ室長、京都大学大学院客員准教授。著書に日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞を受賞した『ルポ資源大陸アフリカ暴力が結ぶ貧困と繁栄』(東洋経済新報社、のちに朝日文庫)、『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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*大英帝国が植民地統治にあたって採用した「間接統治」と「分割統治」にかんしては、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)の「第5章 「第2次グローバリゼーション」時代と 「パックス・ブリタニカ」 19世紀は「植民地帝国」イギリスが主導した」を参照されたい。
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