『医療者のためのウェルビーイング・マネジメント』(松下博宣、日本看護協会出版会、2025)という本を著者からいただいた。まずは、この場を借りてあらてめてお礼申し上げます。
内容はタイトルのとおりであり、社会科学の立場からの医療マネジメントにおける「ウェルビーイング」をどう実践するかの手引き書である。
狭い意味での医療関係者ではなく、医療を受ける側にすぎないわたしにとっても、「ウェルビーイング」と「マネジメント」の組み合わせは、自分のなかで響くものがあった。
■「ウェルビーイング」ということばを上滑りな流行語にしないために
最近よく耳にするようになった「ウェルビーイング」(well-being)は英語圏から生まれた概念であり、文字通りの意味は「よき状態」のことをさしている。稲盛和夫流にいえば「物心両面の幸福」につながるものがあるといっていいだろう。
ドイツ語圏でも「Wellbeing」とそのまま英語でつかわれているように(・・ただしドイツ語なので名詞も大文字で始まる)、日本でもカタカナ語の「ウェルビーイング」として流通している。
タイトルにもなっている「ウェルビーイング」だが、著者はカタカナ語特有の上滑りを警戒している。日本語の文脈できちんと受け止め位置づけることが、ウェルビーイングを医療現場で実践するために必要なのではないか、と。
著者が提唱するのは、「いきいき」という日本語の「やまとことば」だ。「いきいき」とは「いき」を2つ重ねあわせたものだが、そのやわらかい響きは耳に心地よいだけでなく、本質にずばり迫ったたものだといってよいだろう。
「いき」をしているから人は「生きて」いるのであり、「いき」が止まれば人は死ぬ。「いき」をするのは物理的な状態であり、「いきいき」となると精神的な状態が表現されることになる。
したがって「いきいき」とは、まさに物心両面の幸福状態を意味しており、日本流の「ウェルビーイング」となるわけだ。
■「ウェルビーイング」は仏教と親和性が高い
本書は三部構成になっている。「1章 教養編 ウェルビーイングのためのリベラルアーツ」、「2章 応用編 ウェルビーイングを “見える化” する」、「3章 実践編 マネジメントへの展開」である。
「教養編」を最初にもってきたことが重要だ。表紙カバーの裏には英文で「Liberal Arts Application Practice」とあるように、「リベラルアーツ」(≓ 教養)の裏付けのある「プラクティス」(=実践)こそが重要なのだ。
全体を一読して思ったのは、英語圏で生まれた「マインドフルネス」が仏教、とくにテーラヴァーダ(=上座仏教)の瞑想法から宗教的要素を抜き去ったものであるように、「ウェルビーイング」もまた、仏教とはきわめて親和性が高いという印象を受けることだ。
さきに稲盛和夫の「物心両面の幸福」」というフレーズを引き合いに出したが、稲盛氏は禅寺での出家体験のある人だ。著者もまたチベット仏教の影響を受けているようで、実際にワークショップでは瞑想法の実践をされているという。
瞑想法とは、物理的には呼吸のコントロールのことであり、この呼吸法によって深いレベルで「ボディ/マインド/スピリット」にまたがる自己を発見することにある。自己と宇宙、そしてすべてがつながっていることを。
本書は医療現場における「ウェルビーイング・マネジメント」の推進のために書かれた本だが、個々のメンバーが自覚することにより「場のマネジメント」が実現するのである。なぜなら、「すべてはつながっている」からだ。これもまた仏教の叡智のあらわれである。
著者の専門は「医療マネジメント」だが、たんなる研究者ではない。豊富な体験にもとづく実践知の持ち主なのである。今後は勝手ながら「仏友」と呼ばせていただくことにしたいと思う。
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目 次1章 教養編 ウェルビーイングのためのリベラルアーツ2章 応用編 ウェルビーイングを “見える化” する3章 実践編 マネジメントへの展開著者プロフィール松下博宣(まつした・ひろのぶ)学校法人東京農業大学・東京情報大学看護学部教授。早稲田大学商学部卒業。コーネル大学大学院(Policy Analysis and Management, Sloan program in Health Adminsitarion)修了。東京工業大学社会理工学研究科博士(学術)。会社経営、東京農工大学産業技術専攻(MOT)教授を経て、現在、東京情報大学大学院総合情報学研究科教授。専門分野は、健康医療管理学、人的資源マネジメント、アントレプレナーシップ&イノベーション、システム科学、サービス科学。
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