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2025年11月29日土曜日

書評『医療者のためのウェルビーイング・マネジメント』(松下博宣、日本看護協会出版会、2025)― 「ウェルビーイング」ということばを上滑りな流行語にしないために

 

『医療者のためのウェルビーイング・マネジメント』(松下博宣、日本看護協会出版会、2025)という本を著者からいただいた。まずは、この場を借りてあらてめてお礼申し上げます。  

内容はタイトルのとおりであり、社会科学の立場からの医療マネジメントにおける「ウェルビーイング」をどう実践するかの手引き書である。 

狭い意味での医療関係者ではなく、医療を受ける側にすぎないわたしにとっても、「ウェルビーイング」と「マネジメント」の組み合わせは、自分のなかで響くものがあった。 



■「ウェルビーイング」ということばを上滑りな流行語にしないために

最近よく耳にするようになった「ウェルビーイング」(well-being)は英語圏から生まれた概念であり、文字通りの意味は「よき状態」のことをさしている。稲盛和夫流にいえば「物心両面の幸福」につながるものがあるといっていいだろう。 

ドイツ語圏でも「Wellbeing」とそのまま英語でつかわれているように(・・ただしドイツ語なので名詞も大文字で始まる)、日本でもカタカナ語の「ウェルビーイング」として流通している。 

タイトルにもなっている「ウェルビーイング」だが、著者はカタカナ語特有の上滑りを警戒している。日本語の文脈できちんと受け止め位置づけることが、ウェルビーイングを医療現場で実践するために必要なのではないか、と。 

著者が提唱するのは、「いきいき」という日本語の「やまとことば」だ。「いきいき」とは「いき」を2つ重ねあわせたものだが、そのやわらかい響きは耳に心地よいだけでなく、本質にずばり迫ったたものだといってよいだろう。 

「いき」をしているから人は「生きて」いるのであり、「いき」が止まれば人は死ぬ。「いき」をするのは物理的な状態であり、「いきいき」となると精神的な状態が表現されることになる。

したがって「いきいき」とは、まさに物心両面の幸福状態を意味しており、日本流の「ウェルビーイング」となるわけだ。 



■「ウェルビーイング」は仏教と親和性が高い

本書は三部構成になっている。「1章 教養編 ウェルビーイングのためのリベラルアーツ」、「2章 応用編 ウェルビーイングを “見える化” する」、「3章 実践編 マネジメントへの展開」である。  

「教養編」を最初にもってきたことが重要だ。表紙カバーの裏には英文で「Liberal Arts Application Practice」とあるように、「リベラルアーツ」(≓ 教養)の裏付けのある「プラクティス」(=実践)こそが重要なのだ。 

全体を一読して思ったのは、英語圏で生まれた「マインドフルネス」が仏教、とくにテーラヴァーダ(=上座仏教)の瞑想法から宗教的要素を抜き去ったものであるように、「ウェルビーイング」もまた、仏教とはきわめて親和性が高いという印象を受けることだ。 

さきに稲盛和夫の「物心両面の幸福」」というフレーズを引き合いに出したが、稲盛氏は禅寺での出家体験のある人だ。著者もまたチベット仏教の影響を受けているようで、実際にワークショップでは瞑想法の実践をされているという。 

瞑想法とは、物理的には呼吸のコントロールのことであり、この呼吸法によって深いレベルで「ボディ/マインド/スピリット」にまたがる自己を発見することにある。自己と宇宙、そしてすべてがつながっていることを。 

本書は医療現場における「ウェルビーイング・マネジメント」の推進のために書かれた本だが、個々のメンバーが自覚することにより「場のマネジメント」が実現するのである。なぜなら、「すべてはつながっている」からだ。これもまた仏教の叡智のあらわれである。 

著者の専門は「医療マネジメント」だが、たんなる研究者ではない。豊富な体験にもとづく実践知の持ち主なのである。今後は勝手ながら「仏友」と呼ばせていただくことにしたいと思う。 


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目 次
はじめに
本書の構成 
1章 教養編 ウェルビーイングのためのリベラルアーツ
2章 応用編 ウェルビーイングを “見える化” する
3章 実践編 マネジメントへの展開
おわりに 

著者プロフィール
松下博宣(まつした・ひろのぶ)
文京学院大学大学院教授。早稲田大学商学部卒業。コーネル大学大学院(Policy Analysis and Management, Sloan program in Health Adminsitarion)修了。東京工業大学社会理工学研究科博士(学術)。会社経営、東京農工大学産業技術専攻(MOT)教授、学校法人東京農業大学・東京情報大学看護学部教授を歴任。専門分野は、健康医療管理学、人的資源マネジメント、アントレプレナーシップ&イノベーション、システム科学、サービス科学。



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2017年11月13日月曜日

シュタイナー研究家の西川隆範氏による仏教書は、教団や教派とは関係のないフリーな立場に身を置いた個人ベースのスピリチュアリティ重視の仏教を志向する



「お彼岸」だからというわけではないが、ここのところずっと仏教書ばかり読んでいる。以前から読んでいる本を読み返している(*注)

といっても、普通の仏教書ではない。いまは亡き西川隆範氏による仏教書だ。西川氏はルドルフ・シュタイナーの著作や講演録の翻訳者として、膨大な業績を残してくれた。

だが、西川隆範氏は20歳代の前半に出家して、高野山で伝法阿闍梨灌頂(でんぽうあじゃり・かんじょう)を受けている人だ。ベースは仏教にある。しかも、大乗仏教の最終段階である密教である。その後、シュタイナー思想と出会って、シュタイナー思想の精力的な伝道者となった。

すでに西欧近代化されてしまっている日本人にとって、旧来型の仏教がいまいちしっくりこないのは当然といえば当然だ。その意味では、西欧神秘主義のシュタイナー思想とその実践にも精通している西川氏が説く仏教が現代人にアピールするものがあるのは当然ではないだろうか?

そんな西川氏の『生き方としての仏教入門』(河出書房新社、1998)は知られざる名著といっていいと思う。初期仏教から大乗仏教への展開、浄土・禅・密教をベースに「生き方としての仏教」を淡々と平易に語ったものだ。まったく説教臭くないのが最大の特徴といっていいかもしれない。スピリチュアリティとしての仏教である。

『薔薇十字仏教-秘められた西方への流れ-』(国書刊行会、1998)という本は、なんだかオカルトめいた風変わりで奇妙なタイトルだが、内容はきわめて面白い。仏教は、インドから発して東南アジアや中国(その後、朝鮮と日本)、そしてチベット(さらにモンゴル)に伝わったというのが常識だが、じつは「東方」だけでなく、インドから「西方」にも拡がっていたのである。

その痕跡がキリスト教のなかに残存しているのだ。内容について詳しくは書かないが、シュタイナー派の解釈による仏教書で、きわめて異色の仏教書だ。日本の既存の教団や教派とは「無縁」の存在である。そこにあるのは、霊的次元におけるキリスト教と仏教との深いレベルでの相互関係(インタラクション)

つい最近知ったのだが、『仏教は世界を救うか-[仏・法・僧]の過去/現在/未来を問う』(地湧社、2012)という本があることを知った。「東京自由大学特別企画《現代霊性学講座》連続シンポジウム」の記録である。

パネリストは、井上ウィマラ、藤田一照、西川隆範の3氏で、司会は鎌田東二氏。それぞれ上座仏教、禅仏教、密教とシュタイナー、宗教学が専門。西川隆範氏の発言を読みたくて入手して読んでみたら、その他二人の仏教者のパネリストだけでなく、神道だけでなく仏教にも精通した司会者の発言もたいへん興味深いものがあって、没入して読み込んでしまった。

西欧人には理解しがたいようだが、日本人にとっては神道プラス仏教という「神仏習合」が本来のあり方であり、もちろんこのわたしも例外ではない。この点にかんしては、明治維新以前に戻る必要がある。 

西川隆範氏は、不治の病に冒されて、このシンポジウムの翌年の2013年に60歳でお亡くなりになっている。「人生100年時代」などというフレーズが横行しているが、人間はいつ死ぬかわからない存在だ。いつでも死を迎えることができるように準備をすることがいかに大事なことか、西川氏の生き方(=死に方)そのものが語っているような気がする。

西川隆範氏の仏教書のなかでは、『生き方としての仏教入門』をイチオシにしたいところだが、残念ながら「品切れ重版未定」だ。『薔薇十字仏教』は敬遠してしまう人も少なくないだろう

その意味では、最後にあげた『仏教は世界を救うか-[仏・法・僧]の過去/現在/未来を問う』は、さまざまな観点から現代人にとっての仏教の意味を考えるうえで、大いに得るものがある。ぜひ読むことをすすめたい。

 「仏教」と「仏教教団」はわけて考えなくてはならない。スピリチュアリティとしての仏教と宗教(レリジョン)としての仏教もまたイコールではない

教団や教派とは関係のない、フリーな立場に身を置いた個人ベースのスピリチュアリティ重視の仏教だ。そんな立場にある個人が、何事にも束縛されない自由な立場で語り合う。

こういうあり方が、現代人にはもっともフィットしたものではないかと思う。


*(注)アップするのが遅れてしまったが、このブログ記事を書いたのは、2017年9月の「お彼岸」である。


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著者プロフィール

西川隆範(にしかわ・りゅうはん)
1953年、京都市に生まれる。青山学院大学仏文科卒業、大正大学大学院(宗教学)修士課程修了。奈良西大寺で得度、高野山宝寿院で伝法潅頂。ゲーテアヌム精神科学自由大学(スイス)、キリスト者共同体神学校(ドイツ)に学ぶ。シュタイナー幼稚園教員養成所(スイス)講師、シュタイナー・カレッジ(アメリカ)客員講師を経て、多摩美術大学非常勤講師。シュタイナーの著作の日本語訳が多数ある。2013年に逝去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに追加)。



<ブログ内関連記事>

シュタイナー関連

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる

子安美知子氏の「シュタイナー教育」関連本をまとめて読んで「シュタイナー教育」について考えてみる


■仏教関連

書評 『知的唯仏論-マンガから知の最前線まで ブッダの思想を現代に問う-』(宮崎哲弥・呉智英 、サンガ、2012)-内側と外側から「仏教」のあり方を論じる中身の濃い対談

書評 『仏教学者 中村元-求道のことばと思想-』(植木雅俊、角川選書、2014)-普遍思想史という夢を抱きつづけた世界的仏教学者の生涯と功績を "在野の弟子" が語る

書評 『「無分別」のすすめ-創出をみちびく知恵-』(久米是志、岩波アクティブ新書、2002)-「自他未分離」状態の意識から仏教の「悟り」も技術開発の「創出」も生み出される

マンガ 『月をさすゆび ①~④』(永福一成=原作、能條純一=作画、小学館、2015~2016)-この「仏教マンガ」は人生の岐路にある人すべての心の奥底に触れるものがある

書評 『講義ライブ だから仏教は面白い!』(魚川祐司、講談社+α文庫、2015)-これが「仏教のデフォルト」だ!

書評 『「気づきの瞑想」を生きる-タイで出家した日本人僧の物語-』(プラ・ユキ・ナラテボー、佼成出版社、2009)-タイの日本人仏教僧の精神のオディッセイと「気づきの瞑想」入門

書評 『仏教要語の基礎知識 新版』(水野弘元、春秋社、2006)-仏教を根本から捉えてみたい人には必携の「読む事典」


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2010年10月29日金曜日

書評『「気づきの瞑想」を生きる ー タイで出家した日本人僧の物語』(プラ・ユキ・ナラテボー、佼成出版社、2009)ー タイの日本人仏教僧の精神のオディッセイと「気づきの瞑想」入門




タイの日本人仏教僧の精神のオディッセイと「気づきの瞑想」入門

 日本の大学を卒業後、タイの大学院に留学中に3ヶ月の予定で「短期出家」したまま、以後20有余年、還俗することなく「開発僧」として森で瞑想修行を続けている日本人テーラヴァーダ仏教僧の精神のオディセイ。そして、「気づき瞑想」をつうじた仏教入門である。

 現在の日本では、スリランカ出身のスマナサーラ長老によるウィパッサナー瞑想法がメインストリームとなっているが、テーラヴァーダ仏教(上座仏教)の瞑想法はスリランカのものに限定されるわけではない。同じく上座仏教であるミャンマーの仏教僧による瞑想法指導もある。

 ただ、タイの仏教僧、しかも日本人によるものはあまりないようだ。「気づきの瞑想法」もウィパッサナー瞑想法であるが、レベリング(・・カラダの動きのひとつひとつにコトバでラベルを貼る瞑想法のテクニック)を行わない、比較的新しいメソッドである。

 米国では「ダイナミック・メディテーション」、中国では「動中禅」といわれているそうだ。詳しくは直接、第3章「気づきの瞑想」をみていただきたいが、なによりも「気づき」と「観察」を重んじる点が、ブッダ本来のあり方なのである。

 本書の著者は1962年生まれの日本人男性、いわゆる "オウム世代" でもあり、現代日本人が抱える精神的な問題を肌身をつうじて熟知している。それだけに、著者の紹介するタイ仏教とその瞑想法は、日本人にココロとカラダにも響くものが大きいのではないだろうか。実際に著者のもとを訪れて、精神的なウツ状態を乗り越えた日本人のケースを読んでいると、そう実感される。

 第2章「タイのテーラワーダ仏教」に描かれた、森の修行僧の一日、朝起きてから、托鉢、食事も含めて行住坐臥すべてが瞑想修行であるという姿勢は、ある意味では、カタチから入ってココロを整えていく生活主観としての瞑想法といっていいかもしれない。日本人にとっても無理なく実践できるものであるといっていいだろう。「気づき」と「観察」によって「観る人」になることが重要なのだ。これがすべての出発点になる。

 仏教学者が書いたのではない、テーラヴァーダ仏教の実践者が書いた智慧に満ちた本。いわゆるスピリチュアルなどの安直な癒しではない、ほんとうの癒しを求めている、悩み、苦しすべての人にぜひ薦めたい本である。


<初出情報>

■bk1書評「タイの日本人仏教僧の精神のオディッセイと「気づきの瞑想」入門」投稿掲載(2010年10月29日)
■amazon書評「タイの日本人仏教僧の精神のオディッセイと「気づきの瞑想」入門」投稿掲載(2010年10月29日)

*再録にあたって加筆した。




目 次

プロローグ
第1章 出家の経緯と開発僧
第2章 タイのテーラワーダ仏教
第3章 気づきの瞑想
第4章 一期一会の出会い
第5章 「気づきの瞑想」を生きるキーワード
あとがき


著者プロフィール

プラユキ・ナラテボー(Phra Yuki Naradevo)

1962年生まれ。タイ・スカトー寺副住職。上智大学卒業後、タイのチュラーロンコン大学大学院に留学。研究テーマは農村開発におけるタイ僧侶の役割。1988年、瞑想指導者として有名なルアンポー・カムキアン師のもとで出家。以後、村人のために物心両面の幸せを目指す「開発僧」として活動する一方、日本とタイを結ぶ架け橋としても活躍。また、在日タイ人の支援活動にも携わっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 本文中にも触れられているが、1962年生まれの著者は、オウム真理教(当時)の上祐某とは同い年である。上智大学の卒業。こう書いている私自身、実は1962年生まれであり、おなじ時代の空気を吸った人間として、著者の志向するところには大いに共感するものを感じている。

 バブルにまみれて生きてきた人間は、同時につよく精神性に惹かれていたこと、深い欲望世界のまっただなかにいたからこそ、深い精神性への志向が強いこと、この両者は逆説的に見えながら、実は合わせ鏡のような存在である。

 著者自身、アジア農村支援の NGO活動などにのめり込み、その意味では非常に欲望の強い人間なのではないかと思う。しかし、その NGO活動もそれ自体が、彼自身を苦しめるようになる。捕らわれすぎていたためだ。

 そして、人生をリセット(人生刷新)するために選んだのが「短期出家」であったということなのだ。

 タイでは、男子に生まれた以上、短期であれ出家することは、両親、とくに母親に対する孝養としてもっとも重んじられる徳行の一つである。なぜなら、上座仏教では女性は出家できないからだ。

 著者も、開発学を学ぶために留学した名門チュラロンコーン大学の指導教官に短期出家の件を切り出すと、自分も翌年短期出家するからと非常に喜ばれた、という。まさか、著者本人も指導教官も、そのまま還俗しないで修行を続けることになろうとは夢にも思わなかっただろうが。その後の指導教官の発言が記されていないのが残念だ。

 タイで出家して、手記を書いている日本人は少なくない。

 『タイの僧院にて』を書いた文化人類学者の青木保、『タイ仏教入門』などの著書をもつ元外交官で東南アジア学者の石井米雄といった、「短期出家」を行った体験記を書いている学者以外に、『タイでオモロイ坊主になってもうた』を書いた不動産業から足を洗って出家した元実業家などなど。ちなみにこの藤川チンナワンソ清弘は、現在も還俗することなく出家者を続けている。

 その意味では、本書の著者は、純粋に仏教の道を探求すべく修行し、かつ「開発僧」として活動しているという意味では異色の存在かもしれない。

 「開発僧」とは、1980年代からタイに登場してきた、実際の社会問題を解決するために、ブッダの教えに基づき、瞑想修行だけでなく、一般民衆のなかに入ってともに活動する仏教僧侶のことである。急激な経済成長がもたらす社会問題は、とくに都市部と地方との経済格差だけでなく、環境破壊という形でも顕在化している。「開発僧」の「開発」とは、「経済開発」という意味だけでなく、「人間開発」という意味を兼ねているのである。

 援助するという上から目線ではなく、民衆とともに森林保護や環境保全に取り組んでいるのが、「開発僧」なのである。

 こうした著者の立場は、上座仏教の研究者ではなく、あくまでも実践者としてのものである。著者の発言が実に貴重なものであるのはそこにある。


 著者が監修者になっている『「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方』(カンポン・トーンブンヌム、プラ・ユキ・ナラテボー=監訳、浦崎雅代訳、上田紀行=監修・序、佼成出版社、2007)も一緒に薦めたい。

 もともと体育教師であった1955年生まれのカンポンさんは、24歳の時、水泳の授業の飛び込みで誤って全身打撲の重傷を負い、全身麻痺の障害者となってしまった人。しかし、「気づきの瞑想法」に出会い、すべてをありのままに受け入れることができるようになってからは、苦しむことなく生きることができるようになったという。タイの「乙武君」(『五体不満足』の著者)とでもいうべき人である。

 『「気づきの瞑想」を生きる』にも登場するカンポンさん在家信者だが、同じスカトー寺にいるプラ・ユキ師を訪れる悩み深き日本人に、生きる勇気を与え続けている人でもある。

 「気づき」、そして「観察する」。苦しむ人から苦しみを「観る人」になる。これがすべての解決方法なのである。

 悩み、苦しすべての人にぜひ薦めたい本である。いわゆるスピリチュアルなどの安直な癒しではない、ほんとうの癒しを求めている人は、「気づき」と「観察」から、まず第一歩を始めるべきなのだ。たとえ、仏教者でなくても、瞑想法そのものは身につかないとしても。



<ブログ内関連記事>

書評 『目覚めよ仏教!-ダライ・ラマとの対話-』 (上田紀行、NHKブックス、2007. 文庫版 2010)
・・日本仏教へのアンチテーゼとなっているのは、上座仏教だけではない。大乗仏教のダライラマ法王もまたその一人である。

書評 『銃とジャスミン-アウンサンスーチー、7000日の戦い-』(ティエリー・ファリーズ、山口隆子/竹林 卓訳、ランダムハウス講談社、2008)
・・アウンサンスーチーさんはウィパッサナー瞑想法によって軟禁生活の20年間を乗り切った!

今年も参加した「ウェーサーカ祭・釈尊祝祭日 2010」-アジアの上座仏教圏で仕事をする人は・・
・・「書評への付記」で紹介した、日本人が書いたタイ仏教修行体験記についても言及している

タイのあれこれ(4)-カオパンサー(雨安吾入り)
・・上座仏教の「短期出家」はこの雨安吾の三ヶ月間に行われる

タイのあれこれ (16) ワットはアミューズメントパーク
・・バンコク市内のお寺について

書評 『講義ライブ だから仏教は面白い!』(魚川祐司、講談社+α文庫、2015)-これが「仏教のデフォルト」だ!
・・ミャンマーのヤンゴンで瞑想実践と教理研究を行う「仏教研究者」による「初期仏教」入門

(2014年5月17日、2016年1月4日 情報追加)


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2009年7月19日日曜日

書評 『銃とジャスミン アウンサンスーチー、7000日の戦い』(ティエリー・ファリーズ、山口隆子/竹林 卓訳、ランダムハウス講談社、2008)




■多数の証言によって描かれたアウンサンスーチーという女性の素顔■

 東南アジアを20年にわたって取材してきたバンコク在住のベルギー人ジャーナリストが、ミャンマー国内で秘密裏に取材して知り得た、きわめて多数の証言によって描かれた、アウンサンスーチーという女性の素顔。

 ジャーナリストが申請してもめったにビザが下りない国であるため、ありとあらゆる手段を使って入国し、現地でさまざまな人たちに取材を行った著者の姿勢には頭が下がる。

 ただ、この本は決して読みやすくない。といっても訳文の日本語の問題ではなく、アウンサンスーチーに賛成するものも、必ずしも賛成でない者もふくめて、きわめて多種多様な多くの声が集められているためだ。

 その結果、アウンサンスーチという人物を多面的に描くことに成功し、そしてまた決して単純なアウンサンスーチー礼賛本には終わらない、内容の濃い本になった。

 私がとくに興味深く読んだのは、アウンサンスーチーが、20年にも及ぶ長期間にわたる軟禁生活を乗り越えることができた秘密である。

 著者が明かしているのは、その一つが上座仏教の「ウィパッサナー瞑想法」である。

 当時の上流階級の子女としてはごく普通だったように、ミッションスクールを卒業しながらも、上座仏教の厳しいしつけで育てられたアウンサンスーチーは、軟禁生活の中で改めて瞑想法を修行して、集中力と心の平安を獲得できるようになったという。

 原文がフランス語の本書には、フランスの女優で歌手のジェーン・バーキンが序文を寄せている。

 多芸多才なアーチストセルジュ・ゲンズブールの妻だったジェーン・バーキンが、なぜアウンサンスーチーに強い思い入れを抱いているのか?

 直接手にとって自ら確かめてほしい。


■bk1書評「多数の証言によって描かれたアウンサンスーチーという女性の素顔」(2009年7月18日掲載)
■amazon.co.jp書評「多数の証言によって描かれたアウンサンスーチーという女性の素顔」(2009年7月19日掲載)






<付記>
ジェーン・バーキンが自ら作詞し歌う "Aung San Suu Kyi" は YouTube にて視聴できます。アウンサンスーチに対する考え方、政治的立場は横に置いても一見の価値はあります。
ビデオの中にもあるように、人権を主張しながらも経済的な利益追求は当然のこととして行うフランスと米国の石油企業に見られる、西洋人特有のダブル・スタンダードについてはよく知っておくべきでしょう。植民地時代と基本的に変わらない彼らの態度。ヨーロッパ人は、日本人のようなナイーブな人種ではない、ということですね。

なお、ジェーン・バーキンについては 映画 『ノーコメント by ゲンスブール』(2011年、フランス)をみてきた-ゲンズブールの一生と全体像をみずからが語った記録映画 も参照 (2014年5月17日 記す)。
            




<ブログ内関連記事>

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内

映画 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』(2011年、フランス・英国)をみてきた

書評 『「気づきの瞑想」を生きる-タイで出家した日本人僧の物語-』(プラ・ユキ・ナラテボー、佼成出版社、2009)-タイの日本人仏教僧の精神のオディッセイと「気づきの瞑想」入門
・・上座仏教のウィッパサナー瞑想法

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ

ミャンマーではいまだに「馬車」が現役だ!-ミャンマーは農村部が面白い

東南アジアでも普及している「ラウンドアバウト交差点」は、ぜひ日本にも導入すべきだ!
・・ミャンマーのヤンゴンと新首都ネーピードーのラウンドアバウト交差点を紹介

書評 『抵抗と協力のはざま-近代ビルマ史のなかのイギリスと日本-(シリーズ 戦争の経験を問う)』(根本敬、岩波書店、2010)-大英帝国と大日本帝国のはざまで展開した「ビルマ独立」前後の歴史
                 
(2014年5月17日 項目新設)









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