「KANZAN 下村観山展」に行ってきた(2026年4月16日)。instagramでさかんに宣伝されていたので、企画展の存在を知った。
会場は、竹橋の東京国立近代美術館である。この美術館で「日本画」の展示を見るのは今回がはじめてかもしれない。
東京では13年ぶりの回顧展ということだが、そもそも下村観山の絵を見るのは、じつは自分にとって今回がはじめてのことになる。
事前に行きの電車のなかで、村松梢風の『本朝画人傳 第7巻』(中公文庫、1977)に収録された「下村観山」を読んでおいたのは正解だった。Wikipediaの記事もあるが短すぎて、エピソードのたぐいまでは詳細に知ることができないからだ。
下村観山関連の関連書籍はきわめてすくない。下村観山は、岡倉天心の弟子としては、横山大観と菱田春草ほど一般には知られていないようだ。じつはわたしも、最近まで知らなかった。
岡倉天心が美術院を五浦(いづら)に移転した時代、画業に精進する4人の日本画家の写真が有名だが、いちばん奥にいるのが下村観山である。その手前が横山大観、そして菱田春草である。いちばん手前が木村武山。
(日本美術院研究所での制作風景 Wikipediaより)
帰りの電車では、近藤啓太郎の『大観伝』(中公文庫、1976)を途中まで読む。言うまでもなく、大観とは横山大観のこと。岡倉天心がいちばん評価していたのが技巧派の下村観山であった。のちに大成することになる横山大観は、観山にはライバル心を抱いていて画業に精進したとのことだ。
美術展では会期中に「前期」と「後期」で作品の入れ替えがあることはふつうだが、今回はそのことをまったく失念していた。そのため、すでに「後期」に入っていたため下村観山の代表作である肝心要の「弱法師」(よろぼし)という大作を見ることができなかったのは残念。
不幸中の幸いというべきか、後期には四天王寺が所有している小品の「弱法師」を見ることができた。大作バージョンの「弱法師」は東京国立博物館の所有なので、いつか見る機会もあろう。
(「弱法師」 Wikipediaより)
小品のほうの「弱法師」だが、それでも単眼鏡をつかって絵をじっくり見ると、盲しいた弱法師の表情がじつに細かく描き込まれており、大作と引けを取らない作品であると実感。
横浜の三渓園に滞在中のタゴールがこの絵を見て感動し、日本画家の荒井寛方(あらい・かんぽう)に頼んで模写してもらってインドに持ち帰ったという話を読んだことがある。タゴール研究家の我妻和男氏の文章だったと記憶している。
(上掲の拡大図)
しかも、「弱法師」の主人公である俊徳丸(しゅんとくまる)が目が見えない身ながら、「日想観」で涙を流すシーンは、その舞台が四天王寺であったことを思えば、ある種の感慨を覚えないわけではない。
俊徳丸といえば、折口信夫の「身毒丸」である。瀬戸内海に面した大阪の四天王寺。四天王寺の西の海に日が沈む。聖徳太子にも縁の深い四天王寺が舞台なのだ。
マグネット収集家のわたしは、今回は実際に見ることがかなわなったにもかかわらず、「弱法師」のマグネット(770円)を購入した。美術展でマグネットを買うのはひさびさだが、以前は500円程度だったのが現在は770円か。物価高騰はチケット代だけでなく、さまざまなアイテムにまで及んでいるな。
(「木の間の秋」 Wikipediaより)
観山の作品に戻ると、「弱法師」のほか、代表作のひとつである「木の間の秋」、実際のライオンを動物園でみて写生したという「獅子図屏風」、日本画家としての英国留学中の作品である「ディオゲネス」などなど、なかなか盛りだくさんの出展であった。
後期のみの出品である「天心岡倉先生(草稿)」を見ることができたのも幸いだった。
岡倉天心の画像として、さまざまな場面で目にする名作であるが、完成品は関東大震災で焼失してしまったとのことだが、「草稿」に彩色したものが最終的に東京藝術大学に寄贈され残されているのは幸いである。
(単行本初版のカバーに「天心岡倉先生(草稿)」が使用されている)
■なぜ「東京国立近代美術館」(MOMAT)が会場なのか?
下村観山の作品で出品されている作品には、東京国立近代美術館の所有のものがある。通期で展示されている「木の間の秋」と「唐茄子図」である。
なぜ「日本画」が近代美術館なのか?
じつは「日本画」は、明治時代以降の「近代」になってから生まれた概念なのだ。それ以前には「日本画」も「日本美術」すら存在しなかったのである。そもそも「美術」じたい、明治5年のウィーン万博出展に際して生まれた翻訳語であり、コトバが誕生する以前は、その対象も意識されていなかったのである。
そんな「日本画」をめぐる歴史的事情は、ひさびさに「常設展示」を鑑賞することで体感することができた。東京国立近代美術館では、日本の近代美術がたどった軌跡を実物を通じて確認することができるのだ。
東京国立近代美術館では、19世紀末から今日までの美術作品を収集しています。収集対象は、絵画、版画、水彩、素描、彫刻、写真、映像、書、及び関連する資料などの多分野にわたり、点数はおよそ14,000点です(2025年3月現在)。近現代の日本の作品を中心としながら、同時代の海外作品も積極的に収集しています。コレクションには18点の国指定重要文化財(内2点は寄託作品)が含まれます。また、特色あるまとまりとしては、画家、岸田劉生の画稿やスケッチ、日記、手紙など約600点からなる岸田劉生資料(1件として一括登録)や、彫刻家、若林奮(いさむ)の素描約3000点からなる若林奮資料(1件として一括登録)、アメリカ合衆国から無期限貸与された日中・太平洋戦争期の戦争記録画153点があります。コレクションは年間約250点が国内外の美術館に貸し出され、展覧会の核となる作品として活用されています。
4階のフロアでいきなり対面するのが、平櫛田中(ひらぐし・でんちゅう)作の岡倉天心像の木像。「鶴氅」(かくしょう)(1942年)と題されているものだ。近代日本美術の始まりに岡倉天心を置くとは、そういう歴史観なのだな、と。
(平櫛田中による岡倉天心の木像 筆者撮影)
そして、突き当りには現代日本を代表するアーティストである村上隆と奈良美智(なら・よしとも)。後者は、小さな女の子の睨み付けるにらみつける絵で世界的に有名だ。
村上隆が藝大の日本画出身であることを思うと、平櫛田中の天心像と対構造になっていることに、近代美術館が提示する歴史観が見られて面白い。東京藝術大学の前身は東京美術学校であり、「日本画」というコンセプトをつくりだした岡倉天心が創立に奔走した学校である。
村上隆の作品のDOBも写真で見るのと違って、実際に近くで見るとずいぶんイメージが違う。どうやら「スーパーフラット」というコンセプトに囚われすぎて、ある種の固定観念がアタマのなかにできあがっていたようだ。
実際の絵画作品は、けっして水彩画のようなフラットではない。コンセプトはフラットでも、絵の具の盛りあがりがあるので、微妙ながら高低差が存在する。平面的な構成だが、高低差のある絵画なのである。
今回の鑑賞でインパクトを感じたのは、明治時代の「洋画」(油絵)作品のなかでも、原田直次郎の「騎龍観音」(1890年)。あまりのもナマナマしいタッチには、観音様のありがたさよりもグロテスクなものを感じてしまう。実物を見たのは今回がはじめてだ。
そして、なによりも感動したのは、萬鉄五郎(よろず・てつごろう)の「裸体美人」(1912年)という油絵である。実物を見たのは今回がはじめてで、思っていたよりも大判の絵画であった。やはり実物は写真とは違う。
藤田嗣治の戦争画「アッツ島玉砕」(1943年)は、前回も見ているので2回目となるが、圧倒的なスケール感である。どう考えても戦意高揚につながるとは思えない画題であり画面なのさが、なぜ制作が許されたのだろうか?
展示品にかんする感想は以上でやめておくが、それにしても東京国立近代美術館は眺めがいい。展望がいい。皇居を前に、パレスサイドビルを左手に。
美術鑑賞だけでなく、景観の鑑賞もできる、まさに一等地に建設された美術館である。
その隣には、第一機動隊の出入り口があるが不思議というか、いや日本近代を象徴的に示しているのかもしれないと思ってみたりもする。
■皇居の周りを歩いて
東京国立近代美術館をあとにして、皇居の周辺を歩いて都心に向かう。皇居のまわりを固めるのは、和気清麻呂像と楠木正成像。
(和気清麻呂像)
和気清麻呂の銅像は、皇紀2600年(=昭和15年=1940年)を記念して制作されたもの。像の右側に設置された銘板にはそう書いてある。「国體擁護」である。
楠木正成の銅像は、宮城前をさらに南に歩き、日比谷公園の近くにある。
(楠木正成像 筆者撮影)
楠木正成像は、東京美術学校による制作である。住友家による寄進であり、別子銅山の銅ををつかって、明治30年(1898年)に完成している。銘板にはそう書かれている。
近代日本を代表する彫刻作品のひとつといっていいだろう。この像は。今回はじめて見たのだが、勇壮なその騎馬姿の武者は、たとえそれが楠木正成であることを知らなくても、感嘆せざるをえないものがある。
さらに歩いて三菱一同館美術館へ(この件は、のちほどブログ記事にて)
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■近代に生まれた「日本画」
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