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2020年1月5日日曜日

「市川市東山魁夷記念館」に初めて行ってみた(2020年1月5日)ードイツや北欧の風景を日本画で描いたイノベーターとして捉えてみる


市川市東山魁夷(ひがしやま・かいい)記念館に初めて行ってみた。初詣に訪れた「子之神社」(市川市北方)から歩いて数分にある。

東山魁夷記念館が市川市にあることは、5年前のことになるが、京成中山駅前に設置されていた案内看板に出ていたので知っていたが、とくに行きたいという気持ちは湧いてこないので、いまのいままでそのままにしておいた。だから、今回が初めての訪問となる。


(記念館の全景 筆者撮影)

今年の初詣は、子年のネズミにちなんで、ネズミとは縁の深い大国主命を祀った子之神社(ねのかみしゃ)というものが市川市にあることを知ってどうせ行くならついでにいろいろ施設を回ってみようと思い立って、Gogle Map に登場した市川市東山魁夷記念館に立ち寄ってみることにしたという次第だ。


(入り口だけ見るとイスラーム建築のようだ 筆者撮影)

なぜ市川市に東山魁夷記念館があるかというと、東山魁夷画伯が戦後に移り住んでから、市川を終の棲家としてアトリエを構えていたからだ。市川に縁の深い芸術家の1人というわけなのだ。

公式サイトには以下の文言がある。


市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家、東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である市川市に、2005(平成17)年11月に開館しました。東山魁夷は、戦後まもない1945(昭和20)年から1999(平成11)年に逝去するまでの、およそ半世紀にわたり市川市に住み、「私の戦後の代表作は、すべて市川の水で描かれています。」との自身の言葉のとおり、市川市で重ねられたその輝かしい画業は市川市の誇りです。つねに自分をみつめ、修行僧のようなその生き方は、描いた静謐な絵の中に投影されています。市川市東山魁夷記念館は、「人間・東山魁夷」をコンセプトに、資料展示と作品展示を通してその偉大な業績を顕彰し、情報を発信していきます。



東山魁夷は、風景を描いた日本画の巨匠ということになっている。カレンダーなどで目にすることは多いのだが、いかにも日本人好みの作品だなあとは思うものの、個人的には、とくに素晴らしいとか、好きだという気持ちが湧くことのない画家であった。その気持ちは、いまも変わらない。


(東山魁夷「道」(試作)1950年)

今回はじめて知ったのは、記念館の外観がドイツ風の建築物であるのと同様、通常展「欧州への思慕ー憧憬と郷愁の国・ドイツー」で展示されている所蔵作品を鑑賞すると、この人は、ほんとにドイツ語圏と北欧なのだなあ、という感想だ。

奈良の唐招提寺を描いて有名になった東山魁夷だが、出発点はドイツに留学にあり、「ドイツを第2の故郷」としていたことにあるのだという説明に納得。


(東山魁夷「雪野」 1992年)

ドイツや北欧の風景を日本画で描くことは、ある意味では横展開で新機軸を打ち出したことになるのかもしれない。日本画の従来のテーマは花鳥風月に限定されていたから、花鳥風月の延長線上ではあっても、日本以外の風景を日本画で表現することはイノベーションの一種といってもいいかもしれない。

沖縄が返還される前は日本の最南端であった奄美に移住して、奄美の自然を日本画で表現した田中一村と並んで、東山魁夷もまたイノベーターだったと言うべきなのだろう。

わざわざ見に行くという気持ちになる画家ではないが、こういう機会でもなければ行くこともないわけだから、それはそれで意味ある訪問だったのかな、と。初めて訪問する人は、場所的には近い中山法華経寺を参詣するついでに訪ねたいいだろう。







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・・沖縄が返還される前は日本の最南端であった奄美に移住して、奄美の自然を日本画で表現した田中一村


 
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