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2010年4月4日日曜日

「かなまら祭」にいってきた(2010年4月4日)-これまた JAPANs(複数形の日本)の一つである




(外人客の多い「かなまら祭」)

 「かままら祭」を見に行ってきた。川崎大師の近くにある、若宮八幡宮境内社の金山神社で毎年、4月第一週の日曜日に行われる「天下の奇祭」である。

 昨年はじめて、こういう祭があるということを知ってから、ぜひ一度見てみたいものだと思い、ネットでスケジュールを調べたうえで空けておいたのである。本日は、東京ベイエリアの対岸である川崎は、横浜に行く際に通過するだけで、こういう機会でもないと立ち寄ることはない。



「かなまら祭」は「天下の奇祭」

 「かなまら祭」の何が「天下の奇祭」かというと、3つある御輿(みこし)のいずれもが男性性器をかたどったものだからだ。百聞は一見に如かず、写真をとくとご覧いただきたい。学術用語をつかえば Phallic symbol、この祭の名前である「かなまら」の「まら」そのものである。

(金山神社 御輿 筆者撮影)


 見物客には外人が多い、という話は事前にネットで知っていたので、京急大師線の川崎大師駅で下車してからは、外人観光客のあとをついていけばいい。というよりも、日本人も若い人を中心に、ものすごい数の人出である。川崎大師の初詣や厄除けを除けば、川崎大師駅の乗降客数がもっとも多くなる日なのではないだろうか。


金山神社の祭神は「鍛冶の神」で「性の神」

 とくに今年の祭日は4月4日のゾロ目である。やや肌寒い天気であったが桜も満開だし、なんだか縁起がよさそうだ。

(金山神社のユニークな社殿 筆者撮影)


 「かなまら祭」の話の前に、回り道になるが、金山神社について少し見ておきたいと思う。神社そのものについては、wikipedia から引用しておこう(2010年4月4日現在の記述)。なお太字ゴチックは引用者によるもの。一部修正を行ってある。

金山神社は若宮八幡宮の境内社で、鉱山や鍛冶の神である金山比古神(カナヤマビコノカミ)金山比売神(カナヤマヒメノカミ)の二柱を祭神として祀っている。「金山(かなやま)」と「金魔羅(かなまら)」(魔羅とは男根のこと)の読みが似ていることや、両神がイザナミが火の神カグツチを産んだ際に女陰に火傷をし病み苦しんでいるときにその嘔吐物(たぐり)から化生したこと、鍛冶に使う鞴のピストン運動が男女の性交を連想させることなどから、性神としても信仰されている。御神体は金属製の男根であることから、「かなまら様」(金魔羅様)とも呼ばれている。
 この両神は鉱山や鍛冶の神であると共に性の神でもあるため、鍛冶職人や金属・金物を扱う商人・企業の他、子授け・夫婦和合・性病快癒を願う人々からの信仰を集め、特に子孫繁栄・夫婦和合・性病快癒・安産・下半身の傷病治癒などに霊験があるとされている。エイズ除けを祈願する者も多い。現在ではその他にも、不妊治療に携わる医療関係者、性病快癒を願う性風俗関連産業関係者などの参拝も多い。境内には多数の男根形が奉納されている。
 社殿は、鉄をイメージして外側を黒色の鉄板で覆った一辺約3mの正六角形で、高さ約8mの吹き抜けの建物である。内部は床を土間として仕切り、正面中央部に鞴(ふいご)と炉を設置して金床を埋め込み、鍛冶屋の作業場が再現されている。

 以前、金属部品関係の会社にいた私は、広い意味の金属加工の世界にいたのでまったく無縁というわけでもない。

 金山神社は、農業関係ではない、金属加工に関する「ものつくりの神」を祭った神社である。

 せっかくの機会なので、「かなまら祭」からは、さらに大きく回り道をして、金属の神さまのことを調べてみよう。興味がない方は飛ばしていただいて問題ありません。


『古事記』にもさかのぼれる金属加工の神

 イザナミが火のであるカグツチを産んだ結果、病み苦しんだ後に結局死んで「黄泉の国」にいったことは『古事記』に書かれており、比較的よく知られた神話であろう。イザナギがイザナミを追って冥界にいった話はギリシア神話のオルフェウスを思い起こさせる話でもある。

 イザナミが火の神を産んだ神話について、国文学者の西郷信綱は『古事記注釈 第一巻』(ちくま学芸文庫、2005)で、ギリシア神話のプロメテウスなども引き合いに出しながら、以下のように書いている(P.204-205)。

まことに火の発明により人間は熟食の道を知り、いわば文化の段階に決定的に突入したのであったが、しかし「記伝」にいうとおり火神の誕生は「世の凶悪事(マガコト)の始」、レヴィ=ストロースのいわゆる「熱い社会」の開始であった。火は、なかば文化であるとともに、なかば野性であった。すなわち、火は部屋を温め食いものを煮る力である反面、森や家を焼き人を傷つける破壊力でもあった。火にたいする崇拝と恐れの二面性がここに生じる。


 今回、金山神社の社殿で、火打ち石を使って火花を飛ばすことにチャレンジさせてもらったが(写真は私ではない)、火種をつくるという作業自体、考えてみれば自然界そのものを利用するとはいえ、なんだか神秘的な感じがしないでもない。

(すりこぎではなく火打ち石をつかった火起こしは金山神社独特のもの)

 ルーペを使って太陽光を集めて火を着けるよりも、なんだかワクワクするものを感じるのである。原理そのものはアタマでは知っていても、実際に火花が飛ぶのを見るのは原始の感覚を思い出す。

 金山神社の祭神である金山比古神(カナヤマビコノカミ)と金山比売神(カナヤマヒメノカミ)については、『古事記』にはイザナミの「たぐり」から産まれた神だとある。「たぐり」とは吐瀉物のことらしい。

金山比古神、金山比売神 鉱山の神。天の岩屋戸の段に、「天の金山の鉄(かね)を取りて、鍛人天津魔羅(カヌチアマツマラ)を求(マ)ぎて、伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)に科(オホ)せて鏡を作らしめ」とある。この神がここに出てくるのは、火から鍛冶職工に想い及んでのことだろうが、「へどが鉱石を火で溶かした有様に似ていることからの連想」(『大系本古事記』)という。下の屎、また尿になれる神云々のくだりを考えあわせると、おそらくこうした連想が働いているものと思われる。なお神名帳には、河内国大県郡金山孫(ビコ)神社、金山孫女(ビメ)神社、美濃不破郡仲山金山彦神社などがある。(P.205-206)

 たしかにいわれてみれば、どろどろに溶けた鉱石と吐瀉物は似ていないともいえない。


 また、引用文のなかの「天の岩屋戸の段に、「天の金山の鉄(かね)を取りて、鍛人天津魔羅(カヌチアマツマラ)を求(マ)ぎて・・・」とあるが、鍛人天津魔羅(カヌチアマツマラ)という名前が気になってくる。名前のなかに魔羅(マラ)が入っているので、「かなまら」の「まら」と何か関係があるのではないか?

 同じく西郷信綱の『古事記注釈 第二巻』によれば、以下のような記述がある。

鍛人天津魔羅(カヌチアマツマラ) カヌチは金打(カナウチ)の約で鍛冶のこと。カヂもカヌチの約、すなわちカナウチ→カヌチ→カヂとなる。・・(中略)・・「記伝」に「魔羅は一神の名には非で、鍛人の通名(ナベテノナ)などにや、此名のみは神とも命とも云ぬをも思ふべし」といっているのはさすがである。
・・(中略・・鍛冶がこのような名を有するのには、もっと深いいわれがあったはずだ。鍛冶らのいつく神は金山の神--古事記流にいえば金山彦・金山姫--だが、この金山の神は実はやはり山の神なのである。そしてすでに指摘されているように、男根は山の神の好物であった(堀田吉雄『山の神信仰の研究』)。そして鍛冶はそのいつく神の好物の名を己の名としたのではなかろうか。中国地方山地の鍛冶屋やタタラ師のまつるカナヤゴさんなるものも女神であるといわれる。
・・(中略)・・(なお、マラは、前に見た「屎まる」のマルの名詞形であって、むろん梵語などではない)。(P.137-139)

 というわけだ。金山神社の金山彦と金山姫の二柱の神、鍛人天津魔羅(カヌチアマツマラ)のまら・・・の関係は、wikipedia の記述よりも意外と奥が深いようだ。山の神は女神であり(・・これは現代にもつながるもの)、そして男根は山の神の好物であった(!)という記述から、なぜ「かなまら祭」に男根の御輿がでるのか、謎解きがほぼ終わったことになる。私としては、ほっと一息、といったところだ。
 
 なお、西郷信綱の『古事記注釈』は、着手から20年越しの著者のライフワークで、本居宣長の『古事記伝』を踏襲しながらそれを越えた画期的著作となっている。

 参考のため、先月いったばかりのミャンマーのインレー湖でたまたま見た「水上鍛冶屋」の写真を掲載しておく。昔ながらのやり方で、老人が両手を使った形のふいごで空気を送りながら、若者二人が熱した鉄をハンマーで叩いて鍛造している。こういった光景は、日本ではもはや刀鍛冶のもとでしか見られない。

(ミャンマーのインレー湖畔の鍛冶屋)

 ふいごのピストン動作がセックスを連想させることも、鍛冶の神が下半身の神に意味内容が拡がったことと関係があるようだ。


「かなまら祭 2010」

 えらく回り道をしてしまいました。さて、祭そのものの内容は、wikipedia の記述を参照するのがベターだろう。記述内容は同じく2010年4月4日現在。

かなまら祭は、江戸時代に川崎宿の飯盛女達が性病除けや商売繁盛の願掛けを行った「地べた祭」に端を発する金山神社は明治以降寂れてしまっていたが、昭和40年代くらいから性信仰が残る神社としてにわかに外国の民俗学者たちから注目されるようになる。
 これを受け昭和52年に新たに金山神社の信者組織として「かなまら講」が結成された。それまで祭事は氏子たちによって細々と行われ午前中で終わるようなものであったが、この年からかなまら講が参加して「かなまら祭」が催され、その一部として江戸時代の「地べた祭」も再現されるようになった。
 以降、男根神輿や仮装行列、大根削りなどオリジナルアイデアによる新しい祭事を取り入れつつ年々祭は盛大に開催されるようになった。当初は好事家の祭か外国人観光者の穴場観光スポットとして知られる程度であったが、昭和60年代頃からエイズ除けを祭に結びつけたのが話題となり、多数の観光客が訪れるようになった。現在祭は商売繁盛・子孫繁栄(子授け)・安産・縁結び・夫婦和合などを願い、毎年4月第1日曜日に行われている。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

 また、若宮八幡宮を紹介したサイトに、境内社の金山神社の「かなまら祭」の式次第についての項目があるので、紹介させていただこう。
祭前日 宵宮  18:00~18:20
祭当日 御火取祭 11:00~11:15 火打ち石で火を切り出し「篝火」(かがりび)に点火、お祭りが始まります。
例 祭 11:15~11:45 神前にて祭事が執り行われます。
神輿御霊入れ式 11:45~12:00 神輿に御霊を入れます。かなまら大神輿・かなまら舟神輿・エリザベス神輿
面掛行列 13:00~14:30 神輿の巡幸を中心に、面をかぶったり、仮装をした人々が参加して行列が出来ます。
地べた祭り 15:00~16:45


 とにかく、3つの御輿のインパクトはただものではない。まさに壮観としかいいようがない。神社の境内でもインパクトが大きいが、これらが実際に担がれて、川崎大師の表参道を練り歩いていくのだからすばらしい。

(金山神社 御輿練り歩き 筆者撮影)

 外人観光客のあいだでは「ウタマロ・フェスティバル」(utamaro festival)として知られているらしく、若者を中心に、本当に金髪の男女が多い。ざっとみたところ、見物客の1/4から1/3が外国人観光客のようだ。

 日本政府が推進する観光客誘致政策のサイト Yokoso! Japan で紹介されることはまずないだろうが、ネット上のクチコミなどでこれだけ多くの人が集まるのだろう。

 これもまた日本である。タイトルに JAPANs(複数形の日本)と書いたが、これは編集学の提唱者である松岡正剛の表現を借りたものだ。これまた日本。

 間違いなく「町おこし」の強力なアトラクションになっている。私は川崎市の行政については何も知らないが、つまらぬ風紀委員などの横やりはないのだろう。来賓として政治家もきていたし、まことにもって結構なことである。


これもまた「複数形の日本」(JAPANs)! 

 巨大な男根御輿(みこし)をかついで練り歩く「かなまら祭」に限らず、男女のセックスをもって農作物などの豊穣を祈願する祭は、文化人類学者のジェームズ・フレイザーが「類感呪術」(imitative magic)と命名しているが、日本にかぎらず世界中に存在する。

 たとえば、インドやネパールなどヒンドゥー教の寺院には、必ず黒光りしたリンガムがある。シヴァ神のシンボルである。

 ここ数年、幹細胞(stem cell)を使って精子を人工的に作り出す再生医術の急速に進展しており、人工的に人間を作る可能性が視野に入ってきているが、やはり昔ながらのやり方のほうがいいのではないかという声が、倫理的な意味だけでなく根強く存在するはずだ。

 これだけの先進国に、「かなまら祭」のような、おおらかな祭が存在するのは、日本ならではといえようか。明治時代にいったんこの祭が途絶えたのは、西欧モデルの近代化を推進した明治政府による取り締まりがあったことが想定されるが、戦後になってから復活したというのは喜ばしいことだ。
 
 祭の復活に際してあらたに御輿がつくられたようだが、3つある御輿のうち、黒光りする鉄製の男根が鎮座する「かなまら舟神輿」(写真下)は、日立造船(神奈川工場)の寄進らしい。神社の中継アナウンスでもそういっていた。

(金山神社 舟御輿)

 金属加工の分野の会社とはいえ、粋(いき)なことをする重厚長大企業である。造船部門は現在では、ユニバーサル造船として分社化している。

 こういう形の社会貢献もまたあることを、社会貢献やソーシャルビジネスに目覚めた、感度の高い若い人たちも知っておくべきだろう。神社への寄進や奉納は、昔ながらの伝統的なフィランスロピーであり、地域社会に根ざした社会貢献なのだ。


「まらに惹かれて川崎大師」(笑)

 ところで、実をいうと川崎大師じたい、今回が初めての訪問であった。神奈川県にはほとんど縁のない私は年末津年始にテレビで放送される、川崎大師の初詣 CM で毎年のように見ていながら、行こうと思ったことすらなかった。

 「かなまら祭」のついでに川崎大師にも足を伸ばしたという人も多いのではないだろうか・・・。

 「牛に引かれて善光寺参り」ではないが、「まらに惹かれて川崎大師」(笑)なんてこともあってもいいのではないのかな。少なくとも、外人さんについてはそうだろう。意外にも、多くのが外人観光客が川崎大師の境内にも参詣していた。

 何事もあまり肩肘張りすぎると疲れるだけである。自然の流れに身を任せるのも悪いことではない。

 日本人古来のあり方である「おおらかさ」を、いっときであれ取り戻したいものだ。







PS 「かなまら祭 2011」は「3-11」の自粛ムードのなか中止

残念ながらわたしが行った翌年の「かなまら祭 2011」は「3-11」の自粛ムードのなか中止となたらしい。2012年以降は正常化したようだ。その意味では、2010年に思い切って行っておいて良かったと思う。

今回、読みやすくするために改行を増やし、小見出しを加えた。写真を大判にしキャプションをつけた。本文には誤字脱字以外の修正は行っていない。<関連サイト>と<ブログ内関連記事>をあらたに加えた。  (2014年1月31日 記す)



<関連サイト>

金山神社(川崎市) wikipedia日本語版
・・「かなまら祭」の説明がある



<ブログ内関連記事>

書評 『日本力』(松岡正剛、エバレット・ブラウン、PARCO出版、2010)-自らの内なる「複数形の日本」(JAPANs)を知ること
・・「複数形の日本」(JAPANs)という発想と姿勢がいまほど重要なときはない。「日本を取り戻す」などとのたまう御仁がいるが、「単数形の日本」など御免こうむりたい

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌
・・金属加工の世界

古事記と勾玉(まがたま)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)

書評 『『薔薇族』編集長』(伊藤文学、幻冬舎アウトロー文庫、2006)-意図せざる「社会起業家」による「市場発見」と「市場創造」の回想録

タイのあれこれ (19) カトゥーイ(=トランスジェンダー)の存在感
・・「かなまら祭」におけるゲイの存在感は大きい

タイのあれこれ(9)-華人系タイ人の"キンジェー"(齋)について
・・「キンジェー」というベジタリアン・ウィークにプーケット島で行われる華人の道教系の「奇祭」

(2014年4月8日 情報追加)







(2012年7月3日発売の拙著です)








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