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2010年4月5日月曜日

三度目のミャンマー、三度目の正直 (6) ミャンマーの僧院は寺子屋だ-インデインにて (インレー湖 ⑤)




 インレー湖観光でわすれてはならないのがインデインである。インレー湖の一日ボートツアーや半日ボートツアーには組み込まれていないので、追加料金を払う必要がある。またそれだけの価値がある。
 インデインはインレー湖に注ぎ込む小規模河川を西に向かって1時間弱を遡ったところにある。インデインに何があるのかというと、17世紀から18世紀にかけて建築された上座仏教の僧院の廃墟がある。

 このツアーもまたインレー湖のボートツアーと同様、目的地そのものもさることながら、往復のボートによる旅がまた楽しいのだ。とくに乾期には水位がかなり低くなるので途中で座礁したり、また流れに逆らって川上にいく往路は、せき止められた木造のミニダムをモーターの推進力で鯉の滝登りというか、回帰してきたサケのように登るのも面白い。また、水浴びする水牛を眺めながらボートは進み、川岸を歩く農民やお坊さん主を眺めたり、根っこがむき出しになった熱帯植物を眺める・・・と興趣豊かな景観が次から次へと展開する。
 「東洋のベニス」であるインレー湖のボートツアーとは異なるボートの旅を満喫できる。

 インデインまでも小規模な村があるが、実質的にはインレー湖から一番近い大きな村がインデインである。上陸して土産物屋が数件並んだ船着き場を通り過ぎると、あとは単なる村となる。
 乾燥したラテライトの大地を歩いて行くとインデインの僧院に到着、ここにくると待ち構えていた僧院の小坊主に目ざとく発見され、頼みもしないのに案内役を買って出て小坊主が先頭になって、勝手にズンズンと歩き出す。

 廃墟は小高い山の上にあるので、ゾウリ履きの小坊主たちについて歩いて行くのもなかなか大変だ。こちらもサンダルだと歩き慣れている小坊主たちに遅れないように歩くのが精一杯だ。
 そうこうするうちに小山の頂上へ。そこにはいまはもう使われていない僧院の廃墟が、日干しレンガがむき出しのまま放置されている光景にでくわす。そう、まさに廃墟である。世界三大仏教遺跡の一つでもある、ミャンマーを代表する遺跡の一つであるバガンの廃墟にも似た光景である。規模は非常に小さいのだが。
 
 廃墟しかない小山の上にいても仕方がない。たしかにまわりの眺望はいいが、これといって特に感慨もないのは、事前に何の知識ももたないまま来てしまったためだろうか。
 あらためて小坊主たちの顔を見ると、ほんとうに日本人そっくりだ。ちょっと昔の日本のガキそのものである。外で遊んで真っ黒になった男の子たち、そういった風情である。

 「ビルマ・チベット語族」(Tibeto-Burman languages) という概念があるように、ビルマ語(ミャンマー語)は、ヒマラヤの向こうのチベット高原のチベット人と言語的には同系統の言語である。つまり、ビルマ人とは、チベット高原から南下してきた人たちの末裔であり、モンゴル(=蒙古)の侵略を逃れてさらに南下してきた人たちでもある。タイ人と比べると、より日本人に近い風貌なのは、ある意味では不思議でもなんでもないのかもしれない。
 現在のダライラマ14世も、スピリチュアル・リーダーとして世界中から尊敬されるチベット仏教界の法王だが、風貌そのものは、どこにでもいる日本人のオッサンみたいで親しみやすい。
 チベット仏教は大乗仏教の最終形、現在のミャンマー(=ビルマ)は上座仏教という違いはあるが(・・バガンに王朝が出来る前は、もともとは大乗仏教であった)、上座仏教圏にあっては、なぜかミャンマー(=ビルマ)だけが、チベット仏教と同じく袈裟(けさ)は小豆色である。周辺の上座仏教国であるタイも、ラオスも、カンボジアも、またスリランカもオレンジ色が基本であり、ミャンマーだけが異なるのは不思議である。
 もしかすると、チベット人とミャンマー人(=ビルマ人)には、なにかしら色彩感覚に共通性があるのかもしれないという感想をもつ。
 小豆色の袈裟(けさ)を着用したミャンマーの仏教僧に違和感を感じず、むしろ親しみを感じるのは、ミャンマー人の風貌が日本人とよく似ているだけでなく、こういったところにあるのかもしれない。十数年前にはじめてタイにいってオレンジ色の袈裟を見たときは、非常にエキゾチックな、違和感にも近い印象をもったものだが、ミャンマーではエキゾチックな印象をあまり受けず、むしろ懐かしいような印象をもつのは理由があるのだろう。

 ところで、僧院ないし修道院(Monastery)が存在するのは、世界中の宗教のなかではキリスト教のカトリックと仏教だけである。仏教の場合は、上座仏教でも大乗仏教にも存在する。
 ただし、上座仏教においては、カトリックの女子修道院に該当するものは存在しない。ミャンマーもタイやその他上座武侠圏と同様、女性は出家できないのである。タイに比べると、それでもカラフルな袈裟を着用して頭を丸めた尼僧のような集団に遭遇するが、彼女たちはティラシンと呼ばれる存在で、俗人だが出家者に近い形で修行をすることを許されている。

 廃墟のある小山から下りると小坊主たちがマネー、マネーと要求してくる。なんだよ、ボランティアじゃないのか、と思いながらもお布施として小額紙幣を渡すと、全部で3人いる小坊主に均等にわたるような額を請求してくる。しょうがねーなと思いつつエクストラ・マネーを渡すとサンキューという。
 小坊主たちはそのままおんぼろの木造の僧院に向かって帰って行くので、一緒に歩いていた私は、なかに入っていいかと手振り身振りで聞いてみると、マネーをもらったためだろうか、誰の許可を得ることもなく OK といってなかに入れてくれた。

 ミャンマーで僧院のなかに入るのは、私にとっては初めてなので、非常に興味津々である。年齢層がまちまちな小坊主たちが、てんでばらばらに好きなように過ごしている。エアコンもなにもない世界である、正直いって暑い国であり、犬や猫じゃないが、人間に勤勉になれといってもムリがある。
 高原地帯だし、この日はそれほど暑くはなかったが、少し年かさの少年僧は小型ラジオをずっと聞いており、カタコトの英語で会話すると、いろいろチューナーを回しては中国の歌謡曲やミャンマーの歌謡曲を聴かせてくれる。

 年少の小坊主たちは、足の短い書見台の上で本を開いては読んだり、ねっころがったりと落ち着かない。本をもせてもらったが、どうやら丸文字のビルマ語で書かれた仏教関係の本のようだ。
 幕末の蘭学者で画家の渡辺崋山が描いた「一掃百態 寺子屋図」(写真下)そのままである。年齢層の異なる子どもたちがてんでばらばらに勉強したり遊んだりしている光景は、19世紀の半ばの日本も、21世紀初頭のミャンマーも変わりはない。

 しかし、小坊主たちの落ち着かないこと限りない。子どもだからじっとしていられないのだ。どうやら目ざとく観光客を発見したらしい。数人の小坊主たちが一目散に駆けだしていった。僧院の外を見やると、西洋人の観光客グループをまわりに張り付いている。
 こんな毎日を送っているのだろう。これで果たして仏教の勉強になるのかどうか知らないが、おそらく子ども時代の短期出家だろから、仏教に基づいた基本的なしつけが身につけばそれでよし、というのが親の考えだろう。

 ミャンマーのマルコメ君たちは、日本人みたいでかわいらしいのだが、間違っても絶対にアタマをなぜてはいけませんよ!! このルールだけは絶対に守ってくださいね。
 日本人とミャンマー人は顔は似ているが、異文化に属するのだということは、肝に銘じておかねばならないのだ。


(つづく)



<ブログ内関連記事>

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内(2010年3月)

(2015年10月4日 項目新設)





(2012年7月3日発売の拙著です)










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