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2023年3月28日火曜日

『頭山満講話 立雲先生 大西郷遺訓(全)』(雑賀博愛編、土曜文庫、2019)を読む。西郷を語ってこれを越える講評なし

 

『頭山満講話 立雲先生 大西郷遺訓(全)』(雑賀博愛編、土曜文庫、2019)を読む。100ページに満たない、文庫本サイズの小冊子である。  


初版は1925年(大正14年)。いまから100年近く前のものだ。西郷隆盛死してすでに150年に近い。

『西郷南洲遺訓』といえば、「幾たびか辛酸を経て志始めて堅し」である。座右の銘と言うべきか、この文言は心に刻みつけている。 

大学時代に夢野久作にはまって、その作品のほぼすべてを読み尽くしたこともあって、久作の父であった杉山茂丸、そしてその盟友であった頭山満のこともよく知るにいたった。いずれも福岡の人たちである。もともと個人的には中道ではあるが、高校時代から右派的心情の持ち主であるからだ。 

頭山満翁の人となりとエピソードの数々については、わが愛読書の1冊である夢野久作の『近世怪人伝』を繰り返し読んでよく知っていた。何をした人かではなく、その存在そのものが意味をもっていた人物だ。 



とはいえ、講話というかたちで、頭山満のまとまった発言や談話を読むのは今回がはじめてのことだ。維新史を研究していた記者が、頭山満から一対一で聴き取ったものである。 

維新の動乱のなか、西郷隆盛を慕っていたが、獄中にあったために西南戦争にはせ参じることのできなかった頭山満。その悔しい思いが、すべての原点にある。 

その講評は、西郷隆盛の「敬天愛人」に代表される遺訓を踏まえ、人の道を説きながら、同時代の政治と社会のていたらくを批判したものだ。 

その長い人生のなかで出会った人物たちの発言やエピソード、その豊富な体験から抽出された感懐は、真っ当であるのみならず、ときにそのユーモアに満ちた語り口には笑わされもし、大いに読ませるものがある。 

西郷隆盛の遺訓に劣らず、じつに味わい深く、大いに納得させられるものがあるのだ。これからなんども折に触れ、繰り返し味読したいものと思う。 

評論家の松本健一氏には頭山満の評伝がある。『雲に立つ ― 頭山満の「場所」』(文藝春秋、1996)がそれである。タイトルは頭山満の号であった「立雲」からとったものだ。残念ながら文庫化されることなく、埋もれてしまって現在に至る。  

頭山満はつねづね若い人たちに「一人で居ても寂しくない男になれ」と語っていたという。それは、孤独に強いという意味以上のものであるようだ。わたくしもかくありたしと、自らに言い聞かせて今日に至っている。 


 
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end

2014年1月29日水曜日

「稲盛哲学」 は 「拝金社会主義中国」を変えることができるか?

(稲盛和夫氏の著作の中文簡体字版 amazonチャイナより)


「稲盛哲学」は「拝金社会主義・中国」を変えることができるか? こんな「問い」をしてみたくなった。

今週月曜日(2014年1月27日)のことだが、テレビ東京系列の『未来世紀ジパング』という番組で「驚きの"拝金主義"中国を変える!ニッポン式"こころの経営"」と題して、中国の経営者のあいだで「稲盛哲学」が熱狂的に受け入れられていることが、特集番組として放送されていたからだ。


■稲盛和夫氏の「経営哲学」

「稲盛哲学」といっても哲学者の哲学ではない。京セラの創業者でJAL再建に大きな手腕を発揮した経営者・稲盛和夫氏の「経営哲学」のことである。

哲学というと西洋哲学のことを想起する人も多いだろうが、稲盛氏の経営哲学は「人間として何が正しいのかという一点で物事を判断する」というきわめてシンプルなものだ。道徳性や倫理性を重視したその哲学は、あえて西洋哲学のカテゴリーであれば、近代哲学よりもむしろ古代ギリシアの哲人たちの思索内容に近い。

むかし幸之助、いま稲盛さん、といった感じだろうか。江戸時代の近江商人の「三方よし」や石田梅岩の「石門心学」など「商人道」が説かれてきた日本だが、近代に入ってからも、日本資本主義の父であった渋沢栄一が『論語と算盤(そろばん)』を提唱して以来、倫理や道徳をベースにおいた経営道が追求されてきた。

ともすれば欲望に流されがちな人間を戒めるその経営哲学は、長期的に繁栄をつづけるための知恵といってもいいだろう。


(『生き方』の中文簡体字版は100万部を超えるベストセラー)


その「稲盛哲学」が中国で大フィーバーだということは、日本でもベストセラーの稲盛氏の著書 『生き方』が中国では『活法』として翻訳され、なんと100万部を超えるベストセラーになっている(!)ことからうかがうことができる。

この本はすでに日本でも100万部を超えているのだが、稲盛氏の著作の中文版は総計350万部を超えるのだそうだ。まさに驚異的としかいいようがない。人口13億人の中国とはいえ、100万部は破格のベストセラーである。



■「拝金社会主義中国」という病理

「改革開放」をすすめる社会主義中国が、「社会主義資本経済」に舵を切ったのは、鄧小平時代の1992年。天安門事件後の中国人の目を政治から経済に向けさせることを狙った政策であった。

その結果、多くの中国人カネ儲けに活路を見出したのであるが、ここらへんの事情は 書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人 で取り上げてある。「向前看」(カンチェンカン)時代にひたすら前進することをたたき込まれた中国人は、「向銭看」(カンチェンカン)の合言葉のもと、ひたすらゼニに向かって驀進してきたのである。

しかし、経済発展は成功したものの、政治的閉塞感の代償として社会全体に「拝金主義」が蔓延して、中国社会には大きなひずみが生じていることは周知のとおりである。「唯物主義」を原理原則としてきた社会主義中国である。「拝金主義」は無神論を根幹にすえた「唯物主義」が生みだした「鬼子」の最たるものといえるだろう。

貧富の格差が拡大し、精神的にもストレスが増大し、心のなかには空虚感が拡がっている。この状況は日本の「高度成長時代」の比ではない、あまりにもひどい環境汚染や偽装食品なども、問題の根っこには「拝金主義」にあるのだ。

そんな状況だからこそ、いま中国の経営者のあいだで「心の哲学」を説いた「稲盛哲学」が大フィーバーになっているというわけだ。

あまりにもひどい状況なので、正直をベースにした商売が逆に目立つのである。日本に限らず中国でも、正直をベースにした王道の経営が顧客の大きな信頼を獲得するのである。そしてその結果、ビジネスも順調にいくというわけなのだ。ようやく中国人も目覚めてきたということだろうか。

「目先の利益にとらわれない「利他」の精神にもとづいた企業経営」が大事だという認識が広がりつつあるわけなのだ。理念経営である。


「“吾等定此血盟不为私利私欲,但求团结一致,为社会、为世人成就事业。特此聚合诸位同志,血印为誓。”」(稲盛和夫)


私利私欲を排し、世のため人のためになる仕事をすること、きわめてシンプルだが力強いコトバである。



(心の経営 Soul Management)




■「個人主義」社会中国で会社に求心力をもたせることは可能か

「宗族」(そうぞく)を社会構成の基本原理とする中国人は、自分と家族と宗族(=一族)以外はいっさい関心がない。西洋型とは異なるが「個人主義」が社会の根本にある。

そんな個人主義社会で、従業員を「家族」として扱う「稲盛哲学」が受け入れられているのを見ると、なんだか不思議な感覚を覚える。人間関係を中心に動くことは日本人と同じだが、中国人のロイヤルティは基本的に会社には向かないのである。つまり会社への所属意識はないということだ。その点でドライである。

「経営家族主義」というのは、「昭和時代」に生まれ育ってその「空気」を知っているわたしのような日本人にはかならずしも奇異には映らないが、平成生まれの日本人や、中国人にとっては信じられないものかもしれない。

しかし、『未来世紀ジパング』でも紹介されていたように、成都の不動産会社の従業員大集会は実際に開催されたものであり、熱狂的な稲盛ファンが増殖中であることも否定できない事実なのだ。アイドルのコンサートのようだというコメントも可能だが、なんだか「文化大革命」時代の紅衛兵の大集会を想起させるものもある。


(「稲迷」とは稲盛ファンの意味。不動産会社の大集会 番組サイトより)


番組で取り上げられていたのは、不動産業やエステ・チェーンといったサービス業のオーナー企業であった。顧客との直接の接点が多い、こういった業種から中国企業が変わっていくのだろう。顧客からのレスポンスがダイレクトなだけに、いったん好循環が形成されれば、さらにクチコミで評判が拡がっていくことが期待されるわけだ。

「稲盛哲学」は「拝金社会主義中国」を変えることができるか? という問いを立てた。

もちろん中国企業から中国社会を変えていくことに期待されるが、日本でもそうであるように「稲盛哲学」は中堅中小企業を中心とするオーナー企業に限定されるのではないかと考えられる。

中国には国有企業というきわめて強固な岩盤が存在する以上、意識変革はそう簡単にいくものではないだろう。また、かつて中国で広く学ばれた松下幸之助流の日本型経営は、グローバル経営のもとアメリカ流の資本主義経営に取って変わられていることも事実である。

だが、変化というものは、「域値」を超えると爆発的になる。「稲盛哲学」が「拝金主義に染まった中国企業」を変えていけば、中国社会を変えることにもつながる可能性はある。大いに期待したいものである。

グローバル化は海外から国内に押し寄せてくる津波のように感じている日本人が多いと思うが、「稲盛哲学」のように日本から海外に拡がっていくのもまたグローバル化だということを知るべきであろう。「鑑真は日本に漢文を教え、稲盛は中国に哲学を教える」というコトバが成都の不動産会社の大集会の垂れ幕にあった。

日中関係が悪化しようがしましが、それとこれとは関係ないということ。よいものはよいよいものは受け入れるという中国人の姿勢は、ある意味ではプラグマティズムそのものだ。おおいに結構なことではないか!



■なぜ中文版の『活法』は日本語版よりも売れているのか?

ビジネス関係のブログであれば以上で終わりにしても良かったかもしれない。あるいはまた、京セラで実践されてきた「アメーバ経営」についても触れておいたほうがよかったかもしれない。

だが、こちらのブログは、「"思索するビジネスマン" が惜しみなく披露する「引き出し」の数々。ビジネスを広い文脈のなかに位置づけて、重層的かつ複眼的に考える」といううたい文句を標榜している。より広い側面から「稲盛哲学」について考えてみたい。

なぜ「稲盛哲学」が中国で熱狂的に受け入れられているのか?

このテーマを考えるには「稲盛哲学」が「経営哲学」に収まりきらないものをもっていることに触れておかねばならない。


(わたしが購入して読んだ2013年6月発行の第88刷)


稲盛和夫氏の『生き方  ―  人間として一番大切なこと』(サンマーク出版、2004)を読んだ方は納得していただけると思うが、稲盛哲学は道徳性や倫理性のきわめてつよい「経営哲学」であるだけでなく、宗教的というかスピリチュアルな印象のつよい「心の哲学」である。「魂の哲学」と言ってもいいだろう。

稲盛氏じしんが「魂を磨くいていくことが、この世を生きる意味」だと説いておられる。ちなみに中文では「人生的意义在于修炼灵魂」となっており、「魂」の文字がそのままつかわれている。

稲盛氏の私塾である「盛和塾」の塾生である中小企業の経営者たちにむけた『経営者とは  ―  稲盛和夫とその門下生たち』(日経トップリーダー編、2013)のなかで、稲盛氏は孫引きではあるが哲学者・井筒俊彦の発言を読んで大いに感じるものがあったと語っている。イスラーム哲学の研究者として世界的権威であった井筒俊彦だが、みずからをプラトニストと規定していた「魂の哲学」を追求した人 でもあった。

日本でも刊行以来10年で100万部を突破している『生き方』は、企業経営者のワクを超えて一般人にも読まれている。その理由は有限の人生のなかで自分が「存在」する意味と何をなすべきかについて、実践活動をつうじた思索をわかりやすいコトバで語っているからだろう。

『生き方』はあくまでも日本人向けに書かれた本なので、登場する事例や歴史上の人物もみな日本人である。

だが、中文版の『活法』はオリジナルの『生き方』より先に100万部を突破しているのである。中国の読者に熱狂的に受け入れられているのは、日本人読者が感じる以上のものがそこにあるからはないだろうか。


■中国人の「精神的空虚」と「精神的飢餓」状態

昨年(2013年)10月にNHKで放送された2つの特集番組が、その理由の一端を与えてくれると思う。

NHKスペシャル 中国激動 "さまよえる"人民のこころ (2013年10月13日放送)と 中国で拡大するキリスト教 (NHKワールドWAVEまるごと 2013年10月21日)である。

番組紹介文の一部をここに掲載しておこう。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

NHKスペシャル 中国激動 "さまよえる"人民のこころ (2013年10月13日放送)

経済的な成功に代わる新たな“心のより所”を模索し始めた中国の人々の内面に迫る。
今、人々の間で急速に求心力が高まっているのが、2500年の伝統を誇る中国生まれの“儒教”だ。「他人を思いやる」、「利得にとらわれない」ことを重要視する儒教にこそ、中国人の心の原点があるとして、儒教学校の設立や、儒教の教えを経営方針に掲げる企業が続出。現代風にアレンジした新興グループまで登場し、中国全土に儒教ブームが広がろうとしている。国も、かつては弾圧の対象でもあった儒教を認め、支援することで人々の心を掌握しようとしている。拝金主義の夢から覚め、「心の平安」を求める人々――。次なる時代へと向かおうとする中国の姿

中国で拡大するキリスト教 (NHKワールドWAVEまるごと 2013年10月21日)

高尾 「習近平体制発足から1年。これまでのような高い経済成長が難しくなる中、中国は今、“宗教”という新たな課題に向き合わざるをえなくなっています」。 黒木 「物質的に豊かになる一方で、激しい競争社会に疲れ、宗教に心のよりどころを求める人々が増えています。最も信者を増やしているのが、キリスト教です。中国には、以前から政府の管理下にある公認の教会がありましたが、今、急増しているのは、政府の公認を受けない"家庭教会" と呼ばれる教会です。現地で取材しました」 (参考) YouTubeに動画あり(いつ削除されるかわからない)。


プライドが高いがゆえに傷つきやすく、脆弱な性格をもっていることも指摘される中国人が、欧米や日本という先進国に対する精神的劣等感の裏返しとして「反日」に走るのは、捌け口を外部に求めたものである。だが、それ以上に拡がっている精神的飢餓状況にこそ注目しなければならない。

アメリカ型の弱肉強食の競争社会のなかでストレスをため、心が折れそうになっている中国人は、いったいなにを心の支えとしたらよいのか。その答えが儒教回帰であり、キリスト教への入信ということなのだろう。

民衆支配の学としての儒教が社会の安定を上から行うものであるとすれば、個人の精神的安定を下からもたらすものは基督教(=キリスト教)であるといってよい。

儒教が中国で生まれた伝統的な教えであるとすれば、キリスト教はアメリカ映画などで親しんできた都会的で近代的なイメージをもった宗教であるともいえる。

儒教があくまでも「集団のなかの個」の生き方であるのに対し、キリスト教、なかでもプロテスタントは「個」そのものの生き方を問うものである。


(NHKの番組ウェブサイトより)


とくに注目すべきは、形式性を重視し「外面」の行動を規制する儒教よりも、「内面」をより重視するキリスト教が拡っている事実である。「精神的飢餓」状態はスピリチュアルな飢餓状態と言い換えていいかもしれない。

現実政治ではチベットを弾圧している中国だが、一般民衆のなかにはチベット仏教(・・いわゆるラマ教)を含め大乗仏教に熱心に帰依する者も少なくない。もともと現世志向のきわめてつよい中国人であるが、仏教の場合は日本と同様に現世利益を求めてのものも少なくないだろう。

とくに都市部ではキリスト教が精神的飢餓状態を癒してくれるのであろう。そのなかでもプロテスタント系のキリスト教が急速に勢力を伸ばしているようだ。そもそも戦前からアメリカのプロテスタント教会にとって、アジアにおける主要な宣教は中国を対象としたものであった。「英語・アメリカ・キリスト教」である。

現世に不満を抱く民衆が新興宗教によって一大勢力となり、ときの政権を大きく揺るがすのは、白蓮教徒や義和団さらには20世紀後半の法輪功など中国史には断続的に出現する現象だが、19世紀の「太平天国」がキリスト教系の新興宗教であったことは想起しておいたほうがいいかもしれない。



■「稲盛哲学」は中国人の精神的飢餓に応えている?

「稲盛哲学」の流行も、中国人が精神的飢餓状態にあるという文脈のなかで捉える必要もありそうだ。

さきにも触れたように、稲盛氏の「魂の哲学」は、けっして奇をてらったものではない。人として、あたりまえのことをあたりまえにおこなうべきだという内容である。儒教や仏教など伝統的な教えをベースに、実践のなかで考え抜かれた思索をまとめあげたものである。

ある意味では稲盛氏自身も引用している江戸時代中期の「石門心学」の提唱者・石田梅岩の平成版といっていいかもしれない。石門心学は儒教・仏教・道教の三教を総合した、商人を中心とした一般庶民向けの実践倫理思想である。

「稲盛哲学」の儒教的な根底には、西郷隆盛の「精神」と福澤諭吉の「実学」がある。この二人は互いにリスペクトしあっていたといわれるが、その根底には日本的に解釈された朱子学と陽明学がある。

儒教が復活しつつある中国で「稲盛哲学」が受け入れやすいのは、ある意味では当然なことなのだろう。稲盛氏の教えは中国にとっては「外来」のものでありながら、もともとの思想が中国で生まれたものであるという点において「外来」ではないからだ。

稲盛氏自身もよく引き合いに出す西郷隆盛のキャッチフレーズ「敬天愛人」は、いっけん儒教の文言のように見えるが、じつは『自助論』で有名な中村正直が、キリスト教思想を参考にしながら「敬天」と「愛人」の二つを合成してつくった造語らしい。儒者として身を立てた旧幕臣の中村正直は、英国留学を経てキリスト教徒となった啓蒙主義者である。

日本でも明治時代にキリスト教を受け入れたのが、「維新の負け組」となった旧武士階級が多かったことを考えると、いま中国で「拝金主義社会」のなかでストレスをためて心が折れそうになっている中国人が、心のよりどころをキリスト教に求めているのは不思議ではない。

しかも、もともと儒教が社会の根底にある中国や韓国にキリスト教を受容する土壌があることから考えると、「敬天愛人」というフレーズは、儒教でもキリスト教でも受け入れやすいということになる。

企業単位での学びと個人単位での学びをつうじて、「稲盛哲学」が草の根レベルで下から中国人のあいだに浸透していくならば、中国にとっても日本にとっても良いことだ。「日中友好」というフレーズは好きではないが、ビジネスマンであるわたしは、お互いにいがみ合うのは無意味であると考えるからだ。



■経営を担うのは人。真の人間理解なくして経営はわからない

とかく日本でもインテリは、宗教的であるとして「稲盛哲学」を敬遠しがちの傾向があるが、なぜ「稲盛哲学」が日本だけでなく中国でも受け入れられているか、考えてみる必要があるのではないだろうか。

またそういう理解があってこそ、キリスト教圏やイスラーム圏、ユダヤ教世界や仏教世界におけるマネジメントの意味について類推して考えることができるはずだ。宗教の理解は絶対に必要である。

マネジメントとは、「人をつうじて事を成就する術」(the art of "getting things done through people")と定義したのは、ドラッカーの先行者であるアメリカの実践思想家メアリー・パーカー・フォレットである。

この定義をわたし的に深読みすれば、経営は人間と切り離せないということだけでなく、人間を人間たらしめている魂とは切っても切り離せないものであることまでつながっていく。マネジメントは人間哲学であるのはもちろん、ひいては「魂の哲学」にもつながるものがあるのだ。

マネジメント概念の生みの親ドラッカーは、『論語と算盤』を書いた渋沢栄一をきわめて高く評価していた。『マネジメント』で取り上げて論じている。

稲盛和夫の「稲盛哲学」はもまた、食わず嫌いしないほうがいい。できれば本を読むだけでなく、その謦咳に触れてみることも必要だろう。わたしも一度だけだが講演会で稲盛和夫氏の話を聞いたことがある。

かぶりつきの最前列の席で拝聴したのだが、話の内容はさておき、その腰の低さに驚いたことがつよく印象に残っている。まさに「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」そのものであった。



<関連サイト>

『活法』(稻盛和夫(作者)、曹岫云(译者)、东方出版社 第1版 2012)     
・・『生き方』の中文簡体字版。amazon.co.cn(アマゾン・チャイナ)

戦後初の閣僚級会議で「新章」に入った中台関係-結末は悲劇か、ハッピーエンドか (福島香織、日経ビジネスオンライン 2014年2月19日)
・・「台湾アイデンティティーは、日本統治時代に高等教育を受けた李登輝世代のエリートたちが国民党に抵抗する民主化運動の過程で確立された部分が大きく、その根幹には「日本精神(リップチェンシン)と呼ばれる日本的倫理観や精神的価値観(清潔、公正、勤勉、責任感、正直、規律遵守など)が刷り込まれている」  「稲盛哲学」もまた「日本精神」そのものだろう。はたして大陸中国は台湾のように「日本」化できるのかどうか?

いま中国企業で何が? ~日本式経営学ブームの陰で~(NHKクローズアップ現代、2014年7月21日放送)
・・「京セラ名誉会長の稲盛和夫氏。その経営哲学に一部の中国企業家たちが熱烈な関心を寄せているのだ。背景にあるのは、中国経済の「変調」。成長に陰りがみえる中、かつて成功の方程式だった“もうけるには手段を選ばず”というやり方に限界を感じ、儒学にも通じる稲盛流の思想に経営のヒントを見つけ出そうと懸命の模索を始めている」(番組案内から)。 動画あり

中国期限切れ食肉事件と「稲盛和夫人気」はコインの裏と表 アリババのジャック・マー氏も尊敬するその理由 (日経ビジネスオンライン、2014年7月24日)
・・「腐敗がはびこり、社会が良くなったという実感がない。だからこそ稲盛氏が説く利他の教えに多くの人が共感する」

"新・経営の神様" 稲盛和夫が明かす「日本企業、大復活のカギ」 日本を「幸せに導く」方法とは(現代ビジネス、2016年8月24日)


神秘宗教の台頭は王朝末期の印?-マヤ暦の世界終末の日に花束を売る女の子 (福島香織、日経ビジンスオンライン、2012年12月27日)

中国でなぜ「カルト」がはびこるのか-「5.28山東省マクドナルドの惨劇」の裏側  (福島香織、日経ビジンスオンライン、2014年6月4日)
・・「土地が広い、自然が厳しい、人口が多い、不条理に虐げられる貧しい人々が奇跡の救いを求めている…。いろいろ理由はあろうが、中国ほど民間に広がった神秘宗教が反体制結社化し大衆運動を起こして、王朝が倒れるトリガーの役割を果たす歴史を繰り返した国があるだろうか。太平道、白蓮教、羅教、太平天国…。近代は宗教の流を組む秘密結社が革命を推進した。こうなると、時代の変わり目に反体制的宗教結社が登場するというのは中国のお国柄としか思えない」

中国、2030年には「世界最大のキリスト教国」に? (ハフィントンポスト、2014年4月25日)
・・「パデュー大学で社会学を研究するフェンガン・ヤン(楊鳳岡)教授は、中国のキリスト教信者数は将来アメリカを抜き、世界最大のキリスト教人口を抱える国になると推測している。・・(中略)・・中国のキリスト教人口は、2025年までに1億6000万人、2030年までには2億4700万人に拡大し、アメリカを抜いて世界最多のキリスト教徒を抱える国になると予測」

2030年には中国が世界最大のクリスチャン国に (クリスチャン・トゥディ、2014年4月24日)
・・「楊教授は「潜在的な脅威」を指摘。当局がキリスト教を抑圧しようとして、今後「より強烈な」闘争に入る可能性を懸念。「教会をコントロールしようとする政府関係者たちがいて、最後の試みをしている」と語る」

中国政府、キリスト教会への迫害を開始? 温州市の三江教会が取り壊される (クリスチャン・トゥディ、2014年4月29日)

温州三江教会強制撤去事件の真相-宗教台頭が王朝交代招く歴史は繰り返すか (福島香織、日経ビジネスオンライン、2014年5月20日)
・・「近年の中国でキリスト教の弾圧が激化していると聞く。その象徴的な事件が、4月の浙江省温州市での三江教会の強制撤去事件だった・・(中略)・・キリスト教徒の数は2012年末当時で全国1億人以上という推計もあり、共産党員8500万人を上回る勢力・・(中略)・・実際、中国の地方都市・農村を旅すると、確かにキリスト教徒が多いと実感する。貧困地域や環境汚染のひどいところほど、熱心な信者が集っている・・(中略)・・公認非公認含めた中国のキリスト教は、この10年余りほどで、こういった中国の体制の矛盾に苦しむ人たちの心をとらえて急拡大」

香港の民主化運動の底流にあるキリスト教価値観 (ウォールストリートジャーナル日本版、NED LEVIN、2014年10月3日)
・・香港に根を下ろしているカトリックと増加中のプロテスタント。9月末からつづく学生主体の抗議運動の背景を理解するための重要な内容の記事

Religion in China  Cracks in the atheist edifice The rapid spread of Christianity is forcing an official rethink on religion (The Economist, Nov 1st 2014 | WENZHOU | From the print edition)
・・温州は中国のエルサレムと呼ばれているほど中国におけるキリスト教の中心地となっている。Yang Fenggang of Purdue University, in Indiana, says the Christian church in China has grown by an average of 10% a year since 1980. He reckons that on current trends there will be 250m Christians by around 2030, making China’s Christian population the largest in the world. Mr Yang says this speed of growth is similar to that seen in fourth-century Rome just before the conversion of Constantine, which paved the way for Christianity to become the religion of his empire.(・・中国におけるキリスト教信者の増加は4世紀のローマにも匹敵する)

「中国はよくなっている!」  信号待ちで思わず涙した私(中島 恵、日経ビジネスオンライン、2015年3月20日)
・・上海の一部だが交通法規など社会ルールを守る中国人が生まれて生きていることに社会変化(or 狂乱の経済成長鈍化?)の兆候をみる

なぜ今大学で「稲盛和夫」を学ぶのか?(ダイヤモンドオンライン、2016年2月16日)
・・「京セラ名誉会長・稲盛和夫氏。世界的にも著名な現役経営者である稲盛和夫氏の経営哲学についての多様な分野での学術研究を推進し、あわせて教育プログラムを開発する「稲盛経営哲学研究センター」が、昨年(2015年)立命館大学に創設された」

中国人経営者が日本の経営者に心惹かれる意外な理由 (中島恵、WEDGE、2017年11月24日)

中国人に刺さる京セラ・稲盛和夫さんの哲学「価値観変わった」 没後も塾生が増え続ける理由(京都新聞、2023年8月24日)

(2014年7月24日、10月31日、2015年3月20日、2016年2月17日、8月27日、2017年11月24日、2023年8月24日 最新情報追加)




PS2 2018年に創刊された Bitter Winter (2019年5月10日記す)

Bitter Winter 中国における信教の自由の迫害 と人権に関する雑誌(2018年5月創刊)
・・「Bitter Winterは、中国の 信教の自由 と 人権 について報道するオンライン雑誌として2018年5月に創刊されました。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(Center for Studies on New Religions、略称CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信しています。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えています。 Bitter Winterの特徴は、中国全土にいる数百人の記者ネットワークにより生の声を届けていることです。記者たちは逮捕されるなどの危険を顧みず、中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信しています。 Bitter Winterの編集長を務めるマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は、宗教研究の領域で著名な学者です。(以下略)」




<ブログ内関連記事>

■中国関連一般

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」


■中国人の「個人主義」

「個人と組織」の関係-「西欧型個人主義」 ではない 「アジア型個人主義」 をまずは理解することが重要!

ひさびさに宋文洲さんの話をライブで聞いてきた!-中国人の「個人主義」について考えてみる
・・さらに加えて、孫文の『三民主義』や『小室直樹の中国論』をてがかりに中国人の個人主義について考えてみた

書評 『新・通訳捜査官-実録 北京語刑事 vs. 中国人犯罪者8年闘争-』(坂東忠信、経済界新書、2012)-学者や研究者、エリートたちが語る中国人とはかなり異なる「素の中国人」像

書評 『中国市場で成功する人材マネジメント-広汽ホンダとカネボウ化粧品中国に学ぶ -』(町田秀樹、ダイヤモンド社、2010)-グローバル・マネジメントにおける人材マネジメントについて


■稲盛和夫と「稲盛哲学」、「魂の哲学」

書評『稲盛和夫の哲学』(稲盛和夫、PHP、2001)-「生と死」をテーマにした「人生哲学」は哲学の王道である

書評 『「利他」-人は人のために生きる-』(瀬戸内寂聴・稲盛和夫、小学館文庫、2014 単行本 2012)-智慧に充ち満ちた二人のエルダーによる対談型法話
・・JAL再建について稲盛氏自身が「利他の実践」として語っている

書評 『全員で稼ぐ組織-JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書-』(森田直行、日経BP、2014)-世界に広がり始めた「日本発の経営管理システム」を仕組みを確立した本人が解説
・・稲盛哲学と経営管理の仕組みが合体した「アメーバ経営」とは?

書評 『稲盛和夫流・意識改革 心は変えられる-自分、人、会社-全員で成し遂げた「JAL再生」40のフィロソフィー』(原 英次郎、ダイヤモンド社、2013)-メンバーの一人ひとりが「当事者意識」を持つことができれば組織は変わる

『週刊ダイヤモンド』の「特集 稲盛経営解剖」(2013年6月22日号)-これは要保存版の濃い内容の特集

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲) 
・・稲盛氏が好きな「敬天愛人」以外にも名文句あり

書評 『井筒俊彦-叡知の哲学-』(若松英輔、慶應義塾大学出版会、2011)-魂の哲学者・井筒俊彦の全体像に迫るはじめての本格的評伝

「如水会講演会 元一橋大学学長 「上原専禄先生の死生観」(若松英輔氏)」を聴いてきた(2013年7月11日)

書評 『ユダヤ人エグゼクティブ「魂の朝礼」-たった5分で生き方が変わる!-』(アラン・ルーリー、峯村利哉訳、徳間書店、2010)
・・ビジネスをつううじて、仕事をつうじて魂を磨く! 基本的な哲学は共通

書評 『道なき道を行け』(藤田浩之、小学館、2013)-アメリカで「仁義と理念」で研究開発型製造業を経営する骨太の経営者からの熱いメッセージ
・・「稲盛哲学」をアメリカで実践する日本人経営者。アメリカにも広がる稲盛哲学

Where there's a Will, there's a Way. 意思あるところ道あり


■中国とキリスト教の関係、儒教とキリスト教の親和性

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「中国と朝鮮では、朱子学が村落レベルまで浸透しました。朱子学の発想には二元論的発想がととのえられています。だから、中国と朝鮮のキリスト教化のために、朱子学が論理的地ならしをしたと、皮肉ることもできます(泉靖一)」

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった
・・儒教倫理によって涵養され、しかも明治維新によって「負け組」となった旧武士階級は、精神的飢餓感を癒すためキリスト教に飛びついた者が少なくない

書評 『韓国とキリスト教-いかにして "国家的宗教" になりえたか-』(浅見雅一・安廷苑、中公新書、2012)- なぜ韓国はキリスト教国となったのか? なぜいま韓国でカトリックが増加中なのか?
・・現世利益のプロテスタントでは精神的飢餓感を癒されない韓国人がカトリックに改宗


■価値観と経営

書評 『7大企業を動かす宗教哲学-名経営者、戦略の源-』(島田裕巳、角川ONEテーマ21、2013)-宗教や倫理が事業発展の原動力であった戦前派経営者たちの原点とは?
・・内容的には物足りないが参考にはなろう。ただし、稲盛和夫氏はなぜか取り上げられていない

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!

松下幸之助の 「理念経営」 の原点- 「使命」を知った日のこと

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!


(2014年5月21日、8月19日、2016年8月27日、2023年8月24日 情報追加)



PS この記事の執筆後、「アメーバ経営」について姉妹編のビジネスブログに記事を書いたのでご参照いただけると幸いである。

書評 『全員で稼ぐ組織-JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書-』(森田直行、日経BP、2014)-世界に広がり始めた「日本発の経営管理システム」を仕組みを確立した本人が解説

経営哲学と仕組みの両輪がかけ算となっている「アメーバ経営」という経営管理システム。同書によれば、これまで中国企業を成功に導いてきた成果主義が機能不全に陥り、「アメーバ経営」を導入する企業が増えつつあることについても一章を割いて書かれている。

このブログ記事では、個々の中国人の精神的危機について多く触れたが、健全な精神の持ち主である企業経営者に稲盛哲学が広がり、アメーバ経営が導入されていくことは、広い意味での「戦争抑止」につながるのではないかと期待したい。

(2014年6月12日 記す)


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2013年9月24日火曜日

書評『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)―「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ



本書『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)は日本近代政治史の第一人者が描いた明治維新「革命」における「革命家」西郷隆盛へのオマージュである。

たしかに現在76歳の著者がいうように、西郷隆盛ほど「虚像」がまかりとおってきた存在もないかもしれない。上野公園の銅像を筆頭に。だが、それは主に政治的志向のつよい知識人の世界の話ではあるまいか?

教育をつうじた「虚像」は、きわめて悪質なものであったと言わねばなるまい。

やれ征韓論を強硬に主張したとか、やれ西南戦争における不平士族の反乱の指導者であると、西郷に着せられた汚名の数々はそうした誤った史観の反映である。

それは左翼だけでなく右翼においても同様だった。その点は著書の見解には賛同する。

だが、鹿児島の人たちによる圧倒的な支持は当然のこととして、鹿児島出身者以外でも一般庶民のレベルにおいては、多くの一般人は一貫して西郷隆盛支持をつづけてきた。

だから、これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたわけだ。

本書はその最新の一冊である。


■西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者にして実行者

著者は本書のなかで何度も強調しているように、西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者であり、かつ実践者であったということだ。


(お雇い外国人キヨッソーネ筆になる西郷隆盛の肖像画)

もちろん、革命といっても、かつて左翼のいわゆる「進歩派」の歴史学者たちが主張していたブルジョア革命ではまったくない。革命の主体がブルジョワ階級(・・商工業の経営層である中上層市民)ではなく、下級武士であったからだ。

西郷がやり抜いたことは、下級武士階級による武士の身分そのものの解体という過激な内容であった。これは、ただ徳川幕府を倒しただけではなく、クーデターという非常手段であるとはいえ、鎌倉幕府開設以来つづいてきた日本封建制700年の歴史に完全に終止符を打った(!)のである。これを「革命」と言わずして何が革命か!

西郷隆盛という人物が百年に一人の逸材というよりも、日本史においては「千年に一人の人物」であったことを意味していると受け取るべきかもしれない。

「革命家としての西郷」が、「土地本位の地方分権制としての封建制」に終止符をうつ廃藩置県まで構想していたということ、そしてその実現によって革命家としての西郷の使命は終わったこと。これは重要なことだ。日本が生き残るため、当時の情勢では強力な中央政府が不可欠であるという思想に基づいたものだが、西郷自身は中央集権制の建設者になるつもりはなかったのだ。

廃藩置県以降の西郷はすでにその使命(=ミッション)を終えていたのであるが、残る問題は革命の推進力となった「革命軍」をもてあましたことにある。、これはフランス革命でも、中国革命でも、イラン・イスラーム革命でも、「革命は銃口から生まれる」(毛澤東)という点において共通する事情だ。

西郷には軍事指導者としての卓越したリーダーシップがあっても、政治を動かすマネジメント能力が不足していたのは否定できない。奄美への島流しにあい、投獄もされ、その間の約4年半に政治的実践の場からは遠ざけられていたからだ。学問や胆力を積むことはできたが、この4年半の損失は政治家にとってはじつに痛かった。

だが重要なことは、生涯において一度たりとも攘夷主義者ではなかったという点。その点が、科学技術による開国を主張していた佐久間象山を尊敬し、その流れにある勝海舟とも気脈をつうじあえた所以である。吉田松陰の流れをくむファナティックな攘夷主義者との大きな相違点だ。

そして福澤諭吉の『文明論之概略』を愛読し大いに評価していたこと。福澤諭吉が西南戦争に際して西郷隆盛を政府の横暴に対する抵抗であると弁護したことは、たとえ会ったことはなくても、両者が互いにリスペクトしあっていたことを物語るものだ。


■日本近代政治史における西郷隆盛という存在

本書にかんしては、引用文に現代語をつけないのは、幕末の志士たちの息遣いがそのまま伝わってくるのが利点ではあるが、漢語の教養の乏しい現代の一般人にはやや厳しいかもしれない。

また最後の最後まで本書で不満に思ったのは、ではその政治構想がいかなるところから西郷に生まれたのかという点が不問に付されていることである。著者が政治史を専門とし、思想史は専門外であるためだろう。

「打てば響く」という大器の西郷を描くのはきわめて難しい。あまりにも人物が大きすぎるためだ。これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたが、これからもまだまだ多くの人が書き続けていくことでであろう。

本書は、もっぱら西郷の視点で描いた幕末から明治維新にかけての13年間の政治史であり、壮年期のほとんどを「革命」に身をささげた西郷隆盛へのオマージュである。

熱い思いのこもった一冊である。


(西郷隆盛終焉の地とされる城山の洞窟 筆者撮影)


PS 西郷隆盛の終焉(1877年9月24日)

本日(2013年9月24日)は、奇しくも西郷隆盛が西南戦争最後の激戦地となった城山で没したした日である。

いまから126年まえの1877年(明治10年)のことであった。「もう、ここらでよか」という一言を残して部下に首をはねさせたのであった。享年51歳。

明治6年に新暦(グレゴリオ暦)が導入されていたので、まさにきょうこの日が西郷隆盛の命日にあたる。合掌。


(画像をクリック!)


目 次

はじめに
第1章 「攘夷」なき「尊王」論者
 1. 西郷登場のタイミング
 2. 「外圧」と挙国一致
第2章 安政の大獄と西郷隆盛
 1. 先達の挫折と西郷の登場
 2. 西郷と「留守薩摩」
第3章 西郷の復権
 1. 流刑中の中央政治
 2. 幕府の復権と西郷の復活
 3. 「公儀輿論」か「武力倒幕」か
第4章 大名の「合従連衡」から藩兵の「合従連衡」へ
 1. 「薩土盟約」と「大政奉還」
 2. 「官軍」の形成と二院制
 3. 西郷隆盛の限界
第5章 「革命」の終了と政権復帰
 1. 議会制か御親兵か
 2. 西郷における「革命」の終了
第6章 廃藩置県後の西郷 終章 西郷の虚像と実像
 1. いわゆる征韓論
 2. 台湾出兵と西郷
終章 西郷の虚像と実像
おわりに


著者プロフィール

坂野潤治(ばんの・じゅんじ)
1937年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学修士。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、東京大学名誉教授。専門は日本近代政治史。主な著書に、『近代日本の国家構想-1871~1936-』(岩波書店、吉野作造賞)、『日本憲政史』(東京大学出版会、角川源義賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(西郷隆盛終焉の地に建つ石碑 筆者撮影)


<関連サイト>

敬天愛人の原拠(田村貞雄 日本近代史)
・・西郷隆盛といえば「敬天愛人」。この「敬天愛人」の根拠は漢訳聖書にあるらしい。直接の典拠は、儒者でキリスト教徒であった中村正直にあるようだ。さらにさかのぼれば康煕帝の「敬天愛人」にある。福澤諭吉の『文明論之概略』を読み込んでた西郷隆盛ならありうる話だ



<ブログ内関連記事>

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本
・・著者による革命としての明治維新論。これもあわせて読むべき名著

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)
・・壮年期の5年を離島への島流しのためフイにした西郷隆盛ならでこその名言

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・旧庄内藩士たちに与えた西郷隆盛の圧倒的な影響

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった
・・経済オンチの参議・西郷隆盛を、新政府の大蔵官僚として出仕した渋沢栄一がたしなめるシーンがある。西郷隆盛が政治的に封建制に終止符を打った「廃藩置県」だが、スムーズな実行を財政面から実現した立役者が渋沢栄一であったことは明記しておく必要がある

福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ

(2014年12月30日、2018年1月4日 情報追加)


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2012年6月1日金曜日

書評『東京スカイツリーと東京タワー 「鬼門の塔」と「裏鬼門の塔」』(細野透、建築資料研究社、2011)ー この二つの塔は「対(つい)の関係」にあるのだ!

■東京タワーはなぜ後世に残さなければならないのか?

東京スカイツリーが完成したいま、東京タワーの運命はどうなってしまうのだろうか? 

このように心配している人も少なくないと思う。このようにいうわたしもまたその一人である。

電波塔としての役割は、634メートルと世界一高いスカイツリーで十分なのではないか? 

333メートルの東京タワーは周囲に高層ビルが多くて電波障害の影響を受けている以上、もはやその使命は終えたのではないか? 

このような機能主義と合理主義だけでものを語る人が一方では多いのではないかという懸念を抱いているからだ。もしその議論がとおってしまうと、東京タワーはいずれ解体されてしまうかもしれない・・・。ああ。

リリー・フランキーの小説 『東京タワー-オカンとボクと、ときどきオトン』を原作にした映画を、海外出張で移動する国際線の機内でみたが、なぜか感動して涙があふれてくるのを止めることができなかった。子どもの頃から見慣れてきた東京タワー、いまでもスカイツリーより東京タワーのほうが好きだ。いまの自宅からは東京スカイツリーが見えるのだが、港区にいくたびにそう思う。

この本の著者である細野透氏は、工学博士で一級建築士の資格をもつ建築&住宅ジャーナリストである。

東京タワーをなんとか後世に残しておきたいというつよい思いが、本書で展開される謎解きに時間をかけて挑戦させ、ついには東京タワーと東京スカイツリーにまつわる「物語」を導き出すことに成功した。

建築と都市設計を、東京=江戸という土地の歴史を「地霊」(ゲニウス・ロキ)の視点から、物語を呼び出させたのである。ゲニウス・ロキ(genius loci)とはラテン語。土地にまつわる精霊というべきか。ドイツ語なら Erdgeist というべきものである。

本書で展開される謎解きの内容とその結論である物語については、すべての人が納得いくことはないだろう。しかし、それは違うと否定するだけのものを持ち合わせている人も少ないのではないだろうか。


わたし自身も、100%納得しているわけではないのだが、著者が建築関係の友人たちに物語を語ったときの反応が沈黙であるというのも、わからなくはない。

建築と都市設計というものは、合理主義一点ばりでは成立しないからだ。建築には施主と入居者、そして建築家という、感情をもつ人間の思いがからまってくるからだ。

しかも、人間だけではない。重層的な歴史をもつ土地そのものがかかわってくるのだ。

なぜ、特定のある建築物では不幸がつづくのか、あるいは逆に幸運がもたらされるのか、自然科学による説明にはどうしても限界があることに、多くの人は異論ないだろう。

これには風水や家相といった説明もかかわってくる。とくに日本で発達した「鬼門」と「裏鬼門」という考えが、著者の謎解きと「物語」発見には重要な意味をもっているのだ。

平将門、太田道灌、徳川家康、天海、明治天皇、西郷隆盛、昭和天皇・・・・。そのいずれもが東京=江戸という土地の歴史に大きくかかわった人たちだが、とりわけ重要なのが平将門である。

社会人になっていちばんはじめの就職先が、将門首塚のある大手町であったこともまた、わたしがこの「物語」に引きつけられる点である。平将門を祀る神田明神に属する将門首塚には、これまでなんどお参りしたか覚えていない。

将門の怒りに触れたのかどうかわからないが、首塚のある一角のうらにあったビルのオーナーは転々としている。かつて長くそのビルのオーナーであった日本長期信用銀行は、首塚に背を向けて日比谷に去ったあと、時を経ずして破綻して国有化される憂き目にあった。

これをただ単に「都市伝説」と言い切ってしまっていいのかどうか、わたしのは判断しかねるものがある。これもまたゲニウス・ロキ(地霊)がかかわる話なのであろうか。

本書は、建築史家・鈴木博之の『東京の地霊(ゲニウス・ロキ)』(ちくま学芸文庫、2009 初版 1990)と、中沢新一の 『アースダイバー』(講談社、2005)の系譜につらなるものだと著者はいう。この両者に関心のある人は、読んでみる価値があるといっていい。

東京タワーと東京スカイツリーを「対(つい)の構造物」として見る物語には、平将門伝説が密接にからんでいるのである。このヒントだけを書きしておくこととしたい。

あとは実際に手にとって読んでみることをおすすめしたい。




目 次


はじめに
第一部 首都と鬼門と「聖なる森」
-第一章 鬼門とは何か
-第二章 江戸の鬼門対策
-第三章 鬼門と明治維新
第二部 丹下健三の「不思議な回り道」
-第四章 世界の「タンゲ」一代記
-第五章 富士山に魅せられた建築家
-第六章 西郷隆盛像の大きな目
-第七章 東京都庁舎を巡る『点と線』)
第三部 東京スカイツリーと東京タワー
-第八章 鬼門の塔、裏鬼門の塔
-第九章 将門の塔
-第十章 凌雲閣の悲劇
-第十一章 『作庭記』の予言
-第十二章 桔梗の塔
エピローグ
おわりに
関連年表
主要参考文献

著者プロフィール  

細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌『日経アーキテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリーランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『アースダイバー』(中沢新一、講談社、2005)-東京という土地の歴史を縄文時代からの堆積として重層的に読み解く試み』

「駐日欧州委員会代表部新ビル建設に伴う"地鎮祭"」 (情報)
・・ゲニウス・ロキ(地霊)について触れておいた。施主が欧州関連ですら日本である以上、地鎮祭をおこなって土地の霊にあいさつをしなければならない

地層は土地の歴史を「見える化」する-現在はつねに直近の過去の上にある

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (5) 断食二日目-祇園会が始まる前夜
・・「新「勝」寺の「勝つ」は、朝敵とされた平将門調伏が出発点なのだ。この点、神田明神とは正反対のポジションに立つわけなので、むかし大手町に勤務していたとき、三井物産ビルと長銀(当時)ビルの狭間にひっそりとたたずむ将門首塚にはよくお参りをしていた私にとっては、ちょっと複雑な気持ちなのだが・・・」

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (6) 断食三日目は、成田山祇園会の山車と市川海老蔵丈夫妻の結婚奉告参詣
・・「『真言祖師行状記』(伊原照蓮、成田山選書、1998)で、成田山開山の祖師・寛朝大僧正の話を読む。朝敵となった平将門の乱を鎮定するため、鎮護国家の役割をになった真言僧が不動尊を勧請して調伏に成功、しかし京に戻らずに、成田の地にいついて成田不動尊を建立したのであると」

建設中の東京スカイツリー(墨田区押上)を千葉県船橋市から真西の方向に見る (2010年10月17日)

市川文学散歩 ③-国府台(こうのだい)城跡から江戸川の対岸を見る

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