
■鉄道を軸にみると「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じたことがわかる■
歴史学者・原武史の「鉄学」概論である。「鉄学」とは哲学をもじった表現、いうまでもなくここでいう「鉄」とは「鉄道」の「鉄」のことである。
専門である近代天皇制についての研究は、趣味の域を超えた鉄道研究(・・基本的に乗り鉄)と大きな相乗効果をあげていることは、原武史の読者であればよくご存じのことであろう。一言でいえば、「鉄道×日本近現代史」である。
タイトルにひかれて手にとった読者も、すでに原武史の著作を何冊か読んできた者にとっても、十二分に楽しめる内容の読み物になっているといえよう。また本書から逆に原武史個々の作品に読書の幅を拡げていくのもいいかもしれない。原武史のエッセンスが本書に凝縮されているからだ。
この本に取り上げられたテーマを列挙するなら、鉄道紀行文学、鉄道沿線と作家、近代天皇制、東西日本の私鉄沿線宅地開発、住都公団による鉄道沿線の団地開発、路面電車の廃止による首都東京の記号化、といったことになるだろうか。
本書を読んでいて強く印象を受けたのは、鉄道を軸にして考えると、第二次大戦を境にした戦前と戦後の断絶よりも、1960年代を前後にした断絶のほうがはるかに大きいということだ。
1960年代とはいうまでもなく「高度成長期」、この時代にはモータリゼーションの急激な進展にともなって渋滞緩和のために高速道路が建設され、路面電車である都電は廃止され地下鉄によって代替され、住宅供給の目的で私鉄沿線には多数の団地が建設された。
東京への一極集中がさらに進んだなかで、1970年代前半には新宿駅を舞台にした暴動や、都内各地や高崎線上尾駅での通勤者による暴動も発生したのであった。2010年代のいまからはまったく想像もできないような状況が、民営化前の国鉄(当時)には存在したのである。著者と同じく1962年生まれの私には、肌感覚をもって理解できることも多い。
鉄道を軸にして日本近現代史を考える、あるいは日本近現代史を鉄道をつうじて見る。そのどちらでもいいのだが、とくに「高度成長期」とは何だったのかを考えることのできる内容になっている。
文庫本なので、ぜひ車中で読みたい本である。
<初出情報>
■bk1書評「鉄道を軸にみると「高度成長期」の1960年代前後に大きな断絶が生じたことがわかる」投稿掲載(2011年3月9日)
■amazon書評「鉄道を軸にみると「高度成長期」の1960年代前後に大きな断絶が生じたことがわかる」投稿掲載(2011年3月9日)
目 次
はじめに
第1章 鉄道紀行文学の巨人たち
第2章 沿線が生んだ思想
第3章 鉄道に乗る天皇
第4章 西の阪急、東の東急
第5章 私鉄沿線に現れた住宅
第6章 都電が消えた日
第7章 新宿駅一九六八・一九七四
第8章 乗客たちの反乱
参考文献
著者プロフィール
原 武史(はら・たけし)
1962(昭和37)年、東京都生れ。早稲田大学政治経済学部卒業。国立国会図書館、日本経済新聞社勤務を経て東京大学大学院博士課程中退。現在、明治学院大学教授、専攻は日本政治思想史。著書に『昭和天皇』(司馬遼太郎賞受賞)、『滝山コミューン一九七四』(講談社ノンフィクション賞受賞)、『「民都」大阪対「帝都」東京』(サントリー学芸賞受賞)、『大正天皇』(毎日出版文化賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<書評への付記>
この書評は、初出の日付を見て頂ければわかるように、2011年3月9日に書いたものだ。「3-11」の二日前である。
時代区分の問題について、戦前戦後を話題にしているが、すでに「3-11」を経験したわれわれは、いわゆる「戦後」はすでに終わりを告げ、「3-11」以後の世界に生きているという認識を多くの人が持ち始めていることと思う。
わたし自身も、すでにこのブログで 「歴史の断層」をみてしまったという経験-「3-11」後に歴史が大転換する予兆 と題した文章を書いて、その感覚について記している。
とはいえ、書評のなかで指摘した「鉄道を軸にして考えると、第二次大戦を境にした戦前と戦後の断絶よりも、1960年代を前後にした断絶のほうがはるかに大きい」という感想は、とくに現時点では変更する必要はなさそうだ。
すでに経済学者の吉川洋が『高度成長-日本を変えた6000日-((20世紀の日本)』(読売新聞社、1997)でも指摘しているように、日本独特の流通制度や農業など、江戸時代以来の産業が、明治維新後でも敗戦後でもなく、「高度成長期」に劇的に変化したことは、もうそろそろ「常識」となってもいいのではないかと思う。
鉄道の変化も、その意味では「高度成長期」に激変したことは、おなじく同期(シンクロナイズ)した現象といっていいのかもしれない。
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