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2019年5月4日土曜日

企画展「くらしの道具 台所・住まいの道具編」(船橋市郷土資料館)に行ってきた(2019年5月3日)-現在から考えられないような「生活道具」がかつて使用されていた!


 昨日(2019年5月3日)、はじめて「船橋郷土資料館」にいってきた。

船橋市に住んでいても、小学生や中学生として過ごしたわけではないから、社会科見学の一環として訪れたことがない。

今回は、現在開催中の企画展「くらしの道具展」が面白そうなので、行ってみたという次第。 21世紀の現在から考えられないような生活道具が使用されていたという事実と、実物を見ることができるなんて機会はなかなかない。

なんといっても、戦後の「高度成長期」に「三種の神器」と呼ばれた「電気冷蔵庫」が普及する以前の「氷冷蔵庫」には驚いた!  木製のアイスボックスといったらいいだろう。明治時代から戦後まで使用されていたというのだ。もちろん、今回はじめて見た。


(氷冷蔵庫は、上の棚に氷を入れると冷気が下に降りていくという仕組み 筆者撮影)

「手回し洗濯機」もはじめて見た。これまた「三種の神器」の一つであった「電気洗濯機」が普及する以前は、「たらいでゴシゴシ手洗い」だと思い込んでいたが、過渡期にはこんなものがあったわけだ。


(真ん中の道具が「手回し洗濯機」 筆者撮影)

このほか、「黒電話」があったが、いまの小学生にとっは 珍しいだろうが、大学を卒業して会社に入ったときはダイアル式の黒電話だった私には、そんなもの見たことないという世代が出現していること自体が驚きだ。 日常品である生活道具は、故障したら修理するのが当たり前だった昔とは違って、古くなったら買い換えてしまうのが当たり前の時代。




製品寿命が極端に短くなっている現代の日本だが、生活の利便性向上をはかるための先人たちの苦労は、具体的なモノをつうじて感じ取りたいものである。







PS ハノイの博物館にて

過去の生活をモノをつうじて振り返る この手の展示にかんしては、ベトナムのハノイの博物館の展示品を思い出した。ベトナム戦争集結後、南北ベトナムが統一されたわけだが、真の苦労は統一後にやってきたのであった。その時代を、モノで振り返る展示であった。


PS 『地域研究資料4 絵はがき-写真に残された明治~大正~昭和-』(船橋市郷土資料館、2005)

頒布価格900円(税込み)。セピア色が中心だが、総天然色のカラー図版もある。貴重な写真資料 むかしは、何かと絵はがきにされていたので、絵はがきは貴重な画像資料となる



<関連サイト>

こんな道具あったのか!? 船橋市郷土資料館 懐かしの77点展示(東京新聞、2019年4月28日)


<ブログ内関連記事>

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した

書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション

「今和次郎 採集講義展」(パナソニック電工 汐留ミュージアム)にいってきた-「路上観察」の原型としての「考現学」誕生プロセスを知る

「縄文多空間 船橋市飛ノ台史跡公園博物館」(船橋市海神)にはじめていってみた(2016年5月21日)-海辺の小高い丘に居住していた縄文人たちの痕跡。7000年前の「縄文早期」に思いをめぐらす

「下野牧」の跡をたずねて(東葉健康ウォーク)に参加-習志野大地はかつて野馬の放牧地であった

陸上自衛隊「習志野駐屯地夏祭り」2009に足を運んでみた
・・千葉県の陸上自衛隊習志野駐屯地に配属されている戦略部隊の「第一空挺団」の前身は「騎兵隊」。基地内には「日本騎兵之碑」がある

なぜ内陸部に「海軍の標柱」があるのか?-かつて船橋の内陸に「海軍無線電信所船橋送信所」が存在した


 
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2016年3月19日土曜日

書評 『今を生き抜くための70年代オカルト』(前田亮一、光文社新書、2016)ー おお、懐かしい「70年代オカルト」


 『今を生き抜くための70年代オカルト』(前田亮一、光文社新書、2016)という本を1週間かけてダラダラと読んでおりましたが、「おお、懐かしい」の連続でありました。

著者は1965年生まれ、1970年代は小学生であった世代ですから、わたくしと近い世代の人ですね。ほぼ似たような体験の持ち主といってよいでしょう。

 「70年代オカルト」はどんなものがあったのか、「目次」をみればよ~くわかりますので紹介しておきましょう。

プロローグ 僕らの血肉となったオカルトの源泉
第1章 宇宙開発時代の空飛ぶ円盤
第2章 ユリ・ゲラーと米ソ超能力戦争
第3章 四次元とピラミッド・パワー
第4章 ネッシー捜索隊から深海巨大生物へ
第5章 心霊写真と日本の心霊研究の復興
第6章 日本沈没と失われた大陸伝説
第7章 ノストラダムスの大予言と人類滅亡
エピローグ 2020年ネオトーキョー

ねっ、「おお、懐かしい」の連続でしょう。

タイトルは『今を生き抜くための70年代オカルト』となっておりますが、「今を生き抜くための」は必要ないのじゃないかな。

それよりも、わたしが思うのは、わたしも含めて1970年前後に小学生だった世代を理解するために、ぜひ前後の世代の人にも読んでほしいというもの。

なぜなら、「70年代オカルト」は好きだろうが嫌いだろうとかかわりなく、「僕らの血肉となった」のであり(・・少年だけでなく少女も!)、無意識のレベルに浸透して沈殿してしまっているからです。

いまとなっては否定されているものが大半ですが、未知のもの、神秘的なものを探求したいという気持ちは人類共通のものではないでしょうか。工学部出身の著者もそうですが、理科系であればあるほど知りたい、探求したい、というのがオカルトというものですね。そもそも「オカルト」とは「隠されたもの」という意味です。

もちろん、この世代の理科系を中心に「オウム真理教」に引き寄せられた人たちが犯した犯罪については肯定するものではありませんし、今後もひきつづき検証作業が必要でしょう。その素地となるのが、広範に多大な影響を及ぼした「70年代オカルト」であることは知っておくべきだと思います。

読んでためになるかどうかは別にして、具体的な個々の事象は興味深く、しかもまともな本といってよいでしょう。読んで損はない思いますよ。




著者プロフィール  

前田亮一(まえだ・りょういち)
1965年東京生まれ、千葉大工学部卒業後、白夜書房(コアマガジン)を経てフリーランスに。ケロッピー前田のペンネームで世界のアンダーグラウンドカルチャーを現場レポート、若者向けカルチャー誌「ブブカ」「バースト」(ともに白夜書房/コアマガジン)などで活躍し、海外の身体改造の最前線を日本に紹介してきた。ハッカー、現代アート、陰謀論などのジャンルにおいても海外情報収集能力を駆使した執筆を展開している。


<ブログ内関連記事>

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・「シンギュラリティ」もまた2016年の現時点では科学とオカルトの区分が厳密にできない段階だが、いずれ決着のつく話である

書評 『松田聖子と中森明菜-1980年代の革命-[増補版]』(中川右介、朝日文庫、2014)-1960年代生まれの世代による1980年代前半の「革命」の意味を説き明かした時代史
・・松田聖子は1962年3月10日生まれ。「1970年代オカルト」を体験した世代とピッタリ重なるのである

(2016年3月24日 情報追加)



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2015年11月30日月曜日

水木しげる先生がついに「あちら側」の世界へ行ってしまった(2015年11月30日)

(2010年に角川文庫から出版された自伝マンガ)

マンガ界の巨星・水木しげる先生がついに逝ってしまった。享年93歳。2015年11月30日のことだ。
   
小学生の頃、白黒の実写版テレビドラマ『悪魔くん』や『河童の三平』、白黒アニメの『ゲゲゲの鬼太郎』を見て育った世代としては、まことにもって残念としかいいようがない。

なんどもテレビアニメとしてシリーズ化された妖怪ものの『ゲゲゲの鬼太郎』がもっとも有名で、このほか「戦記もの」も有名だ。このテーマについては、水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)と題したブログ記事ですでに書いている。戦争体験抜きに「水木ワールド」を語ることはできないのだ。

一般的には「妖怪もの」で有名だが、「神秘もの」というジャンルも多数ある。『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ! に書いたが、出雲のある島根県の近くに生まれたため、「あっち側」の世界への感受性がとりわけ強い。

「妖怪もの」「戦記もの」「神秘もの」が「水木ワールド」の主要部分を形づくっているが、「自伝もの」もまた多い。

マンガ 『ビビビの貧乏時代-いつもお腹をすかせてた!』(水木しげる、ホーム社漫画文庫、2010)-働けど働けど・・・に収録されたマンガは、マンガ家としての貧乏時代を描いた作品集だが、「昭和もの」といっていいかもしれない。マンガに描かれた世界は時代の証言でもある。

「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なることには、『墓場の鬼多郎』(1964年)からのシーンを引用してある。高度成長時代の貴重な証言と読むこともできるだろう。

重要なジャンルである「神秘もの」については、いまだブログ記事を書いていないので、これはかならず書いておきたいと思う。


水木先生は、「あっち側」の世界と「こっち側」の世界をいったりきたりしているような人だったのに、ついに行ったきりになってしまったなあ、と。それが訃報を知ったときの感想だ。
  
「こちら側」の世界(=現世)においては水木先生の新作が読めなくなるのは残念であるが、残された膨大な作品は「日本人全体の財産」として、いや「世界遺産」として、長く後世に伝えてゆきたいものだ。
   
ご冥福を祈ります。合掌。


と書いたものの、どうも「幽冥境を異にする」という気がしないのだなあ、不思議なことなのだが。水木先生が描いてきた世界と同様に・・・。

「死んだ人は長く会っていないだけ」という感覚を、昔からもっているわたしが変わっているのかな、という気がしなくもないのだが、一般的にいっても、写真から映像へと進化し、さらにネットの浸透で生前の映像が繰り返し再生される現在、生と死の境目が不明瞭になってきているのではないか、という気がする。

これもまた「近代」が終わったことを如実に意味しているのではないかしらん。水木しげる先生は、「近代」に生きていながら、「前近代」への回路をつけてくださった方なのである。それは「超近代」への回路でもあったのだ。

これがまあ、結論めいたものとなるのだろうか。





<関連サイト>

水木しげるさん死去(朝日新聞)
・・関連新聞記事リンク集

ゲゲゲの鬼太郎(オープニング主題歌 (YouTube)
・・なんといっても1968年のファーストシリーズが最高! 水木しげる先生の訃報を伝えるテレビ番組では、1985年バージョンのカラー版の『ゲゲゲの鬼太郎』を流しているが、ファーストシリーズをリアルタイムで見ていた世代にとっては、「あれじゃないんだよ!」といいたくなる。 なんといっても1968年の白黒版のほうがいい。猫娘というキャラクターが登場する前のバージョンだ。おどろおどろしさとコミカルさがあいまって、いい味出しているのだ。作曲者のいずみたく先生がみずからハーモニカでこの曲を吹いてみせてくれたことは、わたしの少年時代のよい思い出のひとつ


悪魔くん(オープニング主題歌 (YouTube)


PS 「水木しげる サン お別れの会」

<日時>平成28年1月31日(日曜)14時より18時まで
<場所>東京都青山葬儀所



詳細は、ウェブサイトを参照

(2016年1月10日 記す)


<ブログ内関連記事>

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋
・・神秘体験の豊富な合気道開祖の植芝盛平のことは水木しげる先生は取り上げていないが、出口王仁三郎のもとで霊的な修行をした弟子であった

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・肥田春充(ひだ・はるみち)という超人のことは、水木しげる先生は取り上げていない

マイク・タイソンが語る「離脱体験」-最強で最凶の元ヘビー級世界チャンピオンは「地頭」のいい男である!
・・・・この人物のことは、水木しげるは取り上げていない

『奇跡を起こす 見えないものを見る力』(木村秋則、扶桑社SPA!文庫、2013)から見えてくる、「見えないもの」を重視することの重要性

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・スピリチュアル世界を代表する人物の一人が美輪明宏

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)-宗教社会学者が分析した「テレビ霊能者」現象

「魂」について考えることが必要なのではないか?-「同級生殺害事件」に思うこと ・・目に見えない世界を軽視してはいけない


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2014年10月29日水曜日

マンガ『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト



『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)というマンガを知ってますか? 

新左翼による「革命運動」に青春を捧げた大学生たちの生き様を描いたマンガです。単行本で、2014年10月現在で第8巻まで出版されている。

作者の山本直樹は、かつては「有害図書宣告」も受けたことのある「エロマンガ家」というラベリングもされていたが、「家族崩壊」を描いた1994年の 『ありがとう』 (・・まだまだエロの要素が濃厚)などの秀作を描いている、1960年(昭和35年)生まれの現役マンガ家だ。

日本で新左翼による「革命運動」がピークを迎えたのが、日米安保条約改定が焦点となっていた1970年、(昭和45年)。いまから44年前のこの年は、大阪万博が開催された年であり、また三島由紀夫が割腹自殺というセンセーショナルな死にかたをした年でもあった。高度成長期の末期でもある。

1960年生まれの山本直樹は、新左翼による「革命運動」を同時代として体験しているわけではない。1970年にはまだ10歳なので、おそらく小学校四年生だろう。1962年生まれのわたしにとってもまたそれは同じだ。その当時は小学校二年生、「大学というものは、ゲバ棒で殴り合いをする場所」だと思い込んでいた(笑)

その意味では、当事者によるノスタルジーでもなければ悔恨の記録でもない。後続世代による冷めた視線を感じることができるはずだ。思い入れを排した、淡々とした描写がえんえんとつづく。



運動の挫折期には「運動体組織」の問題が集中的に顕在化する

このマンガの設定は、1970年にピークを迎えた新左翼の学生運動が下火になっていった時期遅れて参加してきた大学生たちが、そのためにかえって純粋に「革命運動」にのめり込んでいく悲劇(?)を描いた作品だ。その悲劇的結末は、集団リンチ殺人事件における「総括」というコトバに集約されている。

作中の登場人物にはモデルがあるが、いずれもみな最後は逮捕か死亡という形に至ることが、あらかじめ読者には示されている。その時まで「あと××日」という記述は、物語の語りとしては異例なものだろう。

いかなる組織であれ、組織が形成される初期段階においては、なんらかの理想やミッションをもっているものだ。その段階においては、内容の是非はさておき、理想が高らかに掲げられ、理想実現のために邁進する。企業組織であればベンチャーもまた運動体組織の一種である。

だが、理想実現は並大抵のことではない。運動体組織においては、挫折が重なってくると、高らかに掲げた理想と現実のギャップは増大していく。組織に属する個人と組織とのコンフリクトが顕在化してくる。

このマンガが描いている世界は、そうした運動体組織が形骸化した理想を掲げたまま、現実に破れゆくなかで遭遇する、おぞましいばかりの結末である。開放形の組織とは異なり、閉鎖的組織であるがゆえに離脱が容易ではない状況。そういう状況がもたらすものがなにか、これがこのマンガが描く世界である。

先にも書いたように、作者もわたしも学生運動の世代ではない。あくまでも浅間山荘事件などの陰惨な内部テロ事件を、お茶の間のテレビの前で傍観していた人間だ。しかも京成電鉄沿線の住民であったわたしにとっては、成田闘争という、さらに遅れてきた過激派によるテロ行為には大いに迷惑を被ったという記憶が残る。

しかし、先入観なしで、この時代を描いたこの作品を読んでいると感じるものがある。革命のために身を挺して邁進する過激派学生たちを、真綿のように自縄自縛して締め付けていく「閉鎖的な組織」についてだ。

さらに『レッド』のテーマには、2つの異なる志向性と文化をもった組織が、規模拡大のために合併したときに発生するコンフリクトも登場する。組織どうしのコンフリクト、組織に属する個人のコンフリクト、個人どうしのコンフリクトである。「個と組織」にかかわるテーマとして、一般社会でも経験することがすくなくないはずだ。


山本直樹には『ビリーバーズ』(1999年)というマンガもある。ビリーバーとは、何かを信じこんだ人間のことである。その対象は宗教のこともあるし、あるいは実現すべきと考えている理想社会などもそれに該当する。後者の場合であっても、限りなく宗教に近い。信仰者といってもいいだろう。

『レッド』は、テーマ的には『ビリーバーズ』の延長線上にある。設定を新左翼において、エロな要素をかなり抜いたのが『レッド』だといえるだろう。

「閉鎖系の組織」について考えてみることで、逆説的にあるべき組織形態について考えてみるヒントになるかと思い、あえて誤解をおそれずに取り上げてみた。

ぜひ、このマンガを読んで、「反面教師」として読むなど、さまざまな読みかたをつうじて、いろいろ考えてみてほしいと思う。かなり特異なマンガではあるが・・・。




<関連サイト>

連合赤軍の元活動家は獄中27年で「革命」をどう総括したか 『週刊ダイヤモンド』特別レポート( ダイヤモンド・オンライン、2017年11月18日)
・・「―当時、「総括」を否定する、あるいは加わらないという選択はできなかったのでしょうか。
私自身はその場にいきなり放り込まれちゃったもんで、できるできないという問題じゃなかった。確かに初めは共産主義化というか、自分たちが抱えている問題を考えて、どう乗り越えるかを考える意味での総括なんだけど。それは別に反対するものでもない。ただああいう風な総括に変わっていくのは想定外だった。自己批判、総合批判と展開。組織と個人の問題じゃないかと思っている。 当時はああやって激しく行われたわけですけど、現実の、例えば会社の新入社員研修なんかも似たようなことをやっているんじゃないかと思います。むしろ左翼のやり方が会社に持ち込まれたのかな。いずれにしても個人を鍛えるという意味合いで暴力的なことを持ち込むのはある意味、日本的なスタイルでもあるような感じがしないでもない。」   組織と個人の関係について考える人は、読めば示唆するものが多いインタビュー

(2017年11月18日 項目新設)



<ブログ内関連記事>

「高度成長」関連

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む
・・1960年の社会党委員長を刺殺したテロリストは、「遅れてやってきた右翼少年」であった

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した

書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた


左派による世界的な「革命幻想」の時代

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・ドイツ赤軍を描いたドイツ映画

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・社会心理学者ミルグラムの「アイヒマン実験」についても解説してある

「航空科学博物館」(成田空港)にいってきた(2013年12月)-三里塚という名の土地に刻まれた歴史を知る
・・成田空港闘争の史実や反対派のヘルメットなどを展示した資料館「成田空港 空と大地の歴史館」についても紹介しておいた

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論
・・国際政治学者・高坂正堯が原論活動を行った時代は新左翼の全盛期。、『総括せよ!さらば革命的世代-40年前、キャンパスで何があったか』(産経新聞社取材班、2009)から高坂正堯氏にまつわるエピソードを紹介してある

(カバー画は、マンガ家・山本直樹によるもの)

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「ホッファーの The True Believer: Thoughts on the Nature of Mass Movements (1951)であった。『大衆行動』というタイトルで翻訳されている」  「ビリーバー」(believer)の本質について

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


閉鎖的組織、閉鎖的人間集団

書評 『ドアの向こうのカルト-九歳から三五歳まで過ごした、エホバの証人の記録-』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)-閉鎖的な小集団で過ごした25年の人生とその決別の記録

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・社会心理学者ミルグラムによる「アイヒマン実験」について触れておいた。「アイヒマン実験」を世に知らしめた『服従の心理』(原題は Obedience to Authority : 権威への服従)という本は1974年に出版されている。人間というものは「権威」からの命令にはいとも簡単に従ってしまう

映画 『es(エス)』(ドイツ、2001)をDVDで初めてみた-1971年の「スタンフォード監獄実験」の映画化
・・「この映画のモデルになったのは、1971年にアメリカのスタンフォード大学で実際に行われた「監獄実験」(Stanford prison experiment)という社会心理学の実験だという。通称「アイヒマン実験」として知られる心理実験のバリエーションである」。


日本人がそのなかで生きている人間集団

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?


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2014年3月21日金曜日

書評『高度成長 ― 日本を変えた6000日』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)― 1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した



いまから30年ほど前の1985年前後、その頃はバブル前夜の時期であったが、「戦前」と「戦後」で時代を区分する発想法が圧倒的に支配的であった。いわゆる「断絶史観」である。

もちろん2014年現在でもそのその発想法の残滓(ざんし)がいたるところに残っており、日本は無謀な戦争に突入してクラッシュしたが戦後は「再生」し「新生」したといういい方がされることはまだまだ多い。

わたし自身もそのようなことを思ったり、発言したりすることがなくもないが、とはいえ、それはどうも違うのではないかという意識はかなり以前からつよくもっている。

「先の大戦」によって日本近現代史は断絶しているのではなく、明治維新以降の歴史が一貫してつづいている見るべきだという考えは、スパンをひじょうに長くとれば当然だと理解されることだろう。

応仁の乱以降の「500年単位の歴史」のなかでも明治維新以降の最後の百数十年は、西欧をモデルに日本が近代化の道をまっしぐらに走った時代であると捉えるのがただしいのである。その途中で大きくつまづいて大怪我をしたが、すぐに立ちあがって走りつづけたのである。

大東亜戦争の敗戦は壊滅的な破壊をもたらしたが、それでも明治維新体制の官僚制は強固に生き延びたのである。占領軍が官僚制の解体には手をつけなかったというより、むしろ積極的に利用して効率的に占領政策を推進したというのが真相だ。

またビジネスパーソンの立場から経済史や経営史をみていると、どうも「高度成長」期が大きな分かれ目になったのではないか、ということに気がつくことになる。


1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した

この思いを決定的にしてくれたのがケインズ派の経済学者・吉川洋氏による本書『高度成長-日本を変えた2000日-』(読売新聞社、1997)であった。シリーズ「20世紀の日本」の一冊として出版された。

1950年代中頃から日本が経験した「高度成長」について、著者自身の実体験を紹介しながら、社会変動まで視野におさめてて本質に迫った良書である。文庫化されたのも当然だ。




日本独特の流通制度や農業など、江戸時代中期以降に確立したさまざまな構造や制度は「敗戦」を乗り越えて生き延びたにもかかわらず、「高度成長」期を境に大規模に変化がはじまり、その多くが解体していったのである。

「高度成長」とは、それほど大きな変化だったのである。明治維新後でも敗戦後でもなく、「高度成長期」に劇的に変化したことは、もうそろそろ「常識」となってもいいのではないかと思う。

鉄道の変化からみても、1964年を前後にした断絶のほうが、「戦前」と「戦後」の断絶よりもはるかに大きかった。

「弾丸列車」の異名をとった新幹線は、いまからちょうど50年前の1964年の東京オリンピック前に開業したのだが、新幹線の開業によって東京-新大阪間が3時間超で結ばれ、人の移動が大規模になった単行本の帯にあるように、高度成長期にはまさに経済「特急列車」が突っ走ったのである。

「高度成長」期には、その当時は「三種の神器」といわれていた白物家電の洗濯機・冷蔵庫・テレビが普及し、栄養状況が好転して平均寿命は10年も伸び、3人に2人がサラリーマンという勤め人になった。そういう時代に満員電車という社会現象が出現したのだ。

ダイエーの中内功氏による「流通革命」はまさに「革命」であった。江戸時代中期に完成した流通制度は高度成長時代に変容したのである。このほか、「高度成長」時代は企業家が主導してさまざまな「革命」が行われた時代でもある。「革命」の担い手は左翼でも右翼でもなく起業家になったのだ。

「高度成長」期を支配したのは自己肯定感に満ちた「経済ナショナリズム」であった。左翼でも右翼でもない中道保守路線への鮮やかな転換。「所得倍増」という卓抜なスローガンを国民の多くが支持したからこそ、日本の復興は実現したのである。

江戸時代以来の「前近代」(=初期近代)は完全に払拭され、「近代」が完成したのが1960年代の「高度成長」期だったのだ。だから、1973年の石油ショックで「高度成長」が終わったとき、日本においては「近代」は終わったと考えるべきだろう。


「高度成長の」代償

だが一方では、「高度成長」という「近代の完成」の代償として失ったものは多い。

いわゆる『Always 三丁目の夕日』の世界がノスタルジーの対象として回顧されるが、実際はあんなキレイごとの世界だけだったわけではない。イタイイタイ病や水俣病、複合汚染など公害病に苦しむ国民が多数発生したことにも目を向けなくてはならないのだ。経済成長を下支えした科学技術の暴走による負の側面が目立ち始めてきたのである。

この当時を多少なりとも知っているわたしには、いま中国で発生しているさまざまな事象に既視感を感じてしまう。わたし自身も光化学スモッグによる公害の被害者である。あの頃は、ほんとうにひどかった。

「3-11」以後の現在、原発にかわる発電用燃料輸入の増加と安倍政権の円安政策があいまって、高度成長の最大の果実であった貿易黒字が急速な勢いで減少しつつある。

インターネットもそうだが、普及後のアフターの世界にどっぷりつかっていると、ビフォアの世界がどうだったかについてイマジネーションが働かなくなる。貿易黒字体制は「高度成長」以後の話であり、それ以前の日本は慢性的に「持たざる国」状態が続いていたことを想起しなくてはならない。

その意味でも新幹線開業と東京オリンピックから半世紀たったいま、「高度成長」とは日本史においていかなる意味をもっているのかを知ることはきわめて重要だ。本書はそのために推奨したいイチオシの良書である。


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目 次
はじめに
第1章 今や昔-高度成長直前の日本
第2章 テレビがきた!
第3章 技術革新と企業経営
第4章 民族大移動
第5章 高度成長のメカニズム
第6章 右と左
第7章 成長の光と影-寿命と公害
おわりに 経済成長とは何だろうか
あとがき
文献案内
関連年表

著者プロフィール
吉川洋(よしかわ・ひろし)1951年、東京都に生まれる。専攻はマクロ経済学。東京大学経済学部卒業後、イェール大学大学院博士課程修了(Ph.D)。ニューヨーク州立大学助教授、大阪大学社会経済研究所助教授、東京大学助教授を経て東京大学大学院教授。著書に、『マクロ経済学研究』(東京大学出版会、日本経済図書文化賞、サントリー学芸賞)、『日本経済とマクロ経済学』(東洋経済新報社、エコノミスト賞)、『転換期の日本経済』(岩波書店、読売吉野作造賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS 「高度成長の時代へ」(国立公文書館 平成26年春の特別展)が開催されます。(2014年4月11日 記す)

<概要>
サンフランシスコ平和条約の調印により主権を回復し、その後劇的な経済成長を遂げた日本。春の特別展では、1951(昭和26)年のサンフランシスコ平和条約の調印にはじまり、1972(昭和47)年の沖縄本土復帰に至る日本のあゆみをたどります。当時作成された文書からは、所得倍増計画、国土開発、新幹線、東京オリンピック、大阪万博・・・等、豊かさを求めて進んでいった「あの時代」が甦ります。⇒ http://www.archives.go.jp/exhibition/

会期: 平成26年(2014年)4月19日(土)~5月11日(日)
開館時間: 月~水、土・日曜日 午前9時45分~午後5時30分
       木・金曜日 午前9時45分~午後8時
※入館は、それぞれ閉館30分前まで(特別展は、期間中無休)
会場: 国立公文書館 本館 入場料 無料

<主な展示>
長期経済計画資料: 「国民所得倍増計画」など1960年代に経済企画庁が作成した長期経済計画資料。
荻窪住宅計画図(1958年): 東京都杉並区荻窪に日本住宅公団によって建設された荻窪団地の計画図面。
佐藤榮作日記: 佐藤榮作元内閣総理大臣の直筆日記。1952~1975年まで、全40冊。沖縄返還記念式典(1972年5月15日)の記述。




<ブログ内関連記事>

■「高度成長」のポジティブな側面

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・「ジャパン・ミラクル」(=日本の奇跡)というケーススタディから本書が始まるのは、現在に生きる日本人ビジネスパーソンにとっては実に新鮮に写る・・(中略)・・高度成長は空前絶後であり、これほど国情と国家戦略がフィットして機能した例は他にないからだ。 この「日本モデル」とその応用発展系である「シンガポール・モデル」を押さえて進める議論は、すんなりとアタマに入りやすい」

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む

書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた

書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション

「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なること

書評 『「ビジネス書と日本人』(川上恒雄、PHP研究所、2012)-高度成長期の日本で一大ジャンルに成長した「ビジネス書」とは何か?


「高度成長」のネガティブな側面

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・1970年の大阪万博を推進した梅棹忠夫がついに書けなかった『人類の未来』という本

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える

書評 『苦海浄土-わが水俣病-』(石牟礼道子、講談社文庫(改稿版)、1972、初版単行本 1968)

書評 『複合汚染』(有吉佐和子、新潮文庫、1979、初版1975年)


「近代」は終わった-「500年単位」の歴史で考える

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する

(2015年3月25日、7月7日 情報追加)


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