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2011年7月1日金曜日

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 (徒然草)-「脱・電気依存症文明のために顧みるべきこと


 このブログで、たびたび『徒然草』から引用しているのは、長い年月にわたって読み継がれてきた古典には、顧みるだけの価値というものがあるからだ。

 なんといっても日本という風土に生きて暮らしてきた人たちの知恵につまっているから、それは当然といえば当然のことだろう。

 今回は、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(第五十五段)という随想。ことに夏が暑くて過ごしにくい日本においては、すこぶる有用な知恵であったといえよう。20世紀後半に「電力依存症文明」が日本全体を支配するにいたるまでは。

 まずは、原文を引用しておこう。短い文章なので、すぐに読めるはずだ。

徒然草 第五十五段

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比、わろき住居は堪へがたき事なり。

深き水は涼しげなし。淺くて流れたる、遙に涼し。こまかなる物を見るに、遣戸(やりど)は蔀(しとみ)のまよりもあかし。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、萬の用にも立ちてよしとぞ、人の定めあひ侍りし。

(*太字ゴチックは引用者=私)
(出典)Japanese Text Initiative 所収の「徒然草」(Tsurezuregusa)
Japanese Text Initiative は、バージニア大学図書館エレクトロニック・テキスト・センターとピッツバーグ大学東アジア図書館が行っている共同事業。


 念のために、注釈をつけておこう。遣戸(やりど)とは、引き違いの戸のこと。蔀(しとみ)とは、つり上げ型の格子戸(こうしど)のこと。

 夏さえやり過ごせば冬はなんとかなるというのは、極端な意見も聞こえなくもないが、それだけ日本の夏が過ごしにくいといいうことだ。浅い流れの川が涼しげという感性は、現在に日本人も共有しているだろう。

 日本の夏は暑い、「地球温暖化」などの議論がでるはるかむかし、鎌倉時代すなわち13世紀の人であった兼好法師すら、こういっているではないか!

 幕末の開国以来、日本に在住する欧米人たちは商売は横浜や神戸、東京でしても、夏のあいだは、軽井沢などの高原に避暑地で夏をやり過ごしていたのは、その意味では当然なのだ。

 エアコンもなにもない時代、快適に過ごして英気を養うためには、避暑地を開発して、そこに別荘を建てて済むというライフスタイルである。

 以前、フィンランドの駐日初代公使をつとめたラムステッドの回想録を読んだことがあるが、日本の夏ほど不快で過ごしにくいものはないということを述べており、つよく印象に残った記憶がある。 『フィンランド初代公使滞日見聞録』(ラムステッド、坂井玲子訳、日本フィンランド協会、1987) という本である。ちなみに、ウラルアルタイ語研究の言語学者のラムステッドは日本語もよくし、エスペラント関係で柳田國男や宮澤賢治にも会っている。

 日本の夏が暑く耐え難いのは、タイのバンコクに住んでみてよくわかったことでもある。

 タイをはじめとするインドシナ半島やインドは、もっとも暑いのは乾期の4月で、逆に雨期の8月は日本ほど暑くはない。日本の夏は世界的にみても、きわめて過ごしにくいのは、誇張でもなんでもないのだ。

 タイでも田舎にいくと、川のうえにたてられた小屋で昼寝をしている人たちがいる。京都の夏の風物詩である鴨川納涼床のように、涼ををもとめてひとは水辺にいこいを求める。

 日本の軽井沢に限らず、高原リゾートはアジア各地に点在している。たとえば、英国の植民地であったスリランカ(・・当時はセイロン)にも、ヌワラ・エリヤという高原リゾートがある。一度訪れたことがあるが、まさに高原リゾート、下界とはまったく異なる別世界である。

 昭和40年代に子ども時代を過ごしたわたしには、エアコンといえばギンギンに冷えた銀行の支店という連想があったほど、エアコンはまったく普及していなかった。みんな忘れているだろうが、首都圏を走る電車だって、つい 20年前にはエアコンなどなかったのだ。天井に扇風機が回っていたことを、みな忘れているのではないのかな?

 米国でもたいていのクルマはエアコンは標準装備ではない! エアコンよりも窓をあけて自然の風にあたりながら運転するほうがはるかに気持ちいいものだ。米国の東部の場合は寒冷地仕様であった。冬場は積雪を溶かすために、毎朝膨大な量の塩をまく。塩で錆びないボディのほうが、エアコンよりも重要なのだ。

 一ヶ月掛けてイタリア全土をくまなく列車で旅したことがある。1991年の夏休みのことであったが、欧州ではいまでも標準ある、電気機関車がひっぱる客車にはエアコンなどなく、みな窓から入ってくる風に身をさらしていたものだ。

 なによりも列車の旅は窓があいているほうがいい。旅情というものは、そういうものだ。イタリアのヴェネツィアを舞台にした、キャサリン・ヘップバーン主演の『旅情』という映画がむかしあったが、列車の窓があかなかったら、ラストシーンの旅情も何もあったものではないか!

 そんな記憶の数々をたどりながら、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」 という『徒然草』の一節を顧みるのも、すこしは納涼になるだろうかな?

 「脱・電気依存症文明」、これはこの夏を機会に真剣に考えてみたほうがいい。もちろん、電気のない生活など考えられないが、なんでもかんでも電気というのは、日本だけかもしれないと思うのである。

 昨年からエアコンのない生活をすでに送っているわたしは、かなり真剣に考えている。






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(2014年7月18日、8月25日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)











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