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2009年11月1日日曜日

『伊勢物語』を21世紀に読む意味




平安時代のいわゆる王朝文学は、舞台が都(みやこ)中心なので、関西出身者にとっては現在でも共通する地名があって近しい思いをするのだが、それ以外の地域、たとえば関東では遠い、きわめて遠い世界のことと思いがちなのだろう。時代的にも遠く、地理的にも遠い世界。

 関東に長く住むにもかかわらず、私はなぜか現在にいたるまで江戸趣味というものをもったことはない。東京よりも京都のほうが上だと無意識レベルで思っているためだろう。

 王朝文学のなかでも『伊勢物語』は、主人公が東下り(あずまくだり)するシーンがあり、隅田川まで来たことになっているのは、関東在住者にとってはうれしいことの一つである。

 こういう喜びを与えてくれるものは、ほかには現在の千葉県が出発点となる『更級日記』(さらしなのにき)ぐらいだろうか。それほど多くはないのではないか。

 伊勢物語の内容については、"岩波文庫の内容解説"があまりにも素晴らしい要約となっているので、そのまま引用させてもらおう。

在原業平(ありわらのなりひら)とおぼしき貴公子を主人公とするこの物語は、彼の元服から終焉までの一代記風の構成をとる。権力とは別次元の価値体系に生きる男、后・斎宮から田舎女・召使との恋愛、報われることを期待しない女の愛、うるわしい友情、主従の厚い情義など、ここにはそれまでの王朝文学の思いも及ばなかった愛情の諸相が生き生きと描かれる。

 しかしながら、伊勢物語は、在原業平の生涯とはイコールではない。作中に登場する和歌は、在原業平のものだけでなく"よみひとしらず"のものも多く、歌が最初にあって、その歌を核にして作られたショートストーリーで、ゆる~く構成された物語であるといえる。

 その一篇一篇が和歌を中心にたいへん短く、それぞれが味わい深い、まさに国学者・本居宣長のいう"もののあはれ"としかいいようのない世界を形成している。アタマで understand するのではなく、ココロで feel する世界、これが伊勢物語である。

 「むかし、をとこ、うひかぶりして・・・」で始まり、「つひにゆく 道とはかねて きゝしかど きのふけふとは 思はざりしを」という業平の辞世の歌で終わる。

 伊勢物語で関東がかかわってくるのは、有名な隅田川(すみだがわ)のシーンである。隅田川は、その昔から隅田川とよばれていたのである。現在は隅田川にかかる橋の名からとった業平橋駅が、東武伊勢崎線にある。

九 むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなきものに思なして、京にはあらじ、あづまの方にすむべきくにもとめにとてゆきけり。(中略) そのさはにかきつばたいとおもしろくさきたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふいつもじ(=五文字)を句のかみにすへて、たびのこゝろをよめ」、といひければよめる。

 ら衣 つゝなれにし ましあれば 
  るばるきぬる びをしぞ思ふ

とよめりければ、みなひと、かれいひのうへになみだおとしてほとびにけり。

(中略) 

なをゆきゆきて、むさし(=武蔵)のくにとしもつふさ(=下総)のくにとの中に、いとおほきなる河あり。それをすみだ河(=隅田川)といふ。その河のほとりにむれゐておもひやれば、かぎりなくとをくもきにけるかなとわびあへるに、わたしもり、「はやふねにのれ、日もくれぬ」、といふに、のりてわたらむとするに、みなひと、ものわびしくて、京におもふ人なきにしもあらず。さるおりしも、しろきとりのはしとあしとあかき、しぎのおほきさなる、水のうへにあそびつゝいをゝくふ。京には見えぬとりなれば、みな人、見しらず。わたしもりにとひければ、「これなむ都どり」、といふをきゝて、

 名にしおはゞ いざことゝはむ 都どり 
  わがおもふ人は ありやなしやと

とよめりければ、ふねこぞりてなきにけり。

(*テクストは、ピッツバーグ大学とバージニア大学による Japanese Texts Initiatives に収録されている伊勢物語(Ise Monoghatari)から引用した。岩波文庫版によって一部字句を改変、ゴチック太字は引用者による) 

 室町時代には、謡曲の隅田川にもなっているわけで、日本の文芸の重層性の一例でもある。
 業平伝説にある東下り(あずまくだり)は、国文学者で民俗学者の折口信夫の唱えた、いわゆる"貴種流離譚"(きしゅりゅうりたん)である。

 古来、貴人が身を低き者にやつして、みやこからひなびた地方に遍歴する。同じく折口信夫によるマレビトもその一形態である。

 実際に業平が東下りしたわけでは、もちろんない。

 伊勢物語には、「二十三 筒井筒」のような可憐な少年少女の一途な恋愛とその後日談のような、人生の真実に触れた話もあり、簡潔な表現ながら、なかなか味わい深いものがある。
 高校時代の古文の教科書で読んだ記憶をもっている人も多いのではないかな。

筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
くらべこし 振分髪も肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき

 高校時代、必修クラブ活動で、「日本古典文学を読む」というのに入って、一年間をかけて伊勢物語を読み通した。私は"日本古典文学少年"だったのだ。

 高校時代使用したのは、角川文庫の旧版で、併収されていた現代語訳は、作家の中河与一という人の筆になるものだった。中河与一には『天の夕顔』という小説があるが、残念ながらいまにいたるまで読んだことはない。松岡正剛が「千夜千冊」で取り上げているので参考まで。

 語学的に正確な現代語訳なら、高校古文の参考書がいいいだろうが、文学作品としては、やはりその作品を愛読したであろう作家の手になるものがいい。角川文庫の旧版は絶版となっている。
 現在なら岩波文庫版か、角川ソフィア文庫版が容易に入手できるのでおすすめである。

 岩波文庫版は原文に簡単な注をつけただけのシンプルなつくりで、私はこれを愛用している。古典文法の基礎がわかっていれば、注を頼りに読むことが出来る。

 角川ソフィア文庫版は、角川書店がそのそも折口信夫門下の国文学徒・角川源義が創業した出版社だけに国文学関係のラインアップは充実しており、現代語訳に加え、本文にも詳細な注がついており学習者向けであるといえる。

 伊勢物語に登場する在原業平は、やってることはプレイボーイで、今風のコトバでいえば、いわゆる"肉食系"にみえるが、彼の behavior、女性に対する attitude は、まさに”草食系”以外の何ものでもない。あくまでも女性の目線で、女性と同じく会話のできる男として描かれている。

 この時代は男女ともに、和歌の巧拙がすべてを決めていたわけであり、肉食系のガツガツ、イケイケとは根本的に異なる。高度な文明世界だったわけだ。

 いまはもう読まれることの少なくなった作家・堀辰雄の王朝ものは、こういう世界を現代語に移し替えようとしたものであったといえよう。彼もまた、折口信夫の手ほどきのもとに国文学に目をむけた作家の一人である。堀辰雄の『大和路・信濃路』は、好きな作品の一つだ。

 在原業平朝臣の歌は、藤原定家選になる百人一首にも収録されている。

17 ちはやぶる 神代よもきかず 龍田川 
    からくれなゐに 水くくるとは

 ちなみに、百人一首にかんしては日本有数のコレクションをもつ、跡見学園女子大学「百人一首」コレクションは、ネット上で百人一首の異本も各種閲覧可能である。
 日本の知的財産はこういう形で大いに活用していきたいものだ。

 これからのあるべき"日本男子"として、ふたたび平安朝の貴公子をロールモデルの一つとすべきだと思うのである。

 私は国学者ではないが、儒教の影響がほとんどなかった時代の日本人は、こういうものだったのだ、といっておきたいのだ。もちろん貴族であるから一般人とは異なる。一般庶民はさらに儒教からほど遠い世界に住んでいた。

 江戸時代に石門心学などの形で儒教が俗なる形で浸透したとはいえ、儒教はあくまでも支配者である武士階級のものにとどまっていた。儒教が国民全般まで浸透したのは明治中期以降であり、これは教育勅語と軍人勅諭によるものである。

 日本の戦後社会のなかで"脱儒教化"が進行したのは当然といえば当然なのである。中国や韓国のように儒教は必ずしも内面化していなかったのが日本人なのである。誤った常識にとらわれてはいけない。

 高度文明のなかで出現してきた"草食系"男子は、日本の歴史においては決して突然変異ではない。

 伊勢物語を21世紀に読む意味は、こんなところにあるのではないだろうか。






<付記>

 昨日(12月10日)読んだ『欲しがらない若者たち』(山岡 拓、日経プレミアシリーズ、2009)は、統計調査とディープインタビューをもとにまとめたマーケティング本だが、第9章「近代からの離脱と伝統文化への回帰」という章があり、そのなかで興味深い指摘がある。

 それは「江戸の粋より京の美意識」。ちょっと引用してみよう(P.179~180)。

 若年層が特に志向しているのは平安時代の王朝文化に象徴される「京の雅」だ。この点は今後の日本の生活文化を占う上で非常に重要になる。
 大きく姿を変えつつも、最後の最後に残る消費社会があるならば、恐らくそれは平安貴族の暮らし方をある程度まで下敷きにしたものとなる。
 調査データを見る限り、若年層が特に重視するのは「雅などの京風の美意識や季節感」である。(中略)彼らが魅かれているのは、武家社会で発達した文化よりも、それ以前の平安朝の文化である。
 江戸より京という傾向は若年層で鮮明だ。(後略)

 実に面白い指摘だ。

 私の趣味志向(テイスト)とあっているだけでなく、室町時代中期以降から始まった500年単位の歴史が、いままさにここで崩壊していく様相が観察されるといってよいだろう。

 和は和でも、江戸でも室町ではない。中世の平安朝から以前の"原・日本"(Ur-Japan)への回帰現象

 戦後60年でも100年単位でもない、500年単位の激変がいままさに進行していると、気がつかねばならないのだ!

 「500年単位の歴史」については、ブログに書いた原稿を参照されたい。(2009年12月11日)





<関連サイト>

ダメンズ確定!在原業平の破天荒すぎる恋愛 平安のゴシップ誌「伊勢物語」の和歌は強烈だ(イザベラ・ディオニシオ、東洋経済オンライン、2016年5月8日)
・・大学で日本文学を専攻したイタリア人女性による日本古典愛

(2016年5月8日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

書評 『平安朝の生活と文学』(池田亀鑑、ちくま学芸文庫、2012)-「王朝文化」を知るために

空蝉(うつせみ)とはセミの抜け殻のこと-『源氏物語』の「空蝉」をめぐってつれづれに

大震災のあと余震がつづくいま 『方丈記』 を読むことの意味



P.S. 改行を増やして読みやすくした。また、「ブログ内関連記事」情報などを追加した。ただし、本文にはいっさい手を入れていない
 なお、文中で言及した東武伊勢崎線の「業平橋駅」だが、東京スカイツリーの開業にあわせて「とうきょうスカイツリー駅」という駅名に変更されてしまった。ビジネス上の理由であろうが、無粋でヤボなこと限りない。残念な限りである。 (2013年4月19日 記す)
   







(2012年7月3日発売の拙著です)








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